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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第一話 人のための刃
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入学式・生徒会本部にて

 第一校舎の三階。

 そこに生徒会本部は存在する。

 部屋の基本構造自体は一般の教室と同じだが、様相はかなり異なる。配置されている机が会議机であり、教壇のあるべき場所には黒い革張りのソファーが置かれている点が違っている。更に教室の隅にはいくつものファイルキャビネットが置かれている。おそらく、相当の数の資料がその中に眠っているのだろう。


 ソファーに、男子学生が一人座っている。

 整えられた短髪、日に焼けた精悍な顔、制服はきっちりと着ているが、筋肉質の体はその制服を破らんばかりに自己主張している。さわやかなスポーツマン、といった印象を与える男子学生は、快活な笑顔を見せながら机の上においたノートパソコンを操作していた。


「会長、遅れてごめんなさい……あら?」


 生徒会本部に入ってきたのは一人の少女だった。見た目には中学生程度に見える。黒髪を結っており、奇妙なことに学生服ではなく鮮やかな和服を纏っている。


「ああ、先生。かまいませんよ、どうせ他の連中は来てませんから」


 どうせ派閥抗争に忙しいんでしょう、と男子学生はさわやかに言う。


 男子学生の名はコーカ。

 『鋼鉄右腕アガートラーム』の異名で知られている生徒会会長だった。


「そういえばそうですわね。新入生が大量に入りましたもの。今頃、自分の派閥に組み入れるのに必死というわけですわね」


 どこか醒めた口調で言う少女の名はつき

 『仏心鬼面スリーアウト』の名を持つ生徒会顧問。幼い外見だが、教師だった。


「それで、新入生の勧誘は進んでいるんですの?」


「データ見る限り、例年通りって感じですね。上位クラスの連中はほとんどがどれかの会に入会してます。下位から中位のクラスも、クラスごとに二人か三人は同意書にサインしなかったり学園を怪しんだりしてる奴が出てるみたいですね。今、そいつらへの個別の説明の真っ最中な奴らも結構いますよ。1-90のクラスから三人出たらしくて、ライドウと律子が説明中、らしいですね。我が優秀な諜報部によれば」


「どちらも有名人ですわね。それにしても、司法会のライドウ先生が説明に立ち会うのは分かりますが、風紀会の『斬捨御免ブレイドライセンス』が付き合ってるのは、何故ですか?」


「さあ? まあ、思うにライドウ先生が暇にしてた律子を付き合わせただけでしょう。ほら、去年、中立に説明をするはずの司法会の人間が司法会に、しかも自分の派閥に入るように新入生を説得したって事件があったじゃないですか。あいつとライドウ先生って、確か仲良かったでしょ」


「ああ、それで。痛くもない腹を探られないために、ということですのね」


 納得して月は頷く。


「ちなみに通常クラスはいいとして、特別クラスはどうなっているのかしら?」


 特別クラスとは、入学試験から判断される優良値が一定以上か危険値が一定以上、あるいはその両方の人間が入れられるクラスのことだ。これらの特別クラスは通常クラスとはまったく別の措置がとられる。

 優良値が一定以上の特別優良クラスは、入学式の時点で全員にノブリス学園の核心を説明し、六つの会のどれかへの入会を促す。

 特別危険クラスは、そもそもが暴動が起きるなどして学校行事がマトモに機能しない可能性が高いため、風紀会の人間が恒常的に監視、指導するようになっている。はっきり言ってしまえば、客観的に見れば刑務所にも近いレベルの強制と監視によってクラスとして保たれている。


「特別危険クラスで入学式の日に戦争が起こるのはいつものことです。風紀会だけでなく司法会、行政会の連中まで手伝いに行ってるらしいですね。今は第九校舎には近づかないのが無難ですよ。特別優良クラスに関しては、もう既に争奪戦が始まってますね。行政会がどんどん優秀な人間を囲い込んでるらしいです」


 さわやかな笑みを崩さぬまま、コーカはカチカチとマウスをクリックしている。


「そして生徒会の会員も新入生の入学を期に派閥抗争に乗り出してると。それなのに、生徒会長殿はこんなゆっくりと現状分析なんてしてらっしゃってよろしいの?」


「無論です」


 コーカの笑みに、不敵なものが混じる。


「一週間後、授業が開始されるまでには落ち着くと思いますが……その頃には誰もが気づいてますよ。少なくとも、生徒会においては僕以外に会長はありえないということをね」


「自信家ですのね」


 楽しげに月は笑う。


「どの年も入学式からの一ヶ月で一年の動きが大体読めるものですの。その一ヶ月が荒れれば一年ずっと荒れる。一ヶ月が平穏なら一年間は動きがない。今年はどうなるのかしら?」


「さて。僕としては荒れて欲しいですがね」


 意外なコーカの言葉に、月は驚く。


「あら、てっきり会長にまでなった人は、自分の地位を守るために平穏を望むものだと思ってましたわ」


「はは。いやいや、僕は元々、場が荒れてる方が好きなんですよ。乱世の奸雄を気取ってましてね。混乱に乗じて上に昇って行くタイプなんです。そんな僕からすると、去年は平穏すぎました」


「あら、そうかしら?」


 月はそれには同意できない。

 去年は去年でいくつもの政治闘争があり、血みどろの戦いがあった。決して平穏ではない。現に、その去年の混乱をうまく乗り切ったからこそコーカは生徒会長にまで昇りつめることができたはずだ。


「ええ、そうですよ。去年は平穏すぎました。だって、僕がたかが生徒会長風情にしかなれなかったんですから」


 きりきりと音をたてて、コーカの口の端が吊り上がる。さわやかなスポーツマンの仮面がはがれかけ、生徒会本部には狂気が満ちた。


 やはり学園に住む六人の王は、どれも化け物なのだ。

 月はそう確信し、密かに怯えた。

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