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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第一話 人のための刃
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後始末

 夜の街を全力で走っていた。

 獣のように、といえば聞こえはいいが、顔を血で汚して、追っ手に怯えながらの逃走だ。


 久々津のはらわたは煮えたぎっていた。

 憎い憎い憎い憎い憎い。

 邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔! どいつもこいつも邪魔ばかりだ。


 言葉が頭の中を回る。

 あの男子生徒が言った「殺し合いになどならない」「お前よりも律子さんの方がよっぽど強い」という言葉。馬鹿にされた。馬鹿にされたのだ。その上。

 斬れなかった。馬鹿にしてきた奴など、一人残らずぶちのめしてきたのに。

 あんな奴に、馬鹿にされて。殴られ、そして。

 逃げている。


 脳髄が沸騰しそうだった。冷たい夜気も、冷静にはしてくれなかった。

 殺してやりたい。

 そう思いながら、夜の街を、それも人通りのない路地を選んで、走り抜ける。

 もはや自分の力で逃げ切れるとは思っていない。だが。


 自分に、学園を混乱させるように依頼した連中。

 あいつらが、まだ自分に利用価値があると踏んだなら、再利用のために逃がしてくれるかもしれない。

 どうすれば、自分の利用価値をアピールできるか。


 斬ればいい。斬ればいいのだ。できるだけ多く、できるだけ有名な人物を。

 そうすれば、まだチャンスはある。今、この場さえ逃げれば。

 奴らを斬り殺せる。

 久々津の脳裏に、律子、そしてさっきの男子生徒の姿が浮かんだ。

 

 日本刀を両手にそれぞれ握ったままで、久々津は路地を走り続けた。


 追っ手の足音がいつの間にか遠ざかっていた。


「……撒いた、か?」


 別に、追ってくるなら斬るだけだ、と久々津は思っていた。

 だがそれでも、追っ手を振り切れたというのには安心した。走っていた足をとめ、


「はぁ……はぁ……」


 さすがに、獣並みの体力を誇る久々津も、さっきからの全力疾走では体力を消耗していた。

 荒い息を整えながら、それでも油断なく左右を見つつ久々津は足をのろのろと進める。


「――お疲れですか?」


 人気のない路地裏、その場にそぐわない軽やかな声が響いた。


「――!?」


 足を止め、久々津は身構えた。


「だっ、誰だ!?」


 かつり、かつりと。

 路地に足音が響いて、路地脇から男――いや、男子学生が現れた。学園外、それももう夜だというのに、学生服をきっちりと着こなしていた。


「お前、は――」


 久々津は息を呑んだ。顔は、知っている。いや、ノブリス学園にいて、この男の名前を知らないことがありうるだろうか。


 なにしろ、そこら中にポスターが貼ってあるのだから。


 ノブリス学園生徒会長、コーカの姿が、そこにあった。


「どうも。初めまして」


 爽やかな笑みを浮かべて、コーカは快活に挨拶をする。


「本当に二刀流なんですね、素晴らしい。漫画でしか見たことないですよ」


 するすると、友達に近づくかのようにコーカは歩み寄ってきた。


「っ、近寄るな!」


 叫び、久々津は慌てて左右を見回した。


「ご心配なく。誰も連れてきてはいませんよ――大事な話は、なるべく一人でやる主義です」


 あくまでも、コーカは爽やかに、まるで選挙演説でもするかのように語る。


「ほら、いくら信頼している人でも、裏切らないとは限りませんから。やっぱり、秘密を知る人間は少ない方がいいでしょう?」


「大事な話……俺には、てめぇとできる話に、心当たりなんてないけどな」


 喋りながら、久々津はじりじりと位置を変えて、自分にとって最善の距離をとろうとする。


「ああ、もちろん、そちらとしてはないでしょうね。単刀直入に言えば、君をスカウトしたいんですよ」


「スカウト、だと? 俺は――」


「ああ、もちろん、君は自分に依頼した連中のことなど知らないでしょうね。別に、その情報が欲しくてスカウトするわけじゃあないですよ。ただ単に、僕は君の力を買っているだけです」


「そうか――俺のちか」


 言葉の途中で久々津は斬りかかった。左右同時に、鋏のように刀を振るう。


 タイミング、距離、速度。

 全てが充分だった。不意も突いた。


 それを、表情一つ変えることなく、コーカは後ろに跳んでかわした。

 かわし方が尋常ではない。予備動作なしに、姿勢を変えることもなく、後ろに二メートルほど跳んだのだ。まるで、足首から下の部分だけを使って跳んだかのようだった。


「――乱暴ですね」


 白い歯を見せて、コーカは笑った。


「……今のを、かわすかよ」


 こいつもか、と久々津は歯軋りをする。

 こいつもかわすのか。斬り合いたいのに、殺し合いたいのに、こいつもかわすのか。邪魔をするのか。


「ふむ。交渉は決裂、ですか」


 左手左足を前に、右手右足を後ろに。

 コーカは構えた。


「生徒会長斬り殺したら、俺の評価も変わるだろ」


 久々津も構える。


「――やれやれ、君をスカウトしようとしたなんて、僕も見る目がなかったな」


「くく。そうだな、てめぇ如きに扱いきれねぇよ、いや――誰かに扱われてたまるか」


 俺は、ただ暴れるだけだ。斬るだけだ。


 久々津の言葉を聞いて、初めてコーカの表情が崩れた。爽やかな笑みが一変して、目を丸く口を開けた。呆れている表情だ。すぐに表情は元に戻ったが、コーカの口の端には苦笑が覗いていた。


「ああ、そうか、なるほど。そういう風に受け手取るのか。違いますよ、僕が言ったのは、君があまりにも無能だ、という意味でです」


 みしり、と。

 コーカの言葉を聞いて、久々津の食いしばった歯が鳴った。


「……何?」


「腕が悪いのは仕方がないですが、実力差を感じる力もないとは、見込みがありませんね。話だけ聞いて、てっきり君は狂気の男だと思っていたのですが――」


 そこでコーカは、深いため息をついて、


「ただ単に、色々なものが欠如していただけのようですね。いや、全く、我ながら人を見る目がない」


「お前も、俺を馬鹿にするのか……」


 唸り、呟く。

 久々津の声は、怒りや殺意を通り越して、何か寒々しいものをまとわせていた。


「馬鹿にしているつもりはありませんよ。単純に、僕は無能が嫌いなんです。ニュースなんかをを見ていても、思いませんか? もっとも醜悪な憎むべきものは、悪よりもむしろ能力の欠如から産まれる、と」


「死ね」


 コーカの質問に答えることもなく、久々津は短く呪詛の言葉を吐き捨て、前に跳んだ。


 怒り、憎しみ、殺意。

 それに支配されながらも、同時に久々津は冷静に計算していた。


 勝てる、と久々津は思った。

 さっき、鋏のように両側から斬りつけた時に、コーカは跳んで避けた。これが、重要なのだ。

 コーカの限定能力は有名だ。『鋼鉄右腕アガートラーム』、右腕を金属化させる能力だという。問題は、本当にそれだけの能力なのか、ひょっとしたら左腕や全身すらも金属化させられるのではないのか、ということだ。

 だが、さっき、両側からの攻撃に対してコーカは距離をとって避けた。無手と刀、リーチの問題からして距離をとるのは無手側が不利になる。不意を突いた攻撃とはいえ、金属化して防ぐことができたならそうしたはずだ。

 それができなかった。つまり、『鋼鉄右腕』はやはり、右腕を金属化させるだけの能力だということだ。


 なら、殺せる。

 久々津には勝算があった。


 距離を測る。刀が届き、徒手空拳では届かない距離。

 その距離から、左の刀を横薙ぎに斬りつけた。コーカにとっては、右からの攻撃だ。

 かわさない。

 久々津は確信していた。


 かわせば、コーカは一方的に攻撃され続けることになるからだ。こっちは日本刀、向こうは素手だ。かわすのならば、今の距離を保ちながら斬り続けるだけだ。


 それくらいは、コーカも読んでいるだろう。更に、攻撃は右からの斬りつけだ。防ぐのにはもってこいの攻撃。


 『鋼鉄右腕』で斬撃を防いで、距離を詰めて攻撃。

 絶対にそうする。それ以外に仕様がない。

 そう久々津は予想し、だからこそ勝つと確信していた。


 右の刀は、既に突きの準備に入っていた。

 左手で刀を振っておいて、右で突きをする。これをほぼ同時に、それもどちらも全力でするなど、通常は不可能に違いない。

 そう、『魚歌水心ダブルソード』という能力がなければ。


 限定能力を使い、左の刀の攻撃が防がれた瞬間に、右腕の力だけで全力の突きを行う。

 それが、久々津の作戦だった。


 左腕から繰り出される斬撃が、コーカに向かう。


 勝った。


 馬鹿にしたこいつを、殺す。それはとても楽しいことだ。こいつを殺せば、連中も俺はまだ利用できると思うだろう。そうなれば、殺せる。俺を馬鹿にした他の奴を。学園長。律子。病院で戦った男子学生。それも、楽しい。


 殺してやる。殺してやる。殺してやる。


 全力で、左の刀を振るう。


 防げ。防いで、チャンスとばかりに前に出て来い。

 その時が、お前の最後だ。


「――は?」


 だが。

 次の瞬間、目に入った光景が信じられずに、久々津は間抜けな声をあげた。


 左の斬撃は、防ぐのではなく、捌かれていた。攻撃を捌いて、コーカは前に出た。

 それは、まだいい。捌くのは別に構わない。どちらにしろ、右腕を使って前に出てくれるのならば、右の刀の餌食だ。

 だが、左の刀を捌いたのは、コーカの左手だった。


 コーカがやったことはシンプルだ。

 右から来た刀を、左手を伸ばして、刃を下から手の甲で叩くようにして捌いた。ただそれだけ。

 だが、久々津の全力の、恐るべき速度のそれを、金属化できない左の手で捌いたのだ。尋常な技量、そしてまともな精神でできることではなかった。


「こっ」


 こんな馬鹿な、と言いたかったのかもしれない。

 とにかく、何か声を発しながら、久々津は右の刀で突きを繰り出した。左の刀がコーカに到達するのと同時に繰り出すつもりだったのだ。今更、止められない。


 その突きを。


「喝!」


 ちょうど真正面から迎え撃つように、コーカの右拳による正拳突きが放たれた。


 がしん、と交通事故が起こったかのような音が路地裏に響いた。


 そして、


「――えぶっ」


 吐血した久々津は、しばらくは立ったまま、何かを探すように辺りを見回していたが、やがて、物も言わずに仰向けに倒れた。





 コーカは、黙って久々津を見下ろしていた。


 久々津の右の刀は刃先が折れていた。それだけではなく、その刀を持っていた右手首も折れてあらぬ方向に曲がってしまっていた。

 そして、突きを正面から相殺した正拳がそのままの勢いでめり込んだ胸部。

 久々津の胸部には、ボーリングのボール大のへこみがあった。明らかに胸骨が折られていた。内臓に折れた骨が突き刺さっているのだろう。

 久々津の体は、びくりびくりと痙攣している。


「つまらないな」


 呟いて、コーカはぺろりと右拳を舐めた。

 右拳には、薄っすらと血が滲んでいる。


 その光景をもしも誰かが目にしていれば、震え上がることだろう。

 久々津の突きを迎え撃った右拳、そこに傷がついているという意味。

 コーカは、右腕を金属化させることなく、刀を砕き、久々津の胸部をへこませたのだ。


「限定能力なしか――ハンデにもならなかったな」


 動かなくなった久々津の前で、コーカは爽やかに笑った。

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