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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第三話 我が良き虎(タイガー)
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友との語らい

「それは、何だよ?」


 気の利いた言葉が出ず、夏彦は呆然と呟いた。

 ただ呆然としながらも、とっさに自分がかなりダメージを受けていることを隠すために姿勢を正し、呼吸を無理矢理落ち着けた。相手にわざわざ弱みを見せることはない。


 それにしても、と夏彦は虎の周辺を見る。

 十数体の死体。人目で見て、死体だと分かった。

 あるものは手足がありえない方向にねじれ、あるものはそもそもその手足、あるいは首がなかった。そして、誰もが血塗れでぴくりとも動いていなかった。


「何って……」


 虎は困った顔をして辺りを見回し、


「死体、じゃねえかな」


「その死体が、どうしてこんなところにあって、その中心にお前が立っている?」


「偶然だけど」


「信じると思うか?」


「ははっ、信じる信じない以前に、無理があるわな」


 軽く笑って、虎は死体と死体の隙間を縫うようにして歩き回りだした。


「いよっと……半信半疑だったんだ、今回の件……お前だろ、手引きしたの?」


 何の話かすぐに勘付いた夏彦は、


「ああ」


 一瞬、とぼけようかと迷ったが、直感的に虎に中途半端な嘘は通用しないと判断して、正直に頷く。


「どんな風にしたんだよ?」


「俺は詳しいことは知らない。学園長に頼んだだけだ。お前が食いつきそうで、なおかつ普通なら絶対成立不可能な案件を、自然にお前の手に渡るように仕向けてくれって」


 それが、夏彦が学園長に頼んで張った罠だった。

 虎が、弱みを握っている連中を通して成立させようと画策せざるをえないような状況にしてもらう。


「ああ、なるほどな」


 得心のいった顔で虎は足を止めずに頷く。


「お前がやったにしては、妙な感じだった。そっちの絵を描いたのは学園長か。ああ、そもそも学園長からの依頼か? まあ、そんなとこだろうな。俺のしてることに薄々気がついて煙たがってる奴なんて、行政会の上の連中くらいだもんな」


 虎は肩をすくめて、


「それにてもあの案件が罠、か。嘘くさかったけど、釣られちまったな。これが通れば、俺も一気に行政会の役職者になれると思ったら、仕方ねぇだろ? ちょっとしたギャンブルだ」


「そのギャンブルの結果が、これか?」


「ん? ああ……いや、まあ、これは、遅かれ早かれこうなるものだったんだからよ。気にするな」


 場違いな慰めめいた発言をする虎を、夏彦は呆れたような目で見る。

 話がかみ合わない。


「……それは」


 その時、ちょうど虎が歩いている近くにある死体、そのスカートから覗く太股が夏彦の目に入った。

 やはりサバキの言う通りだったか。

 そう思いながら、夏彦はゆっくりと息を吸って吐いてを繰り返し、気持ちを落ち着けると同時に、なるべく自分のスタミナを回復させようとする。

 死体は血に塗れ、ねじれているためにはっきり人相は分からない。だが、太股にある蜘蛛のタトゥーには見覚えがあった。


「舞子だな、生徒会にいた外の内通者」


「あー、そんな名前だったな、こいつ」


 無感動に虎は舞子の死体を見下ろして、


「せっかくあの事件生き延びたのに、死んじまったなぁ」


「お前の脅迫相手、ここで転がっている死体がその全てか?」


「んー……」


 何かに悩むような顔をして、虎は唸る。


「どうした、違うのか?」


「いや、合ってるぜ。そうじゃなくてよ、そこの確認をお前がしてくるっていうのがな……結局、お前はどこまで知ってるんだ? で、俺はどこから説明すりゃいい?」


 何故かこんな状況にも関わらず虎は余裕を持っているようだった。まるで、夏彦が知らなければその分を全て話すと言わんばかりの発言だ。


「俺は、ほとんど何も知らない」


 なら、それを利用させてもらうか。

 夏彦はなるべく長く虎に話させようとすることにした。

 ついさっきまでは、騒ぎになる前に虎の調査だけは秘密裏に済ませておこうと思っていたが、この死体の山を見たらそんな気も失せた。

 時間さえ稼げば保健担当が来るし、ひょっとしたらそれよりも前に律子さんか秋山さんが目を覚ますかもしれない。風紀会に通報がいけば大騒ぎになって、この事件は俺の手を離れる。それでいい。

 ここまで人死が出た話を秘密裏に解決して、自分の有利なように消化する腹は持っていない。


「何も知らないか……じゃあ、俺が外の内通者を脅してたことは知らないのか?」


 軽く言う虎に夏彦は、


「ああ。俺が聞いたのは、お前が脅迫屋に成り下がったってだけだ」


 嘘は言っていないが、全てを明らかにしてもいない。

 確かに当初はそれしか情報がなかったが、この廃工場に来る直前、夏彦はサバキから「虎が連絡をとったメンバーのうち、多くが内通者の生き残りの疑いがかけられている連中だ」と報告を受けていた。

 だからこそ、下手をしたらとんでもないことになると夏彦は心配していたのだが。


「人の弱みを見つけては、それを使って更にでかい弱みを掘り起こすようなことをしてたんだよ、俺は。で、そのうちある奴が外と通じてる証拠を見つけて、そこからは」


 ぱん、と虎は両手を打ち合わせた。


「芋づるって奴だ。ただでさえ、内通者の生き残りは青息吐息で、お互いに協力し合っていかないとすぐに孤立して潰されるわけだ。そのネットワークに俺は滑り込んだ。そりゃ、最初はよ、こいつら突き出しゃあ、出世できるかな、ぐらい考えてたんだけどな」


「お前が、内通者たちの協力者になったってわけだな」


 悪い予感が当たったな、と思いつつ夏彦は相槌を打った。


「共犯者っつーのは人聞きが悪いぜ。奴らにはもう学園にとって脅威になるような力はない。だから、ここで徹底的に潰すよりは、仲良くなっといてある程度コントロールしといた方がいいだろ」


「本音は何だ?」


 夏彦の質問に、死体だらけの中を歩き続ける虎は口をめくり上げて笑みの形を作った。


「この学園、妙なとこばかりだ。そうだろ? ずっとこの学園を自分のものにしようとしてる外の組織とやらなら、俺たちよりもこの学園のこと、よく知ってるんじゃねぇか? そう思ってな」


「確かに、俺は学園のことを知らないな」


「だろ? 俺だって同じようなもんだった。多分、周りの役職者連中だってそうだ。会長レベルまで行きゃあ別だろうけどよ。ま、そんなわけで外の連中を脅して色々教えてもらったわけだ。他にも、便宜を図ってもらった。ああ、まあ、お礼に、連中のために一肌脱いでやったくらいのことはしたぜ」


 歩きながら平然と話す虎を見て、夏彦はどう考えていいか分からない。

 この恥知らずの悪人が、と怒るべきなのか。友だちがこんなことになってしまったと悲しむべきなのか。

 今、夏彦は空っぽだった。虎が何を言おうとも、何も感じない。


「こっちもいい目を見たし、情報も手に入れた。けど、まあこんな関係は長く続かないとは思ってたぜ。向こうからすりゃ正体知ってる俺は邪魔者だし、向こうの方が数だって圧倒的に多い。そりゃ、いつかは俺を殺そうとするわな。逆の立場だったら俺もそうする。だから、一応途中から用心棒はつけといたんだぜ?」


「大倉か」


「そうだよ、大倉さんだ」


 一周回って、虎は元の位置に戻った。そして、足元に倒れている大倉を見下す。


「単純で腕っ節は強い。用心棒としては最適だろ? へりくだってお願いするだけで、こっちの思い通りに動いてくれたぜ。情報収集のために、こっそりと発信機や盗聴器を仕掛けても何も気づかない。本当に、暴力に関すること以外はからっきしなんだ」


 くすくすと笑いながら、後ろを向いて虎は大倉から離れた。


「あとは、どこで爆発するのか、タイミングを読むだけだった。それさえうまくやりゃあ、生き延びる自信はあったんだ」


 振り返らずに、虎は続ける。


「ところが、行政会の上の奴らが、爆発よりも早く俺の首根っこを抑えようとし出した。アンテナ張ってみたら、そいつらと連動して我が大親友、夏彦も妙な動きしてるじゃねえか。具体的には『みなかた』で学園長と牡蠣食ってたんだけどよ」


「牡蠣のことまで知っていたのか。いや、それを想定してなかったこっちが甘かったな。脅迫を繰り返して長い手を持ったお前が、自衛のためにそれを使わないはずがない」


 あの密談が虎の耳には入らないという前提で動いていた自分がおかしくなり、夏彦は自嘲的に言った。


「ははっ、長い手とは買い被りだぜ。ただ、手は短くても最低限、自分のとこの上、それも俺がすぐに目障りになりそうな奴には注意しておくってだけのことだ。学園長なんて、本命中の本命だぜ、ぶっちゃけ。ま、だからこそ学園長も直接自分が行くんじゃなくてお前を使ったんだろうけどな」


「その割には、お前が俺の調査を妨害するようなことは――」


 言いかけた夏彦の口が止まった。


「……用心棒を使ったのか」


「使ったってのは正確じゃねえな」


 くるり、と虎が振り返る。


「お前と大倉さんが勝手に揉めてたんだよ。つーか、大倉さんが因縁つけたんだけどな。いや、盗聴器で聞いててびっくりしたぜ、お前をどうしようかと思ってたら、ちょうどそのタイミングで揉め事が起こるんだもんな。だから、俺は大倉さんを使ったわけじゃねえ。ただ、是非あの生意気な夏彦って奴とは徹底的に気が済むまで揉めてくださいってお願いしただけだ。ああ、あと、向こうからお前について知ってること話せって言われたから、親切丁寧に教えてやったけどな」


「プライバシーの侵害だぞ」


 余裕があるところを見せるために、少しふざけた夏彦の注意に、


「そりゃ悪かったな」


 素っ気無く言って虎は工場の出口に向かって歩き出す。

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