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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第三話 我が良き虎(タイガー)
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怪物と友人

挿話扱いなので短いです。

それと、少々マイナーな六師外道やプーラナ・カッサパについてはいずれ物語上で説明します。ぐぐったりしても出てきますが。

 封鎖特区と呼ばれる、学園内にある入ることを制限された地区。そこに立ち並ぶ建物の一つ。

 真夜中だというのに、その建物の出入り口には歩哨が立ち、煌々と明かりで照らし尽くされている。内部にひっきりなしに学生、非学生関わらず人間が行き来している。


 その地下の一室。

 十メートル四方の正方形の部屋。鋼鉄製の扉の他には何もない、コンクリートの床と天井、そして四方を囲む強化ガラスで構成された世界。

 その部屋の中心には、椅子があり、その椅子には少年が座っている。

 座っている、というのは正しくない。少年は椅子に縛り付けられている。それも、ただ縛り付けられているのではない。

 少年は拘束服を着せられていた。その状態で床に固定された金属製の椅子に、革製のベルトでミイラのようにぐるぐると縛り付けられていた。

 唯一、顔だけが自由になっている。


 少年は若々しい顔をしていたが、その目だけが老人のものの如く、枯れて落ち着いていた。色素が薄いのか、肌は白く髪も茶色い。そのさらさらとした髪は長く、唇は紅い。だがそれらの少女的な部分とは相反するように、骨格が男性的だった。


 力強い男性と、可憐な少女と、老成した老人の要素が全て混じり合った少年だった。その少年の顔には、ずっと淡い微笑みが浮かんでいた。


「やあ」


 中性的な声で少年は挨拶をした。


「こんな真夜中にすまない」


 それに答えるようにして謝罪したのは、部屋に入ってきた学生服姿の男だった。男というより青年か。長身痩躯、長い黒髪、浅黒い肌、全身が躍動感に満ち、今にも獲物に飛びかかろうとする肉食獣を思わせる。

 青年はパイプ椅子を片手に抱えていた。


「暇だから、来客は大歓迎だ。よくこの穴倉に来てくれた、風紀会副会長殿」


「貴兄にそう言ってもらえると助かる。怪物殿」


 軽く頭を下げる青年は、その慇懃な態度をしても、青年の、風紀会副会長の獰猛さが薄れることはない。


「怪物殿、はないだろうに。過剰に僕を恐れる連中がつけたあだ名だ。せっかくノブリスネームをつけたんだ、それを呼んでくれ」


 怪物は笑みを崩さない。


「これは失礼した」


 青年はパイプ椅子を怪物の前に立てて、それに座った。


「プーラナ・カッサパ殿。六師外道の名を騙る貴兄を怪物と呼ぶべきではなかったか」


「騙ったとは失礼な。歴史上の好きな有名人の名をノブリスネームにして何が悪い?」


「許してくれ、口が悪いのは生まれつきだ。それに、失礼だというなら、貴兄と俺の仲だというのに、俺の名を役職で呼ぶそちらも失礼だろう」


「これはこれは。繊細なレイン殿を傷つけてしまったか。反省しないと」


 そうして、プーラナとレインはお互いの底を覗くように見つめ合い、沈黙した。


「……本心を言えば」


 先に沈黙を破ったのはプーラナだった。


「僕のクラスメイトが全員死んでしまったあの日以来、君は頻繁に動けない僕を訪ねてきてくれている。感謝しているよ。君の友情には応えたいと思っている」


「ほう?」


「だから、もし僕に聞きたいことがあるのなら、ここで訊けばいい。君の質問になら答えよう」


 プーラナ以外の特別隔離クラス全員が死んでいった事件について、彼はずっと語っていなかった。風紀会の取調官を煙に巻き、黙秘し、時には嘘や冗談を言って。彼の人の精神を不安定にする雰囲気と心臓を鷲掴みにするような話術の影響か、取調官の中からは精神的ダメージを負ってカウンセリングの世話になる人間も多数出た。

 その怪物が、何でも正直に答えると言っている。


 だがレインは憮然とした顔をした。


「貴兄は、俺が貴兄との友情に値段をつけるようなマネをするとでも思っているのか?」


「ああ、すまない。君を侮辱するつもりはなかったんだ」


 何の気なしに言った一言が友人を傷つけたかも、と心配しているような、子どもっぽい表情でプーラナは慌てる。


「ただ、何か僕が君の役に立てないかと思って――」


「分かっているさ」


 レインはひらひらと手を振る。


「言ってみただけだ。俺だって人並みの脳髄はついている。貴兄の想いを推し量ることくらいはできる……俺が貴兄をこんな夜に訪ねたのはな、友よ。貴兄が興味を持ちそうな話を手に入れたからだ」


「へえ。ひょっとして、生徒会の選挙に先駆けた前哨戦かい?」


 プーラナは嬉しそうに微笑を深め、同時に乾いた目の温度が下がった。


「鋭いな。そうだ。どうやら、また荒れそうな予感がする。なにせ、うちの会長が直々に出陣したからな」


「風紀会の会長殿が、か。一体、何をもって判断したんだろう?」


 若干動きにくそうにしながらも、プーラナは首を傾げた。


「さあな。あの人は、俺たちの見えない何かが見えている人だ。だからこそ会長まで昇りつめたんだが……案外、その前哨戦に例の男、夏彦が参加しているからというだけの理由かもしれない」


「ああ、夏彦君か。はは、それは確かに、僕でも荒れる気はするね。ここ最近の大事件に大抵は彼が噛んでいるから」


「貴兄の言う通りだ。司法会監査課課長補佐、という地位以上に奴を警戒している人間は多い。もっとも、警戒の程度は貴兄程ではないが」


 にやり、と唇の端をめくるようにレインは笑う。


「僕をそこまで警戒するなんて、何か勘違いしているとしか思えないけど」


 拘束服の下で、プーラナは肩をすぼめる。


「特別隔離クラスでの殺し合いで唯一生き残り、その事件について尋問した取締官五人のうち、四人を精神的に使い物にならなくしてしまった貴兄を警戒するなと?」


 獰猛な笑みを浮かべたままでレインが言うと、


「五人のうちの一人と、このように友情を結んだ僕を警戒するなということだよ」


 くすり、と縛り付けられた体を震わせるようにしてプーラナは笑い、


「ああ、しかし話を聞くのが楽しみだ。今年の新入生は傑物揃いみたいだからね、この箱庭で王殺しが起こるのも間近かもしれない」


「傑物揃いというのは同意だ。貴兄も含めてな。しかし、王殺しが起こるとは思えないな。学園の創立以来、現在まで誰もなしえなかったものだ。活きのいい新入生が数人いたところでとてもとても……」


 レインは頭を振ると、足を組んだ。


「意見の相違だね。友人と真剣に議論するのもまた楽しい。けれど、今はとりあえず、その前哨戦がどういう展開になっているかを教えてくれるかい?」


「いいとも、友よ。会長から聞いた簡単な話でよければ、話そう。そしてその後で、王殺しが本当に起こり得るかどうか、しっかりと議論しようじゃないか。夜は長い」


「ああ、楽しみだ」


 怪物は頷き、そうして風紀会副会長の話が始まった。

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