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ティータイム

 聖女イルゼさんの転移の腕輪でナーシェルの私の館へと帰りました。行きと違って、ショーメ先生、メンディスさん、タフトさん、サルヴァ、マイアさん、ヤナンカ、更には剣王までも加わり、大人数でした。

 こんなにいるのに楽々と収納できる我が館は、凄く豪邸ですね。


 着いて早々に、アデリーナ様を代表とする大人の方々は去っていきました。打ち合わせと言う名の善からぬ密談をするのでしょう。

 なお、イルゼさんも歳的には大人っぽいですが、精神的に幼い感じがするので、私達と同じ学生グループです。あと、マイアさんとヤナンカは世俗からずれた仙人チームなので大人枠から外しております。


 さて、つまり、この館は女王の束縛、魔の手から逃れたのです。こうなると解放戦線の方々の気持ちも分からないでもないですね。自由は尊いものです。



 なのに、聖女イルゼさんはそれを楽しむことなく、マイアさんの傍に立って神妙な顔をしています。私の知っているイルゼさんと言えば、出会った時の自信に溢れた高慢ちきな態度、王都で衰弱する住民を救おうとする必死な顔、聖女となった後のアデリーナ様の思いのままに流される哀れな役割。そんな感じだったのですが、真面目な生徒みたいな顔もするんですね。意外です。


 手元に広げた分厚い書籍についてマイアさんに尋ね、そして、ペンで書いていきます。たまにマイアさんが答えに詰まるとヤナンカが代弁したりもしています。

 その本はデュランの宗教の聖書っぽいですね。なので、何も大した事は書かれていませんよ。マイアさんがどう言った、何をしたとかばかりでしょう。聖竜スードワット様の業績と有り難いお言葉が満載の、我が神殿が誇る秘抄口伝集と比較したらゴミです。イルゼさん、それ、無駄な行為ですよ。



 無為の時を過ごすイルゼさんを温かい目で見守りながら、私はお茶を口に含みます。優雅な香りが鼻に抜けます。サブリナや剣王も飲んでいます。

 しかし、彼らは熱くないのでしょうか。ズズッと啜らないんです。サルヴァのバカに至っては一気飲みですし。後ろに控えるベセリン爺が何度も茶を注がないといけません。迷惑です。



 また、私が茶を飲む度に睨んでくる剣王ですが、彼はもちろん武具を身に付けていません。たっぷりと付着した血もうちのお風呂で綺麗にしています。服もメイドさんが用意した物を着ています。

 この剣王、見ようによっては美丈夫ですね。タフトさんは細身の剣士でしたが、それよりは筋肉があり、また、癖っけのある髪も合わさって、タフトさんと比較すると少し粗っぽい雰囲気です。目付きが武人のそれらしく鋭いのも有りますね。

 大声量で私の耳を破壊した蛮勇を持つのですから、警戒の心が私にそう思わせるのかもしれません。


 ヤナンカが居た異空間でも同じ顔を見ています。あのサブリナの一番大切な人よりは若干歳を取っていると感じますが、同一人物ですね。

 やはりサブリナの実の兄が好きなのか。いや、義理の兄かもしれませんね。興味はありますが、サブリナは自分の恋心を知られたくないかもしれませんので、秘密にしてあげましょう。



「サブリナ、悪いことは言わん。こんな荒々しい者とは付き合うな」


「勘違いです。サルヴァ殿下は良いお方です。それに殿下には既に想い人がいらっしゃいます」


「そうだぞ。剣王ゾルザック。余計な心配だ」


「違う。俺が言ったのは、そこの長い黒髪を持った女の事だ」


 私ですか?


「完全に俺を殺しに来ていたぞ。あんな衆目の場で有り得ないだろ」


「すみません。手加減したんですが、思いの外、クソ弱い相手でしたので」


「あ? 正々堂々ともう一度やるか?」


「素手の女性に剣で斬り掛かる正義とは、なんと都合の良いものだと私は思いますよ」


 口喧嘩でも負けませんよ。


「そうだ、剣王よ。落ち着くが良い。それでも闘うと言うのであれば、まずは拳王の一番弟子たる俺を倒してからだな」


 サルヴァよ、お前だと瞬殺されますけどね。それは剣王も当然に分かっていて、不満も込めて、彼は大仰に背凭れに身を任せます。椅子が軋みました。うちの備品を破壊すんなよ。



「お兄さまは負けたのです。ここらで諦めて武者修行はお止めください。一時的とは言え、お父様もお兄さまが家に戻った事をお喜びでしたし」


「家は継がないぞ。サブリナが立派になれば良い」


「私はこんなか細い姿ですから、武家のマーズ家には相応しく御座いません」


「しかし、サブリナ、成人したらどうするつもりだ? いつまでも遊んでいて良いわけではないぞ」


 その言葉遣いは幾分優しくて、兄としての心遣いが入っていました。


「絵を描いて生計を立てるつもりです」


 無理です、無理ですよ、サブリナさん。

 それは夢で終わります。天賦の才能的に叶わないヤツです。死後に評価される事もありません。


「おい、お前、何か言いたそうな顔だな」


 ここで剣王はなんと私に話を振ってきたのです。

 しかし、先程の心の叫びを正直に言えるはずが御座いません。



「どうこうしても家は取り潰しじゃないですかね。シュライドは負けたわけですし。諸国連邦を帝国とかいう他国に支配させようとしたのも明らかになった上で、明らかにその家のご子息は帝国の手先だった訳ですし」


 不都合になったら話題を変える。最近はこの技術が得意になってきました。私も貴族の習性みたいなものに染まってきたのかもしれません。


「参戦する時に、うちの家名は伏せてんだよ。その為に剣王なんて名乗っていたんだからな。顔もバレてないから迷惑なんて掛からねーよ」


「あー、逆に言うと、身元がバレたら取り潰しの可能性があるんですね。それ、アデリーナ様なら間違いなく悪用しますよ。お気の毒です」


 手駒がまた増えましたね、アデリーナ様。

 剣王が負けた後、放置されているのはあからさまに不自然でした。あの帝国側とアデリーナ様の短い会話で、剣王の所属をアデリーナ様に譲る符合が合ったんでしょうね。

 怖いわぁ。


「お兄さま、そんな事より、何故に帝国なんて聞いたことのない国を諸国連邦に招き入れたのですか?」


「そりゃ、お前、諸国連邦の人間は王国側に行けねーじゃん。いや、行ったとしても碌な扱いをされんよな。だから、王国のない方角に進んだら、帝国に辿り着いたんだ」


 そうなのですか? あっ、街に入るための証書の発行が厳しいですね。そうなると、冒険者ギルドも悪どい所にしか加入できないですね。地獄の様な、その日暮らしが待っています。


「で、帝国である程度名が売れたんだが、そこの王さんが故郷に錦を飾らせてくれるってゆーもんだから話に乗ったんだ。もちろん、裏に領土欲が有るのは分かっているが、あっちの国の方がブラナン王国よりマシだぜ」


「海の向こうに国があったのですか?」


「あったんだよなぁ。向こうも驚いていた。最近じゃナワクまで船が出てるぞ。シュライドまでの直行便も出来そうだった」


「海の魔物はどうするんですか?」


「それが一番の課題だ。しかし、貿易で一山当てたい人間は一杯いる。かなり無人の地域が広がって船旅は大変なんだが、中継の港だとか、大型船とかも帝国の人間は作ろうとしているな」


 なるほど。新しい交流ルートが作られようとしているのですね。

 しかし、サブリナの事を想えば、私は剣王に忠告しておかないとなりません。


「私のお薦めとしては帝国に戻られることですが、そうされませんか?」


 アデリーナ様は絶対に剣王を脅したりしながら操ると思います。それはサブリナが悲しむでしょう。


「あ? 何でお前の指図を受けないといけねーんだ?」


「お兄さま! メリナはお兄さまの事を思って仰ってくれたんですよ」


「んだよ……。ん? そう言えば、どうしてお前ら、帝国について知ってたんだ?」


 あれ? 秘密だったのかな。

 ショーメ先生が数日調べるだけで分かった事実なんですが。


「お兄さま! 話を反らさないで下さい!」


「怒るなって。サブリナ、少し性格変わったんじゃねーのか?」


「最後にお会いしたのは、四年前です。もう子供ではありませんから」


「帝国には戻らねーよ。お前らは知らないだろうが、人類の敵を見たんだ。サルヴァ、お前は分かるだろ。あれを仕留めないと世界が終わる」


 邪神、凄く警戒されていますね。

 私はズズッと紅茶を飲みます。


「うむ、剣王の懸念は分かる。しかし、我らには拳王メリナがいるのだ。心配あるまい」


「その拳王が闇の邪神だと俺は思っている」


 まぁ!? んまぁ!? うんまぁ!?


「死にたいようですね」


「刺し違えてやるよ」


 はん、生意気を言う。


「喧嘩はダメです!」


「サブリナ、心配要りません。血は流しませんよ」


「そ、そうですか。良かったです」


「イルゼさんに転移の腕輪を借りて、異空間で干からびて貰うだけです。百年もそこに放置すれば真人間になって天国へ行けるでしょう」


「……メリナ、止めてください」



 メイドさんが一口サイズの丸い堅パンに溶かした砂糖を挟んだお菓子を持ってきてくれました。お皿にいっぱい盛ってあります。

 私はこれが大好きでして、パクパクと口に入れて行きます。


「軟弱な食べ物が好きとはな、拳王は」


 一々絡んできますね。ウザいです。


「ベセリン爺、剣王さんに蟻の卵をお出しください。茹でたら粥みたいに食べられるでしょう」


「畏まりました」


 えっ、本当に用意できるんですか? ベセリン、凄いです。



「やめろよ。嫌がらせがセコいぞ」


「食べられないと言うのですか、剣王は口だけの軟弱者ですね」


「あ? お前は食べられるとでも言うのかっ!?」


「……た、食べるに決まっているでしょ……」


「気弱だな。口から出任せはお前じゃねーのか?」


「はん。勝負ですね。より食べた量が多い方が勝ちです」


「……ふん、2度も負けるかよ」


「グハハ、このサルヴァも参戦しようぞ!」


 お前が全て平らげなさい。お願いします。

 後で誉めてあげるから宜しくお願い致します。


「止めなよ、子供みたいだよ……」


「サブリナ、お前のそういう優等生みたいな態度は昔から良くないと思っていたぞ」


 ふむ、剣王よ、言いたいことは分かります。私が補足しましょう。


「え? サブリナは参加しないんですか?」


 道連れです。


「俺の身内が勝負から逃げるわけないだろ! 愚弄するな! なぁ、サブリナ! 拳王にガツンと勝利宣言をしてやれ!」


 今だけ以心伝心でしたね。逃げ道を封鎖しました。

メリナの日報


 ベセリンは優秀です。

 しかし、まさかあんなに美味しいとは思いませんでしたね……。

 剣王も含めて、皆さん、驚いていました。

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[一言] 食ったんかーいwwwww
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