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方向音痴少女の友達

 家に入ると、母さんが玄関で待ってくれていた。私がただいまと言うと、母さんもお帰り、と返してきて、手には私の携帯を持っており今から鞄に入れておきなさいと言われた。は~い、と返事をして鞄のポケットに携帯を入れて、修くん達に向き直ると


『……………………』


 三人とも揃って、間の抜けた顔をしていた。


「あ、母さん、この人がさっきの電話の人」


 手で示しながら紹介し、次いで後ろのいる華ちゃんと柊さんも紹介する。そして、母さんが多分お礼か何かを言おうと、口を開き掛けた時、


『母さん!?』


と三人が大声でハモった。どうでもいいことだと思うけど、華ちゃんも大声を出したのが意外だった。





「まあ、確かに驚くわよね……見た目中学生に見えても不思議じゃないし。どうぞ?」


 リビングに通して、父さんにただいまと言ってテーブルに掛けると、母さんがお茶を五人分出してくれた。モモちゃんのことは、多分自分で責任を持ちなさい、と言うことだろう。何も言わなかった。

 お茶を勧められて、修くん達は一口飲んでホッと一息ついた。

 母さんの煎れるお茶って、普通のお茶の筈なのに何故かリラックスできるんだよね。


「身長が中学生の時で止まっちゃってね。それからはずっとこの身長よ。まあ、その御陰で修くんに肩車されても周りからは兄妹に見えてたから、良かったけどね」

「え? オレ?」

「え?」

「あ、この人、名前が千同修輔っていうの、それで私が修くんって呼んでるから…………父さんの名前の修輔なんだよ?」

「そりゃ、面白い偶然があったもんだな」


 柊さんがモモちゃんの頭を撫でながら言った。


「ホントね……全く似ている所なんて無いけど、どうしてかしら。何か――」

「うん…………何かが、似てる感じだよね?」

「ええ」


 父さんに挨拶をした後、座っていた修くんを見た時、何故か一瞬父さんと姿が重なった。単に座っている場所が父さんの席だったからなのか、父さんを見た後にその場所を見たからなのかは分からないけど、母さんも何かを感じたみたいだった。


「自己紹介がまだだったわね。わたしは百合河桜。菊の母親よ」


 お茶の入ったグラスをおいて、母さんは自己紹介をした。


「海野柊だ」

「海野華」

「百合河に言われたけど、一応。千同修輔ッス」


 三人もそれぞれ自己紹介をする。


「修くんと華ちゃんは、同じクラスで、柊さんは先輩……尊敬はできないけど」

「あ? 今なんつった?」

「別に何も?」


 小声で言ったのに、聞こえた様で立ち上がる柊さん。けど、母さんに宥められてまた席に着く。と、そこで私のお腹がクゥ~……と鳴った。


「っ!」


 バッとお腹を押さえても時既に遅し。バッチリこの場にいる全員に聞こえてしまった。


「そういえば、お昼まだだったわね。みんなも食べる? お好み焼きにするんだけど」

「ホント!?」

「ええ、昨日話を聞いた時から、菊の好きな物を作ろうって決めてたのよ」

「やったー!」


 椅子から立ちあがって両手を天井に掲げて喜びを表現して、そういえば修くんたちがいるんだったと思い、見ると修くんと柊さんがニヤニヤしながら私を見ていた。心なしかモモちゃんも笑っている気がする。華ちゃんは、見てませんよ、という風にそっぽを向いていた。


(止めて! それが一番辛いの!)


「子供だな」

「うっさい」

「ふふ。それで、みんなはどうするの?」


 柊さんと私のやり取りを見て頬笑み、母さんは改めてみんなに聞いた。


「こいつがそんなに喜ぶってことは、美味いんだろうからな……頂くよ」

「なんでそんな偉そうなんだよ?」

「お前は気にならないのか?」

「……なるけどさ」

「わたしも頂きます」

「分かったわ。少し待っててね?」

「あ、手伝いますよ」


 修くんが先に席を立った母さんの後を追って行った。


「あら、気を遣わなくてもいいのよ?」

「違いますって。オレ、一応一人暮らしなんで、料理は大抵できるんッスよ?」

「え!? うそ!」

「菊は料理がからっきしなのよ」

「あ~……何となく分かるッス」

「ちょ! どういう意味?!」


 それには答えず、母さんと修くんは台所に並んで立ち準備を始めた。


(それにしても、料理までできるなんて、ホント父さんとは似てないな…………他の所も、反対だったりするのかな?)


 私たち百合河一家は、三人揃って黒髪だ。そして、修くんは全く正反対の白髪。地毛かどうかは分からないけど。

 じっと見ていたからか、母さんが一瞬だけ私を見て、何かを修くんに聞いた。


(何だろう? まあ、いいか)

「料理がからっきしねえ……」

「なにか?」

「いや、別に?」


 さっきのお返しと言わんばかりにとぼける柊さん。


「姉さんも料理は全くできない」

「なっ! こら、華!」

「ふうん」

「な、なんだよ?」

「別に?」


 言うと、悔しそうに拳を握る柊さん。


「似たもの同士」

「「断じて違う!」」

「ピッタリ」

「「偶々よ(だ)! 真似しないでよ(するな)!!」」


 私たちは睨みあって縄張り争いをする猫の様に威嚇し合った。






「何やってんだかな? あの二人は」


 お好み焼きの元が入っているボウルをゆっくりかき混ぜながら、ため息混じりに言うと隣に立っている百合河のお袋さんがくすくすと笑っていた。さっき、この髪が地毛かどうか、聞かれたが何だったのだろうか。

 ちなみに地毛だ。

 オレの一家はどういう訳かみんな髪は白い。余程先祖の血が濃いのだろうか?


「どうかしたんすか?」

「ふふ、いえね? あの娘が、ちゃんと学校に辿り着けるのかだけでも不安だったのに、まさか初日からお友達を連れてくるなんて思ってなかったから……無事に着いたみたいで良かったわ」

「あ~…………あいつ、朝見事に迷ってましたよ? まあ、その御陰でオレも今日が始業式だって、分かったんですけど」

「あら、そうだったの? 迷惑を掛けちゃったわね?」

「いえ、結構楽しかったッス」


 これは本当のことだ。小中の時は、この髪の御陰で、教師からは喧しく言われたり、不良からも多少絡まれたり、避けられたりと色々あったが、あいつは何も言わず接してくれたしな……何より、気を遣わなくていい相手というのは、久しぶりだったし。

 海野姉妹も、特に何か言って来たりはしないからな。

 百合河のお袋さんも。


「あら、そうなの?」

「はい。こう言っちゃなんですけど、あいつが方向音痴で良かったって思いました」

「聞いてたの? あの子のこと」

「はい。本人は特に気にしてないみたいッスね?」

「そうね…………それがあの子の長所でもあって短所でもあるかも知れないわね」

「そうッスね」


 未だにらみ合っている二人を見て、オレとお袋さんは暫く他愛のない会話をしていた。





「さ、できたわよ~」

「待ってました!」

「な! おわ!」


 母さんと修くんがお好み焼きを持ってきて、そっちをバッと振り向くと、柊さんが倒れた。何やってるんだか。


「柊さん、あまり暴れないでくださいね~?」

「く、この」

「姉さん、おとなしくして」

「たく……分かったよ」

「にゃ~」


 モモちゃんが、またいつの間にか私の頭に乗っていた。ホントに気付かないんだけど……。

 全員に配って、手を合わせて頂きますと言って、後はお好みでね、と母さんはソースやマヨネーズをテーブルにおいた。

 マヨネーズをかけようと、手を伸ばすと誰かの手とぶつかり、見ると柊さんだった。


「私が先」

「いいや、あたしだ」

「私!」

「あたしだ!」

「やっぱり似たもの同士」

「「違う!」」

「いや、似てるよ、おめえらは」

「そうね」


 まさかの修くんと母さんにまで言われた。

 その後、昼食はとても賑やかに進み、どういう流れか三人は今夜家に泊まることになった。


(まあ、いいか。楽しそうだし)



 と、思いの外楽しみにしている自分がいた。



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