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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第四話 ある殺し屋への葬送曲
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波乱の幕開けその1

「そ、それでは、次の議題です」


 風紀会の会議の席上、司会進行役の男子学生は脂汗を流しながら言葉を絞り出していた。司会だけでなく、他の風紀会の参加者も同様だ。

 平然としているのは、会長である瑠璃と副会長のレインくらいのものだった。


 それも当然だろう。この会議には、ゲストとして数人の異分子が、それもかなりの大物が紛れ込んでいた。


 まず目立つのは、巨体を窮屈そうに椅子に押し込んでいる老人。腕を組んで、先ほどから会議を静か目で眺めている学園長のデミトリ。

 その隣でものめずらしそうに笑顔を浮かべる生徒会長、コーカ。そして袖で口元を隠していて、表情がよく分からない生徒会顧問の月が横に控えている。

 コーカと対面する位置に座っているのは、未だ体中の傷が癒えていない司法会監査課課長補佐の夏彦と、白衣を羽織ったスタイルの課長の胡蝶だった。


「ふう」


 ようやく会議がきりのいいところまで進んだのを見て、疲れたような息を吐いたのは瑠璃だった。そして彼女は、隣に座っていたレインの肩を叩いた。


 レインは頷き、


「色々と今回の会議はイレギュラーがあって、全員疲れている。ここら辺でお開きとしよう」


 その宣言と共に、会議の出席者達はまるで地獄の責め苦から解放されたかのように安堵の顔をして、立ち上がると我先にと会議室を出て行った。


 残ったのは、ゲスト、そして瑠璃とレインだった。


 舞台は整った、とばかりに落ち着いているゲストの面々。


 一方、それとは対照的に、


「会いたいとは伝言。しかし――予想以上に夏彦君は厄介」


 疲れたように瑠璃が呟いた。





 これで、ようやくスタートラインだ。

 夏彦はそう考えている。

 結局、昨日料理研究日に顔を出してはみたものの、収穫はなかった。

 律子さんがいなかったのはおそらくこの会議の裏方として準備が忙しかったんだろう。虎も、あいつはあいつで動いているらしく、いなかった。

 残るメンバーに一応あたったが、アイリスはもちろんとして、つぐみちゃんも秋山さんも何の情報も持っていなかった。

 要するに、この会議で無理矢理にでも話を前進させるしかないってことだ。


「で、この形になっても文句が出ないってことは、いいんですね、この場で相談してもらってもいいってことですね」


 時間がもったいないので、夏彦はさっそく瑠璃に向けてそう切り出す。


「そう受け取ってもらって結構。各々方、各自思惑はあれど、まずは私の話を聞いてもらうことを要請」


 瞳を閉じたまま、瑠璃が卓上の全員を見回すように顔を動かした。


 誰からも異論は出ない。


「では、まずは私から夏彦君への相談。私のクロイツ外務会副会長殺人事件捜査の監査について、監査の中止を要請。もしくは、監査を適当に済ませてくれるように要請」


「えええ?」


 眠そうな声をあげて抗議したのは胡蝶だった。


「そんなの通ると思ってるのぉ?」


「無論、これには理由が存在」


 儚げな瑠璃の顔には、一切の動揺がない。


「今回の事件、一切が茶番。死体が不存在」


「何?」


 そのことは知らなかったらしく、学園長が声をあげて少しだけ目を動かした。


「ふむ」


 微笑を崩さず、コーカが首を傾げる。


「俺が大雑把にだが説明しよう」


 野生的な顔とは対照的な柔らかな声色でレインが立ち上がって説明を始めた。


「一昨日の昼間、外務会副会長室で、クロイツが首を折られて死んでいるのを書類を届けに来た部下が発見した。すぐに風紀会に通報、それから一時間以内に風紀会の初動捜査が始まり、鑑識も到着した」


「雨陰太郎の署名は?」


 口元を袖で隠したまま、月が質問する。


「クロイツのシャツの胸ポケット、そこに雨陰太郎の文字だけ印刷された紙が四つ折にされて入っていた」


「ほう」


 面白げに笑みを大きくしたのはコーカだった。


「それも、初動捜査で見つかったわけですね」


「貴兄の言う通りだ。そうして本格的に捜査が始まり、クロイツの死体は解剖に回された、が」


「が?」


 夏彦が先を促す。


「簡単に言えば、その日の夜、死体置き場から死体が消えた。風紀会の検視官がそれを発見した」


「死体の消失を?」


 夏彦が確認をとる。


「そうだ。だが、事件が事件だけに最初に緘口令を敷いたのが裏目に出た。事件自体秘密裏にしていたのに、死体がなくなったと騒ぐことも、死体探しを大っぴらにすることもできないだろ? 頭を抱えつつ、我が会の最終兵器、千里眼の瑠璃会長の捜査に全てを賭けたわけだ」


「確かに重大かつ奇妙な事件だ」


 重々しく言う学園長の太い指が、真っ直ぐに瑠璃に伸びた。


「だが先程、茶番だと言ったな。それはどういう意味だ?」


「まず第一に、この事件が雨陰太郎という殺し屋のものであるという可能性が微小」


「そうかな?」


 コーカが疑問の声をあげる。その表情は、クイズを楽しむ子どものようだ。


「そう考えるのが妥当ですわ」


 月は落ち着いた表情でそう言う。


「ああ。殺し屋が署名を残す理由がない」


 レインが理由を説明し出す。


「別に殺し屋に詳しいわけじゃあないが、殺し屋が署名を残す理由なんて大きく分けたら三つだ。一つは、殺し屋のスタイルだから。一つは、依頼主に頼まれたから。最後に、必要だから」


「この場合にはどれにも当てはまらない?」


 コーカの質問に、


「そうですわね。まず殺し屋のスタイルというのは否定されますわ。署名をすることで殺し屋としての自分の名を売るなんて結構ありそうですけど、これまで雨陰太郎は署名を残したことはない、そうですわね?」


 月が答えて、風紀会に向けて確認をとる。


「同意。風紀会のデータベースに雨陰太郎の情報はそれなりにあるが、署名の記録は皆無」


 西洋人形じみた頭で瑠璃が頷く。


「依頼人のリクエストっていうのも、ないでしょうね。むしろ逆に、殺し屋に殺されといて自分がアリバイを作ってれば、殺し屋の仕業だってばれるまでは疑われないから、殺し屋の手によるものだってばれない方が都合がいいでしょ」


 考えながら夏彦が喋る。


「無論、例外は存在するが、基本的には同意」


 また瑠璃が頷く。


「最後の『必要に応じて』だが、少なくとも今現在、署名をしなければならない事情を確認はおろか想像もできない。違うか? アイデアがあるなら、誰か教えてくれ」


 レインの提案に、会議室内は静まり返った。


「少なくとも現時点で、雨陰太郎の犯行である可能性が低いことは認めよう」


 学園長は僅かに身を乗り出した。


「だが、犯人が雨陰太郎であろうとなかろうと、外務会副会長が殺害されている。それのどこが茶番だ?」


「それは――」


「それを詳しく説明するには、私の能力の説明が必要」


 レインの説明を遮って瑠璃が言い放った。


「会長、いいのか?」


「レイン、今こそは、風紀会の威信を賭けた天王山、出し惜しみは不要」


「……確かにな」


 レインが折れて、会議室内に緊張がはしった。


 これから、風紀会会長の限定能力が説明されるのだから当然だ。


 だが当の本人の瑠璃はあくまで冷静だった。


「私の限定能力は『眼球造神インサイドマン』。半径約35メートルの範囲内の音を聴く能力」


「音を聴く? 聴力の強化ですか?」


 コーカが質問するが、


「否。『眼球造神』は、範囲内ならばどのような音も感知可能。だが、範囲外については聴覚は通常」


「範囲内なら、人の唾を飲み込む音、筋肉が緊張して軋む音まで聞こえる。更に、空気の微妙な揺れまで音として探知できる。簡単に説明すれば、うちの会長の能力はレーダーだ。範囲内なら、物の配置はもちろん人の動き、更にはその人の精神状態、嘘をついていたり隙を窺っていたりまで把握できる。能力の使用も同様に、使用の際の緊張状態を読み取って把握することが可能だ」


 レインの補足説明に、ゲストたちは思わずそれぞれの顔を見合わせる。


「おいおい、恐ろしい話ですね。この中で、もう能力使用している人いたりして」


 コーカが少しだけ強張った顔で言う。


「あ、俺、してますけど、俺のは強化系なんで別にいいですよね、誰かを貶めようとしてるわけじゃないし」


 宣言する必要もない気がしたが、一応夏彦は『最良選択サバイバルガイド』の使用を告白しておく。


「それ以外にも、この場で嘘をついたら風紀会には把握されるということか、恐ろしい話だ」


 珍しく、学園長は厳しい顔をして腰を少し浮かせていた。いつでも、臨戦態勢に入れるようにだ。


「まあまあ、ひょっとしたら今の説明自体が嘘かもよお」


 唯一、大して態度を変えず眠たげな目をしている胡蝶。


「ようやく納得できましたわ。確かに、そんな能力の持ち主なら、風紀会会長が捜査すれば解決すると言われるわけですわ」


 目つきを鋭くした月は再び袖で口元を隠した。まるで、自分の本心を隠すかのように。


「で、能力は分かりました。で、今回の事件がどうして茶番なんですか?」


 話としてはまだ核心に迫っていないし、夏彦がこんな場を無理矢理設けたのは瑠璃の能力を聞き出すためではない。

 夏彦は続きを促す。


「私はクロイツの死体が消えた後で捜査に参加。関係者を尋問、そして現場を調査。結果、この事件について嘘をついていたり隠し事をしている人間とは捜査中には遭遇すること皆無」


「ふむ。今のところ捜査線上に犯人は存在しなかった、と。それで?」


 聞く学園長の目は、瑠璃よりも他のゲストを油断なく見回していた。


 なるほど、話は瑠璃としつつも、見るべきはこっちか。抜け目ないな。

 夏彦は感心してしまう。

 嘘や能力の使用が分かる、という『眼球造神』の説明で、必要以上に動揺する人間がいないか観察しているんだろう。

 日常的に何かを隠していたり嘘をついていたりする人間は、さっきの説明で必ず反応するはずだ。それと、現時点で能力を発動させている人間も。


 が、夏彦は特にそっちにはあまりにも興味がなかった。むしろ、全ての集中力を瑠璃に向けている。あくまで、夏彦が狙うべきは事件の真相。まず、瑠璃が何を言いたいのか、そしてそこに嘘がないのかこそが重要だ。


「そして、現場の捜査で確認。痕跡が皆無」


「ん? 犯人の痕跡がないってこと? だから、犯人は殺し屋?」


 胡蝶が目にクエスチョンマークを浮かべながら質問するが、瑠璃は首を振る。


「そういう意味とは相違」


「ああ、犯人の痕跡がない、というのとは違う。レベルが違う話だ」


 後を引き取ったのはレインだった。


 そう言えば、レインは公安会だと夏彦は思い出した。

 会長が嘘や隠し事を見抜くのに、よくぞそんな大きな秘密を隠したまま副会長をやってるな。あるいは、瑠璃会長にはもう知られているのか。


「犯人の痕跡じゃあない。事件の痕跡がないんだ。いいか、たとえ不意を衝いて反抗する間もなく殺そうと、いかに証拠隠滅をしようと、人を殺せばその痕跡は残る。それを調べるのが会長であればなおさらだ。どんな痕跡も会長は見逃さない。だが」


「その僅かな痕跡すら皆無。まるで事件の存在自体が幻」


 細く弱弱しい姿とは裏腹に、しっかりとした力強い口調で瑠璃が言った。


「事件が、存在しなかった、だと?」


 愕然とした顔をしたのは学園長だった。一番、そんな顔が似合わない。そして、演技には見えなかった。夏彦の勘でもってしても、それは嘘偽りのない反応に思えた。


 学園長は行政会だ。行政会がある程度全体についての情報を持っていると考えていた夏彦にとっても、その表情は意外だった。

 学園長も、その件については何の情報も持っていなかったらしい。


 だとしたら、どうなっている?

 この事件、どの会も全ての情報を持っていないのか?

 夏彦は考え込む。


 その思いは瑠璃、レイン、コーカ、月、そして胡蝶まで同じだったらしい。

 愕然とした学園長を見て、それぞれも困惑した顔でお互いを見回す。


 そして、


「どうも、ある程度腹を割る必要がありそうだな。いずれかの会がべったりと裏から糸を引いている事件、そう思っていたが、違うらしい」


 レインが苦々しげに呟いた。

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