番外編13.5、好きな理由
セオが北に行っている間の話
セオはレイラと互いの気持ちを確かめ合い、北へ発った。帰ってくるのを待っていてくれ、と告げて。
ベイラーダは相変わらずの極寒だった。陽が出る時間も短く、そのことは暮らす人々のやる気を削ぐ。
しかし今は少し違う。隣国との和平会談が予定されているのだ。終戦を前に、要塞にいる軍人らは高揚していた。
ベイラーダには国王、近衛である第一師団、セオの率いる第二師団が集まっている。隣国との会談はこちらの要塞に隣国の国王を招いて行うことになった。
本来は国境付近に会談場所を設けたかったが、セオらを襲撃した武装勢力からの妨害も予想され、折り合いがつかなかったのだ。
つまりセオらは自国の国王だけでなく、隣国の一行の安全にも留意しなければならず、その警備体制を念入りに確認していた。
ただ、会談の手順および会談後に発表する和平条約の内容はもう決まっている。会談自体は両国の国王が集まって署名をする、いわばパフォーマンスなのだ。
というのも、二年近くここに滞在して裏ルートで隣国ともやり取りしてきた。向こうの軍部の上層部はよく知っているし、悪い連中ではない。
自分たちの本当の目的は終戦と、その後の地域の平定だ。
よって、和平会談はスムーズに進んだ。
やはり安全を考慮して隣国の一行はかなりの大人数だったが、あらかじめ聞いていたので問題はない。
お決まりの手順を経て和平条約を締結し、一連のイベントを記者に取材させて、何事もなく会談は終了した。
♢
会談を終えて隣国の一行を送り、セオは一息ついた。
セオらの仕事はこれからが本番だが、国王や第一師団はすぐに王都に戻るので、警護対象が減るだけでもかなり楽になる。
夜、食事が提供される時間ギリギリに要塞の食堂にやってきたセオは一人で席に着いた。
ため息が出る。仕事の疲れだけではない。レイラに言った通り、飯が不味いのだ。
セオがよく分からない煮込み料理をつついていると、ロベルトがやってきた。にこにこした顔で手には酒瓶。ワインだろう。
「ロベルト、飲む気か」
「いいじゃないか、とりあえず一段落したんだからさ」
そう言うとセオの向かいに座り、空いたグラスに無造作に注いだ。赤い液体がとぷとぷと波打つ。血液のようだなと、セオはそれをぼんやり眺めた。
「僕たちは先に帰るけど、セオはもう少しかかりそうだね」
「そうだな」
「早く帰りたいでしょう、顔見たくない?」
「……そうだな」
レイラを思い出して特に意識せず答えたセオだが、ロベルトは途端にぷーっと吹き出した。
「やっぱり! 家政婦の子とうまくいったんだ!」
「あっ」
ロベルトにはレイラとのその後のことを何も言っていなかったことを思い出した。カマをかけられたことに気付き、大きく嘆息する。
「へええ、好きじゃないって言ってたのになあ」
「……」
「あのとき僕が、他の人に取られちゃったらどうするのってけしかけたから?」
「……」
答えるのが面倒になってグラスのワインを呷ると、空いたグラスにすかさず次が注がれる。
「ねえ、どこが良かったの? 軍医の娘は他の子とどこが違う?」
「なんだよ、お前」
「参考にさ」
レイラと会えなくなって一ヶ月近くが経つ。寂しくなりそうで、レイラのことは意識的に思い出さないようにしていた。
しかしアルコールがわずかに回ってきて気が緩んだこともあり、セオはレイラと過ごした日々を思い出す。
「なんか、たくましい」
「ええ? そんな風に見えなかったけど」
「それに凛々しいな」
「はあ?」
レイラは、自分をきちんと持っていて、自分自身を大切にしている。それが好ましい。
結婚相手に逃げられたことを根に持つような様子はあるが、だからといって自分を卑下したりしない。きっと自分を大事にしているから、他人のことも大事にできるのだ。
「強いの?」
「強いぞ」
「軍に勧誘したら?」
ロベルトの言葉に、レイラが軍服を着ている姿を想像して可笑しくなった。見てみたい気もする。
勧められるまま飲んでいるうちに酔いが回ってきてしまった。セオは「会いたい……」と呟いて右手で顔を覆う。
「電話したら? してないんでしょう」
「連絡先を知らない」
「うそ。じゃあ軍病院の軍医に聞いたら?」
「それは変じゃないか? 娘さんに電話したいから番号を教えろと? 恥ずかしいだろ」
ロベルトはワインを注ぐ手を止めて、怪訝な顔をしてセオを覗き込んだ。
「……念のため聞くけど、付き合ってるんだよね?」
「それは問題ない。同意を得た」
「ならいいけど」
想いを伝え合ってすぐに離れ離れになってしまった。だからこんなに気持ちが募るのだ。
早く帰りたい。早く帰って、あのとき言いかけて止められた言葉を伝えたい。
セオが呻いて机に突っ伏すと、ロベルトが慌ててセオの肩を揺すった。
「えっ、セオ! ちょっと、寝るなよ! 一人じゃ運べないって!」
ロベルトの声は聞こえていたが、セオはもうどうでも良くなってそのまま意識を手放した。
《 おしまい 》




