タフトさんの記憶
次はタフトさんの映像です。
またもや、塔の上からの光景から始まりました。
戦場をまっすぐに突き進む土煙が見えまして、きっと勇猛果敢に突撃した私でしょう。
『本当に駆けていますね……』
タフトさんの心の言葉です。
『武に秀で過ぎるとバカになるのですか。私は気を付けましょう』
っ!?
「アデリーナ様! 主従揃って私をバカにしているんですけど!?」
「お伝えしたばかりですが、誉め言葉で御座いますよ」
「絶対違います!」
「メリナ殿、失礼な事を思ってしまって申し訳御座いませんでした。ただ、メリナ殿の武勇を知らぬ者には愚かに見えるという意味ですよ」
タフトは丁重に謝ってくれましたし、それらしい言い訳もありました。でも、本心では私の頭が弱いって貶しているかもしれません!
この記憶石は本当に危険です!
私、全然分かっていませんでした! 対人関係破壊兵器ですよ!!
さて、私が弓騎兵に囲まれている様子がズームアップされます。これはどう言う理屈なのでしょうか。記憶石の機能なのか、タフトの視力にはそんな能力が有るのか。
何にしろ、私の炎の雲と氷の壁で騎馬は全滅します。
『ほう……。やはり強い。いずれナーシェルに敵対するならば、早めに倒すべきでしょうか。しかし、私は彼女に勝つビジョンは見えてきませんね』
不穏な言葉です。しかし、これは彼の信条から出た言葉なので不快には聞こえませんでした。
浮かぶ映像の中では、私の後方にも土煙が出来ていました。
『ふむ、何でしょう? メリナ殿の蛮勇に影響を受けた兵士がいたのでしょうか。困ったものです』
タフトはそうは言いつつ、そちらの様子が気になったのでしょう。私が突進している所から、もう一つの土煙の先へと目線が動きます。
『サルヴァ殿下……? 皇太子が敵中に身一つで突っ込むとは……。む、ケーナのオリアス殿下まで……。彼はメリナ殿に好意を持たれている様子でしたが……。それに続くのは貴族学院の方々……。そうですか。メリナ殿との友情が顕れての、この勇猛な突撃なのですね。なんと青臭くも心震える光景でしょうか。こんなものを見せられると、私も戦線に出たくなりますね』
映像は戦場から塔の上に戻ります。そして、遠くを見ているメンディスさんを捉えました。
「殿下、ご心配であれば私が出ますが」
「良い。あの化け物がどこまで掻き乱すか見てみる」
「承知しました」
メンディスさんの記憶映像でも同じ所が有りました。タフトさんは自分も出撃したくて訊いた訳だったんですね。
『残念ですが、仕方御座いませんね。気高き若者達よ、死ぬのは許しませんよ』
普段の付き合いからも分かっていましたが、タフトさんは良い人です。それだけに先程のバカ発言が本音過ぎて辛いです。
タフトさんの注意はまたもや、戦場に立つ私に向きます。
グイーンとズームアップされて、剣王と戦う私が映りました。もちろん、かなりの距離ですから蹴りや剣の動作が分かるくらいで、表情までは判別できない大きさです。
私は既に腕を一本無くしている状況で、剣王が動いて私の横腹を狙います。
『洗練はされていませんが、速いですね』
タフトさんが心の中でそう呟く速度よりも遥かに速く、私達は攻防を繰り返していました。
蹴りで剣を弾き、弾かれた勢いを使って剣王は回転斬り。背を見せた瞬間に氷の槍を出し、それを剣で防ぐ。そのまま詰めてきた剣王に私は火球魔法をぶつけ、その火の玉の中で焼き殺そうと体を固定しました。
『……私では敵わぬか……』
突然、火の玉が吹き飛び、私は足下が覚束無い様子でフラフラしています。尻さえ付きそうです。
あー、屈辱の瞬間が来ましたね。
サルヴァが私に体当たりをします。その為に、袈裟斬りに落ちていた剣は空を切ります。
『おぉ。見事、サルヴァ殿下』
地に転がった私はサルヴァの影に入り、タフトさんの位置からは見えなくなりました。
剣王とサルヴァが一言二言の言葉を交わしています。
『あ。明日は月報の締め日でしたね。すっかり忘れていました。この混乱ですから、きっと提出しなくて良いですよね。一応、メンディス殿下に――』
……緊張の中で、ふと日常を思い出すことは有り得ますが、このタイミングで何と小さな事を考える男なのでしょうか。私が殺されそうになった緊迫の直後ですよ。
『うっ! 何だ!?』
タフトさんが首を振ってメンディスさんを正面に見た時でした。異変を感じ取ったタフトさんは向き直って戦場を見ます。
メンディスさんが見たのと同じ灰色の何かが浮いていました。一気に拡大されて行きますが、その間にも兵士達が次々と倒れていくのが分かります。
ぼんやりとですが、灰色の何かの姿が捉えられました。以前にタフトさんが言っていた通り、長い首が有ります。その先に小さな顔。普通のドラゴンなら首の先に大きな頭があるはずですが、この灰色の物はミミズのように首の先端が丸まっています。そこに目らしき黒いものが2つ見えたので、私は顔と判断しました。
次に目立つのは、羽です。ガランガドーさんみたいな蝙蝠系のものではなく、網目が複雑に入って半透明のタイプです。そう虫の羽に似ています。
でも、足は4本で、首並みに長い尾もありまして、変な部位が有るものの、竜と考えて良いでしょう。
『なっ! こ、この嫌悪感は何だっ!! きょ、恐怖!? はっ!? メンディス殿下!!』
メンディスさんは見ただけで失神していましたが、タフトさんは強いのでしょう。耐えておられます。
『グァッ!! 更に強くなるだと!? くっ、この感覚はメリナ殿に襲われた時と……お、同じか……』
戯けたセリフを残して、映像は暗転しました。
皆が私を見てきます。
「メリナさん、申し開きは?」
「えっ。何も無いですよ。タフトさんが勝手に勘違いしただけでしょ? 凄く迷惑です」
「そちらではなく、諸国連邦の近衛騎士であるタフトを襲った件です。襲われた時と同じと言われましたよ?」
っ!? 何がダメだと言うのですか!?
「お、覚えてないです……」
「フェリス・ショーメによると、メンディス殿下をも強襲したとか? 日報にもそんな記載が御座いましたよね?」
「そ、そうだったかなー」
私は窓の外を見ました。空が綺麗です。
「ショーメ先生、凄いですね。何でも知っている物知り博士みたいですよ、ハハハ。いやー、俺も先生に知って貰いたいものです」
レジスのずれた誉め言葉が耳に入ってきました。また、アデリーナ様の追及もなかったため、私は安心して教壇へと視線を戻しました。




