表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
61/119

第六十話 旅立ちの日

 ランファの出番となり、呼びに来た召使いが楽屋のドアを開けると、そこは豪華で馬鹿でかい食堂だった。

 ランファの護衛との触れ込みである俺とイルダは、そのドアを背にして、ランファの舞台が終わるのを待つことにした。

 シャンデリアが光り輝く下のテーブルには、ブルガ委員長の左右に委員会を構成する商人と思われる人物が並んで座っており、その対面にザルツェール率いる使節団の騎士達が並んでいた。

 ランファの歌が始まると、出席者はみんな一様にランファの歌に聴き惚れていることが見て取れた。

「アルス殿」

 小さな声で俺を呼んだイルダを見た。

 舞台を真っ直ぐに見つめていたイルダはそのまま話し出した。

「先ほど、ザルツェール殿が言ったことなのですが」

「あの時のようにってことか?」

「はい。実は、私は、ザルツェール殿と婚約をしていたのです」

 何だ? 急に悶々としてきた。

「その約束はまだ生きているのか?」

「いえ、破談になりました。婚約は、私がまだ赤ん坊の頃に決められていたようですが、今から三年ほど前に、陛下が、突然、その縁談を破棄されたのです」

 悶々が消えた。イルダをあんな奴に渡したくないと考えてしまった。自分がイルダを独り占めできる訳もないのにだ。

 イルダと俺では、生きる世界が違いすぎる。今、たまたま一緒に旅をしていて、イルダの夢の実現に微力ながらも協力するつもりではある。

 しかし、そこまでだ。俺がイルダと一緒になれるとすれば、イルダの夢が破れて、二人とも命を落とす時だ。アルタス帝国の復興という夢が実現すれば、イルダは玉座に座るかもしれないが、その隣に俺はいることはできない。

 リーシェとイルダ二人が果たしたい目的がいつまでも果たせない今の状態がもうしばらく続けば良い。二人にそれを話すことなどできないが、心の底ではそれを願っている俺がいた。

「しかし、皇帝はどうして婚約を破談にしたんだ?」

「私も分からないのです。陛下に理由を尋ねても教えてくれませんでした」

 皇帝が、美しく育ったイルダを側に置いておきたかったか、それとも、ザルツェールが皇帝のおメガネに敵わなかったからか。

 いや、……もしかして、フェアリー・ブレードが関係しているのかもしれない。

 自分の子供の中でイルダが一番聡明だと三年前に気づいた皇帝は、その時にフェアリー・ブレードをイルダの体に隠したのではないだろうか。

 そんなイルダを嫁に出すことなど許されるはずがない。

「ザルツェールとは、その後?」

「ザルツェール殿は従兄弟いとこですから、子供の頃は、よくお会いしていたのですが、私もザルツェール殿と婚約していたことを知らされていなくて、破談になってから知りました。その後は何となくお会いしづらくて」

 日々、美しくなる皇女イルダが自分の婚約者だということで、ザルツェールも有頂天になっていただろうが、その夢もあえなく消えた。しかし、皇帝の命令とあれば従わざるを得ない。ザルツェールも泣く泣くイルダのことを忘れるしかなかったはずだ。

 しかし、その皇帝はもういない。そして目の前には宮殿を追われ流浪の身のイルダ。一方のザルツェールは、今の帝国でそれなりの地位に立っているようだ。だとすれば、ザルツェールがかつての婚約者であるイルダをめとるのに何も支障はなくなっている。本当に忘れることなどできるのか?

 そんなことをつらつらと考えていると、ランファのステージが終わった。聴衆全員がその歌に酔いしれたようで、万雷の拍手が起きた。

 聴衆に深くお辞儀をしたランファは俺とイルダの元に下がって来た。

「ランファ、お疲れ! いつ聴いても、ランファの歌は素晴らしいぜ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、帰るか? ヘキトがお待ちかねだろうぜ」

「ア、アルス殿」

 照れるランファをエスコートするように食堂を出て、議事堂の出口に向かった。正体がばれないようにイルダも無言でついて来ていた。

「待たれよ」

 振り向くと、ブルガ委員長が食堂の入口の所に立っていた。

 まさか、まだ、ランファに未練があるんじゃねえだろうな?

「ランファ。素晴らしい歌だった。帝国の使者の皆さんも喜んでおられたぞ」

「あ、ありがとうございます」

 ランファが深くお辞儀をした。

「蒼き月にも引き続き出演するそうだな」

「はい。旦那様が許してくれました」

「旦那様か……。ふふふ、この儂が言うのも何だが幸せにな」

「は、はい」

 自分を身請けし、一旦は自分の「持ち主」となったブルガ委員長から祝福の言葉を掛けられて、ランファも戸惑っていた。

魔龍ドラゴン殺し(スレイヤー)

 委員長がランファから俺に視線を移した。魔龍ドラゴンを退治してから、俺に付けられた、この街限定の俺のあだ名だ。ちょっと気に入っている。

「その腕前、旅の賞金稼ぎで埋もらせるには惜しい。このカンディボーギルの護衛隊長に取り立てることもやぶさかではないがどうだ? もちろん、給金ははずむ」

「ブルガ」

 俺は、委員長を呼び捨てにして、真っ直ぐに見た。

「金を出せば、確かに何でも買える。しかし買えないものもある。人の気持ちだ。俺の気持ちは、俺の雇い主といつも一緒にある。その気持ちは、あんたの年収の何十倍の金を積まれても変わることはない」

「そうか。残念だ」

 俺が簡単になびく男ではないことを知っているはずで、委員長もまったく残念そうではなかった。

 辺りには、俺とイルダ、ランファ、そして委員長しかいなかった。委員長が俺を買ってくれていたことを知って、少し図々しく委員長の考えを訊きたくなった。

「ちょっと訊きたいことがある」

「何だ?」

「今日、来ている今の帝国からの使者とは、これまでと同じ約束をしたのか?」

「そんなことを部外者に話すことなどできるわけがなかろう」

「だろうな。だが、もし、アルタス帝国が復興したら、あんたらはどっちに着く?」

「唐突に何だ? その可能性があるのか?」

「ああ、あるぜ」

 委員長は、俺の品定めをするような目から視線を外した。

「ふっ、我々は強い方に着く。戦力を持たぬ商人がこの世を生き延びるすべは、常に強い方に着くと言うことだ」

「分かった。選択を誤らないようにするんだな」

 俺はイルダとランファを連れて出口に向かった。



 次の日。時間は昼頃。

 街の噂どおり、今の帝国からの使者が帰還することになったようで、街の辻ごとに護衛の兵士が立っている中、たった、三十騎の行列が街の大通りを正門である西門を目指して行進をしていた。

 俺達は、その大通りの道端に並んで立っている大勢の野次馬に紛れて、近づいて来るその行進を見つめていた。

 その先頭には、煌びやかな鎧をまとったザルツェールが、威風堂々と馬を操って、ゆっくりと進んで来ていた。

 俺がザルツェールの視線に入る所にまで前に出ると、気づいたザルツェールが馬上から俺を見下ろした。俺とザルツェールは無言で睨み合ったが、すぐにザルツェールの馬は、俺を通り越していった。

 西門の前には、七人委員会の委員達が見送りに来ていた。

 アルタス帝国無き後、今の帝国がこの大陸の覇権を握っていることは事実だ。今、一番強い勢力に着くと言った委員長の言葉を実践しているということだ。

 委員会の連中と簡単な挨拶を交わすと、使者の一行は西門を出て行った。

「アルス殿」

 ベールを被った上、俺達の中で一番後に隠れるようにいたイルダが俺の側に寄って来た。

「ザルツェール殿は、私に力は無いと言いました。確かに、今の私には何の力もありません。でも」

「その先は言うなって。もう何度も聞いている。必ず叶えてやるぜ」

「アルス殿」

 イルダの悲しい涙は見たくないが、嬉し涙は何度見ても良い。

「さあ、あいつらも行ってしまったし、俺達もそろそろ発つか?」

「待ち伏せとかしてないだろうか?」

 リゼルが心配するのも当たり前だ。ザルツェールにイルダが生存していることがばれてしまったのだ。ザルツェール自身はイルダのことは忘れると言っていたが、それを額面どおり受け取って良いものか疑問は晴れない。

「たった三十騎で何ができる? それに、あいつらが首都に戻り、兵を補充して引き返してくる頃には、俺達はどこにいるか分からないだろう。とりあえず、尾行がついていないことだけ気をつけよう」

「そうですね。そんなことにビクビクしていては何もできませんものね」

「そう言うことだ」

「では、今晩はカンディボーギル最後の晩餐を楽しんでから、明日、ゆっくりと出ましょう」

 こんな時に発揮されるイルダの楽観主義は無敵だ。



 そして、その次の日。

 朝食をとった後、俺達は宿屋の玄関前に揃った。長らく滞在したこのカンディボーギルの街から旅立つ日が来たのだ。

 連日、良い部屋に泊まり、良い食事を頼んだ上客だった上に、「魔龍ドラゴン殺し(スレイヤー)のアルス」として有名人になった俺が泊まった宿ということで宣伝もできると言っていた宿屋の主人も名残惜しそうに玄関まで見送りに出てくれていた。

 ヘキトとランファが揃って、こちらに歩いて来ていた。

「みなさん、おはようございます」

「おう! 朝から見せつけやがって」

「ち、違いますよ。って、夫婦になったのに別々に来る方が変じゃないですか!」

「ははは、それもそうだな」

「イルダさん」

 ヘキトとランファは、イルダの前に進み出た。

「このたびは本当にありがとうございました」

「い、いえ、私は宿屋にいただけで、アルス殿に全部していただいたことです」

「でも、そのアルス殿の雇い主で、しかも、賞金の使い道を決められたのは、イルダさんだと聞いています」

 イルダが俺を睨むように見たが、俺はニヤニヤと嫌らしい笑いを返した。

 はあ~とため息を吐いたイルダは、すぐに笑顔になっって、ヘキトとランファに向き直った。

「でも、お互い様です。ヘキトさんには私達から貸し付けた金銭に対して、毎月利子を払っていただけるということですし、そのお金はこれからの私達の旅に大いに役立つことでしょう。そう言う意味でも、ヘキトさんのお店の商売繁盛をお祈りします」

 変に恩着せがましくさせないのもイルダの頭の良さだ。

「はい! イルダさんのご期待を裏切るようなことはいたしません!」

 ヘキトの力強い宣言にランファも大きくうなずいた。

 ヘキトは人が良すぎるところがあるが、それは人からの信用を勝ち取るための武器になるはずだ。そして行きすぎた人の良さはランファがしっかりと締めてくれるだろう。俺もヘキトの商売は必ず成功するという確信めいた気がしていた。

「では、まいりましょうか?」

 子供リーシェとともに馬上の人となったイルダの言葉で、俺達の旅が再び始まった。

「あんな所にエマさんがいるよ」

 俺の頭上を飛んでいたナーシャが指差す先、民家の屋根の上にエマが座って、笑顔で手を振っていた。その視線は、子供リーシェに向けられているはずだ。

 ふと、子供リーシェを見ると、子犬のコロンが抱っこ紐から顔を出し、エマを見て、ふーっと怒っているような鳴き声を上げた。

 また、エマに視線を戻すと、アッカンベーをしてからすぐに姿が消えた。本当に転移魔法トランスポートを使っているのではないかと錯覚させられるほどの鮮やかさだ。

 リーシェに視線を戻すと、リーシェがコロンの頭を撫でていて、そのコロンは、気持ちよざげな顔をして、抱っこ紐の中に沈没してしまった。

 城門を出た俺達は、大陸の東側を北に向かって歩いて行くことにしていた。

 そして、ザルツェールのことなどを姉のカルダ姫に報告するため、東北方向に十日行ったところにあるリャンペインという街で、久しぶりにカルダ姫一行と落ち合うことになっていた。

 ジャングルが広がるここの気候に慣れたのか、来た時よりも涼しく感じる旅日和に、名馬フェアードを含め、全員の足取りが軽い気がした。向かう先には良いことがあるという期待を胸に前に進むことができそうだ。

 一つ心配事があるとすれば、カルダ姫を護衛するホモ剣士バドウィルに俺の貞操が奪われかねないということだが、そんなことはないと願いたい。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ