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雨の幽霊屋敷(2)

 浮遊。

 落ちるというよりも浮いている気がして、眩暈を感じ、気づけば庭園にいる。

 びっしりと並ぶ木々に囲まれた、小さな庭園。

 雨の音がしない。当然だ。不自然なくらいに雲のない青空、それなのに太陽が眩しくない。まるで書き割りのようだ。


 少年は呆然として、庭と目の前にある小さな噴水を見る。


「どうも、俺達はこの噴水から出てきたことになったらしい。実際、俺もこの池に向かって呼びかけたしな」


「こ、これって、夢、ですか?」


 少年が思わず訊く。


「夢みたいなもんだろうな。いくら時空が歪んでるからって、廊下の穴からこんな庭園に辿り着くっていうのは、ちょっと恣意的な気がするし、この庭園の趣味を見てみろよ」


 巨大な庭園は、大理石でできた天使の彫刻が立ち並び、芝は綺麗に刈り揃えられていて、金や銀のものと思われるオブジェが散らばっている。


「貧乏人が夢見る金持ちの庭って感じしない?」


 言い得て妙の男の表現に思わず少年は頷く。


「誰かの幻想の庭なんだろうぜ。ここで篭って、楽しんでるわけだ。少年の言ってたカルト教祖が怪しいな。信者の命を使って時空を歪ませてこの理想の庭園を作ったのかもな。で、維持のために時々迷い込む犠牲者を糧とする」


 男が呟くうちに、庭園に異変が起こる。


「え?」


 少年はあまりのことに普通に驚く。


 天使の彫刻が、動き出している。十数体のその彫刻は、ぞろぞろと少年と男に近寄って来る。


「おじ、お兄さん」


 後ずさる少年に、


「ちょっと下がってろ」


 男は構えてから、


「ああ、怯えすぎるのも精神衛生上よくないな。トラウマとかになるかもしれん。『英雄讃歌』」


 そんな男の呟きと同時に、少年は突然自分の体から息が詰まるような不安が消えるのを感じる。安心すると同時に不思議になる。

 何が起こったんだろう?


 そして、目の前では、彫像が凄まじい勢いで同時に男に突進している。


「む」


 男は、まるでどこに来るのか事前に分かっているかのように、必要最小限の力だけでそれを全てかわす。

 彫像同士がぶつかり、ヒビがはいる。


「やっぱり、『三千苦界』は使えないか。まあ、ここらは誰かの支配下の空間だ。仕方ない」


 不満げに呟く男の手には、いつの間にか日本刀が握られている。


「しょっ」


 短い気合と共に、少年の目にとまらない速度で、男が刀を振るう。


 そして、甲高い音と共に、刃が砕ける。


「うえ、マジかよ。硬いな、こいつら」


 言いながら男は彫刻の一体を掴むと、


「うおりゃ」


 それを武器のように軽々と振り回し、他の彫刻にぶち当て出す。


 冗談のように、元々ヒビの入っていた彫刻が砕けていく。

 彫刻側も反撃をするが、まるで当たらない。


「おしまいっ」


 そうして、最後の一体が砕けると、もう腕だけになった手に持っていた彫刻をその場に投げ捨てる。


「いやあ、結構硬かったな。それだけだけど」


 男はひょいと少年まで戻ってくる。


「……今のは?」


 不安はないが、代わりに圧倒的な疑問と疲れが少年の胸中に溢れる。


「さあ? ここの番人みたいなもんじゃない?」


「もう、いやだ」


 何かが切れて、少年は芝にへたり込む。


「意味不明だ。どうして廊下がずっと続いて、庭に出て、彫刻が襲ってくるんだよ」


「まあまあ、俺なんて突然変な場所に召喚されて傭兵として竜巻と戦ったことだってあるぞ」


 と妙な慰め方をする。


 そして、周りを見回して、男は首を傾げる。


「妙だな」


「いや、最初から最後まで全部妙でしょう」


 少年が突っ込むと、


「いや、そういうことじゃなくて、ここがそいつの理想の庭なら、もっと妨害があったもいいはずなんだけど。あれで終わりか?」


 首を傾げながら男は金のオブジェクトの一つに手を載せて、


「ほらほら、お前の理想が壊れていくぞ、『太陽掌握』!」


 庭中に響くように怒鳴った直後、そのオブジェクトがどろどろと融けていく。


「……何の反応もないな」


 もう一度首を傾げて、男は次のオブジェクトに近づいて行く。


「やめろ、私の庭を荒らすな」


 突然に声がして、男の動きがぴたりと止まる。


 少年の息を飲む。


 声は、地面から聞こえるようでもあり、天から聞こえるようでもある。


「おのれ、妙なものが迷い込みおって」


 舌打ちと共に、SF映画にでてくる立体ホログラム映像のように、突如として半透明の老人が現れる。老人は小柄なごく普通の容姿をしているが、服装がまるで神社の宮司のような、しかしそれでいて所々に金や銀で飾りをつけている無駄に豪奢な姿をしている。


「この庭にふさわしい主人公だな」


 皮肉めかして男が嘯くと、


「貴様にはこの衣や庭の素晴らしさは理解できんだろうな」


 ふん、と老人は息を漏らす。


 突然のことに少年は動けず、頭もうまく働かない。だが、ひとつだけ分かる。老人の、出来の悪い新興宗教の教祖のような格好。いや、あれは「ような」ではなく、つまりこの半透明の老人こそが。


 男は大袈裟に肩をすくめている。


「しかし、さすがにこの世界、この時代、この国で魔術なんてものを実践してる奴には初めてお目にかかった。しかも信者を騙して殺して、その犠牲でもって自分の存在を昇華させると同時に箱庭まで作るなんて、中々手が込んでる」


「騙すとは人聞きの悪い、彼らは私の楽園の礎となったのだ」


「ずっと一人で篭って、時たま迷い込む奴を犠牲にして維持するこの趣味の悪い庭を楽園って言うのか? 悪いけど、多分あんたとは好きな音楽とか映画とか合わないだろうな」


「ふん、大口を叩くな、愚か者。神から力を与えられたわしに楯突く馬鹿めが、多少妙な力を持っているからといっていい気になるな」


 突然、老人の体が実体化し、更に膨らんでいく。


「神? 何だ、方便で使ってるだけかと思ったら、自分でも信じてるのか。誇大妄想家め」


「心の底から愚か者だな。神のお力を信じぬとは。私は神に秘術を教わり、そしてその力で信者を得てこの庭と力を手に入れた」


 膨らんでいく老人の体が青く燃え出す。


「それ、神じゃないんじゃないか? 悪魔とか」


 呆れたように、おちょくるように男が言う。


「馬鹿め」


 そして老人は、青く燃える巨人となる。3メール以上ある背丈と異様に長い手足を持つ、青い炎の巨人だ。


「確かに神は神とは名乗らなかった。神を殺したいなどと仰っていたが、それはそれだ。神のお言葉の真意は人間には分からぬ」


「何だ」


 対する男の声から、一切の感情が消える。


「お前、俺の兄弟か。哀れなもんだな」


「何?」


「それで、ここは小さなノブリス学園ってわけだ。ノブリス以外にも実験場を作ってるだろうとは思ったが、悪趣味なものだ」


 ノブリス学園という名称には少年は聞き覚えがある。

 秘密主義の超マンモス校。あらゆるエリートを生み出す、実力主義の学園。

 どうして、ここでその名前が?

 少年は混乱する。


「妄言を。もはや、聞くに耐えぬ」


 巨人が動き、一瞬で男の目前に迫る。巨大さからは想像できないスピードで動き、そして腕を男に叩きつける。


「ほら」


 一切動揺することなく、紙一重でその攻撃をかわした男の手には、刀が。


 次の瞬間、巨人の青い炎に包まれた首が飛んでいる。


「あっ」


 少年は思わず叫ぶ。

 実際のところ何が起こっているのかは、よく分からない。

 だけど、これで帰れるかもしれない。


 少年の期待は、飛んだ首が火の玉のように飛び回って元の位置に戻り、くっついたことで潰える。


「だろうな」


 予想していたように男は頷く。


「あの男に改造されたら、それくらいじゃ死ねない」


 それから刀の刃を見て、嫌そうに眉を顰める。


 刀身が溶けて、使い物になりそうにない。


「全く、律子さんに怒られる」


 瞬間、刀が消えると同時に、男は垂直に三メートル以上ジャンプする。


 その男の足先をかするように、巨人の横薙ぎ。


「おのれ、何故だ?」


 少年からしてもその巨人の疑問は正当に思える。

 男は巨人の攻撃をかわしたが、僅かながら巨人が動き出すよりも先に跳んでいるように見えた。


「勘がいいんだ、悪いな」


 男は呟く。


「ふん、それで、改造とは何のことだ? あの男とは、誰だ?」


 ついさっき攻撃したばかりだというのに、今度は巨人は平然と質問する。


「あんたが神と読んでる神殺しを夢想する男だ。ああ、思い出した、名前。プラーナだ。プラーナ・カッサバ」


 そして、男も平然とそれに答える。


「何を、何を言っている?」


「名前も教えてもらってないのか、可哀想に。どうも、あまり期待されていなかった実験体らしいな、兄弟」


「貴様、愚弄するか」


 怒りで、巨人の声が震える。

 倒れるように巨人が男に近づく。


「違うな、羨ましがってるんだ。期待されたら、ストーキングされて俺みたいなことになるぞ」


 突っ込む巨人を迎え撃つ男の両手には、二刀が握られている。


 瞬間、巨人の五体はばらばらになり、そして再生する。


 一方男は完全に融解した二刀を投げ捨てる。


「キリがないな、お互いに」


 呟く男に、


「いいや、お前は終わる」


 巨人は老人の声でそう言う。


 そして、少年は突如として不安に襲われる。今まで、何らかの力で感じていなかった不安を。

 それが、能力の許容量を超える不安や恐怖を、本能が感じたのだとは分からないまま、ともかく少年は恐慌をきたして後ずさる。


 それを、


「逃げるな、小僧」


 一瞬のうちに、巨人が少年の前に立っている。

「ファンタジーにおける名探偵の必要性」宣伝更新みたいなもんです。

読者への挑戦にご参加よろしくお願いします。


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