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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第三話 我が良き虎(タイガー)
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乱戦と策謀その3

「見た目も中身も、特別危険クラスの不良と全然違わなくないですか?」


 ようやく裁判と外務会のサポートを終えた夏彦は、律子と秋山を誘って一緒にファミリーレストランで夕食をとっていた。


「大倉君のことっすか、まあ、その通りっすね。多分、目をつけられたからいつか絡まれますよ。ヤンキーに目をつけられたみたいなもんすね」


「困るなぁ……俺、そんなに喧嘩得意じゃないのに」


「で、でも、夏彦君、凄かったよね。あっという間に裁判終わらせて」


 にこにこと笑いながら、律子はジュースを飲む。


「凄いも何も……現行犯だし、被害者もちょっと怪我しただけでしたから、矯正施設で一週間で問題ないでしょう。テンプレートみたいなものですよ。外務会からの人もやり手だったみたいで補償を含めた被害者との話し合いもすぐ終わったし。その前の殴り合いの方が疲れました」


 ふう、と夏彦は疲れた息を吐いた。


「どうしようかな……あいつ、風紀会で止められないんですか?」


「いやー難しいっすね。ぶっちゃけ、喧嘩の強さだけで成り上がったような奴ですからね、上司だからって人の言うこと聞く奴じゃないし」


 腕を組んで達磨のような見た目になりつつ、秋山はうむむと悩む。


「単純に、武力で頭を押さえつけられる人はいないんですか?」


「えー……あいつ、戦闘力だったら風紀会でもトップクラスなんすよね。うちの会の上の役職者って、結構戦闘屋じゃない人が多いし。会長だって、戦闘よりも捜査が得意だし」


「ああ、瑠璃って人ですよね」


 会議で見た、細く白い女性の姿を夏彦は思い出した。

 確かに、荒事が得意なようには見えなかった。


「そうそう。会長は千里眼とか呼ばれてるんすよ。何でも分かっちゃうらしいっすね。まあ、そんな感じなんで、あいつと揉めるのは嫌がるんじゃないすかね。実際、大倉君と互角以上にやりあえるのって風紀会でも数少ないっすよ。それこそ、律子くらいじゃないすか、ねえ?」


「ん、ん? な、何?」


 さっきから黙ってハンバーグステーキを口に詰め込んでいた律子は、名前を呼ばれて慌てて顔を上げる。ハムスターみたいに口をぱんぱんにしている。


「いやあ、俺が例の大倉って人に絡まれてるから、どうしようかなって話ですよ」


「だ、だいひょうぶよ」


 ごくん、と口の中のものを飲み下し、


「い、いざとなったら、わ、わたしが守るし、へへ」


「実際それは心強いんですけどね……」


 けど他に手を打たないわけもいかないよな、と夏彦は悩む。


「ああ、そうだ。唯一、大倉君が頭が上がらない人がいたっすね。まあ、大倉君というより風紀会にいる人間は皆、頭が上がらないんすけど」


「え、誰のこと?」


 何故か律子が質問する。

 どうやら心当たりがないようだ。


「あんまり顔見せないから忘れてるかもしれないけど、副会長っすよ」


「ああ、た、確かに……レインさんか……」


「副会長のレインって人、そんなに怖いんですか?」


 興味をひかれて夏彦が訊くと、困った顔をして秋山と律子はお互いに顔を見合わせた。


「いやー怖いっつうんすかね、確かに野生的な感じはするけど、言葉遣いは結構丁寧だし」


「う、うん……怖いっていうなら、その、お、大倉君の方が怖いと思う」


「なんていうか、副会長は人の心を掴むのがうまいんすよね。ほら、乱暴で礼儀とか無茶苦茶なのに、誰からも何故か好かれてすぐ人との距離縮める人いるじゃないすか。あれを凄くした感じの」


「ああ……」


 何となく分かる、と夏彦は頷いた。


「じゃあ、その副会長に頼んでくれませんか、大倉君を何とかしてくれって」


「いやー……中々捕まらない人っすからね」


「う、うん……半年に一回、顔を見るかどうかくらいの人だから……」


「じゃあ、そっちも駄目かー」


 夏彦はソファーにもたれて天井を見上げた。


 どうするかな、このトラブル。

 夏彦は悩む。

 他にも解決しなきゃいけない問題が沢山あるのに、こんなトラブルに巻き込まれるとは。いや、正直なところ、本当にあの大倉という男がちょっかいを出してくるかは分からない。常識的に考えれば、何かなければこれ以上何も起きないと考える方が正しい気がする。だが、だからといって何の手も打たないでおいていいというものでもない。万が一に備えるに越したことはないのだ。


 ピンチはチャンスという言葉もあるが、これをどうにかしてチャンスに変えることはできないだろうか。

 夏彦は少し発想を転換させてみる。

 問題山積みの状態で更にトラブルがやってきた、のではなくて、このトラブルを利用して山積みになっている問題を解決できないだろうか。


「んー……」


 唸りながら夏彦はジュースをストローを使って飲む。


 考え事に没頭している夏彦を、秋山と律子は気味悪そうに見ている。


 できないこともないな。

 夏彦は思いつく。

 あの大倉という男が俺に言いがかりをつけて襲ってくるところを第三者、できれば風紀会以外の会の役職者に目撃させたらどうだろうか。

 その場合、俺が問題にしようと思えば問題にできる。揉めようと思えば風紀会と揉めることができる。証人もいる。

 そうなれば、風紀会が会議で俺に強く出ることはできないだろう。なにせ、会のナンバー3候補がそんな問題を起こしたんだ。責任問題になる。


「ただなあ……」


 ストローを咥えたまま夏彦は独りごちる。


 それをやるには、四六時中どこかの会の役職者と一緒にいるのが一番確実な方法だ。大倉が絡んでこようとこまいと、それが安全だ。

 だが、それをやってしまうと、学園長から頼まれた虎の調査ができない。あっちは、できるだけ極秘に自分だけで進めたいんだが。


 そうなると、逆になるべく大倉には早目にいざこざを起こしたくなる。それが済めば、他の役職者と一緒にいる必要もなくなる。


「……秋山さん」


 ストローから口を離し、夏彦は顔を秋山に向ける。


「ん?」


「大倉って人、俺をまた襲ってきますかね」


「だと思うっすよ。あの人、単純かつ執念深いから。あんな感じになったら、あとは火種を探して何とか揉めようとし続けるっすね」


「ふうん」


 だとしたら、こちらから挑発すれば任意のタイミングで揉められるか?

 夏彦は頭の中でプランを組み立てて、色々と考える。


「大倉って人が俺に目をつけたのって、やっぱり手首掴んだからですよね」


「そりゃそうっすよ。結局、自分より強い奴が気に食わないんすよね。律子だって、実力伯仲だって噂されてるのが気に入らなくて結構絡まれてるんすから」


「わ、私、完全に無視してるから、それ以上発展しないけど」


 律子がふるふると小さく顔を振る。

 何も起こっていないとはいえ絡まれているのが相当嫌なようだ。


 夏彦にも律子に無視されたらそれ以上発展しないのは想像できた。

 あの冷たい顔と目で無言で通されたら、いちゃもんつける側としても途中で心が折れてしまうんだろう。


「強さにこだわってるわけですね……」


 なら、いけるか。

 夏彦の頭の中で、計画の青写真が大体できあがっていく。

 だが、計画の大まかな概要を組み立ててなお、夏彦は言葉で説明しづらい不安がまとわりついてくるのを感じた。

 思うに、これは虎のせいだ。奴の調査をしなくてはいけない、という一点があるために他の問題に対してまで不安を感じさせている。


「秋山さん、虎と仲いいですよね?」


「いや、別に」


 あっさりと否定する秋山。


「う、嘘だあ、秋山君と虎君、仲いいイメージだよ?」


「俺も律子さんに同意ですね。というか、俺、別にそういうのに偏見ないから本当のこと言ってくださいよ」


「そういうのってどういうのっすか? あ、いや、やっぱいいっす。やっぱ聞きたくないんで」


「まあ、端的に言うと恋人同士っていうか」


「いいっつったのに……で、虎と仲良かったら何なんすか?」


「いや、虎ってどんな奴だって印象があります?」


 第三者、それも自分より虎と親しい第三者の意見が聞きたかった夏彦の質問に、


「見た目が派手、陽気、さばさばしてる、デリカシーがない、舌が馬鹿、頭も馬鹿」


 次々と箇条書きのように秋山は印象を挙げていった。


「馬鹿ってことは、な、ないでしょ。だって……ほら、い、今はもう、あれでしょ、特別優良クラスの上位クラスに入ってるんでしょ、だ、だから」


 律子がフォローしようとするが、


「いや、そういう問題じゃないんすよね。勉強ができるできないと知識量とか頭の回転とかじゃなくて、なんつうんすかね、物事を深く考える能力はあっても、あえて深く考えようとしないというか、つまり人間的に馬鹿なんですよ」


「人間的に馬鹿って……」


 無茶苦茶言うな、と思いながらも夏彦は納得してしまう。


「ただ」


 秋山はそこで、ふと言葉を切って黙ると、落ち着いた口調で続けた。


「深く考えない代わりに、こっちも向こうの考えることがよく分からない気がするんすよね。意外性の塊っつーか、ほら、虎って突然何してもおかしくない気がしないっすか」


「言い得て妙ですね」


 夏彦にしても正に同感だった。

 だからこそ、虎が脅迫屋に成り果てたと聞いても、特に衝撃を受けなかったのだと今更気づく。


「だからあれっすね、一言で表すなら、油断できない馬鹿っすかね」


「油断できない馬鹿、ですか。やっかいな奴ですねー……」


「どうしたんすか、虎とも揉めてるんすか?」


「似たようなもんです」


 誤魔化して、夏彦はぐでりとテーブルに突っ伏した。

 そんな訳の分からないものと相対しなきゃいけないっていうのが面倒だ。


「どっ、どうしたの!? 夏彦君、お腹痛いの?」


 律子が見当違いの心配をしてくる。


 その律子の様子がツボに入ったのか、秋山は体を震わせて笑いを耐えている。


 夏彦は顔をあげて弱弱しく笑った。


「いや、人付き合いの難しさを再認識したところです」


「うんうん、難しいよね……人付き合いって」


 納得したのか律子が嬉しげに頷いた。


「いや、多分、律子さんが思ってるのとは違いますけど」


 夏彦が指摘すると、秋山が耐え切れないとでも言うように噴き出した。

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