第三話、その4
三日後、準決勝の日はお昼に試合が始まった、その日は炎天下の猛暑日で朝のニュースでは市内のどこかでお年寄りが熱中症で死亡したというニュースを見た。
藤崎台球場は準々決勝の応援の噂を聞きつけてやってきた人が加わり、過密な人口密度で体感温度は四〇度以上に達していた。
「試合開始前に注意喚起して正解だったかもな」
鷹人は夏服姿で周囲を見回すとサウナにいるような蒸し暑さと、発酵したような汗臭さに周りの人は顔を歪めていた。
鷹人は一九三〇年代製のカールツァイス双眼鏡を覗く、反対側の三塁側スタンドは対戦校である山鹿高校の応援団もこちらに負けまいと吹奏楽部やチアリーディング部も連れて来てる
準々決勝の試合が全国レベルで話題になって真似する学校が出始めたらしい。
地方大会応援の様子がYou Tubeや各動画サイトにもアップロードされ、七月の終わりのランキングを独占していた。
試合は現時点で九回裏一対〇、細高がリードしてるが膠着状態が続き、長期戦になって延長戦も覚悟しなければいけない状況だった。
「アヅイ……それにしてもなんて人口密度なの?」
隣にいる妙子は帽子を被り、首にかけたタオルで汗を拭くがダラダラと噴出してうんざりしたような表情をしている、妙子の隣にいる美由はというと弱気な表情を見せず真剣にVメガホンを叩いて応援に励み、時折温くなったスポーツドリンクを飲んでいる。
「二人とも大丈夫?」
鷹人は汗を拭きながら訊くと、妙子は不満を口にする。
「大丈夫じゃないわ、夏コミの三日目みたい! それに膠着状態が一番嫌なのよね」
「鷹お兄ちゃん、双眼鏡貸して」
美由が言うと、鷹人は双眼鏡を美由に手渡して美由は覗きながら言う。
「向こうのスタンド、熱中症で倒れた人が出たみたい……みんな辛そう」
鷹人は後ろを見ると一輝は夢中で応援に熱中してる、隣にいる零は夏服姿でぐったり座っていて表情はよく見えない、鷹人は優しく声をかけた。
「空野さん大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫……あと、一人だよね?」
「ああ、今九回裏のツーアウト――」
その時、バットでボールを打つ甲高い音が響いた。今のは確実にジャストミートだと鷹人がグラウンドを見ると白球は空高く舞い上がっていた。
「デカイ! ジャストミートだ!」
一輝が叫ぶ。
ボールは丁度迫撃砲の砲弾のような放物線を描き、真夏の真っ白な積乱雲と眩しい太陽に晒されて姿を消す、マズイ! ボールが完全に消えた! このままではサヨナラホームランだ! 鷹人は外野の選手を見るが空を見上げたまま動こうとしない。
ゲームオーバーか? 鷹人は延長戦か敗退を覚悟した瞬間、一輝が叫んだ。
「まだだ! 行けえ本田!」
一輝は諦めてない、外野の一人が空を見上げながら疾走する、本田だ!
「零ちゃん大丈夫顔色悪いよ!」
美由が気付くと、本田はグラウンドの端まで走って正確にキャッチ。
ゲームセット、一対〇で細高の勝利で決勝進出決定。
それが決まると一塁側スタンドは今まで溜めていたフラストレーションを爆発させるかのごとく、絶叫に近い熱狂的な歓声に包まれた。
「よっしゃああああっ勝ったぜ!! 決勝進出決定だ!!」
一輝が叫ぶと、零は弱々しく尋ねる。
「よかった……次決勝ね、いつかな?」
「三日後だ!! あいつらならやってくれるぜ!!」
一輝は遠慮なく言い放つ、鷹人は零の手首を掴んだ。
「き……桐谷君? どうしたの?」
鷹人は右手で零の細く、日焼けした手首を掴んだまま左手でスマホを操作してタイマーを一分にセットする。脈が速い! 計ると一分間に一〇〇を超えてる! 鷹人はポーチから体温計を取り出す。
「空野さん、熱を測れる?」
「大丈夫よ、少しムカムカするけど」
「軽度の吐き気に速い脈、熱中症かもしれない」
鷹人は体温を測定すると三七・六度だった。様子がおかしいと気付いた和泉が降りてきた。
「零、大丈夫!?」
「和泉さん、空野さんを車に連れてエアコンを全開にして下さい。空野さん、一緒に美由の家で休もう」
「うん……桐谷君、またアイスティー作ってね」
「ああ、勿論だ」
鷹人は肯いた。
試合が終わると美由のマンションでいつものように集まり、宿題の片付けをしていた。
しばらくすると、和泉の部屋で休んでいた零がリビングに出てきた。
「みんな、心配かけてごめんね」
「零ちゃん大丈夫?」
妙子は気遣って声をかけると、零は弱々しく微笑んで肯く。
「うん、ごめんね桐谷君、心配かけて」
「ああ、試合が始まる前に口を酸っぱくして言うべきだったよ」
鷹人は胸を撫で下ろした。
「この分だと大丈夫さ、お前意外とタフだからな」
一輝がドライな口調で零に言う。
「そうでもないわよ、一輝君にも迷惑かけちゃったね」
「空野さんも気分が悪いなら悪いって素直に言って欲しかった」
鷹人は微かに眉を顰めて重く言うと、試合中の時を振り返る。
「あの時、全然大丈夫じゃなかった。あと少し遅れてたら美由の家じゃなくて病院、いや救急車を呼ぶことになってたよ」
「そんな大袈裟に言うことはないだろ? お前が気付いてくれたんだしさ」
「もしあの時俺が気付かなかったら? 空野さん確実に倒れてた。あの時俺が気付いたのは運がよかっただけさ」
鷹人は唇を噛み締めて言うと、一輝は不満げに言う。
「悪かったよ、俺が気付いて声かければよかったて言いたいんだろ?」
「……そうさ、あの時俺と三上君がもっと早く気付くべきだった」
鷹人が溜めていたものを吐き出すように言い放つと、一輝は顔を顰めて立ち上がってズカズカと歩み寄って左手で胸倉掴んだ。
「んだと!? 俺は零のお守りじゃねぇ!!」
「空野さんは自分に素直じゃないんだ! 本当に助けて欲しいという時に限って痩せ我慢すること知ってるはずだろ!」
鷹人は言いたいことを言い放つ、もう少し遅かったら幼馴染が死ぬかもしれなかったんだ。
「二人ともやめなさいよ! 私が悪かったからやめて!」
零がオロオロしながら言う。
「そうだよ、また喧嘩するつもり?」
妙子が止めに入ろうと細い両腕で引き離そうとするが、二人ともビクともせずバチバチと睨み合い、鷹人も一輝意外の言葉は耳に入らない。
「ああ、知ってるさ! だからこそタフだと言ったんだ!」
「いくらタフでもケアしてやらないといつかは壊れるぞ! それは君だって知ってるはずだろ!」
鷹人は言い放つと、一輝は歯をギリリと鳴らして右拳を振りかぶった瞬間、思いっ切り叩きつける音が部屋に響き渡った。
一輝の拳は止まったままで殴られてない、一輝も「えっ?」って顔してる。
鷹人は音の聞こえた方向に目をやると、和泉が右拳を握り締めて思いっ切り叩いてたらしく顔を真っ赤になるのを通り越して白く、鬼のようなオーラを放っていた。
「あなたたち、今すぐ喧嘩はやめてみんなに謝りなさい。納得できないなら外で頭冷やしてきて来なさい、もうすぐ夕立が降るけど頭冷やすには丁度いいわ」
和泉は鷹人と一輝を真っ直ぐ睨み殺す大蛇のような眼光を放つ、一輝は一気に血の気が引いてくような顔をしていた。
「す、すいませんでした」
いかん、僕もつい頭に血が上ってしまったと反省し、鷹人は和泉に言い放つ。
「すいません和泉さん、じゃあちょっと散歩して来るんで邪魔しないようにしてもらえます?」
「おい馬鹿! 今すぐ訂正しろ! あの剣幕じゃ殺されるぞ!」
一輝は鷹人を手繰り寄せて耳元で言うと和泉は静かに肯く。
「いいわ、但しもうすぐ夕立が降るから雷に気をつけるのよ」
「それじゃ一緒に行こうか? 三上君」
鷹人は誘うと一輝は手を放し、重い足取りで散歩に出かける。
マンションのドアを開けると、冷たい風が強く、湿っていて空は灰色の雲に覆われていた。




