上映会の始まり
若い教師二人に案内された部屋は大きな教室でした。一番前に教壇があって、そこが一番低くなっており、そこを中心にして幾重もの弧の形で連なった長机に生徒たちが座って聴講する形式の部屋です。講師の板書がよく見えるように、机の各列には段差があって後列に行く程、高くなっています。
私達は一番後ろから入りましたので、先にいた方々を見下ろすことになりました。アデリーナ様がいたので、礼儀正しい私は会釈します。
「遅かったで御座いますね。先にメンディス殿下とタフト近衛騎士の映像は確認致しましたよ」
アデリーナ様が状況を教えてくれました。その周りには記憶石を使用済みの男性お二人もいらっしゃいました。
マイアさんとヤナンカも居ます。こちらの仙人チームは暇潰しでしょうね。でも、仲良しで本当に微笑ましいです。2000年前も、こんな感じだったのですね。初代ブラナンも仲間内では笑っていたのでしょうか。
ショーメ先生は私達に先へ進むように言ってから、最後列に座りました。長机の真ん中です。レジス教官もショーメ先生の隣に座ります。自然な感じで、彼にとってのベストポジションを確保したのです。
「おい。そこは俺の席だ」
「いいえ、サブリナさんのお兄さま。アデリーナ陛下がお待ちですので、前へお行きください」
「ふん。では、用が済むまでそこに居てくれ」
あっさりと剣王はさっさっと進みます。暢気なヤツです。
「サルヴァ! お前も早く来い!」
偉そうに呼んだのはメンディスさんです。彼はサルヴァにだけには厳しいですね。
「お、おう! 兄者! すぐに参るぞ!」
サルヴァは喜び勇んでノシノシと段を下りていきます。えぇ、嬉しいでしょうね。背後に佇む鬼から離れることが出来るんですもの。
「アデリーナ様! 私も行きますね」
「いえ、結構で御座いますよ。メリナさんはそこらに座って見ていて良いで御座います」
……何故ですか!?
このままでは、鬼と共に緊張の時間を過ごさないといけないのですよ!
…………仕方御座いません。サブリナを避けるのも不自然です。友情にヒビが入るのは良いことでは有りませんね。
私はショーメ先生の向こう側に座りました。ショーメ先生を私とレジス教官が挟む形です。
「サ、サブリナも座りましょう」
私は勇気を振り絞って彼女の顔を見ながら言いました。
あっ! 良かった。ちゃんといつものお澄まし顔に戻っています。さっきは水色の髪が天を衝くのかと思う程に怒気を孕んでいたのに、もう冷静になったんですね。私、心底嬉しいです。
彼女は私の隣へと来ました。四人掛けの机ですので、この長机は定員になりましたね。
部屋は広いので、もっと他の机を選べば良かったです。心細さで私はショーメ先生の隣を選んでしまったのかもしれません。
「今から邪神の姿を確認するんですよね。……サブリナも見たかったのですか?」
「えぇ、メリナ。でも、私は邪神だなんて思わない。だって、諸国連邦の内戦を終結に向かわせてくれた存在なんだから」
おぉ、サブリナさんの優等生発言が今だけは心地好いです。
「そうですね。うん、そうですよ」
答える私の言葉にも力が篭ります。
「真の邪神はそいつだから……」
サブリナは私を通り越した先の相手へ、強く視線を遣ります。眼力を込めているために眉間に深い皺が寄り、更に両目尻が釣り上がった表情は、穏和なサブリナとはとても思えません。歯も剥き出しですよ。
これは明らかにショーメ先生に敵対心を見せているのです。大好きなお兄さまの好意を受ける淫乱教師が憎いのです。
「あれ? サブリナさん、どうされましたか? うふふ、先生、そんな眼で見詰められると照れるわ」
おい、ショーメ! 火に油を注ぐんじゃありません!
お前、分かって発言したでしょ!!
「ショーメ先生は女生徒からも憧れですからね。俺も分かります。サブリナ、でもな、ショーメ先生は恥ずかしがり屋だから勘弁してくれな」
レジス…………。もしも本当にショーメが恥ずかしがり屋なら、そんな破廉恥な格好をしている段階で恥辱の余りに自殺していますよ。
そもそも、自分の生徒の異常な表情を一切気にしていないっておかしいじゃないですか。本当に見えていないのですか!?
私が無駄に心を乱されている中、前方では順調に話が進んでいたようでして、サルヴァと剣王は記憶石の使い方説明を受けています。
その近くでは、マイアさんとヤナンカが楽しそうに笑いながら会話していますね。
「あら? そろそろ始まりますね。やっぱり、少し前に行きましょうか?」
「はい! 早く行きましょう!」
ショーメ先生の言葉に対して、私は即座に反応します。サブリナが狂気染みた熱視線を彼女にぶつけるのは良いのですが、間に挟まれている私は大変に気不味いのです。
前には行ってもすぐには座りません。理想は誰からも離れた場所。教師二人とサブリナの配置を見極めてから私は自分の席を選ぶべきなのです。賢いです、私。
「どこに座ろうか、メリナ?」
っ!?
今は、今のサブリナは元の優しいお顔ですか!?
私はドキドキしながら振り返ります。
えぇ、大丈夫でしたね。微笑みさえあって、私は一安心です。
「私、窓際が好きなので、この辺りにします」
そうです。そうしておけば、サブリナがまた鬼気迫る顔をしたとしても私は気にすることなく記憶石の映像を見れるのです。
「じゃあ、お隣良いかな?」
「……はい」
嫌っている訳では御座いませんので、お断りは出来ないです。
ショーメ先生とレジス教官は教室の反対側に行かれました。私の位置取りは完璧でしたね。長机5個分くらい離れています。
前方のアデリーナ様の方でも動きがありました。記憶石の使い方についてのレクチャーが終わったみたいでして、サルヴァと剣王が石を握らされています。
アデリーナ様が私を見て言います。
「メリナさん、時間が有りますので、メンディス殿下とタフトさんが見た邪神の姿をご覧になられますか? 先程も申しましたが、私達は確認済みですけども」
「えぇ。宜しくお願いします」
「分かりました。それでは、少しお待ちください」
アデリーナ様が手を挿頭すと教壇の上に置かれた記憶石から上方に向かって光が発せられます。そして、魔力によって像を結びます。
メンディスさんとタフトさん、どちらの記憶かは分かりませんが、クーリルの塔からの風景が映し出されました。立ち並ぶ多くの軍旗が揺れていまして、あの決戦の時の記憶でしょう。
『ふん、あの娘め。本当に一騎駆けか。バカだな』
ん? 声的にはメンディスさんです。でも、誰も反応しないので今のは独り言ですかね。怖いです。
『右翼と左翼ともに相手方は動かぬのか。慎重な事だ』
キョロキョロとしたのか、映像も左右に揺れました。それにしても、その呟きは大きいですね。周りの人がビックリしますよ。
あっ、タフトさんが写りました。
「殿下、ご心配であれば私が出ますが」
「良い。あの化け物がどこまで掻き乱すか見てみる」
「承知しました」
さっきの独り言の時と会話の時のメンディスさんの音質が異なりました。独り言の方が明瞭というか……。
あっ! 独り言でなくて心の中の言葉ですか!? 思った事がそのまま流れるんですか!? うわぁ、記憶石はスゲーヤバい道具ですよ……。悪用し放題じゃないですか。
『しかし、あの化け物。器量は良いんだよなぁ。手元に置きたいが、あの頭の悪さでは毒にしかならぬか。惜しい』
はぁ!?
「メンディス、聞き捨てなりません! 私、バカじゃないです!」
「すまぬな。これは、なんだ……。ちょっとした本音だ」
貴様っ! 今の、言い訳を放棄したんだろっ!!
「メリナさん、頭が悪いは諸国連邦では誉め言葉で御座いますよ。ほら、私のような完璧な女性より抜けた女性の方が魅力的っていう文化なのです」
アデリーナ、お前、ヌケヌケと明らかな嘘を……。
「でも、メンディス、毒とか惜しいとかって言いました!」
「そうでしたか? 聞こえませんでしたよね。まぁ、良いでは御座いませんか。さぁさぁ、メリナさん。落ち着いて先をご覧になって下さいね」
歯をギリギリさせながら我慢して、映像に再び視線を移します。
映像の端に黒い煙みたいなものが勢いよく立ち上りました。しかし、それは不自然でして、横方向には拡散せず、上方向にしか伸びなかったのです。
そして、その煙が一瞬で消え去ります。
『なんだ?』
メンディスも気付いて、視界が動きます。
そこには灰色の何かが浮いていて、ここで映像は暗転しました。
あれが邪神ですかね。形さえも見えませんでした。これでは参考になりませんよ。




