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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第三話 我が良き虎(タイガー)
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乱戦と策謀その2

 やれる。

 夏彦は確信した。

 意識の隙を突いて前、横の順。後ろは無視。

 瞬時に、感覚でそう判断する。 

 後ろの方にいる数人を無視して、夏彦は前に突撃する。意表を突かれて硬直する前方にいる二人を殴り、蹴り飛ばし、そして投げつける。左と右、両側からの攻撃を片方をかわし、片方を捌く。後ろからの攻撃がそろそろくる気がしたが、同時にそれは無視しても大丈夫な気がした。避けるまでもない。


「がああっ」


 勘は的中し、何もしていないのに背後の方から叫び声が聞こえた。同時に、何か重いものが叩きつけられる音。


「おっ、ここで会うとは奇遇っすね」


 聞き覚えのある声も聞こえる。


 左右の敵の首に手刀を叩きつけて振り返ると、予想通り筋肉の塊のような男が笑っていた。腕につけている腕章がはちきれそうだ。


「秋山さん、遅いですよ。俺、裁判と外務会のサポートのつもりで来たのに」


 振り向いたまま、死角からくる攻撃を夏彦はかわす。


「いやー助かったっす、もう大丈夫っすよ。執行人が次々と来るっすから」


 言いながら一本背負いで敵を地面に背中から落とす秋山。


「ああっ」


 今度は離れた場所で悲鳴があがった。

 夏彦が殴ったり投げたりした時に敵が出す鈍いものとは違う、鋭い悲鳴。


 夏彦がそちらを見ると、足を斬り付けられた男たちが地面でもがきまわっている。


 斬った張本人、怜悧な顔で静かに地を這う男たちを見下ろしているのは、律子だった。夏彦もぞっとするような冷たい目で、日本刀をぶら下げている。


「てっ、この、アマ……」


 律子を囲む敵が十人近く。半数以上が武器を持っている。


 だがその状況でも、律子は表情ひとつ変えることなく、凍えるような目で自らを囲む敵を見回しただけだった。


「あっ……」


 だがその目は見回していて夏彦に気づいた途端、丸くなり、泳ぎ、そして頬まで染める。


「どっ、どどどうして、夏ひ--」


 それを隙と見たのか、周りの敵が一斉に律子に飛び掛る。


 だが。


「うわっ」


「ひっ」


「ぎゃっ」


 白く光る刀が踊り、次々に敵は床に転がっていく。


 どうやら心配はなさそうだな、と夏彦は安心する。


 そして、どうやら残りの敵も一掃されようとしていた。次々と来る援軍が、敵を蹴散らしていく。


「おらぁ!」


 その中でも一際目立つのは、敵の集団に飛び込んでは敵を一撃で殴り倒し、数多の攻撃を全て紙一重でかわしている男だった。風紀会の腕章をつけている。

 男は短髪、剃りこみが入っており左目の上に切り傷らしき古傷がある。右耳に銀色に光るシンプルなピアス。中肉中背だが動きが機敏で、一撃一撃に全ての力を込めるようにして攻撃していた。


 一目で、特別危険クラスから風紀会入りした奴だな、と夏彦にも予想がつく。


「かかってこいや!」


 叫ぶ男は、次々と敵を打ち倒していく。


「おお、やっぱ大倉君は大したものっすね」


 いつの間にか後ろに来ていた秋山が夏彦に喋りかけてきた。


「あの人も執行人ですか?」


「そっすね。俺と同じ二年生で、かなり有名人す。律子と同じく、次期の執行管理官候補すね」


 執行人のトップ候補か。というより、律子さんも同じレベルなのか。執行管理官といったら、実質的には風紀会でも副会長に次ぐ役職だったはずだ。

 夏彦は驚く。


「もともと去年の特別危険クラスで、他のろくでなしを力で押さえつけてクラスのトップにいた男っすよ。更に上を目指して風紀会入りしたんすけど、まあとにかく喧嘩が強い。単純に喧嘩の強さだけでいくつも実績を積み重ねて、それだけで幹部候補になってる男っすね」


 秋山の説明通り、大倉が暴れまわった後には死屍累々といった状況だった。まるで台風、とんでもない喧嘩の強さだ。


 学園長とはタイプが違うが、結構互角の勝負をするんじゃないだろうか、と夏彦は予想する。


 もうほとんど終わったようなものだな、と夏彦が安心した瞬間。


「――え、ちょっ」


 無言で、大倉が懐に飛び込んできた。


 まずい。どうすればいい?

 勘に任せて夏彦は体を動かす。

 ほとんど仰向けに倒れこむようにして体を逸らす。


 夏彦の鼻先を、大倉の拳がかすっていった。


 ひょっとして、俺を不良グループだと勘違いしてるのか?


「っと、待って、待っ――」


 体勢を立て直しながら必死で説明しようとするが、大倉は聞かずに次の一撃を振るってくる。


 単純な軌道を描くその攻撃を夏彦はかわそうとするが、単純な攻撃なのに何故かかわしきれない。腕で防御する、が。


「ぐうっ」


 腕ごと吹き飛ばされそうな衝撃。


 危なかった。

 夏彦は感謝する。

 学園長の攻撃に慣れていなかったら、今ので体勢を崩されていた。だが、これと同じような攻撃を経験しているから、耐えられた。


「おぁっ」


 吼えながら、大倉は間髪いれずに二撃目を繰り出す。必死で体を固める夏彦の、頭を守っている両腕に拳がめり込み、みしみしと音をたてる。


 そして三撃目。これまでと同じ、単純な軌道の、単に殴ってくるだけの攻撃。


 さすがに夏彦はタイミングを見切ってそれをかわした。


 全力の攻撃をかわされた大倉は、勢いをかわしきれずに体を泳がす。


 チャンスだ。

 とりあえず動きを止めてから説得しようと、夏彦は大倉を取り押さえるため死角から手を伸ばす。


 だが、大倉はそれを振り向きもせずにかわし、振り向きざまに拳の一撃。


 かわしきれない。だが、うまく防御できるくらいには夏彦は攻撃に慣れてきた。攻撃を、衝撃を殺すように腕で回し受ける。うまくそれが決まって、大倉の攻撃を腕で止めると同時に手首を掴んだ。

 攻撃を受けた衝撃でまだしびれている腕で必死に大倉の手首を掴み続けたまま、夏彦は驚嘆した。

 俺と同じように、完全な勘で死角からの攻撃をかわしたか。しかも、俺の勘だが、おそらくこいつの能力は勘を強化したりするものではない。つまり、限定能力で強化した俺の勘と同じような芸当を、完全に純粋な勘でもって行ったってことだ。


 一方の大倉も、自分の攻撃が受けられ、手首を掴まれたことに驚いたのか、目を見開いて動きを止めた。


 手首を掴み掴まれたまま、二人は目を見開いて動きを止めたまま、見つめ合った。


 空いている方の拳を叩きつけることができるはずだが、大倉はそれをしない。


 掴んでいる手首を捻って地面に叩きつけることができるはずだが、夏彦はそれをしない。


 ただ、お互いを食い入るように見合っている。


「ちょ、ちょっと……」


 ぱたぱたと、慌てたように律子が二人に走り寄ってきた。


「なっ、なな、何してるの、だ、大丈夫、夏彦君!?」


「大倉君、その人、司法会の夏彦っすよ。敵じゃないっす」


 秋山も説明する。


「……ああ、そうかよ、悪かったな……夏彦か」


 大倉はあからさまに夏彦を睨みつけながら、ゆっくりと身を引いた。


 夏彦も掴んでいた手首を離す。


「……もう、喧嘩終わりだろ。俺ァ、帰るわ」


 大倉はくるりと背を向けると、そのままふらふらと歩いていった。


「まずいっすねぇ。あれ、完全に夏彦にターゲットロックオンしてるっすね。攻撃防いだりするから、プライド傷つけちゃったんすよ、多分。大人しく殴られとけばいいのに」


「あの攻撃を大人しく受けたらそのまま昇天しちゃいますよ」


「だ、大丈夫なの、夏彦君……け、怪我とか」


 律子は夏彦の体中をべたべたと触りまくる。


「大丈夫ですよ……ところで、外務会の人、来たんですか?」


「ああ、さっき被害者の方に行ってたっすよ」


「そっか、じゃあ……あー、いや、どうしようかな、先に即席裁判しますか。司法会は他に来てますか?」


「さあ、どうっすかね」


 秋山は首を傾げる。


 そして、律子はさっきから黙って少し頬を染めたまま、夏彦の体をずっとぺたぺたと触っている。


「律子さん、俺、大丈夫なんで……まあ、とりあえずは風紀会の人に手伝ってもらって不良グループを拘束、一箇所にまとめてもらいますか」


「それがいいっすね」


「あ、う、うん。皆に伝えてくるね」


 ようやく我に返った律子が夏彦から離れ、他の風紀会の人間に伝えに走っていった。


 その後姿をぼんやりと目で追って、夏彦はため息をついた。

 トラブルを解決しようとしたら、そこでまたトラブルに巻きこまれるのか。

 睨み付けてきた大倉の目を思い出し、夏彦は嫌な予感がする。

 あいつとは、この後も何度か揉めそうだ。執念深そうな目をしていたし。全く、問題山積みだというのに、そこに更に積まれていくのか。





 路地を歩く大倉は、ふと足を止めて腕時計で時間を確認するような動作をした。だが大倉は腕時計をしていない。ただ、夏彦に掴まれた手首を見ているだけだ。


「野郎……」


 ぎりと歯軋りをしながら、大倉は手首を睨みつける。そこに夏彦を見ているようだった。


 そこに、かつりかつりと靴音を鳴らして、路地に何者かが歩いていくる。


 大倉は顔を上げて、その人物に目を向けた。


 その現れた人物は大倉に深く頭を下げた。


「お疲れ様です」


「ああ、よく俺がここにいるって分かったじゃねえか、虎……どうかしたのか、ああ?」


「はい」


 頭を下げたまま、虎は顔をあげようとしない。


「実はお力を借りたいことがありまして」


「いいぜ、とりあえず話聞いてやる……けどその前に、虎」


「はい」


「お前、司法会の夏彦ってのと確か仲良かったよな」


 その言葉に虎は顔を上げた。突然出てきた夏彦の名に戸惑いを感じているのを隠そうともしていない表情を浮かべている。


「入学の時、同じクラスですし、同じ部に所属しています」


「ちょうどいい」


 面倒臭そうに風紀会の腕章をもぎ取り、大倉は首を鳴らした。


「俺の方もお前に頼みあるんだけどよ」


「はい、何なりと」


 虎はもう一度、頭を深く下げた。

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