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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第二話 ノブリス学園料理王決定戦
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プロローグ

 それは月末、ようやく夏彦の体に巻かれた包帯がとれた時期の夕食時だった。


 夏彦は、ターキーキッチンというレストランで料理が運ばれてくるのを待っていた。ターキーキッチンはファミリーレストランではなく、普段ならばとても入ることのできないちょっと高めのレストランだ。周りには学生ではなく、社会人やカップルが多い。


 そもそも、寮生活のため生活費がかなり浮いているとはいえ、基本的に学生であるために収入はない。親からの仕送りくらいしか、自由に使える金はないのだ。当然、ノブリス学園は自由な校風でありバイトも許されているが、いずれかの会に入ってしまえば、バイトをしている暇はなくなる。

 代わりに、会員となれば働きに応じて月に一度、会から報酬が貰えるされる、のだが。はっきり言って、役職なしの会員の報酬は雀の涙というか、小学生低学年のお小遣いというか。

 校則集の末尾に載っていた、それぞれの会における報酬計算表を確認して、夏彦は絶望したものだ。正直、極貧学生生活となることを覚悟していた。


 その夏彦が、どうして寮の食堂で食事をとらず、こんなレストランで優雅に夕食をとることになったのか。それには二つの理由がある。

 ひとつは、少し前に夏彦が巻き込まれた、つい先日まで包帯だらけになった原因である事件について、会の上層部からお詫び金プラス報酬ということでかなりの金額が支払われたこと。もう一つは、単純に、このレストランで一緒に食事をしないかと誘われたためだった。


 誘ってきたのは残念ながら麗しい女性ではなく、夏彦のトレーナーであり上司でもあるライドウだった。


 夏彦とライドウは小さい、しかし洒落ているアンティーク調のテーブルに向かい合って座っていた。


「さすがにここはおごれないです、悪いけど。教師の安月給じゃあ、どうにも」


 ライドウは苦笑いをした。


 だが、夏彦は信じていない。司法会では結構上の立場なのだから、そこそこの報酬を毎月もらっていて、結構余裕があるはずだと思っている。


「ふーん……まあ、臨時収入あるから別にいいですけど」


 それに金銭的にきつかったら、別の店にしてもらうように言っていた。あくまでも、この店には誘われただけなのだ。


「で、どういう名目ですっけ、この食事会って」


「言ったでしょう、忘れたんですか? 夏彦君、全治アンド下級裁判人試験合格アンド1-10クラスへ昇格おめでとう会ですよ」


 ならおごれよ。

 と、強く思ったが、さすがにそれを口に出さないだけのつつしみくらいは夏彦も持っていた。ただ、表情には出ていたようで、


「ならおごれよって顔してますよ」


 とライドウに指摘された。


 おめでとう会か。

 夏彦は感慨深い。

 そう、色々とあった。怪我が治るまでの間に、本当に色々なことが。


 まず、怪我が全治するよりも前に、夏彦はライドウに引っ張られて護身術の特訓の続きをさせられた。「満身創痍の時の護身を訓練するいい機会」だそうだ。体を鍛えるのも続行だ。普通、怪我人は安静にさせるべきだろうに。


 それだけでなく、勉強の方も頑張るようにと、二つの課題を出された。

 ひとつは、月に一回のクラス替えの試験を受けて通常クラスの上位十クラスに入るように言われたのだ。とはいっても、例の事件でかなり学園に貢献したことになっているので、上位クラスに行くこと自体は、少し頑張れば大丈夫だろうと言われ、その点では安心したのだが。

 問題はもうひとつの方。

 一ヶ月以内の下級裁判人の資格試験の合格だ。


 下級裁判人の資格があれば、簡単な裁判であれば自分で裁くことができる。司法会で出世しようとしたら必須の資格であり、司法会に所属して手に入る資格のうち最も入手が簡単な資格だ。

 とはいえ、一ヶ月足らずでそれをしろというのもきついものがある。おまけに放課後の大部分を、傷ついた体で護身術の特訓と言われて投げ飛ばされているのだ。


 とはいえ、泣き言を言っても始まらない。

 何よりも、肉体と技の鍛錬も二つの課題達成も、して欲しいというよりも、してもらわないと困る、というような口調だった。だから、ライドウには何か考えがあるのだろうと信じて、必死に夏彦は食らいついた。


 ちなみに、授業もちゃんと受けた。

 授業に出ているクラスメイトの数はどんどんと減っていって、クラス入れ替え試験の直前の頃には夏彦や虎、つぐみを含めて僅か数人だけになっていた。


 そうして、一ヶ月。

 何とか、全てをライドウの言う通りに行うことができた。


「しかし、これで夏彦君はもちろん、つぐみ君も虎君も私が担任ではなくなりましたね」


「やっぱり上のクラスにいったんですね、二人とも」


「ええ、つぐみ君は1-5に。そして、虎君は――」


「虎は?」


「意外かもしれませんが、特別優良クラスの方に行きました。今回の事件での活躍もありますが、クラス替えの試験で入学試験が嘘のようなとてつもない成績を叩き出しました」


「あー……」


 実際は、そこまで意外ではない。虎はもともとスペックが高そうな男ではあった。むしろ、どうして1-90クラスにいたのかが不思議だ。


「とはいえ、皆さん慢心しては駄目ですよ。そのクラスに相応しい成績を出さなければ、結局来月には低いクラスに入れ替えですからね」


 それは確かに、と夏彦は決意を新たにする。

 むしろ、今回はあの事件のおかげで予想以上に高いクラスに入ったのであって、次回からのクラス入れ替えこそが勝負なのだろう。


「おまたせしました」


 と、ウェイターが皿に盛られた料理を二つ、持ってきてテーブルに置いた。この店自慢の料理である、鳥の丸焼き。かなりのサイズだ。


「おっ、待ってました。高いけどうまいんですよね」


 喜々としてライドウはナイフとフォークをとると、鳥の丸焼きに挑んだ。


「じゃあ、俺も」


 正直なところ、夏彦はかなり空腹だった。

 おまけに、運ばれて来た鳥の丸焼きは、かなり美味しそうだった。

 もはや我慢できずに、夏彦はナイフとフォークを握りしめる。





 鳥の丸焼きは、名前のとおり、首が落とされているだけで他は鳥の形のままだった。見ようによってはグロテスクなのかもしれないが、丸々太った鳥がこんがりと茶色に焼きあがっている様は、食欲しか抱かせない。

 しかも、これはただ焼いてあるだけではあるまい。表面は茶色に焼き色がついているだけではなく、てらてらと艶かしくも光っている。おそらく表面の皮に、何度もタレを塗った上でオーブンで焼かれているのだ。


 行くぞ、と夏彦がゆっくりとナイフを入れると、こんがりと焼かれた皮はさくりと音を立てた。そうして、ナイフはほとんど何の抵抗もなく沈む。かなり柔らかい。


 ごくり、と唾を飲み込み、力を入れて一口大に切り取る。切った感触だけで柔らかさが想像できた。

 ナイフを入れる度に、その切り口から際限なく肉汁があふれ出ている。内部に肉のエキスが目一杯に閉じ込められているのだ。どれほどジューシーなのか想像もつかない。


 フォークで突き刺し、口の中に入れる。途端に、濃い鳥の肉の味が口いっぱいに広がった。


 ――旨い。


 夢中で噛む。と、皮はぱりぱりと音を立て、さっくりとした感触と共に砕けていく。それに対して、肉の方は柔らかい。だが、しっかりと存在している。けして、口の中に入れた途端に消えていくような肉ではなく、ちゃんと噛み締めることのできる肉だ。、噛めば肉汁が口内を満たし、鳥の味が一層濃くなる。そうして、数度噛むと、肉はほろほろと消えていった。


 それにしても勘違いしていた。鳥の皮にタレが塗ってある上で焼かれていて、それが味付けだと思っていた。確かに皮は香ばしく、甘辛く食欲をかきたてる風味がある。だが、肉自体からも、肉本来の味がしながら、同時に肉だけではない複雑な旨味が出ている。これは、皮にタレを塗っただけではなく肉にもかなり丁寧に下味をつけているに違いない。


 旨い、旨いなあ。


 そう思いながらもう一口。


 一人で食べるには少々大きすぎるサイズの丸焼きが、みるみるうちに減っていく。食べた気がしないという意味ではなく、量に見合った満足感が確かにありながらも、あまりに旨さに手が止まらないのだ。





 と、いうようなことを。

 鳥の丸焼きを食べ終わってから、夏彦はライドウに語った。


 別に美味しい料理を食べたら長々と感想を言うのが趣味なわけではない。

 ライドウが、食べた感想をできるだけ詳しく叙情たっぷりに言え、と言うので仕方なく、だ。


 それなのに、いざ語り終えると、ライドウは完全にひいた顔をしていた。どうやら、表現があまりにも仰々しすぎたらしい。


「ま、まあ、それだけ言えれば大丈夫ですね」


 明らかに腰が引けている状態で、ライドウは顔をひきつらせながら言った。


「何がですか?」


 夏彦は、食べ終えて皿に残った骨を、名残惜しそうにナイフとフォークでつつきまわしていた。


「夏彦君、君、美味しいものを食べるのは好きみたいですね」


「そりゃそうですけど――」


 というより嫌いな人いるのか、と夏彦は疑問に思う。


「でも、俺、食べる専門で、自炊とかできないですよ」


 料理に関係ある厄介ごとでも振られるのかと思い、予防線を張る。


「別に構いませんよ、食べる専門で。君に、是非お願いしたい仕事があるんです」


 そして、ライドウは言った。


「今月開催される、ノブリス学園料理王決定戦の予備審査員、するつもりはな――」


「します」


 言葉が終わらないうちに夏彦は返事をした。


 詳しいことは分からない。


 だが、どうやら美味しいものが食べられそうだし、料理のイベントに参加するのに別に危険やデメリットなんてないだろう。

 今回の仕事は、気楽にやれそうな気がした。


 それは単に気がしていただけであり、勘である。

 いくら限定能力で勘が強化されようと、成長しようと。

 

 ――勘とは、普通に外れることがある。


 その当然の原理について考えることもなく、


「いやー、楽しみですねー」


 能天気に言って夏彦は食後のコーヒーを口にした。

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