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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第九章 神話を紡ぐ者たち
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第百十五話 魔王の座

「このベルフェゴール! 十二魔将筆頭として変わらぬ忠誠を誓いましょうぞ!」

「そうか。その忠義、大儀である!」

「ははっ!」

「ならば、死ね」

「はっ?」

「どうした? わらわに忠誠を誓うのであろう? ならば、死ぬことも容易いことであろうが?」

「お持ちください、魔王様! なぜ、私に死を賜れるのか、理由を教えてくださいませ!」

「理由などないわ。人族の間で忠誠というのはの、主君が死ねと言えば、何の躊躇もせず死ぬことだそうじゃぞ」

「人族のことを取り上げるのは、なぜでございます? 我々は魔族! 人族の習わしに縛られる必要などありませぬ」

「そうか」

「魔王様! どうされたのです? 人族の世界に長らくおられて、変わっておしまいになられたのですか?」

「変わった? そうかもしれぬの。少なくとも、わらわは魔王であった頃とは違ったかもしれぬ」

 リーシェが、視線をベルフェゴールから俺に移すと、いつの間にか抜いていた剣を、俺の手枷に軽く触れた。すると、鉄製の手枷が簡単に割れてしまった。

 俺は、近くに落ちていた「おやすみ薬」の瓶をすぐに拾ったが、その中身はほとんど零れていて、瓶の底に少し残っているだけになっていた。イルダ自身が匂いを嗅いで、そのまま眠ってしまったから、瓶を放り投げるように落としてしまったのだ。

 俺は、イルダを抱きかかえると、ゆっくりと立ち上がり、リーシェを見た。

 その顔には、なぜか寂しさが浮かんでいた。

 リーシェは、ベルフェゴールから視線をそらせるようにしながら話を続けた。

「魔王であった頃、わらわに楽しいことなど何もなかった。腹いせ紛れに人族や魔族を問わず殺していたら、いつの間にか魔王になっておったわ」

「……」

「今は、あの頃と違って、楽しいと思うことができた。その楽しいことを邪魔する者は、いくら、かつての配下であろうと許さぬぞ」

 ベルフェゴールは、ゆっくりと立ち上がり、そのまま、後ずさりをした。

「私が、その邪魔をしていると? だから死を賜れるのか?」

「大人しく、そこにいる人族を解放すれば、何もせぬ。命が惜しければ、言うとおりにせよ」

 リーシェはカルダ姫一行の解放を要求したが、それには、今まで、事態の急変に呆然としていたザルツェールが口を挟んだ。

「ベルフェゴール! そいつは、きっと、お前が待ち望んでいた魔王ではないぞ! 偽物に決まっている!」

 突然、ザルツェールの服が破れて、ちりぢりになった。真っ裸になったザルツェールは慌てて股間を押さえることがやっとだった。

「うるさいぞ、ゴミ。今まで二度も、わらわの力を見せつけられておるのに、まだ、信じられぬのか?」

 そして、挑発的な視線をベルフェゴールに向けた。

「さあ、どうするのじゃ? わらわの言うとおりにするのか? それとも、その人族のゴミの言うことを信じるのか?」

「私も、かつての魔王様と別人のようにしか思えませぬ。失礼ながら、魔王様をお試しさせていただいてよろしいですかな?」

「どのようにしてじゃ?」

「我が配下の黒騎士に、あなたを襲わせます。それで生き残れば、あなたが魔王様であることを信じましょう」

「本性を現しおったか、ベルフェゴール? わらわがかつての力を持っているのかどうかを確かめようというのじゃろう? そして、その力を持っていないと分かれば、その忠臣づらの仮面を脱ぎ捨てるつもりであろう?」

「信じていただけないのであれば、仕方ありませんな」

「わらわのことが怖くてたまらぬくせに、いきがりおって。その者どもを手に掛けてみよ。その時には、そなたの首と胴が離ればなれになっておるぞ」

 リーシェの恫喝に身が縮んだはずのベルフェゴールが指をパチンと鳴らすと、カルダ姫、ファルとバドウィルの近くに十人前後の黒騎士が現れた。

「魔王様でなければ、何人もの悪魔デーモンを相手にはできないはず。この者どもを全員倒さないと、この人族どもは死んでいますぞ」

「やってみるが良い」

 リーシェの隣に立っていた俺は、リーシェの視線がわずかに動いたのが分かった。俺もその視線の先の動きには気づいていた。

 突然、爆音が響いた。きっと、エマが仕掛けた空砲だろう。

 ベルフェゴールとその配下の黒騎士達も、何事かと、音がした方に注意が向いて隙ができた。

 そして、その好機を逃すリーシェではない。

 リーシェは、消えたと思うと、ベルフェゴールの隣に転移した。そして、間髪入れず、カルダ姫を後ろから抱えると、カルダ姫ごと転移して、リゼル達の近くに現れた。

「お前は!」

 リゼルが驚きの声を上げたのは、犬耳幼女姿のコロンが、ファルとバドウィルの二人を連れて転移をして、カルダ姫の隣に現れたからだ。

 コロンは、砂漠の国バルジェ王国の死者の谷で、敵として俺達を襲って来た。その時の記憶が残っていたリゼルが驚くのも無理はない。

 そんなリゼルに、「えへへ」と照れ笑いをしたコロンは、リーシェとともに、すぐに転移していなくなった。

 そして、リーシェとコロンの二人は、イルダを抱きかかえている俺の隣に現れた。

 そして、ベルフェゴールにいつもの冷笑を向けた。

「ベルフェゴールよ。そなたは、我が配下の中では、飛び抜けた力を持っておった。それは認めよう。しかし、そなたでは魔王にはなれぬ。なぜなら、馬鹿だからじゃ」

「ぐぬぬ」

 頼みの綱の人質もあっさりと奪われて、ベルフェゴールも唸ることしかできなかったようだ。

「生きているかどうかも分かっておらなかった、わらわのためにこの街を用意しておったなどと見え透いた嘘を吐きおって。魔将どもの忠誠も所詮はこの程度ということじゃな」

 リーシェは、すぐ側にいたコロンを抱き寄せると、その頭を優しく撫でた。

「わらわの配下は、今、このコロンだけじゃ。残念ながら、そなたを配下として侍らしておくつもりはないぞ」

 もともとは恐怖心により縛り付けていた魔将どもだ。リーシェにとって、情がわいているということもないだろう。

 しかし、コロンは、リーシェが可愛がっている配下で、コロンもリーシェを慕っている。リーシェとコロンの関係は、魔王と魔将との間柄とは明らかに違っているのだ。

 リーシェに頭を撫でられて、嬉しそうな顔をしていたコロンが、何かを思い出したかのような顔をしてから消えた。

「さあ、命が惜しかろう? ならば、掛かってまいれ! すぐに楽にしてやろうぞ」

 顔面を覆っている兜でベルフェゴールの表情は分からなかったが、苦虫を噛み潰したような顔をしているはずだ。

「ベルフェゴール! やはり、貴様には私が必要なようだな!」

 声の主は、その存在をすっかりと忘れていたザルツェールだった。

 誰かから借りたのか、マントのような布を体に巻き付けたザルツェールの後ろからは、鉄球が繋がった足枷を付けられた住民達が、取り囲んでいる毛むくじゃらの兵士達に槍を突きつけられて、こっちに向かって、ゆっくりと歩いて来ていた。

「魔王とやら。なぜ、人族がこの世界の支配者となっているのか、知っているだろう? 人族は頭が良いんだよ。効率的なものの考え方をする。この連中も農作業をさせるだけではなく、こういう使い道もあるのだ」

「何じゃ、あやつは? あれでも人族なのか?」

 さすがのリーシェも呆れて、俺に言った。

「あいつは魔族以下だな」

 俺もそれしか言えなかった。

「おっと! 変な動きはするな! 貴様にとって俺を殺すのは簡単だろうが、それと引き替えに、ここにいる大勢の人間が死ぬぞ。それは、そこにいる姫様の望んでいることなのかどうか? よく考えるが良い!」

 リーシェが転移するかのような動きを見せると、ザルツェールは、顔を青ざめながら、泣き叫ぶように言った。

 ザルツェールにとって、ベルフェゴールがリーシェに敗れることは、すなわち、自分も死ぬことだ。ベルフェゴールに捕らえられた時に、配下の兵士の助命嘆願もせずに、一人のうのうと生き延びていることからいっても、よほど死ぬことが怖いらしい。それでよく将軍が務まったものだ。いや、務まってなかったから、帝国軍の兵士は犬死にしたんだ。

 ザルツェールの隣にベルフェゴールや黒騎士達が転移していった。

「でかしたぞ、ザルツェール! その手があるとは気づかなかったわい」

 勢いを取り戻したベルフェゴールは、再び、リーシェに威勢の良い声を上げた。

「どうしました。魔王様? かつての魔王様なら、人族が何人死のうと気にされませんでしたぞ?」

 さすがに、あれだけの人数になると、先ほどカルダ姫一行を救った時のように転移魔法を利用しても全員を救い出すことはできない。

「アルス、仕方あるまい。あの者どもには申し訳ないが、運が悪かったと思ってもらって」

「そういう訳にいくか!」

 自分でもびっくりするほどの大声が出た。

 確かに、あの住民達を犠牲にしても良いのなら、リーシェは、あっという間にベルフェゴールと黒騎士どもを一掃できるはずだ。しかし、皇女様も庶民も命の重さは変わらない。俺の腕の中で眠るイルダだって、そんな住民達の犠牲の上の勝利など望んでいないだろう。

 俺は、リーシェの前にしゃしゃり出た。

「分かった! その人達には手を出すな!」

 俺は、振り返って、みんなの顔を見た。

 リゼルも、ダンガのおっさんも、エマも、ナーシャも、そしてカルダ姫も、ファルも、バドウィルも、俺の考えに反対をしようという顔ではなかった。

 俺は、ひとまず、みんなの元に行き、イルダをダンガのおっさんに託すと、ザルツェールとベルフェゴールに対峙しているリーシェの隣に戻った。

「提案がある! ここは痛み分けにしよう! 俺達をこの街から出せ! その代わり、魔王リーシェはお前達を殺さない! それで、今回は手を打とうじゃないか!」

 ザルツェールとベルフェゴールが小声で話し合っている様子が見えた。二人だって命は惜しいはずだ。住民達を道連れにしても、自分が死んだら元も子もない。しかし、この街から出た魔王リーシェが、再び、自分達を攻めてこないとも限らない。

 二人はどう出る?

 二人の話し合いが終わったようで、ベルフェゴールが大声で答えた。

「残念ながら、その提案には乗れぬ! 今、ここで決着を付けてやる!」

「アルスの妙案も空振りだったようじゃな。わらわは突っ込むぞ、アルスよ」

 どうやら、俺達には、逃げるという選択肢はなかったようだ。

 心苦しいが、若干の犠牲が出ることはやむを得ない。

「ベルフェゴールよ、覚悟いたせ」

 リーシェの目が赤く輝きだした。魔王様の本気モードだ。

 何と言っても、相手は十二魔将筆頭。つまり、リーシェの次に強かった悪魔デーモンなのだ。

「アルス! これ!」

 俺の前に、コロンが現れて、剣を差し出した。

 カレドヴルフだ!

「取り戻してくれたのか? ありがとうよ」

「えへへ」

 俺から初めて褒められたコロンは、照れくさそうに笑ってから、リーシェの隣に立った。

「わらわは、ベルフェゴールを討つ。コロン、そなたは、イルダ達の側にいて、黒騎士どもをイルダに近づけさせるな。奴らも転移魔法を使うぞ。できるか?」

「任せてくだへー」

「よし。アルス、そなたは、あの人族のゴミを仕留めろ」

「言われなくとも行くさ。借りは返さないとな」

 俺が、コロンが取り戻してくれたカレドヴルフを背中に背負うと、「私も行く」と、すぐ、後ろで声がした。

 リゼルだった。

 リーシェは魔王様で、コロンは砂漠の国の「死者の谷」で俺達を襲って来た悪魔デーモンだ。しかし、今は、以前の宿痾を問題にしている時ではない。

「アルス、一緒に飛ぶぞ。リゼルは、イルダの近くから攻めろ」

「分かりました」

 リーシェが魔王と分かる以前のように、素直にリゼルがうなずいたのを確認したリーシェは、俺と手をつないだ。

 ベルフェゴールとその配下の黒騎士どもも転移魔法を使う。だから、俺とリーシェが一瞬で近くに来ることはお見通しのはずだ。

「行くぞ」

 リーシェがそう言った瞬間、俺とリーシェは黒騎士どもの背後にいた。

「馬鹿め!」

 ベルフェゴールの声が聞こえた。

 しかし、それも刹那――

 すぐに景色が変わった。

 と思ったら、落ちていた。

 下には、囚われの住民達の姿。そして、槍を突きつけている魔族の兵士ども。

 俺は、体勢を立て直すと、落ちる勢いを利用して、魔族の兵士を一匹、ぶった切った。

 魔族の兵士どもも、まさか、上から攻撃してくるとは考えてもなかっただろう。明らかに動揺していて、住民達を盾に取ることなく、バラバラに俺に襲い掛かってきた。

「今のうちに逃げろ!」

 俺がそう叫びながら、魔族の兵士を次々にぶった切ると、住民達は我先に逃げ出した。足首に付けられた鉄球を引きずりながらだが、人間、恐怖心に駆られると馬鹿力が出せるのは本当のようだ。

 魔族の兵士らも、せっかくの人質たる住民達を追い掛けて捕らえようとはせず、俺に向かってきた。その頭の弱さが、俺にとっては好都合だった。

 十匹以上の魔族の兵士をぶった切ってから、ふと周りを見ると、少し離れて、リーシェがベルフェゴールと対峙していた。そのリーシェの足元には、既に黒騎士の死体が二十体以上、転がっていた。

 一方、ベルフェゴールの周りには、配下の黒騎士が五人ほど残っているだけで、そいつらに隠れるように、怯えた表情のザルツェールがいた。

「背後に転移してくるのを見通していたようじゃが、そんなことは、こっちも初めから考えておるわ」

 俺が見た景色の変わり具合からいうと、一旦、ベルフェゴール達の背後に転移して、すぐに再転移。こいつらの頭の上に現れたということのようだ。

「やはり、そなたは馬鹿じゃな、ベルフェゴール。そなたには魔王は務まらぬ」

「ぐぬぬ」

「さあ、掛かってまいれ」

 リーシェがベルフェゴールを挑発したが、ベルフェゴールは唸っているだけで、その体は動かなかった。もう、力の差は歴然だ。

 俺を取り囲んでいるのも、雑魚の魔族兵士どもだけだ。

 勝った! 俺がそう考えた時――

 リーシェの体が、突然、淡く光り出した!

 いかん! 時間切れだ! リーシェが封印され始めている!


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