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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第二話 ノブリス学園料理王決定戦
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虎の答え合わせその2

「どういうことだよ、力をなくしたから今回の事件が起きたってのは?」


 意味が分からず、夏彦は聞き返した。


「ああ。そもそもだな、大掃除で不穏分子、つまり軽々しくロクでもないことをする奴らが掃除されたわけだが、一番打撃を受けたのはどの層か分かるか?」


「そりゃあ、外の組織の内通者だろ」


 大掃除のきっかけとなったのが外の組織による事件だったのだから、一番にそこの連中が掃除されるに決まっている。


「そうだ。ずっと前から忍び込んでる連中が多いだろうから、完全に掃除は無理だったが、それでももう虫の息ってやつだ。もう大した力はないよ。そして、それはその他の不穏分子に関しても一緒だ。生徒会の副会長派閥だって、アクションを起こそうにも手駒がないわけだ。そういう意味で、生徒会長以下、会の役職者連中の言ってることは基本的には間違ってないぜ」


「じゃあ――」


 だったら問題はないじゃないか、と夏彦は言おうとする。


「けど、副会長派閥は、力自体を失ったわけじゃない。腐っても副会長だからな。力はあるが手駒はない。一方、外の組織の内通者は虫の息だ。このままなら、何もせずに消えていく。さて、どうする?」


 ようやく、夏彦にも話がどこに行くかが分かってきた。


「結びついたって言うのか、その二つが」


「多分、持ちかけたのは死にかけの内通者どもだろうな。副会長に、そっちの手駒として生徒会長を引き摺り下ろす手伝いする代わりに、庇護してくれってな」


「けど――」


 だが、どうもまだ夏彦にはしっくりとこない。


「そんな話に、副会長が乗るか?」


 夏彦は首を傾げる。

 ほとんどのメンバーを失って虫の息の内通者グループが、他に力を持った協力者を捜して取り入ろうとするのは分からなくもない。だが、既に副会長という地位にいる人間が、そんな疲労困憊の連中と協力するだろうか。


「手を組んでいることがバレれば、即現在の地位を追われることになるだろ。それにそもそも、学園の自主性を失わせて外の組織の影響下に置こうとする連中と協力するってのが本末転倒だ。それやったら、結局生徒会長になっても力を制限されることになるじゃないか」


 学園内の六つの会によって学園は支配されている。この前提があってこそ、会の長が絶大な権力を持ち得る。その前提を壊す連中と協力してどうするつもりだ。


「ははっ、背に腹はかえられないってことだよ。副会長としてもそこら辺は考えたが、タイミング的に今しかなかったからな。これを逃したら、いつチャンスが来るかも分からない。ああ、もちろん、内通者側もそのタイミングを見計らって持ちかけたんだろうが」


「タイミング? この大会のことか?」


 だが、生徒会長の失脚を狙うなら、この大会以外にもいくらでもやりようはあるはず。

 夏彦は混乱する。


「お前は監査課なのに知らないんだっけな……事の起こりはな、夏彦、風紀会が『怪物』を確保したことだ」


「怪物って……いきなりファンタジーな単語が出てきたな」


「ははっ、それ言うなら、そもそもこの学園自体がファンタジーだろうがよ。特別優良クラスと特別危険クラスのことは知ってるだろ。入学時のテストで優良値が一定基準超えれば優良クラス、危険値が一定基準超えれば危険クラスだ。じゃあ、特別隔離クラスは知ってるか?」


「あ、ああ」


 確か、何かのおりにライドウに聞いた覚えが夏彦にはあった。


「その両方、つまり危険値と優良値がどちらも一定以上の奴が入るクラスだよな?」


「ああ、ロクでもないことする上に頭が切れるって厄介な奴のクラスだ。危険性がある上に知力、実行力を兼ね備えてる。ま、人や環境を利用する危険物とでも考えりゃいいな。特別危険クラスの奴らが爆弾なら、特別隔離クラスの連中はウイルスだ。だから、感染させないように隔離される」


「知ってるよ。『封鎖特区』にクラスがあるんだろ」


 夏彦が前回の事件で取調べを受けたのもその区内だ。取調施設、禁固棟、矯正施設、そして刑場等々がある、風紀会によって完全に外部と隔離されている特区。


「ああ。特別隔離クラスに行くような奴は数は少ない。全学年合わせて三十名程度だったな。だから、一クラスだけ、ぽつんと教室がある。風紀会の厳重な監視の元にな。おまけに寮も封鎖特区内にあるし、外に出るには許可証が必要と、まあ、完全な管理体制なわけだ」


「で、その特別隔離クラスから化け物が出たってのか?」


「話が早いじゃねえか。その通りだぜ。新入生で特別隔離クラスに入った奴がいてな。で、今はクラスはそいつ一人だ」


「は?」


「殺し合いがあったらしいぜ。原因はまだ分からない。ただ、生き残ったのはその新入生一人だ。風紀会の奴らが異変に気づいて現場に踏み込んだ時には、死体だらけの教室の中心でそいつ一人、微笑してたらしい」


「それは……確かに化け物じみてるな」


 そんなエピソードがあったら、怪物と呼ばれるようになるのも分かる。


「てんやわんやだよ、そんなことがあったからな。危険物どもが殺し合って、新入生が生き残るなんて信じられない。公安やら、監査課やらは管理してた風紀会が何かしら関与してるんじゃないかって調査中だ。それだけじゃなくて、ほとんどの会の役職者はこの件について調査したり会合に出席したりだ」


「あっ」


 それで、ようやく夏彦の中で話が繋がった。

 胡蝶の言っていた監査課の別の案件。サバキは事件がハズレだと、これは個人によるものだと言っていた。

 生徒会長も他の役職者もどうしてこの不正の追求に熱心じゃなかったのか。どうして生徒会長と顧問のいる教員室に、司法会長がいたのか。

 全ては、夏彦の知らないその大事件が背後にあったためだ。


「こんな大事件で、全ての会が混乱するなんてそうそうあるものじゃねえだろ。ただでさえ大掃除したばかりでごたついてるってのによ」


「だから、この機会を逃さないために――いや、待て」


 納得しかけた夏彦だったが、すぐに首を振る。


「そもそも、協力しようにもその力がないんじゃないのか? 例の内通者の生き残りは、庇護を受けないと生き残れないレベルなんだ。事を起こした後で犯人を隠蔽したり逃がしたり、会の動きをコントロールしたりとか、何もできないだろ」


 だからこそ、生徒会長はこの不正が大事になると予想していなかったはずだ。


「ま、そりゃそうだ。言う通り、生き残りに力はないぜ。だから、事を起こした後で、何とかすることはできない」


「できないって――」


 夏彦は、タッカーの遺言めいた言葉を思い出す。

 遺言?


「そうだ。不正がばれた後で逃げも隠れもしないなら、何とでもなるだろ。犯人が捕まってそこから芋づる式に残りの生き残りがばれるのは、捕まる前に犯人が死ねばいい」


「ようするに、これは、自爆テロってことか?」


 言いながら、夏彦にはまだ信じられない。

 だって、何を拠り所として自分の命を犠牲にするんだ? 別にこれは国家間の問題じゃあない。たかが学園内での権力闘争だ。


「そうだ。まあ、いきなり自爆したって生徒会長の失脚には繋がらないから、色々と工夫してみたようだがな。犯人--タッカーだったってのは意外だけどよ、タッカーだって大会が終わったら自分が拘束される可能性が高いくらい分かってるだろ。多分、下準備は済んだから、次の決勝戦で大自爆するんじゃねえか? 具体的にどんなことするかは分からないけどよ」


「……タッカーが、死ぬ気だっていうのか?」


 呆然と夏彦は問う。


「ああ。少なくとも捕まることは覚悟してるだろ。こんな杜撰なやり方じゃあな。ようするに内通者の生き残りの連中の中から、犠牲として選ばれたのがタッカーだったってことだ」


 どうして?

 利害関係だけで繋がっている連中の生き残りのために、死ぬっていうのか?

 夏彦には理解できない。


「……虎」


「あん?」


「お前、その情報、どうして知っている?」


 そうだ。

 信じられない、こんな話は。そもそもどうして行政会の虎がこんなことを知っているんだ?

 夏彦は気を取り直して質問する。

 これでぼろが出れば、虎の話を否定することができる。


「その話か――まあ、いいだろ。予備審査員の中に行政会の人間もいるのは知ってるか?」


 だが、動揺した様子もなく虎は答える。


「あ、ああ」


「それでうちの会も不正のことに気づいた。そうしたら、その周辺で妙な動きをしている奴が分かってな。お前とつぐみのことだぜ? それで、お前らと親交のある俺に白羽の矢が立ったってわけだ。そこで初めてこの話を聞いたんだ。本来は、俺みたいなペーペーが知ってる情報じゃねえよ」


「じゃ、じゃあ、お前がこうして俺に話してるのは、そもそも俺の方が原因だったってことか?」


「そうだぜ。もともと、行政会は学校運営の一部として、会同士のバランス調整も役目のひとつでな。副会長派閥が妙な動きをしてるのはうちの会も気づいていたんだ。外の方が中にいるよりよく見えるなんてよく聞く話だろ。そして副会長が実権を握るのは、バランス的によくないとうちの会は考えいる。で、なるべく内政干渉せずに今のバランスを維持するためには、ちょろちょろ動いているお前を利用することが一番だと、うちの会の上の方は考えたわけだ」


「俺を? 何でだよ、生徒会長とかに直接伝えればいいじゃないか」


「ははっ、まあ、ネタバラシをするとな、行政会も一枚岩じゃねえし、派閥の中には生徒会副会長派閥と仲のいい派閥もあるってことだ。あんまり露骨なことをすると、うちの会の内部が乱れるってわけだ」


「――そう、か」


 どう考えればいい?

 夏彦は悩む。

 今聞いた限りでは、虎の話にそこまで筋の通っていない話はない気がする。この話をどう考えればいい? 信じていいのか?

 いや、それよりも。


「それで、俺に何をしろって言うんだ?」


「は?」


 夏彦の質問に、虎はぽかんとした顔で聞き返した。


「その裏を聞かせて、俺にどう動いて欲しいんだ? お前の会としては」


「さあ?」


 信じられない返事と共に、虎は首をぐるりと回す。


「いや、うちの会としてはお前に生徒会長を失脚させる自爆を何とかして欲しいんだろうぜ。けど、俺はそんなことは頼まねぇな」


 にやり、と獰猛な獣のような笑みを虎が浮かべた。


「だってよ、そんなこと頼まなくたって、ここまで教えたら後はお前の思うようにさせりゃいいだろ。もともと、どうにかしたくて生徒会長に会ったりちょろちょろしてたんだろ? ほら、話は終わりだ。思うようにどうにかしろよ」


「……虎」


「どうせ、自爆なんて許さんだろ、お前は」


 笑って虎は席を立つと、振り返らずにひらひらと手を振って食堂から出て行こうとする。


「おい、汚れ役と慰め役、どっちがいいって、どういう意味だったんだ?」


 その背中に夏彦は叫ぶ。


「自爆するつもりの奴相手にして、平穏無事には終わらないだろ。止める役と後始末役がいるってだけの話だ」


 足を止めず振り返らず、虎は食堂の出口まで向かう。


「お前、止める役を選んだんだろ」


 最後に振り返り、にやりと笑って虎は今度こそ食堂から消えた。

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