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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第二話 ノブリス学園料理王決定戦
53/143

タッカー

 しばらく、虎が去っていった後の食堂で夏彦は座り込んでいた。

 どうするべきか、自分に語りかけても何も返ってこない。


「……ふう」


 息を吐き、夏彦は心を決める。『最良選択サバイバルガイド』を使用する。

 やらなければならないことを、やるだけだ。

 虎も言ったように、俺は汚れ役を選んだ。役目を果たす。


 まずは、タッカーに連絡をとる。といっても、電話ではうまく喋れる自信がないため、メールを出す。


「っ……」


 メールを送信する一瞬、夏彦は躊躇してしまった。これを送れば取り返しがつかないと。

 覚悟を決めろ。もともと、もう取り返しのつかない場所にいるんだ。


 メールを送信する。

 大きく息を吐いて、次の仕事にとりかかる。

 電話をかける。電話の相手は、生徒会長だ。


「もしもし、どうしました?」


 生徒会長はすぐに出て爽やかな声を響かせる。


「実は、お願いがあるんです」


 そうして、夏彦は生徒会長に頼みごとをする。


「ええ、いいですよ」


 生徒会長は快く承諾してくれた。


「というより、それだけでいいんですか?」


「……ええ、それだけでいいです」


 まだこの期に及んでも、夏彦にはどうしてもタッカーが犯人だという確信が持てなかった。それに、自分一人で解決すれば、一番穏便な形で話を終わらせることができるかもしれない。

 だから、直接的な協力はいらない。


 電話を切ると、すぐに今度はつぐみに電話をかける。


「あっ、もしもし、どうしたの?」


 向こう側に、つぐみの声の後ろで特徴的な話し声が聞こえる。

 どうやら、まだつぐみは律子やアイリスと一緒に喋っているらしい。


「つぐみちゃん、実はお願いがあるんだ」


 そうして、夏彦はつぐみにもしもの時のための頼みごとをする。


「ええ、別にいいけど……夏彦君?」


「うん?」


「よく分からないけど……終わるの?」


 頼みごとの内容のせいか、それとも夏彦の態度からか、つぐみは何かに気づいたようだった。


「運がよければ、いや……悪ければ終わりかな」


 タッカーが犯人で終わり、というのは夏彦にとって決して最良の終わり方というわけではない。


「そう……ねえ、何をするかは聞かないけど」


「ん?」


「責任は夏彦君持ちだからね」


 冷たいつぐみの声。

 だが、夏彦はそれを聞いて思わず笑ってしまう。


「つぐみちゃん、生徒会長に行く時にも思ったことだけどさ……」


「え?」


「極端に緊張したら偽悪的に振舞う癖、何とかした方がいいと思うよ。似合わなすぎて力が抜けるよ」


「むぅ……」


 だが、おかげで夏彦はいい具合に緊張がほぐれたのを感じた。


「ありがとう。それじゃ――」


「あっ、ちょ、ちょっと待って!」


 慌てた様子でつぐみが呼び止める。


「ん?」


「夏彦君――帰ってくる、わよね?」


 心細げなつぐみの声。そこに、タッカーを疑っている時の苦しげな表情を夏彦は見た気がした。

 こんな妙な学園で会に入って政争に関わるには、つぐみちゃんは生真面目で不器用すぎるのかもしれない。


「当たり前だろ」


「約束、してくれる?」


「もちろん。つぐみちゃんと約束するのは怖いけどな」


「……ばーか」


「馬鹿だよ」


 快活に答えて電話を切って、


「……とはいえ、自信はないけどな」


 呟く。

 これからタッカーと会うことに、夏彦の勘は危険を訴えてはいない。だが、その勘が今回に限っては信用できるかどうか怪しかった。

 勘を信用するならば、結局のところタッカーは犯人ではない気さえする。


 困ったもんだな、と思っていると携帯電話が震えた。


「……さて、と」


 メールはタッカーからの返信だった。

 これで下準備は完了。


「後は当たって砕けるだけ、か……砕けちゃ困るか」


 約束したしな、と呟いて夏彦は席を立った。





 日は沈みかけている。

 夕暮れの第三校舎屋上。さすがに土曜日ともなると人気はない。料理の大会をしている関係で、屋上どころか校舎自体に人の気配がなかった。


 そこで夏彦は待っていた。


「……ああ」


 夏彦は夕暮れに染まった学園を見渡す。

 今頃、会場では乙グループの本戦が始まっているのだろう。広く見渡しても、はるか遠くにちらほらとしか人の姿は見えない。

 ここなら、邪魔をされずに話ができる。


 軋む音を立てながら屋上のドアが開いて、夏彦は振り返った。


「せっかくジュース飲んでたのにね」


 ひょこひょことタッカーが屋上に現れた。


「悪いな、こんな場所に呼んで」


「ま、いいけどね。決勝までに会場に戻れれば--それで、こんなとこまで呼び出して話って何?」


「いや……」


 どう切り出すべきか迷って、夏彦は一瞬躊躇する。

 このままいっていいのか?

 自分の勘に語りかけたが、返事はない。


「……その、決勝についてなんだけどさ」


「ん?」


「出ないわけにはいかないかな」


 夏彦が言うと、タッカーはきょとんとした。


 何を言われているのか分からないといった表情。

 夏彦にはそれが演技なのか素なのか分からない。


「何言ってるのか分からないね。俺が出ないと--」


「話は通しといたよ。つぐみちゃんに、お前の代わりにアイリスとペアを組んで決勝に出場するようにな。生徒会長にも許可はとっておいた」


「……ふうん。そこまでするってことは、会の関係の話だね?」


 表情を真剣なものに変えて、タッカーは姿勢を正す。それは、見様によっては身構えているようにも見える。


「ああ――詳しいことは言えないけど、決勝には出場しないでくれ。会の問題でね。もし、無理に出場しようとするなら、拘束しないといけなくなる」


 これは、夏彦にとっての賭けだった。

 タッカーが外務会所属であり、会について知っているからこそ使える方法だ。会の問題と料理大会への出場を天秤にかければ、普通は会についてを優先するはずだ。

 どうしても決勝に出場しなければならない理由があったりしない限りは。


「――残念だね、俺とアイリスで優勝したかったんだけどね」


 悲しそうに笑って、


「まあ、よく分からないけど、会の問題だって言うなら仕方ないか」


 とタッカーはあっさりと言った。


 ああ、なんだ。

 夏彦は気が抜けた。

 ということは、つまり、こいつは犯人じゃあないか。


「悪いな、せっかくの晴れ舞台を」


 ならば、これからどうするか?

 夏彦は考えながら喋る。

 犯人が別にいるということは、ひょっとしたら甲グループの中に犯人がいるのかもしれない。つぐみに注意するように連絡するか。


 危険を感じることもなく、夏彦は目線をタッカーから外して携帯電話を出した。


「――はっ」


 衝撃。

 夏彦の口から息が漏れた。

 何が起きた?

 混乱する夏彦の目に入ったのは、取り落とした携帯電話。自分のみぞおちにめり込んでいる脚。


「おっ」


 声が出ない。体が動かない。

 眼球だけを動かした夏彦は、その脚の持ち主を、蹴りをしてきたタッカーを見る。


「不思議だろうね? 勘の鋭いはずの自分が、どうしてこうも簡単に蹴りを打ち込まれたのか」


 ぞっとするほどに平静な、普段どおりの顔のままでタッカーはみぞおちにめり込ませていた足先を地面に下ろし、もう一度蹴り。


 頭に向かって。


「ぐあっ」


 動かない体を何とか折り曲げ、両手をあげて頭をかばった。

 腕ごと蹴り破られるかと思うような蹴りがきて、衝撃を逃がすように夏彦は地面を転がる。


「くそっ」


 平衡感覚を失うが、代わりに体はようやく動く。

 夏彦は四つんばいになりながら体を起こした。


「タッカー……」


「何を、呆然とした顔をしてるのか分からないね。予想の範疇だろうに、こんな展開は」


「お前が……」


 くるくると回る視界の中で、夏彦はタッカーを必死で見据えた。


「やっぱり、お前が犯人だったのか」


「今更それか」


 タッカーの口調が変わって、童顔が嘲りに歪む。


「どこまで掴んでいるのかは知らないけど、どうも感触からして、半信半疑だったらしいね。俺はここでお前を始末して、会場に戻れば誤魔化して決勝参加も可能かな」


 ゆっくりと息を整える夏彦に追撃することもなく、タッカーは世間話のように喋る。


「ところで、夏彦君、どうしてここまでして料理大会の不正を防ごうとしてるんだ?」


「何?」


「だからね、本来大して料理に思い入れもないのにどうして、ここまで一生懸命に」


 喋りながらタッカーがじりじりと距離を縮めていることに、夏彦は気づかなかった。言葉の途中でタッカーが一気に距離を詰めてきて、ようやく夏彦は身構える。


「ぐあっ!」


 が、間に合わない。

 掌底を思い切り顎に入れられて、夏彦はその場に倒れこむ。頭を地面で打たないように、反射的に頭を抱えたまま。

 どうしてだ? どうして、『最良選択サバイバルガイド』が役に立たない?

 混乱しながら夏彦は転がって距離をとろうとするが、それをタッカーにのしかかられて止められる。

 マウントポジションだ。


「さっきの質問は、お前の意識を逸らすためのものだから、真剣に考えなくていいよ。答えは、知ってるしね」


 そのまま、拳が打ち下ろされる。

 夏彦のガードをくぐり抜けて顔が打たれ、夏彦の後頭部は地面とぶつかる。


 ぐわんぐわん、と頭の中で何かが反響する。焦点がぶれる。


 もう一撃。

 それで、ブラックアウトする。

 薄れていく夏彦の意識。暗闇の中で、タッカーから投げかけられた疑問が蘇る。


「どうして勘が働かないのか」


「どうして俺はここまで必死に料理の大会の不正を防ごうとしているのか」


 自分自身でも分からないそれを、タッカーは知っているというのか。

 鉄錆の味が口の中に広がる。


 体が、動かない。暗闇の中で夏彦は呆然とする。


 左手を上げて、ガードしろ。


 勘が囁く。いや、叫んでいる。

 しなければ死ぬぞ、と。


 闇の中、夏彦は必死で左手を上げようとする。体の感覚がなく、本当に左手が動いているのかどうか分からない。


 動いていてくれよ。


 ただ祈る。


「ぐぁあっ!」


 激痛と共に、意識が覚醒して感覚を取り戻す。

 上げられた左腕に、ナイフが深々と突き刺さっていた。左腕がなければ、おそらく喉もとに突き刺さっていただろう。

 断続的に襲ってくる激痛が、ぼやけている意識を繋ぎとめる。


 瞬間、考えるよりも早くに、ナイフを握っているタッカーの手首に向かって夏彦の右手が伸びる。


「ちっ」


 気づいたタッカーがナイフを引き抜こうとするが、それよりも早く夏彦はタッカーの右手首を掴むと、それを捻り上げる。


 俺ならやれる。

 夏彦には自信があった。

 片手一本でも、マウントをとられていても、手首を掴めれば制圧できる。

 だが。


 残る左手でナイフを持ったタッカーが、そのナイフを捻っている。

 傷口が血が噴き出す。


「いっ……ずぅ!」


 思わず夏彦は喚く。

 手首をとったのはいいものの、動きを痛みで封じられた。


 動きが止まったのを狙って、タッカーがナイフを引き抜いた。


 また喉にくるか。それとも顔か。

 絞りきれない。


 攻撃しろ。


 内なる声に突き動かされるように、瞬時に夏彦は手首を離すと右拳を真っ直ぐタッカーの顔に伸ばした。タッカーが引き抜いたナイフを構え直すのとほぼ同時だ。

 マウントをとっている余裕からか、タッカーはかわさずにナイフを突き出してくる。


 だが、そのナイフが刺さる前に、夏彦は拳を開いて、タッカーの左目に指を突き入れた。


「あああっ、いっ、でぇ」


 叫び、反射的にナイフを振り回しながらタッカーは体をのけぞらせる。


 タイミングを合わせて夏彦は体を捻り、タッカーを振り落とした。マウントを脱した夏彦はそのまま転がって距離をとる。


「やって、くれたね」


 唸りながら立ち上がるタッカーは左手にナイフをもち、右手で左目をおさえている。残った右目で夏彦を睨みつける。


 夏彦も立ち上がる。頭部への打撃のダメージはほとんど回復している。左腕も、どうやら動脈がやられたわけではないようだ。流血は落ち着いている。


「……命の危険で、ようやく勘を取り戻したみたいだね」


 ゆっくりとタッカーは右手をおさえていた左目から離す。左目は真っ赤に充血していた。


「本領発揮ってところだね。勘が君の能力なんだから」


「……どうしてだ?」


 今、どちらが有利なのかも分からず、夏彦は問いかけながら左手の指先をかすかに動かしてみる。

 大丈夫だ、動く。


「どうしてって?」


「どうして、俺の限定能力を知っている?」


 喋りながら、夏彦は必死でタッカーの隙を探す。


「何だ、そんなことか」


 左目が赤い以外はいつも通りの振る舞いで、タッカーは考え事をするように空を見上げた。


 明らかな隙。

 確実に罠だ、と感じて夏彦は身構えたまま、それでもじりじりと距離をつめる。


「もう、俺がどういう立場なのかは分かっているんだよね?」


 そんな夏彦の様子に注意を払うことなく、空を見上げたままでタッカーが言う。


「だったら、夏彦君の限定能力を俺が知ってることなんて不思議でもなんでもないよね。司法会に所属しているんだから」


 そうか。

 俺が入会した時点の司法会長は、外の組織の内通者だったな。

 夏彦が納得した、そのタイミングで。


「しゅっ」


 目線を合わせることのないまま、空を見上げたままノーモーションでタッカーが飛び込んできた。

 綺麗に首の頚動脈を狙ってナイフが流れる。


「――駄目か」


 だが、それよりも先に夏彦は直感的に飛び退いていた。


「やっぱり、勘を取り戻したらやりにくいね。おまけに、ナイフ相手の殺し合いは経験あるんだろ? 参ったな」


 ようやく視線を戻し、タッカーはナイフをくるくると指先で回す。


「決勝戦開始までに殺してさっさと会場に戻らないとな。全く、面倒なことだね」


 それを聞いて、夏彦は気づく。

 そうだ、そうなんだ。俺は、こいつを拘束する必要すら本来はない。決勝に間に合わなくなるまでこいつをこの場所にとどめておけば、それで終わりだ。それ以外で何か起こしたところで、それは生徒会長を失脚させる効果はない。


「ああ、言っとくけど、俺、つぐみちゃんと約束したよね。悪いことはしないって。でも、それが通用するとは思わないでよね。俺はここで君を殺すことを悪いなんてひとかけらも思ってないからね」


 つぐみちゃんの限定能力をあてにしたって意味ないぞってことか。

 夏彦は息を落ち着かせる。

 さっきから何のためらいもなく攻撃してきて、何かを噛んだりする素振りを見せないところからして、おそらくそれは真実なのだろう。


「おい」


 時間稼ぎのつもりで夏彦は問いかける。


「予選で、味覚操作をする料理はどうやって決めたんだ? どの料理が誰のかの情報を持ってたのか?」


「そんなわけないだろう。見た目だよね、見た目。どれか一つ、味をおかしくすればいいんだ。明らかに見た目からしてアイリスの料理じゃないものを食べてるタイミングで限定能力を使えばいいだけの話だね」


 そうか、盲点だった。だが言われて見れば簡単な話だ。見た目からアイリスの料理を当てろ、というならまだしも、数ある料理の中から、見た目からして確実にアイリスの料理じゃあないものを一つ選べばいいだけなら可能だ。


 話は終わりか、とばかりにタッカーが近づいてくる。


 まずい、勝てる気がしない。

 話を引き伸ばそうと夏彦は更に言う。


「さっき言っていた、答えは知ってるって、どういう意味だ?」


「ん? ああ、どうして大会の不正を君が止めたがってるかって話?」


 するすると自然にタッカーは近づいてくる。


「簡単な話だね。君が空っぽだからさ」


 その時、「君は殻だ」というコーカの声が蘇った。


 思わず頭が真っ白になり、気を取り直した瞬間には、もうタッカーが踏み込んできていた。

 ナイフの一撃。

 それを捌こうとしたところで、ナイフが停止した。


 フェイント!?


 気づいた時には逆方向からの拳に顎を打ち抜かれた。

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