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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第五十六話 死闘! 魔龍退治!

「アルス、そろそろ行くか? 時間は限られておるぞ」

 リーシェが立ち上がった。

 そうだ。リーシェが来てから、もう十分ほど経過している。リーシェの封印が解けているのは、あと五十分ほどしかない。

「よし! みんな、行くぞ!」

 リゼル、ナーシャも俺と一緒に立ち上がった。

 魔龍ドラゴンは、枝葉の付いた樹木を無造作に組み上げた巣だと思われる場所に寄り添うようにして、体を丸めて眠っていた。

 そろそろと魔龍ドラゴンに近づいて行った俺達は、まず、リーシェとリゼルが魔龍ドラゴンの横腹を見る位置に立ち止まった。とりあえず、奴が尻尾を振り回しても届かない距離だ。

 俺とナーシャは、魔龍ドラゴンの顔がある方向まで進んで、顔の斜め前という位置で立ち止まった。魔龍ドラゴンは、まだ眠っている。

 俺が大きく片手を上げると同時に、リゼルが火の玉を魔龍ドラゴンに向けて放った。火の玉が魔龍ドラゴンの脇腹にぶつかると、その周囲を火にくるんだ。

 飛び起きた魔龍ドラゴンは、大きな声で一鳴きすると、体を起こして、その長い体をくねらせた。

 同時に、ナーシャは空に飛び、俺は魔龍ドラゴンに突進をした。

 魔龍ドラゴンは、そんな俺とナーシャには見向きもせず、飛んで来る火の玉の先を見て、リゼルに向かって、その口を開けた。

 しかし、その口から炎が発せられる前に魔龍ドラゴンの右前足にたどり着いた俺は、その指にカレドヴルフを突き刺した。カレドヴルフはその骨も砕いたはずだ。

 咆哮を上げた魔龍ドラゴンは、首をうねらせながら俺を認めると、俺を踏みつぶそうと前足を上げたが、ナーシャが魔龍ドラゴンの目の前を飛んで、魔龍ドラゴンの注意を引き付けた。

 その隙に、俺は、魔龍ドラゴンの体の反対側まで全力で走ると、今度は左前足の腱を切るように真横にカレドヴルフをなぎ払った。魔龍ドラゴンの足首が大きく裂けて青色の血液が吹き出る。

 その間も、リゼルが連続して火の玉を投げつけ魔龍ドラゴンの体力を奪い、ナーシャが魔龍ドラゴンの目の前を蠅のようにブンブンと飛び回って、リゼルや俺に魔龍ドラゴンの注意が向かないようにしていた。

 四人の連携がうまく取れている。

 俺は、カレドヴルフで斬りつけたら、すぐに移動をして、一箇所に留まらないようにしながら、繰り返し攻撃を加えた。

 ふと、離れた所に、剣を抜いて立っていたリーシェを見ると、いつ飛ぼうかとタイミングを図っているようだった。

 何と言っても、リーシェは、五百年前までは、この大陸に並ぶべき者がいなかった魔王様だ。つまり、リーシェより強い奴はいなかったってことだ。封印されたことで、その力は落ちているのかもしれないが、いつもの冷笑を湛えたその顔は、まだまだ、余裕がある証拠だ。

 手を挙げて、リゼルに合図を送ったリーシェが消えると、魔龍ドラゴンの背中に現れた。

 リゼルは、一旦、火の玉攻撃を中断した。リーシェごと炎にくるんでしまう恐れがあるからだ。

 ここからは魔王様のターンだ!

 リーシェは、まるで大木に斧を突き立てるように大きく振りかぶって、その剣を魔龍ドラゴンの右翼の付け根の前から切り込んだ。もっとも翼はその付け根だけでリーシェの身長くらいの長さがある。いかに魔王様の魔剣でも、巨大な魔龍ドラゴンの翼を一刀両断という訳にはいかなかったようで、リーシェの剣は、三分の一ほどの所で翼に食い込んだままだった。

 青色の血を撒き散らしながら、魔龍ドラゴンは、大きく身悶えて体をくねらせ、その上半身を立ち上げた。

 翼に突き刺さったままの剣を握っていたリーシェは、当然、ぶら下がる状態になり、木の葉のように体を揺らされた。しかし、リーシェは、その揺れを利用して、逆上がりの要領で体を引き上げ、全体重を剣の柄に掛けるようにした。

 すると、何か魔法を使ったのか、リーシェの体が急に重くなったかのように、剣が翼にめり込みながら引き裂いていった。

 切り取られた翼とリーシェは、そのまま地面に向けて落ちていったが、リーシェは、地面に激突する直前に転移魔法トランスポートを発動したようで、すぐに俺の隣に立った。

 切り取られた翼の傷跡から大量の血を吹き出しながら、身悶えるように体を激しくくねらせる魔龍ドラゴンは、悲痛な叫び声のような鳴き声を何度も上げながら、怒り狂ったかのように無差別に口から火炎を吐き出した。

 誰かを狙ったというわけではなく、苦し紛れに吐いている感じであったが、そういう無意識の攻撃が実は怖い。前足から頭までの長い首をくねらせるものだから、魔龍ドラゴンの頭も揺れまくって、その前に立たないようにはしていたが、運が悪ければ火炎放射の直撃を受けかねない。

 炎が目の前に迫った。が、すぐに見えていた景色が変わった。いつの間にか、リーシェが俺と腕を絡ませていた。

「油断をするでない」

 どうやら、リーシェが俺と一緒に転移して炎の直撃から回避してくれたようだ。

「すまねえ! 恩に着るぜ!」

「もう一方の翼ももぎ取ってくれようぞ」

 片方の翼を切り取られ、魔龍ドラゴンもちゃんと飛べなくなっているようだったが、火事場の馬鹿力じゃねえが、絶対に飛べないとは限らない。もう一方の翼も当初の予定どおり、切り取っておくべきだろう。

 もちろん、そんなことを俺が指示しなくても、リーシェは、再び、魔龍ドラゴンの背に転移した。

 翼をもぎ取られた激痛からか、暴れまくる魔龍ドラゴンに、さすがのリーシェも振り落とされないように腹這いになってしがみついていたが、すぐに右手を残った翼の付け根に向けて突きだした。そこから吹雪のような白い霧が勢いよく噴き出すと、次の瞬間には、魔龍ドラゴンの残った翼の根元が真っ白く凍っている状態になった。でかいだけに翼の全部を凍らせることはできなかったようだが、翼の根元の前から後までが氷になってキラキラと太陽の光を反射していた。

 そして、魔龍ドラゴンの動きを利用して立ち上がり、そのまま跳躍して、その剣を凍った翼に打ち込んだ。すると、翼の凍っていた部分が粉々に壊れてしまい、難なく翼が落とされた。

 リーシェは、すぐに転移をして、また、俺の隣に戻って来た。

「さすがだな、リーシェ!」

「初めから凍らせていたら良かったわい」

 さすが魔王様だ。まだまだ余裕綽々(しゃくしゃく)だ。

 俺とリーシェがそんな無駄口を叩いている間に、リゼルがその体の周りに幾つもの火の玉を浮かべていた。

 リーシェによる翼の切り落としが終わったことで、リゼルの本気の攻撃がこれから始まるのだ。

 リゼルが右手を魔龍ドラゴンに突き出すと、周りで浮かんでいた火の玉が一斉に魔龍ドラゴンに向かって飛んで行った。

 頭から尻尾の先まで、魔龍ドラゴンの体のあらゆるところに当たった火の玉は、魔龍ドラゴンを火だるまにした。

 口から火を吐く魔龍ドラゴンだが、口の周りだけに耐火性があり、全身が火に強いと言う訳ではない。もっとも火に弱いと言うこともなく、火だるまであるにもかかわらず、魔龍ドラゴンは、体を激しくくねらせ、地面とこすりあわせたり、風を起こすなどして、火を消そうとしていた。けっこう効果的に火を消していたが、リゼルだって、それを黙って見ている訳がない。その後も、火の玉を連続で魔龍ドラゴンに放り投げた。

 このまま、俺の出番もなく、魔龍ドラゴンを焼き殺すことができるのではないかと思った俺の淡い期待はすぐに打ち消された。

 魔龍ドラゴンの青白い全身が、ほのかに輝くと、炎はあっという間に消えてしまった。

 しかし、魔龍ドラゴンの動きはかなり遅くなっていた。リゼルの火の玉攻撃で相当なダメージを受けているようだ。

「先ほど火を消したのは魔法のようじゃの。しかし、その魔法を発動することで、かなりの体力を消耗したようじゃ」

 このままでは焼け死んでしまうという時に背に腹は代えられないと、火を消す魔法を発動したのだろう。

 俺はリゼルに下がれと言うと、リゼルは魔龍ドラゴンから距離を取った。リゼルが肩で息をしているのが分かった。あれだけの威力のある魔法を連続発動したのだ。疲れないはずがない。

「ナーシャ! 来い!」

 蠅のように魔龍ドラゴンの頭の上を飛び回って、その注意力を散漫にしてくれていたナーシャが俺達の方に戻って来た。そして、マントをはずして自分の腹に巻き、その上から縄をくくりつけた俺の背中にナーシャが飛び乗った。

「さあ、飛ばしてくれ!」

 リーシェは何も言わずに、ナーシャをおんぶしている俺を正面から抱きしめた。

「死ぬな、アルス」

 転移する直前、リーシェが俺の耳元で囁いた。

 俺がそれに答えようとしたが、気がついた時には、魔龍ドラゴンの頭の上にいた。

 当然、魔龍ドラゴンの首はムチのようにしなっていて、その頭に普通に乗っていることはできなかった。俺も角の一つに抱きついて、何とか振り落とされないように踏ん張った。

 しかし、空が飛べて踏ん張る必要のないナーシャは、俺の腹にくくりつけている縄の一方の端を持って、俺が抱きついている角に縄をぐるぐると巻き付けた。魔龍ドラゴンの頭の動きに合わせて飛びながらの作業で、ナーシャも苦労していたが、すばしっこさでは負けないナーシャが縄の一方を角に結びつけることに成功した。

 それでしばらく様子をうかがっていたが、魔龍ドラゴンの動きが少しゆっくりになったタイミングで、俺は、角から手を離して、角に結びつけられている縄を握り、魔龍ドラゴンの頭の角と角の間に立った。ナーシャもすぐにもう一方の縄の端を反対側の角に巻き付け、そのまま結んだ。俺は二つの角の両方と縄でつながり、もう魔龍ドラゴンがどれだけ動こうと魔龍ドラゴンの頭から落とされることはなくなった。もっとも激しく体を揺さぶられるたび、縄が腹に食い込むのは仕方がない。

 カレドヴルフを抜き、脳天に突き刺そうとしたが、俺の頭上から魔龍ドラゴンの尻尾が迫って来ているのに気づいた。

 自分の頭の上にあるゴミを払おうとするのだから、力を込めてではないが、それでも、あの大きさの尻尾に叩かれると痛い。

 俺は、冷静に尻尾の速度を見計らって、尻尾が俺の頭上の直前に迫るまで待った。

 そして、カレドヴルフを大きく振ると、魔龍ドラゴンの尻尾の先っぽが切れ落ちた。

 その苦痛のためか、魔龍ドラゴンが激しく体をくねらせたが、ナーシャがしっかりと縛ってくれた縄で腹を固定された俺は、振り落とされることなく、腹に食い込んでくる縄の痛みに耐えるだけで良かった。

 俺は、改めて、カレドヴルフを魔龍ドラゴンの脳天に振り下ろした。

 鎧でも切ることができるカレドヴルフの切れ味の前では、魔龍ドラゴンの頭蓋骨など、焼きすぎて固くなった肉などよりも簡単に砕ける。

 魔龍ドラゴンの脳天から青い血とともに脳漿が飛び散った。その後、何度もカレドヴルフを魔龍ドラゴンの脳天に突き刺すと、そのたび魔龍ドラゴンは激しく頭を揺さぶったが、魔龍ドラゴンは着実に弱ってきている。

 ――悪いな、すぐに楽にしてやる!

 俺は、逆手に持ったカレドヴルフを魔龍ドラゴンの脳天に突き刺すと、全体重を掛けて押し込んだ。ズブズブと鈍い音をさせながら、カレドヴルフは魔龍ドラゴンの脳天に沈んでいった。

 魔龍ドラゴンの頭が下がっているのが分かった。魔龍ドラゴンは体中を痙攣させながら、その体をゆっくりと横たえていった。

 最後は腹ばいになって、断末魔を上げた魔龍ドラゴンは、最後の力も尽きて、体を横向きにいながら倒れた。しなるように揺れた頭も地面に激突をして、俺も、縄に縛られていた腹で上半身と下半身が分断されるかと思ったくらいの衝撃を受けた。

 リーシェ、リゼル、そしてナーシャが駈け寄って来た。

「アルス! 大丈夫か?」

 意外にも一番心配そうな声を上げたのは、リゼルだった。

「ああ、腹にしばらく消えない縄目が付いたくらいだ」

「良かった」

 リゼルが涙目になっているように見えた。いつも自分の感情をあまり表に出すことのないリゼルの泣き笑いのような顔にしばらく見とれてしまった。

「良かったの。魔龍ドラゴン退治とともに、自らの性癖を満たすことができて」

 感動の場面を台無しにするリーシェの言葉に、ナーシャも「いひひ」と笑っていた。こいつらもいつもどおりで安心したぜ。

「とにかく、縄を解いてくれ」

 リゼルとナーシャが縄を解いてくれると、服の腹の部分に、血がにじんでいるのが分かった。

 それだけ、魔龍ドラゴンの振り回しが強烈だったということだ。

 倒れた魔龍ドラゴンはピクリとも動かなかった。試しに心臓があると思われる前足の内側を見てみたが、脈打ってなかった。

「やったな!」

 血まみれな俺がみんなを見渡した。リーシェも翼を切った時の返り血で血まみれだったし、リゼルは魔法の連続発動でまだ息が上がっていたし、ナーシャの羽もところどころ小さな穴が開いていた。

 みんな、ボロボロだったが、ついに魔龍ドラゴンを討ち取ったんだ!

 その感動にみんなで浸ろうと思っていたら、リーシェが俺達に背を向けて、スタスタと歩き出した。

「リーシェ! どこへ行くんだ?」

「こやつの巣じゃ」

 リーシェの向かう先には、魔龍ドラゴンの巣があった。

 みんながリーシェについて行き、巣の近くまでやって来た。近くで見ると、けっこうな高さまで樹木が積み上げられていて、それをよじ登らないと中には入れなかった。

「みんな、どいておれ!」

 リーシェが片手を巣に向かって突き出すと、リーシェの前方の樹木が吹き飛び、人が並んで通れるくらいの隙間が開いた。

 悠々とそこを通って巣の中に入ったリーシェの跡を追った。

「それは?」

 リーシェがポンポンと軽く叩く球形の物体がそこにあった。俺の身長ほど直径があり、迷彩模様が表面に浮かんでいる楕円体で、大きくて派手な鶏の卵のようだった。

魔龍ドラゴンの卵じゃ。わらわはこれが欲しかったのじゃ」

 そう言えば、俺に魔龍ドラゴン退治の依頼を受けろと言ったリーシェは、手に入れたいものがあると言っていた。それが魔龍ドラゴンの卵だと?

「それをどうされるのですか?」

 リゼルも不思議そうな顔でリーシェに訊いた。

 魔法士ウィザード魔龍ドラゴンの卵を使って何かをするという話を聞いたことがないのだろう。

 それはそうだ。リーシェは、本当は魔法士ウィザードではなく、悪魔デーモンなのだから。

「わらわの流派の秘伝で使うのじゃ。秘伝なので詳しくは教えられぬがの」

「そうなのですか」

 魔法士ウィザードは、その師匠ごと、すなわち流派ごとに使っている魔法も千差万別と言われている。だから、リーシェが魔法士ウィザードだとして、その使っている魔法をリゼルが知らないとしても、まったく不思議なことではなかった。また、秘伝と言われると、リゼルもそれ以上、リーシェに問い質すことはできなかったようだ。

「では、わらわは先に帰っておるぞ」

 そう言えば、そろそろイルダが眠りから覚める頃だ。

「リーシェ殿。お疲れ様でした」

 リゼルのいたわりの言葉に笑顔を返したリーシェは卵ごと消えた。

「やれやれ、転移魔法トランスポートが使えると本当に楽だよな」

 俺は、横たわっている魔龍ドラゴンを見つめた。

 退治依頼を果たした証拠として、あの首を街まで持っていかなくてはならない。

 先ほどまでの晴れやかな気分が一気に冷めてしまった。

 

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