白と黒の化け物
「ふん、出来たぞ」
剣王がぞんざいに自分の記憶石をアデリーナ様に放り投げました。
「結構です。ありがとう御座いました」
片手でキャッチしたアデリーナ様ですが、内心、軽くお怒りだと思います。私なら嫌味と小言を繰り出されてしまいます。
でも、アデリーナ様はそれ以上反応しなくて、私はズルいと思いました。ほぼ初対面の剣王であっても、ちゃんと締め上げないと不公平だと私は考えます。
サルヴァからも記憶石を回収したアデリーナ様はマイアさんとヤナンカにどちらから見たいか尋ねまして、一方の石を教壇にセット致しました。
剣を向けられた私の映像から始まりました。サルヴァの記憶でしょう。
彼が肩から突っ込み、私は地を転がります。
そして、剣王に一番弟子がどうのこうのと言い放ち、対峙します。
『巫女を殺させはしない! 俺が犠牲となろうと、絶対に殺させはしない! 巫女は愛の伝道師なのだ!』
サルヴァの心の声です。何だか凄い決意ですが、嬉しくはないですね。却って気持ち悪いです。身震いしました。
「我が師匠はまだ本気ではない」
「それは俺も同じ――」
剣王が喋り始めた途端に吹き飛びました。起き上がった私が殴り付けたからです。
映像にも突風のように素早く動く私が映りました。見事なフルスイングの豪快な殴打をお見舞いする姿は、自分ながら惚れ惚れとしますね。
「グアァーーーーーーーッッッ!!!!」
映像の中の私は天に向かって吠えました。怒りを露にする私は猛々しいですが、普段のお淑やかな雰囲気とのギャップが、逆に魅力的でしょう。はい、照れますね。
咆哮とともに周りに衝撃波が走ります。それを浴びて、サルヴァは転んだのだと思います。映像もぐるんぐるんと乱れます。
『サ、サンドラっ!! 俺に愛の加護を!!』
サルヴァの心の叫びがこの部屋に響きます。死ぬ間際でも出てくるほどに、副学長を愛されているのですね。ここまで来ると純愛に違いなくて、茶化すのは忍びない気持ちになりました。
サルヴァは首を左右に振って周りを確認します。全ての兵士が地に倒れていました。その惨状を無言で受け入れ、彼は空を見ます。
『ぐっ……。何たる威圧……』
彼の目に捉えたのは、宙に浮く怪物の腹でした。大き過ぎて全身は確認できません。
遠くにいたタフトさんからでは灰色にしか見えませんでしたが、以前にサルヴァが言った通り、全身が白と黒の綱で編まれたような姿です。通常のドラゴンであれば鱗なんてのも見えるものですが、こいつには有りません。体表は網目の様に規則正しくうねっています。
『な、何だ……!?』
ちょっと遅れて、その怪物がズームアップされます。サルヴァがしっかりと見ようとした為でしょう。
綱は細い紐を紡いで作ります。怪物を象る綱も同様でして、多少の混ざりは有りますが、白い綱には白い紐が基本的に使われ、黒い綱も同じです。
『み、巫女は……どこへ……』
サルヴァはそのまま気を失って倒れました。映像が暗転したのでそう判断しました。
「はい。皆さんから質問を受けます」
アデリーナ様が次の準備として、剣王の記憶石とサルヴァのそれを取り替えながら、私達に尋ねてきました。教壇の上に記憶石を扱うための機械か何かが置いてあるみたいです。
「はい」
手を挙げたのはマイアさんでした。最前列で真っ白いヤナンカさんとともに座っていました。
「どうぞお願いします」
「メリナさんは、白と黒の化け物が出現したときにどこに居ましたか?」
おぉ、核心ですね。確かに私を疑うのは当然です。その場に居たのに見当たらないのですから。
サブリナも私を見てきました。無論、彼女はいつもの大人しそうな顔ですよ。でも、心配なさらないでください。私では御座いません。
「空に浮いていたんですが映ってないですね。不思議です。死角になっていたのかもしれません」
「他にご質問は御座いませんか? では、次の映像に移ります」
私の堂々とした回答にアデリーナ様も満足されたのか、剣王の記憶石がセットされました。
前段は全て省略され、白と黒が入り乱れた怪物がいきなり現れます。
『召喚魔法かっ!?』
剣王の驚きが響きます。既に衝撃波で吹き飛ばされた後のようで、体勢を整えるために立ち上がったのでしょう。映像がぶれました。
『竜? いや、キメラか?』
腹に始まり足、尾、首、羽と頭上に浮かぶ怪物の全体を観察するように映像が動きます。
『ぐっ! 深い森の奥のような瘴気っ……!』
魔力が豊富なだけあって、これまでの誰よりも長く観察できています。
怪物の首が動きます。ウネウネとして気持ち悪いです。そして、剣王を見据えるように正面に顔が来ました。
そこも白と黒の綱で編まれた感じになっていまして、目だけは黒く光っています。しかし、あくまでそれはお飾りなのかもしれません。
すぐに怪物はその口を開けます。丸まった首の先端に切り込みが入り、横だけでなく縦にも裂けて、ペロリと四つに分かれてめくり上がったのです。まるで、細長い花のようでして、楽器のラッパにも似ています。
首の中は真っ暗でした。
『ガッ!!』
何が起きたのか知る由は有りませんが、そこで暗転して映像は終わりです。二度目の衝撃波かもしれませんね。
「はい。では、質問のある方は挙手をお願いします」
「はいっ!」
私はシュッと腕を伸ばしたのですが、アデリーナ様はまたもやマイアさんをご指名なさいました。ふむ、教師なら失格ですね。依怙贔屓し過ぎです。
「後からの二人の映像では土煙が見えていましたが、先の二人の映像では黒い煙のような物しか見えませんでした。不可思議です。記憶石を使用すると、そのように見えるのですか?」
「記憶石はその者の認識が映像化されます。なので、メンディス殿下やタフト氏が土煙を重要でないノイズと判断なされていれば、有り得ます」
「ありがとうございました」
よし、次こそ、私が発言するのです。
気合いを込めて手を挙げようとしたら、剣王に先を越されました。アデリーナ様が「次の人」と言う前に挙手しやがったのです。
「どうぞ」
「ふむ。では、質問だ。そこのショートカットの可憐な女を俺の物にする。良いか?」
ショーメ先生の事です。何て質問なんでしょう。お隣のサブリナが凄い顔になっている事、間違いなしです。
「ダメだっ!」
答えたのはレジス教官です。
「……そうで御座いますね。本人の意思がまずは優先されます。この話が終わった後に関係者でご相談ください」
アデリーナ様が正論を吐きました。たまに役に立つ女です。
「他に、どなたかいらっしゃいませんか?」
「はい! はい! はいっ!!」
私、大きくアピールしました。
「ふぅ。では、メリナさん、どうぞ」
謎の溜め息が気に食わないですが、私の発言が許されました。
「闇の邪神とは違うと思います。だって、本によると、邪神は最初は女の顔だけだったし、怒っても人面のドラゴンでしたもの。それに太陽を食べるって話なのに、周りは明るかったです! 私、図書館で読みましたもの」
しばらく沈黙が続きます。メンディスさんとタフトさんの「意外に賢いな」「えぇ」と言う小声の会話が聞こえてきて、若干腹立たしかったです。
「さすがは巫女。あの短時間でよくも物語を覚えている」
誉めてくれるのはサルヴァだけで、もしかしたら、こいつは良いヤツなのかもしれません。
「そうで御座いますね。私も調べております。あれは闇の邪神では御座いません。映像を見てはっきりと分かりました。マイアも同感で御座いますね?」
「えぇ、アデリーナさんのおっしゃる通りです。私達二人は、あれを見たことがあります」
うふふ、良し。
「ほらー。もう、私、また変な言い掛かりを付けられるのかとビクビクしていましたよー」
安心して口がよく回ります。隠していましたが、この上映会はアデリーナが用意周到に私を嵌める罠なのではとも、うっすら思っていた訳ですから、それも無理ないことです。
笑いながらも、私は念のためにアデリーナの様子を観察する。
っ!? 突き刺す様な視線だとっ!?
「メリナさん、実はですね」
「な、何ですか!?」
「先ほど見たことがあるって申しましたが、それは聖竜の住まいでの事です」
「…………」
結論を早くしなさい。焦らすんじゃありません。こっちは準備万端です。いつでも窓から脱出できます。
「ほら、メリナさん、聖竜スードワットが――」
「アデリーナ様、お言葉ですが、聖竜様、スードワット様ですよ。気を付けてください」
そっちのペースにはしませんよ!
「あら、すみません。聖竜様が雄化魔法の検討を中断すると申された時を覚えておりませんか? あれは初代ブラナンが記憶操作の赤い粉を王国中に撒いた日のことなのですが」
えっ。あー、そんな事も有りましたね。ブラナンの赤い粉に触ると、聖竜様に関する事柄が他の事に置き換えられたのです。同僚のシェラは聖竜様の代わりに金貨を崇拝するようになってしまって、意外な一面を知ることが出来た日です。
「メリナさん、私も居たよね。事後に私がワットちゃんに嗜めたのを覚えている?」
あー、マイアさんもいたかな。私は号泣したことしか記憶ないかも。
「あの時ね、さっきの化け物が現れたのよ」
「大変でしたね」
「えぇ。世界の終焉が来たって、私もマイアさんもルッカも聖竜様も思ったもので御座いますよ」
「えっ、聖竜様がですか。それ、相当ですよ」
「でね、大切な事なんですが、それ、メリナさんの体の中から現れたのですよ」
!?
「メリナ、すごいねー。マイアが言うには二千年前の大魔王よりやばかったんだってー」
…………そうだったのですか……。
「で、それがどうしたんですか、アデリーナ様?」
「どうもないですよ。諸国連邦の未来を預かるであろうメンディス殿下にも存じ上げてもらえば、王国に逆らおうなんて思わないでしょうから」
そっちが目的だったか、アデリーナ。
少しだけですが、メリナ討伐命令が下されるのかと危惧してしまいましたよ。
※聖竜様の下りは「竜の巫女の見習い」第377話参照




