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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第三話 我が良き虎(タイガー)
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厄介者その2

 大倉と遭遇するのを警戒して、翌日は早朝も早朝、日が昇りきっていないうちから夏彦は学園に登校した。

 司法会本部に寄ってみると、こんな時間にも関わらず人影があった。


「早起きですね」


 早朝だというのに、洒落たスーツ、髪型と服装がぴっしりと決まっている。にこりと笑ってライドウは夏彦に顔を向けた。ライドウの前、机の上には何十枚という資料が広げられていた。


「副会長、どうしてこんな時間に?」


「え? 僕は大体いつもこの時間に来て仕事をしてますよ」


 事も無げにライドウは言った。


「いつもこの時間ですか?」


「副会長になって仕事の量が増えて質も変わりましたからね。僕はそこまで能力がある方でもないんで、時間外労働の嵐ですよ」


 そのライドウの自嘲の笑みと言葉に、夏彦は胸を突かれたような気になった。


 なんでもさらりと器用にこなす男だと思っていたライドウに、こんな一面があるとは。


「……陳腐な言い方ですけど、白鳥が優雅に見えても実は水中で必死に水を掻いてるようなものですね」


「そんないいものじゃあないでしょう」


 くすくすとライドウは笑って、


「それで、どうしたんですか、こんな時間に」


「ああ、そうなんですよ、ちょうどよかった」


 そうして、夏彦はまずはライドウに自分が大倉に目をつけられていることを話す。


「それはそれは。災難でしたね」


 机に座り、資料を読みながらライドウは相槌を打つ。


「全くです。厄介者もいいところですね。けれど、災い転じて福となすって言葉もありますから」


「そうか。大倉に襲わせて、風紀会への貸しにするつもりですか? ああ、例の会議で有利にすすめるための材料にするわけか」


 ライドウはすぐに夏彦の意図を読み取って言葉にする。


「ご賢察です。俺の勘だと、大倉は今日にでも襲い掛かってきてもおかしくありません。それで、他の会の役職者となるべく一緒にいたいんですけど――」


「つまり、そういう仕事を特別に振ってくれ、と? まあ、胡蝶を働かせれば一週間程度なら君の抜けた穴を埋めることはできますから、別いいですが」


「ああ、できれば行政会の役職者と関わる仕事でお願いします」


「え?」


 その言葉が意外だったのか、ライドウは資料から顔を上げた。


「どうして、行政会に?」


 その疑問はもっともだ。ライドウにしてみれば、ここで会を限定する理由が見つからない。


 一方、夏彦にしてみればこの提案には理由がある。虎に近づく手段としても使ってやろうという算段だ。トラブルの解決と会議での優位、そして学園長からの依頼の三つ全てにメリットのある一石三鳥の手段。

 もちろん、そんなにうまくいくとは思ってはいないが、最善手を打とうとするのは当然のことだ。

 とはいえ、学園長から依頼があったことをライドウに馬鹿正直に教えることもできない。他の会からの依頼を、それも見返りありで個人的に受けたなんて完全にアウトだ。

 夏彦はそう判断して誤魔化すことにする。


「いえ、実は学園長と最近知り合う機会がありまして。この機会に、あそことパイプを作れたら後々仕事でも便利だなと思ったんです」


「なるほど……ちょっと待ってくださいよ……ええと、あった!」


 ファイルを取り出し、なにやらがさごそと探していたライドウは喜びの声を上げた。


「うちの会の役職者が持ちまわりでやってる、行政会の校則運用に関する監督補佐の仕事が空いてました。期間限定でいっときますか?」


「ああ、是非それでお願いします」


 大倉に絡まれた時はどうしようかと思ったが。

 夏彦は心中ほくそ笑み。

 人生万事塞翁が馬。どうも、全てがうまい具合に転がりだしたようだ。俺の勘では、大倉は今日にも仕掛けてくる。

 大仕事だな、と夏彦は気合を入れなおした。




 授業を受けた後、夏彦は久しぶりに部活に出ることにした。それというのも、ライドウに用意してもらった例の仕事が始まるまで、授業が終わってから二時間近く時間が空いているからだ。今日のところは勉強会にアドバイザーとして参加することになっているが、その勉強会が始まるまで三時間程度かかるからだ。


 久しぶりに第三料理研究部に顔を出すと、アイリスと虎、そして秋山の姿があった。


「あ、夏彦君、久シブり」


「悪い。最近忙しくて顔を出してなくて」


「いやいや、珍しいじゃねぇか、ほんとに。俺なんかは最近結構暇だから来てるぜ。秋山さんも」


「そうっすね。というか律子とつぐみちゃんだって、今日たまたまいないだけで、結構な頻度で出てるっすよ。まあ、夏彦君は――」


 役職者の上の方で忙しいから仕方がない、というニュアンスを含ませて秋山は肩をすくめた。さすがにアイリスの面前で言葉に出すことはしない。


「で、今日の料理は?」


「あー、今日は秋山さんが男の手料理作ってくれるらしいぜ」


「楽しミね」


「まあ、見といてくれっす。びっくりするくらいうまいのご馳走するんで」


 秋山は腕まくりをすると調理を始めた。


「手伝いマスよ」


 アイリスも秋山の横で調理を始めた。


 残ったのは、二人。夏彦と虎。


「……なあ」


 密かに調査しようとしているという負い目からか、夏彦は気まずさを感じ、それを振り切るように自分から声をかけた。


「大倉って風紀会の奴、知ってるか?」


 話題に困って、自分の中で一番ホットな話題について夏彦は質問する。


「いや、知らない。誰だそれ?」


 虎はきょとんとした顔をする。


 何も話の流れとしては不自然じゃあない。これで、夏彦が大倉についてのトラブルを笑い話として説明すればいい。


 それだけのはずなのに。


「あ、ああ……大倉っていうのはな」


 大倉について説明しながら、夏彦は強烈な違和感を感じていた。『最良選択サバイバルガイド』が発動している。


 嘘を、ついているのか?

 夏彦はそれを感じ取ったが、しかし理由が分からず混乱する。

 こんなことで嘘をつく理由がどこにある?

 サバキが知っていたように、虎が知っていたとしても別におかしなことじゃあない。風紀会の外でも有名な厄介者だ。

 それを知らないと嘘をつくということは、ただ単に知っているだけじゃなく、何かしら後ろめたい関係性があるということだ。


「いや、本当に厄介でさ――」


 説明を続けながら、夏彦は考えを進める。

 俺は、大倉の問題と虎の調査、そして会議についての工作を一気に済ませてやろうと考えていた。その作戦を立てた。だが、そのうち虎と大倉が秘密裏に結びついていたとしたら。

 夏彦は不安になってくる。

 果たして、俺は作戦を立てたのか、それとも立てさせられたのか?


「ひゃあ、大変じゃねえか、そんなのに絡まれて」


 説明を聞き終わった虎はけらけらと笑う。


「ああ、まったくだよ」


 複雑な思いを隠し、夏彦は答えた。


「できたっすよー」


 秋山の声が聞こえた。


 部活中に、虎を少しカマをかける程度に探ってみるか。

 そう思っていたが、夏彦はその計画を変更することにした。

 自分が既に罠に嵌っている可能性もある。自分から手を出して深みに嵌ることもない。大人しく、秋山さんの料理を食べておくことにしよう。





 部活が終わり、その後行政会の勉強会に夏彦は出席した。

 アドバイザーとしての役目もスムーズにこなせた。行政会が現在行っている校則運用について、司法会の代表としての意見を述べていくだけだ。


「夏彦君、ここの校則適用は適正かな」


「そうですね、ここは前例として文言の解釈の問題があって……」


 勉強会に出ている他の面子の中に、夏彦にも見覚えのある人間が数人いた。彩音と学園長だ。

 彩音は特に含むところはないらしくずっと普通に勉強会をこなしていた。

 一方の学園長は、ことあるごとにちらちらと夏彦に目をやってきていた。


 やがて勉強が終わると、学園長はするりと夏彦に寄ってきた。


「聞いたぞ、大倉と揉めているらしいな」


「ええ、耳が早いですね」


 そんな学園長という立場からは些細なことを、と夏彦は驚いた。


「ふむ。奴は強いぞ。私でも多少二の足を踏む程度にはな。十中八九は勝てるとは思うが」


 学園長の言葉に、夏彦は不安をかきたてられる。


「そんなにですか……」


「うむ。どうだ、もう日も沈んだが、この後時間はあるか? 軽く、稽古をつけてやろう。大倉対策だ」


「ありがたいですね……ただ、それならひとつお願いが」


「何だ?」


「終わった後、車で送ってくれませんか?」


 このあまりにもずうずうしい夏彦の頼みに、しかし怒りも呆れもせず学園長はにやりと笑った。


「そんなに大倉が怖いか?」


「ええ。だから、この勉強会の後、他の役職者にくっついて帰るつもりだったんですよ」


「結構。怖いことを正直に怖いと言えるのは美徳だな」


 そう言って学園長は出入り口に向かい、


「武道館に行くぞ。終わったらちゃんと車で送ってやるし、もしそこで大倉に襲われたら、私が守ってやろう」


 振り返り、目だけで笑った。


「了解です」


 夏彦は慌てて学園長の隣に並び、そうして二人で部屋を後にした。

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