方向音痴少女の担任とクラス委員
「改めまして、私は百合河菊です」
「オレは千同修輔。まあ、よろしく」
そう自己紹介すると、クラスからパラパラと拍手が上がった。その中には華ちゃんもいたから嬉しかった。
「ほんとに良かったよ……初日から何か事故に遭ったりしたんじゃないかって心配してたんだから」
そう言ったのは、私たちの担任である、湯前杏先生。華ちゃんの言っていた通り、黒いスーツを着ている。
髪は、灰色? そんな感じの色だけど、艶があって綺麗だ。瞳は朱と蒼のオッドアイで、どちらの瞳も綺麗で、とても優しい色をしている。
それと、朝、謝りに行った時は二人まとめて抱きつかれて、泣いていた。それだけ本気で心配してくれていたんだろうな・・・制服が少し濡れちゃったけど、そこは気にしない方向で行こうと思う。
「すいませんでした」
「いいの。何も無くて、本当に良かった」
この人は、教師が天職かも知れない。
「さて、自己紹介も済んだ所で席に着いてくれるかな?」
「あ、はい。行こうか?」
「おう」
教壇から降りて、机に向かおうとすると、
「お?」
手を握られた。
見ると、それはやっぱり修くんだった。
「千同くん。いくら菊でも、教室で迷子にはならない」
私が言おうとしていたことを、そっくりそのまま華ちゃんが言ってくれた。
「ああ、いや……なんか、無意識に」
「はは。まあ、仕方ないかもね?」
そう笑い合いながら、私と修くんは席に着いた。先生が今日の連絡事項を話している間、何か視線を感じた。
(なんだろう? まあ、いいや)
HRが終わり先生が出て行くと、華ちゃんが私たちの所に来た。
「二人は、部活見学どうするの?」
今日は、学校が始まったばかりだから午前中は普通に授業があるけど、午後はレクリエーションで各自部活見学をすることになっている。
その質問に答えようとしたら、何人かの女子生徒が私たちの方を見ていた。男子生徒も少数だけど、同じように見ている。
「どうした?」
「ん? あ、ううん、なんでもない。部活のことだけど、私は適当にブラブラするだけで、どこにも入るつもりはないよ? 修くんもだよね?」
「ああ。授業が終わってまで学校にいる意味が分からんしな」
「はは。華ちゃんは?」
「わたしは文芸部に入る。姉さんしかいないから、今年誰も入らなかったら廃部になってしまう」
文芸部か……華ちゃんにはピッタリな気がする。でも、柊さんが文芸部と言うのは意外だ。
(多分だけど……華ちゃんの為に創ったのかな?華ちゃんのこと、本当に可愛いみたいだし)
兄妹がいない私としては、少し羨ましい。
「あいつしかいない、って……この学校、結構な人数がいるじゃねえか」
兄妹欲しいな……と思っていると修くんがそう言った。
華ちゃんが答えようとした時、チャイムが鳴って同時に杏先生が入ってきた。席を立っていた人達はみんな席に戻る。勿論、華ちゃんも。
クラス委員の号令で挨拶をして早速授業に入る。
担任を持っているからだろう。自己紹介はもう一度名前を言うだけで終わった。
先生の担当科目は数学全般。高校の授業は難しいと思っていたけど、先生の教え方はわかりやすくて、字も丁寧だから見やすかった。
でも、
「気に入らねえな?」
そう。
気に入らない。
「それじゃあ、この問題を……」
先生が誰かに当てようと振り向くと、皆一斉に目を反らしたり、顔を下げたりした。さっきまでは、食い入る様に見ていた癖に。
顔を上げていて、目を反らしていないのは、私含め四人だけだった。
私と修くんと華ちゃん。そして、クラス委員をしている背の高い女子生徒。
先生は力ない声で、じゃあ、海野さん、と華ちゃんを指名した。
「はい」
返事をして、黒板に向かい問題を解いていく。
「できました」
「……うん、正解。バッチリよ」
笑顔で言って、先生は華ちゃんの頭を撫でた。小学校みたいだな、と思ったけど、こういうのも良いなとも思った。
ありがとうございます、と言って華ちゃんは席に戻った。
私と修くんは、見合って頬笑み、クラス委員の人もうんうんと頷いていた。
その後も、先生が当てようとする度に同じことが起こって、私たちが手を挙げて問題を全部片付け、四つの問題が出された時に、クラス委員の人が問題を解きながら自己紹介してくれた。
「私は椎名沙織。よろしくな?」
「うん。よろしく、さっちゃん」
「……さっちゃん? それは、私のことか?」
「え? うん、『沙織』だから『さっちゃん』。駄目かな?」
修くんは、何故かため息をついていて、華ちゃんはとっくに問題を解き終わっている。でも、席には戻っていない。
「さっちゃんか……そんな風に呼ばれたのは初めてだな。いいだろう、是非ともそう呼んでくれ」
「うん。あ、私のことは『菊』でいいから。で、こっちは『修くん』」
「は! おい、止めろよ? 修くん、なんて呼ぶのはこいつだけで十分だからな?」
「心配せずとも、二人の間に入るつもりはないさ」
さっちゃんは、そう言って問題を解き席に戻った。その後を追って華ちゃんも席に戻り、教壇には私と修くんと杏先生が残った。
授業を長引かせる訳にもいかないから、問題を解いて先生に確認して貰うと、華ちゃんと同じように頭を撫でてくれた。どこかくすぐったくて、でも心地よかった。
モモちゃんも、撫でられた時はこんな感じなのかな?
席に戻ると同時にチャイムが鳴り、高校最初の授業は終わり、先生が教室を出て行く時、手を振ると少し恥ずかしそうにしながらも振り返してくれたから嬉しかった。
窓を開けて桟に腰掛けると同時に華ちゃんがやってきて、後ろからさっちゃんも来た。修くんは私の椅子の背もたれを抱え込むようにして座っている。
「いきなりだが、入学式の時はどうして来なかったんだ?」
「ホントにいきなりだな……まあ、オレは日にちを一日勘違いしてたんだ」
「で、道に迷った私が道を聞こうと何軒か立ち寄った所で、修くんの家に着いて、そのまま一緒に来たんだけど結局間に合わなかったの」
「ふむ……千同の方は分かったが、菊はどうして迷ったのだ?」
「方向音痴なもので」
「……成る程?」
疑問系でさっちゃんは言った。
「三人は、知り合いの様だが?」
気を取り直して、と言った感じで聞かれて、私達は交代しながら事情を話した。家に泊まったことや遊園地に行ったことも含めて。柊さんのことを言った時に、何か驚いていたけど、何だったんだろう?
昼休み。
私と華ちゃんとさっちゃんはお弁当を持ってきているけど、修くんは学食だと言うので、教室で待っていることにした。少し話しをしていると、携帯が鳴って見ると「修くん」の三文字が出ていた。
「千同くん?」
「うん。なんだろう……もしもし?」
『よう』
「…………」
何も言わずに切った。
「千同じゃないのか?」
「うん、間違い電話だった」
と、また携帯が鳴り見ると、今度は「柊さん」の三文字が出ていた。
『お前! 無視すんなよ!』
「お掛けになった電話番号は現在使われていないか、柊さんからの着信を拒否しております」
『面白いこと言うじゃねえか……まあいい。今千同と学食にいるから、お前らも弁当持ってこい』
いいな、と言って一方的に通話を切られた。
「はあ……」
「どうした?」
「柊さんが学食こいってさ」
「柊って、あの柊か?」
「どの柊かは分からないけど、『柊』には違いないよ。修くんもいるって……私たちは行くけど、さっちゃんは?」
携帯を畳んでポケットにしまい、立ちながら聞くと、
「……行く」
と、暫く考え込んで言い、立ち上がった。




