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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第二話 ノブリス学園料理王決定戦
41/143

ノブリス学園料理王決定戦、予選

 土曜日。

 夏彦が胡蝶に呼ばれてから、ちょうど一週間後の土曜日。

 ついに、ノブリス学園料理王決定戦が開催される。


 大会の舞台となるのは体育館のひとつで、前夜から用意したのであろう、調理器具が備え付けられた特設ステージと、それを取り巻くように無数のパイプ椅子を並べられて作られた観客席が準備されていた。


 普段、出席をとらないからという理由であまり学園に来ることに熱心でないノブリス学園の学生たちも、こんな大々的なイベントとなれば話は別なのか、それとも一千万という賞金の魔力か、多数が選手として出場、そして多数が見物に訪れていた。


 夏彦は会場に足を踏み入れて、その熱気に驚いた。

 まだ大会の開催まで一時間あるのに、観客席は埋まり、立ち見の客まで出てきている。

 それだけではない。どうも、観客の中には明らかに学生でない人間、更には明らかにテレビ局のクルーとしか思えないカメラを構えた一団の姿さえあった。


「凄いな……」


 我知らず、夏彦は呟く。


「この大会、出場選手は生徒限定だけど、見物は誰がしてもいいの。面白いから、結構学園の外の、ノブリスで普通に店とかやってる人も臨時休業にして見に来るらしいわね」


 一緒に会場に入ってきたつぐみが、ひょっこりと後ろから顔を出して説明する。


 二人とも大会開始の三十分前には所定の位置にいなければいけないので、ついでということで二人一緒に一時間前から見物がてら会場入りしているのだ。


「テレビ局は? あれ、テレビカメラだよな」


「あれ、地元のテレビ局よ。毎年ニュースでこの大会を取り上げるらしいわ」


 それを聞いて、秘密主義なノブリス学園としては珍しいな、と夏彦は驚く。


 この大会の監査に先立ち、胡蝶から送られた資料を取り出し、改めて確認する。

 出場選手は百組二百人以上。ちなみにそのうち限定能力の所持者のいる組は三十組程度。

 二回の予選で八組が選抜され、四組ずつの2グループに分けられる。それぞれのグループ内で一組勝ち抜けの本戦が行われて、そうして最後に、両グループの勝ち抜いた組同士の決勝戦となっている。

 ちなみに予選と本戦、そして決勝戦の間にはそれぞれ一時間程度の休憩が挟まれることになっている。


「しっかし盛況だな。二階席まで埋まってるじゃないか」


「本当よね」


 しばらく夏彦とつぐみは会場を見て回って、その熱気を楽しんだ。


「それじゃあ、あたしは警備の打ち合わせがあるから」


「ああ、じゃあな」


 夏彦はつぐみと別れると、特設ステージにある審査員席に向かった。


 審査員席は正式な審査員の座る審査員席が五席あり、その後ろに二十五席ほどの予備審査員の席がある。

 予選においてはどちらの審査員も審査に参加するが料理に点数をつける際の持ち点が違い、正審査員が5点なのに対して、予備審査員は1点。つまりマルをつけるかバツをつけるかだ。


「さあて、と」


 予備審査員の席に座り、夏彦は審査員への説明が始まるのを待った。





「さあ、お待たせしました。ノブリス学園の名物行事、ノブリス学園料理王決定戦の季節がまた今年もやってきました。これより、ノブリス学園料理王決定戦、開会します」


 マイクを片手に大声で大会の開会を宣言する司会者が特設ステージの中央に立っている。

 資料によれば、あいつは確か生徒会の一年生、霞(|かすみ)とかいう名前の女だ。しかし、やたらと背がでかいな。ショートカットだし、体つきもどこかスポーティーな気がする。ありゃあ、何か体育会系の部活やってるな。

 そんな風に感想を抱きながら夏彦は司会の説明を聞く。


「――それでは今回料理を審査していただく審査員の皆様を――」


 司会の説明は正審査員の紹介に移る。

 正審査員は学園の外部の人間から選ばれているようだ。ノブリス市内に住む、料理に携わっている市民たち。料理研究科や飲食店営業者、ライドウに誘われて夏彦が行ったターキーキッチンのオーナーも正審査員の一人だった。


 学園外の人間が審査員になるのを知った時には夏彦は最初疑問を覚えたのだが、よく考えてみれば当然の話だ。

 正審査員は本戦と決勝戦の審査をする。本戦と決勝戦の審査は、誰がどの料理を作ったのかを公開した上で行う。学内の人間をその審査に使えば、審査する側とされる側が知り合いだったり利害関係だったりする可能性が生まれる。公平な審査とはなりがたい。


 審査員の紹介が終わると、今度は出場選手の紹介。とはいえ、さすがに百組以上をひとつひとつ紹介するわけもなく、「この人たちが予選に出場します」と選手一同が待機しているステージの一角を手で指し示すだけだが。

 選手たちは学生服の上からエプロンをつけて、出番はまだかと待ち構えている。


 夏彦は知っている顔を捜したが、選手が多すぎて見つからなかった。


「さて、それでは予選第一回戦のテーマは――」


 そこで司会者が言葉を止めてためると、だららららら、と安っぽいドラムロールが鳴る。


「――ナポリタン、ナポリタンです! 材料はこちらに大量に用意してありますので、選手の皆様はナポリタンを一人前ほど作っていただきます」


 司会はそう言って、「なお、審査の後に余った料理についてはスタッフが全て美味しく頂きます」というお決まりのセリフを付け加えた。


 まあ、審査員が出された料理一人前を全部食べようと思ったら、審査員全員で割っても三十分の一人前、それを百組分だから三十分の百人前になって、要するに三人前以上食べなきゃいけなくなる。さすがにきつい。


 調理始め、という司会者の掛け声と共に、慌しく選手達が動き出した。特設ステージにところ狭しと並べられている簡易キッチンに向かい、一心不乱に料理を作り出した。


 しばらくの間暇なので、夏彦は同じ立場の予備審査員を観察する。

 予備審査員は学生や教師といった学校関係者で構成されている。資料によれば、このうちいずれかの会に入会しているのは二割程度だったと夏彦は記憶している。

 誰も緊張している人間はいない。リラックスしている。この大会を、遊びの一種だと考えいているのが態度だけで分かる。

 会の人間ですらそうだということは、胡蝶の言うように、この大会で深刻なトラブルが起きると考えている会は存在しないということだ。


 ということは。

 夏彦は思う。

 ということは、嫌な予感を抱いてるのは俺だけか。


 そんなことを考えているうちに、どんどんと完成したものからナポリタンが運ばれてきた。

 ほんの一口程度の量に分けられて、各審査員に配られていく。


 ナポリタンか。

 ケチャップで味付けされたパスタ料理で、実はナポリとは関係がない。夏彦が知っている知識なそのくらいだった。

 具でベーコンかソーセージ、そしてたまねぎとピーマンが入っているイメージだ。


 最初に夏彦の前に出てきた一口分のナポリタンは、その夏彦のイメージそのもののごくスタンダードなものだった。


「それでは、審査の方よろしくお願いします」


 司会の合図と共に、審査員はいっせいにそのナポリタンに手をつける。

 

 俺も食べるか。

 夏彦はフォークでくるくるとスパゲッティを巻いて、ナポリタンを一口で放り込んだ。

 うん、普通だ。

 普通の麺、たまねぎのしゃきしゃきとした食感、ピーマンの彩り、ソーセージから出る肉の旨味、色々な風味が混じって柔らかくなったトマトケチャップの味。

 これ、マルとバツ、どっちつければいいんだ?

 あまりにも普通すぎる、と夏彦は悩んだ。

 駅前の流行ってない洋食屋に入ってナポリタン頼んだからこれが出てきそうな感じだ。俺が5点持ってるなら、迷わずに普通だからって3点をつけるんだが。マルかバツだからな。これにマルをつけたら、これから出る全部の料理にマルをつけなきゃいけなくなる気がするな。

 悩んだ結果、手元の用紙の一番の欄に夏彦はバツをつけた。


 その後の次々とナポリタンは運ばれてくる。

 次に運ばれてきたナポリタンは、麺が秀逸だった。喉越し滑らかなのに歯ごたえがしっかりあるというか、なるほどアルデンテとはこういうことかと夏彦は感心した。マルだ。

 その次は普通なのでバツ。

 次は、あまりにもトマトケチャップの酸味が強すぎる。バツ。

 次。


「美味い……」


 思わず夏彦は呟いた。

 味付けにケチャップだけじゃなく、何か出汁が入っている。魚介系の出汁だ。かつおと昆布だろうか、何か懐かしい風味がする。普通ならば、それとトマトケチャップが合わないだろうに、作り手の技量のためか、見事にマッチしている。

 魚介系の風味のためか、どこか和風のナポリタンだった。

 これ、律子さんじゃないか?

 何となく夏彦はそう思った。もちろん、だから審査に影響するということはない。このナポリタンは間違いなくマルだ。


「ふう」


 しかし、いかに一口ずつとはいえ、口直しのために水も飲むし、少しずつ腹にたまってきた。

 俺なんかは元々そこそこ食べる方だからいいとして、審査員の中には女子生徒もいたけど大丈夫かな。

 心配しつつ、夏彦は次のナポリタンに取りかかる。


「うーん……」


 このナポリタンはどっちかな。

 一口食べて、夏彦は悩む。


 麺はゆですぎて柔らかい。ケチャップをそのままかけてあるだけのような濃く甘酸っぱい味付け。たまねぎとピーマン、そして明らかに安物のソーセージ。安っぽい味だ。おまけに、炒め過ぎたためかケチャップソースと麺がところどころ焦げている。

 そして、全体の味を誤魔化すかのように、ペッパーソースがかけられていてとにかく辛い。


 だというのに、不思議と不味くない。

 夏彦は首をひねる。

 懐かしい、子どもの頃の味というか、いや子どものころにここまで辛いナポリタンは食べていないが、でもやはり懐かしい。もっと食べたくなる。

 困って他の審査員の顔色を窺うと、全員同じように困った顔をしている。

 皆同じか。

 少し安心して、夏彦は悩んだ末にマルをつけた。


 そうして次のナポリタンが運ばれてきて。

 夏彦はそれを口にした。


「――んなっ!?」


 叫んで、周りを見回すと、他の審査員も絶句して目を見開いている。


 なんだ、このナポリタン。

 甘すぎる。まるで、砂糖を大量にぶち込んだみたいな。

 夏彦は困惑する。


 だが、口の中でそのナポリタンを味わっているうちに、夏彦は更に恐ろしいことに気づいた。

 何てことだ、これは、料理が甘いんじゃあない。


 見回すが、他の審査員は誰も、そこに含まれているいずれかの会の人間も、そのことに気づいていないようだった。


 これは。

 ごくり、とナポリタンを食べ終えた後の口直しの水を飲んで夏彦は確信する。

 これは、限定能力だ。

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