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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第一話 人のための刃
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パズル研究部での会談その2

 虎の話を要約すると以下のようなものだった。





 虎と秋山はネズミに会いに行ったらしい。もちろん、ネズミは拒否した。そこをかなり無理矢理に、秋山のツテなどをフルに活用して会談をセッティングした。そしてとある教室で、数人の風紀会の会員の立会いのもと、ネズミと会ったそうだ。


 ネズミは小太りの中年の男性教師で、最初から虎を挑発していたらしい。少なくとも、虎と秋山はそのように意見が一致している。「お前が仕組んだんだろう」だの「じきに真相は明らかになる」だの。あの様子からして、夏彦や虎を動けるようにしたのは、更に問題や事件が起こった時に二人のせいにして、つぐみ、夏彦、虎を今回の事件の首謀者に仕立て上げるつもりだったんじゃあないか、とは虎の言だ。

 挑発をされて、よせばいいのに、虎も逆に挑発して、最終的にはネズミの方が襲い掛かってきたという。


 どうしてそんなことになるのかと夏彦は疑問に思ったが、

 秋山さんも「虎に乗せられた」とか言っていたし、人を煽ることに特別の才能があるのかもしれない。


 襲い掛かってきたネズミは秋山によって取り押さえられた。立ち会っていた他の風紀会の会員も、さすがにネズミの態度がおかしいので秋山を止めることもなく、むしろネズミよりも上の立場の人間に報告と相談をしようとしたらしい。


 それが分かった途端に、ネズミは何かをポケットから取り出して飲み込んで、そして顔色を悪くして痙攣し始めた、という。泡まで吹いていたらしい。





「で、いま、保健担当に連れて行かれたけど、助からないんじゃねーかな、あれ。で、朗報だけど、ネズミがおかしいっていうんで、あいつのやってきたことの見直しが始まったらしいから、俺とお前はもうじき無罪放免になるかもな。つぐみも大丈夫じゃないか?」


 電話で虎は気楽に言った。


「ネズミの見直して俺たちが無罪になるって、どういうことだ? 今回の事件でつぐみを重要参考人で拘束したのも、俺たちを連行したのも、全部そのネズミって奴一人が決めたのか?」


 それは、いくらなんでも怪しすぎるだろう。

 夏彦は思う。

 さすがにそうだったら、他の風紀会の会員とか、他の会からも疑われると思うけど。


「音頭を取ったのはネズミらしいぜ。この事件は学園と六つの会の根幹を揺るがしかねない事件だ、とか言って情報を制限して、例の事件については最大限自分が好き勝手にできるって状態にしたらしい。ただ、お前の言うように普通にそれやったらさすがに疑われるけどよ」


「けど?」


「同じようなことを言った奴が生徒会の方にもいたんだとよ。今回の事件の関係では生徒会も被害受けてるし、口を出す資格がないわけじゃねえからな。で、生徒会の奴は担当をネズミにするように提案までしてきたらしいぜ。普通、そういうのは他の会への過剰な干渉ってことで問題になるんだけどな。まあ、今回の件ではどこもかしこもちょっと混乱してたしよ」


「生徒会か――その口出ししてきた奴、誰だか分かるか?」


「いや、それが結構複雑な経緯を辿ってその提案が風紀会に届いたらしくてよ、第三者機関とか色々なとこを通ってるから、さすがにこれは、それこそ公安会が本腰を入れないと割り出すのは無理かもな」


「分かった。けど、大丈夫だ。多分、そいつはすぐに見つかる」


「え?」


 ぽかん、とした虎の顔が電話越しにでも夏彦には想像できた。


「今、知り合いに生徒会の奴について調査してもらってるんだ。人脈ある奴みたいだから、多分見つかると思う。俺が調査してもらってるのは、あの事件――あの簡易裁判に出席する被害者側の代理人として、『黒木の教育担当の生徒会会員を向かわせるようにした』のは誰かってことだ」


 そうだ。初めから考えれば、いくらあの二人が打ち合わせをしていたとして、計画をしていたとして、それだけではあの事件は起こせない。

 秀雄が一般生徒に暴力を振るって取り押さえられ、裁判が行われる。これは秀雄だけで計画できる。けれど、その裁判に秀雄の仲間である黒木が来るかどうかは、秀雄でも黒木、この二人がいくら計画したところでその通りにはいかない。

 黒木の担当の生徒会会員がその裁判に参加するならば、黒木が研修の一環として参加することは可能だろう。だが、その担当の生徒会会員が参加するかどうかはどうやって決まる?

 雑多な事件を、誰に担当させるかを決めている役職があるはずだ。その役職者のうちの一人、それが黒木の教育係だった月先生に代理人をするように振った。

 そいつも、この事件を仕組んだ人間のひとりだ。

 そう考えたから、夏彦はサバキに「黒木の教育担当の生徒会会員を向かわせるようにしたのは誰か」を調べるように頼んだ。


「なるほど。じゃあそっちからも分かるわけだな。でも、どっちにしろ、時間の問題だろうけどよ」


 やる気のなさそうな虎の声。


「時間の問題って、何がだ?」


「ネズミは他の会員から薄々だが疑われていたし、俺たちが何をしなくてもつぐみとか俺たちのの疑いは晴れていたと思うぜ。その生徒会の人間も、多分生徒会内部で疑われてる。獅子身中の虫を黙って許すような甘い会はこのノブリス学園にはないってことだ。今回の計画、つめが甘すぎたな」


 そこで、ふと虎は呟く。


「それにしても、今回の計画って、一体何が目的なんだろうな。全ての会に喧嘩を売ってまで」


「その答えは――」


 夏彦は笑顔のままでこちらを見ているクロイツを見ながら言う。


「目の前の人にこれから教えてもらうとするよ」





 電話を切って、夏彦は内容をクロイツに話した。

 横で聞いていた律子はさすがに驚きを顔に出している。ネズミは身内だし顔見知りだろうから、ショックを受けるのも当然か。


「いいね、いい感じだ」


 クロイツは嬉しがっていた。


「こんな事件、ぶっちゃけどうでもいいんだよね。どうでもいいけど、外務会としては関わらないわけにはいかないから面倒だよ。でも、そのどうでもいい事件も解決の兆しが見えてきて何よりだ」


「それで、クロイツさん。外務会が公安会に忠告したって話ですけど――」


「ああ、それね。いいよ、教える教える。いや、ただで情報提供するようなことはするなってのが我が会の教えでね、俺はどうでもいいんだけど。でも、今回は君からいっぱい情報もらったから、正式な取引だ」


 そうして、クロイツはソファーに体を預けると天井を見上げた。


「詳しいことは勘弁してくれ。とにかく、外務会は外部のある団体を警戒していた。その団体の動きが、今回の入学に併せて騒がしかった。言葉にすれば、ただそれだけだ。ただ、その団体ってのが結構タチ悪かったから、公安会にも警告しといたんだ。例えば、今回の入学式以前に、あらかじめスパイをもぐりこませるなんてこと、奴らなら平気でやってるだろうからね」


 前もってもぐりこんでいたスパイというのがネズミたちか。

 夏彦は頭の中で今回の事件の全体像をくみ上げていく。


「君の、秀雄と黒木がクスリの売買関係って説は面白い。その団体っていうのは、いわゆる裏社会とも関係が深いから、そこで秀雄と黒木を知って二人をこの学園に送り込んだなんて、ありそうな話だからね」


「そもそも、その団体は何のためにこんな事件を?」


「目的のこと? さあねえ。多分、この事件は単なる前段階なんじゃないかなって気がするけどね」


「前段階?」


「目晦ましって言えばいいのかな。もちろん、末端の秀雄やら黒木やらはそんなこと知らずに適当なこと言われて騙されてるか金で動いているんだと思うけど、首謀者からすると、この事件の対応に学園全体が追われている間に、裏で何かを仕込んでる。そんな感じかな。そうと分かっていても、この事件を放っておいて裏を探ることが中々できないんだから、政治ってのは難しいよね」


 笑顔のまま、しかし忌々しそうにクロイツは首を振って、


「で、君はどうする?」


「え?」


 頭の中で全体像をいじくっていた夏彦は我に返った。


「言ったように、慎重にだけど外務会は動いているし、公安会だって今回の件については動いているよ。それぞれの会も、自浄作用でおそらく馬鹿どもはあぶりされる。どうでもいいけどね。だから、その虎って君の友達が言うように、そのうちに君も君の友達も皆、無罪放免ってことになると思うけど」


 だから大人しくしておけばどうだ、ということか。

 夏彦は『最良選択サバイバルガイド』を切った。

 この判断は、勘ではなく、自分の心に任せようと思った。さもないと、後悔するはめになるかもしれない。


 目を閉じて、浮かぶのは泣いて抱き合っている律子とつぐみの姿だった。


 目を開けて、律子の方を向く。

 いきなり自分に顔向けられた意味が分からないらしく、律子はきょとんとしている。


「まだ動きます」


 そうして、夏彦はクロイツに顔を戻した。


「もう一度見たい光景があるんですよ。だから自分の力でなるべく早く、事件を解決したいんです」


 他人には絶対に分からないであろうことを、夏彦は言った。

 いや、夏彦自身にさえ、自分が何を言っているのか、どうしてあの二人が抱き合うのを早くもう一度みたいのか、分からない。


 わけが分からないにも関わらず、


「なるほど」


 とクロイツは頷いた。そして近くに積んであった雑多な物の山から、メモ帳を引っ張り出すと、そこに何やら書き殴った。

 そうして、そのメモを破り取った。


「本当は、さっさとこの件を解決する方法なんていくらでもあるんだよ。でも誰もしない。他の会に干渉しなくちゃいけなかったり、校則違反ぎりぎりのラインをいかなきゃいけなかったりするからね。地位のある人間ほどできない。俺としてはどうでもいいけど、俺だって勝手なことしたら会全体から怒られる。だから、君が事件の解決のために奔走してくれるっていうなら、こっちは願ったり叶ったりだよ。無能低脳や信用できない奴が無茶苦茶するのは願い下げだが、君ならそんな心配もなさそうだ。そうだろ、律子ちゃん?」


「うぇえ!? うっ、うう、はい……夏彦君、は、凄い、と思います」


 あたふたと、助けを求めるように律子は夏彦を見てきたが、夏彦としてもどうしていいか分からないので黙っていた。


「ああ。だから君がさっさとこの馬鹿げた事件を終わらせてくれるのを期待、かつ君の人柄を信頼して、これをあげよう」


 破り取ったメモ用紙を、クロイツは夏彦へと手渡した。


 渡されたメモ用紙を見て、夏彦は息を呑む。


「これは――」


「委任状だ。これで、今回の事件に関して君たちが捜査する分には、何をしようとも俺が責任を持つってことだし、君たちに抵抗するってことは俺に逆らうってことだ」


 クロイツの細い目が、ゆっくりと開く。


「期待してるんだ。裏切ってくれないでよ、夏彦君」





 部室を出ると、緊張から解放されて夏彦の体から一気に力が抜けた。冷や汗がとめどもなく流れる。


「ねっ……ねっ……い、いい人、だったでしょ、クロイツさん」


 無邪気に言う律子を見て、

 ああ、この人、本当に信じられないくらい無邪気だな。

 と夏彦は一周回って感心する。


 直感的に、あの人の恐ろしさが分かった。おそらく、限定能力を使用しなくても感じるレベルだ。


「で……その、これから、どうする?」


 律子に言われて、夏彦は時計を見た。

 時刻は既に昼を回っていた。


「とりあえず」


 よく考えてみれば、朝から寮を飛び出したために朝食すら食べていない。


「昼飯でも食べましょうよ」


 と夏彦が言うと、


「ふ……二人で、ご飯」


 と律子は頬を赤くしていた。

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