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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第三話 我が良き虎(タイガー)
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仕掛けられた罠

 努力は時には実ることもある。

 昼食後、夏彦はしみじみとそう思った。


 夏彦は行政会でアドバイザーとしての仕事をしながら、なるべくガードの薄そうな役職なしの一年生を選んで世間話をするようにしていた。

 人付き合いが特に得意なわけではない夏彦にとっては、中々のストレスだ。


 そして、その努力がその日の昼食後、報われた。


「虎の知り合いなんですよね、夏彦さん」


 勉強会の合間、夏彦が資料の整理をしながら雑談していると、相手の行政会一年生がふと言った。


「そうだけど……あいつ、変な奴でしょ」


「まあ、変わってるかなー」


「でも優秀なんじゃない? あいつ、勉強できるみたいだし、行動力あるし」


「そうそう、通りそうもない案を無理矢理通したりするんですよ」


 笑いながらのその言葉に、夏彦は匂いを嗅ぎつけた。虎の調査のための、重要な突破口になる匂いだ。


「……無理矢理って、どうやって? 役職なしの一年生でしょ?」


 はやる気持ちを落ち着かせて、表面上は冷静に質問していく。


「いや、それ分からないんですよ。どうも、学園の外で工作してるんじゃないかって噂ですよ。料亭で札束のぎっしりつまった重箱で渡してるんじゃないかって冗談まで出る始末で……」


 そこから先の話は、夏彦には聞こえていなかった。

 己の内に沈み、没頭する。


 罠を仕掛けるか。

 夏彦は決心する。

 『最良選択サバイバルガイド』を使用し、強化した勘と今までの経験、そして理性でしっかりと自分の中で出来上がりつつある案を検討する。

 いけるか?

 検討の結果、正直なところ、夏彦の中では、直感的に勝率は六割くらいのものだった。


「六割あれば、充分か」


 もっと分の悪い賭けばかりしてきて、何度も死にかけたんだし。

 夏彦はそう思って決心すると同時に、意識せずに言葉が漏れる。


「え、何ですか?」


 漏れた言葉を聞いた相手がきょとんとするが、


「ああ、無理目な案を通すなんて、俺だったら成功率は六割あれば充分かなって思ったって話」


 適当に誤魔化しながら、夏彦の目は既に計画に向けられていて、その鋭さを増している。


 それからの夏彦の行動は素早かった。

 廊下に出ると、まずは学園長に連絡をとる。あそこまでの大物に物を頼むのは多少気が引けるが、向こうからの依頼の遂行に必要な措置だ。


 かなり急で、しかも漠然とした頼みだったのにも関わらず、


「分かった」


 と、学園長は二つ返事でOKした。


 幸先がいいな、と手ごたえを感じながら夏彦は次の手を考える。

 いくら短期間とはいえ、さすがに餌に食いつくのを俺一人でずっと見張るというのは不可能だろう。ただでさえ、いつ大倉が襲ってくるか分からない。

 そもそも、張り込み調査なんて監査課の得意分野だ。公に部下に命令を出せればこれほど簡単な話はないが。


「――そうだ」


 夏彦はかなり乱暴な手を思いつく。

 毒を持って毒を制すというのも悪くない。


「もしもし」


 次に電話をかけたのは、部下であるサバキにだった。


 既に、サバキに対する調査は一応終了していた。調べていることを向こうに悟られないために充分な調査はできなかったが、それでも学園長の言う通り、有力な一年生の会を超えた派閥が存在し、その派閥にサバキが所属していることは確認がとれていた。


「ああ、どうかしたー?」


 のんびりとしたサバキの声が聞こえてきて、夏彦は対照的に緊張してごくりと唾を飲む。


「実は、上司として仕事を頼みたいんだけど、極秘でね。お前の判断で信用できる奴らを選んで、チームで仕事して欲しいんだ」


 あまりにも唐突かつ無茶な発言に、サバキはしばらくの沈黙の後、


「……ちょーっと、待ってよ」


 がたがたと物音が聞こえる。どうやら人の来ない場所に移動したようだった。


「それで、どういうこと? 極秘ってさあ、会にも秘密ってことでしょー? できるわけないよー、通常の業務だってあるのに」


「そこを何とか。忙しいとは思うけど、サバキの能力ならかるくこなせると信じてるよ」


「なーに言ってるんだか」


 間延びしたいつもの喋り方ながら、明らかにサバキは当惑していた。


 当然だろう。話として滅茶苦茶だ。


「いや本当に、お願い」


「あのねえ、まず俺にメリットがないしさあ、それに人を集めるにもどうやって集めろっていうのよー」


「別に司法会じゃなくてもいいんだ。他の会に知り合い多いだろ、とにかく時間が作れて信用できる奴に協力してもらえれば。サバキなら、うまいこと言って人を動かすことだってできるだろ、頼むよ」


「……いやー、そんなこと言われても」


 これまでと同じ当惑した返事だが、その返事が一瞬遅れた。脈ありだ、と夏彦はにやりとする。


 さっきの夏彦の発言は、サバキが派閥に所属しており、更に裏からその派閥を操っているという学園長からの話を踏まえてのものだ。

 あの反応からして、どうも派閥に所属しているだけでなく、学園長の言うように派閥を目立たないようにコントロールしているというのにも真実味が出てきたな。

 直感でそう判断して、夏彦は更に一歩踏み込む。


「頼むよ、個人的な話なんでまだ会に報告はできないんだけど、どうも詳しいことは分からないけど俺の名前を利用して乱暴な手段で力をつけてきている奴がいるみたいなんだ。勝手に乱暴やるならともかく、俺の名前を出されたらこっちに飛び火してくるかもしれないからな、一刻も早く真偽を確かめたいんだよ」


「……名前を利用って、どうやってさ。そんなことできるー?」


「さあ? 詳しいことはまだ分かっていない。だから調べて欲しいんだよ。けど、予想はいくらでもできるな。その相手は俺の知り合いなんだ。ほら、自分で言うのもなんだけど、俺は最近急激に出世したから、良くも悪くも目をつけられてるだろ。だから、その俺との繋がりをアピールして自分に有利な無理を通そうとしたとか、な」


 ここで夏彦は一度言葉を切って、それからゆっくりと続きを口にする。


「そういえば、逆も考えられるか。俺を潰したい勢力と組んで、その潰す対象との繋がりがあることから自然と自分がその勢力の中で有力になっていくように仕向けたり、とか」


 たとえばの話にしながらも、夏彦は派閥におけるサバキの立ち位置として予想、推測できるものを言葉にした。


 あまりにも露骨なためか、サバキが黙る。


「――頼むよ。借りひとつ、ってことで。もし、今度サバキの方で何か俺の力が必要な時はできるだけ力を貸すからさ」


 ダメ押しのように夏彦が言うと、


「……仕方ないなあ、今回だけだよー?」


 そのままの喋り方ながら、声にどこか冷え冷えするものを含ませてサバキは了解した。


「助かるよ」


 そうして、夏彦はサバキにやって欲しいことを一通り伝える。


「……分かった、すぐに動くとするよー」


 通話が終わると、夏彦は緊張から解放されて大きく伸びをして首を鳴らした。


「ふう」


 息を吐いて全身の力を抜いてから、もう一度気を引き締めようと両手で頬を叩いた。


「これからだな」


 そう、これで終わりじゃあない。

 夏彦はすぐに次の手を考える。

 虎への張り込みをしてもらうのにサバキをうまく利用できた。これで、会には秘密のまま虎を調査できる。更に、さっきのはサバキへのカマかけと、本当にサバキが派閥を操っていた場合にはこっちはある程度知っているんだというプレッシャーをかける意味があった。どちらも成功したといっていいだろう。というより、成功していなければこんな無茶な頼みをサバキが承諾するわけがない。


「次は、ちゃんとした仕事として動くか」


 夏彦は再び電話を手にする。


「――ああ、もしもし、雪村さんですか」


 夏彦は雪村に、監査課の正式な仕事として、監査課内部の調査、特にサバキを選挙管理委員のリストに載せたままにしておいていいかの調査を頼んだ。

 理由は、サバキに関して不穏な噂があるため、としておいた。実際、それは嘘ではない。ただ、その噂の発信源は学園長で聞いたのが自分だというのを話していないだけだ。


 サバキは虎の調査に派閥を使うはずだ。

 それなら、そこを監査課が調査すれば、サバキと派閥の人間の関係、どうやって派閥を動かしているのかの一端が探れるはずだ。

 探れなかったら探れなかったで、サバキと派閥が監査課の調査をかいくぐって虎を調査することのできる力の持ち主だということくらいは分かる。

 どちらにしろ、現在未知数のサバキと派閥の輪郭くらいはこれで掴めるはずだ。


「さあて、鬼が出るか蛇が出るか」


 呟く夏彦の頭の中には、いくつもの不安が渦巻いている。第一関門は突破したとはいえ、穴だらけの計画だ。

 もしも、監査課の調査のためにサバキがうまく虎を調査できなかったら?

 もしも、サバキと虎が実は組んでいたら?

 もしも、虎が罠だと気づいたら?

 そして何よりも、肝心なところであの男、大倉が乱入して全てぶち壊しにしたら?

 考え始めたらきりがない。


 それでも。

 夏彦は腹を決めて、携帯電話をポケットに突っ込むと力強く歩き出す。

 それでも、一度動き出したら、最後までやり抜くしかない。この先に、更に上に昇る道が続いていると信じて。

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