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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第二話 ノブリス学園料理王決定戦
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ノブリス学園料理王決定戦、本戦その3

 虎の発言の真意を問う間もなく、会場では料理がスタートした。

 制限時間内に間に合わそうと、どの選手も走ってステージの中央まで取りに行く。肉じゃがだけあってじゃがいもと牛肉、たまねぎといった当然の食材をとるのはもちろんだが、それ以外に肉じゃがに使うとは思えないようなものまでそれぞれのチームは選んでいる。


 カレー粉。

 鶏肉。

 チーズ。

 バター。

 トマト。

 果ては蛸まで。


「いやー、これはどんな料理ができるか予想できませんねっ」


 煽るように司会者が言って、会場がヒートアップする。


 つぐみはいつの間にか憂鬱な表情を消して、各々の料理をする姿を真剣な顔で観察していた。


 どうやら、どんな料理ができあがるか気になって、監視のことを忘れたらしい。

 いいことだ、と夏彦は思う。

 大好きな料理に関わることで、つぐみちゃんが憂鬱になるのはこっちとしてもやりきれない。

 夏彦は安心していた。


「で、どういうことだよ、汚れ役だの慰め役だの」


 集中しているつぐみに聞こえないように気を使いながら、改めて夏彦は問う。


「今、二人で色々やってるんだろ、お前とつぐみでよ。役割分担必要だろ」


 なんだ、こいつ?

 夏彦は混乱する。


「――お前、何を知っている?」


「知ってることを知ってるだけだよ。今回の事件に関して、俺の立場で知ってるけどお前らは知らない情報ってのもあるってことだ。逆もしかりだけどな」


 何でもないように虎は言って、後は興味深げに選手が料理する姿を眺める。


「ああ、もちろん犯人が誰かなんて知らねえぜ。そっちは、むしろお前とつぐみの方が掴みかけてるみたいじゃねえか」


「いや――」


 思わず、夏彦は口を挟んだ。


「――少なくとも俺は、違う。俺は、犯人が誰かなんて分からない」


 つぐみがタッカーを疑っていることは夏彦も知っている。そして、タッカーの様子がおかしいことは認める。

 だがそれでも、タッカーが犯人だという気はしない。まるでしない。


「ふうん、ま、いいや。とりあえず大会を楽しもうぜ。お前とつぐみの様子からして、この本戦でもなんか起こるかもしれないんだろ」


 それきり、虎は会話を切り上げて純粋に大会を楽しむように観戦しだした。


 何事もなく各々の選手は料理を進める。

 だが。


「あっ」


 つぐみが声をあげた。


 料理をしていたタッカーが、突然顔を強張らせて動きを止めた。そのまま、ぶるぶぶると顎を痙攣させている。

 ぱかり、とタッカーの口が開いた。


「なんだぁ?」


 横の虎がすっとんきょうな声を出す。


 夏彦も同じように叫びたい心境だった。

 何だあれは?


「……そんな」


 暗い顔をして、つぐみが呟いた。


 それを聞いて、

 ああ、つまり、当たりだってことか。

 と、夏彦は理解した。


 タッカーは右手を口まで持っていくと、何故かその右手に噛み付いた。傍目から見ても、全力で噛んでいるのが分かるくらいに力をこめて。

 ぎりぎりと、タッカーは右手をかみ締める。右手からは血が滲む。

 だがタッカーは、そんな妙なことをしているというのに、目は冷静なままで、ふっと夏彦たちの方を見た。その目には納得の色が浮かんでいるように夏彦には感じられた。


 皆が慌しく動いているステージで、ただ一人自らの右手をかみ締めているタッカー。だが、観客はタッカーだけに集中しているわけではないのでタッカーの異様な行動が騒ぎになりはしなかった。


 ただ、アイリスだけが料理する手を休ませることなく、心配げにタッカーを見ていた。


 やがて、タッカーは口から右手を離した。右手には赤く噛み跡がはっきり残っていた。


「時間切れか」


 ぽつりとつぐみが呟いた。


「なんだよ、タッカーのことか、お前らが目をつけてたの。なるほど、そりゃ変な感じにもなるわな」


 先ほどまでの楽しそうな顔から一転して、虎は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 あるいは虎も、まさか知り合いが犯人だとは思ってもみなかったのかもしれない。


「近くの食堂で茶でも飲んでる。話、聞く気になったら来いよ」


 それだけ言って、虎はまだ料理の続いているステージを背にして、会場から出て行った。


 あまりの急展開に、夏彦はその背中に何も言うことができなかった。

 落ち着け、と夏彦は自分に言い聞かせる。

 あのタッカーの妙な行動、つぐみの反応と併せて考えると、あれがタッカーが不正をした証になるものと見ていいだろう。あの瞬間、まだ審査は始まっておらず、料理中だった。

 つまり。


「やり方を変えてきた、か……」


 考えてみれば、本戦からは誰がどういう風に料理しているかはっきり見ている上で誰がどの料理を作ったか分かる。審査で、料理過程を見る限りそんな風になるはずもない味だったら、当然審査員は疑問に思うだろう。もしその場で問題になれば大会の進行自体止まって原因追求せざるをえなくなる。たとえ、運営の生徒会がそれを望まなくとも、だ。それは犯人にとっても好ましくなかったのか。

 いや。


「『犯人』じゃなくて、タッカーだったな」


 呟いて、その言葉の後味の悪さに夏彦は顔を歪めた。





 調理が終わり、審査が開始された。


「さあ、それではまず一品目は、アイリス・タッカーペアの肉じゃがです!」


 そう司会に紹介されて出てきた料理は、見た目はごく普通の肉じゃがに見える。


 だがその肉じゃがを一口食べて、審査員たちは唸る。


「これは……このじゃがいも、じゃがいもじゃないのか?」


「芋もちですな。じゃがいもを芋もちにしてから肉じゃがに入れてるのか」


「じゃがいももち自体にしっかし味がついてますね、多分何か練りこんであるな」


「一度焼いてあるから、外はぱりぱりして中はもちもち、食感も面白い」


「難点としてはこれが肉じゃがかっていうことですが……」


「いいんじゃないですか? じゃがいもが入ってないわけじゃなくて、じゃがいもが形を変えたってだけでしょ?」


「それに、この芋もち、わざとじゃがいもの食感も残るように作ってある。いやあ、面白い料理だ。味付けも、芋もちに合わせて少し濃い目に変えているな」


 色々と意見が出ているが、中々に好評なようだった。


 アイリスは満足そうに笑みを浮かべ、そしてタッカーはどこか上の空でその審査を聞いていた。


「さて次は……上杉・小豆ペアの肉じゃがですが、おや、これは……チーズ、ですか?」


 司会の言うように、次に出てきた肉じゃがには溶けたチーズがたっぷりとかかっていた。


「うん……うん……これは、意外にうまいね」


 食べた審査員が顔をほころばせる。


「じゃがいもとチーズって元々相性がいいしね。味付けも洋風にしてバターをたっぷり使ったりとか、よく工夫されている」


「そうですね、子どもも好きになる味なんじゃないですかね」


「ただ、チーズを使うなら、もっと肉じゃが自体の味付けを尖らせた方がよかったかも」


 審査を聞いて、当の選手は微妙な顔をして笑っていた。


「さて次は君島・リボンペア……ですが、これは?」


 出てきた料理は、どう見ても肉じゃがではなく。


「おお、これは、パイか。パイの中に肉じゃがが入っている」


「ふうん、これはおもしろいな。まあ、シチューパイの亜種だと思えばいいか」


「おいしいですね。でも、これパイに合わせるために肉じゃがを大分クリーミーにしてますよね」


「ああ。ちょっとやり過ぎた感があるな。これじゃ、普通にクリームシチューパイみたいだ」


「もっと、肉じゃがっぽさを残した味付けにするべきでしたね。ここまで原型をなくしちゃうなら」


 そのコメントに、選手は苦笑しながら、微妙に首を傾げている。


 なるほど、と夏彦は理解する。同時にはらわたが煮えくり返っている。

 料理中、選手が味見でもしているタイミングで味覚を狂わせたのか。いくら味を調節しても、審査される際には微妙におかしな味付けになっているわけだ。


「さて、それでは最後に律子・秋山ペアの肉じゃがです。おや、これは……普通の肉じゃがに見えますが、なにやら上にふりかけのようなものがかかってますね」


「ふむ……これは、削り粉だね」


「ほう、和風の味付けで、中々……ん? これは、味が」


「あれ、味が変わってくる。ははあ、これは、出汁を固めたゼリーみたいなものが入ってるのか」


「時間と共にそれが溶け出して、味が変わってくると。面白いギミックですね」


 審査員は感心するが、


「ただ、基本の味がもう一味足りない気がしますね」


「そうだね、せっかく色々と味が変わるのに、芯となる味がぼやけている気がするなあ、そこがおしい」


 と指摘される。


 だが律子は緊張してこちこちで、秋山も料理の味付けに関してはよく分かっていないらしく、引きつった笑顔でひたすら頷いている。


 こうして、審査が終了した。


 やがて、得点が集計されて、司会がもったいぶった口調で言う。


「では、甲グループ、決勝戦進出者は……」


 だらららら、とドラムロールの後、


「アイリス・タッカーペアです!」


 発表、歓声、跳び上がって喜ぶアイリス、それを微笑んで見守るタッカー。


 夏彦は、それを冷めた気持ちで眺めていた。


 これから、どうする?


 つまりそういうことか、犯人はタッカーで決まりなのか?


 それでもなお、夏彦はタッカーが犯人だと実感できないでいた。

最良選択サバイバルガイド』で強化されているはずの勘が、タッカーを犯人だと教えてくれないことが、夏彦を未だに迷わせていた。

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