邪神の姿
「ん? 邪神で御座いますか?」
クーリルで剣王と戦った日についてアデリーナ様はメンディスさんに尋ねました。私が気付けば、遠くのナーシェルの館に戻っていて裸で寝ていた日ですね。
「あぁ、このクーリルに集結した全ての兵がその出現を感じたはずだ。あの時、俺はクーリルの塔から視認したが、余りの悍ましさで激しい吐き気の後に気を失った。シュライド側の陣近くに出現したものだから、あちらの被害はもっと凄かったぞ。意識を戻した俺が見たときには全兵が倒れていた。一人も残さずにだ」
「どんな姿でしたか?」
「それがよく覚えておらぬのだ。灰色の何かだな。覚えてもおらぬ者も多かったが」
「覚えていない?」
「うむ。どうも瞬時に気絶したみたいだな。しかし、私の近衛であるタフトも俺と同じものを確認している」
「はい。首が長く、恐らくは竜の形だったと思います」
「諸国連邦に伝わる邪神の姿は竜だ。だから、それもあって邪神と呼ぶことにした」
メンディスさんの隣に座っていたタフトさんがアデリーナ様にお答えしました。
「何にしろ、その禍々しさのお陰で、陣営を越えてそれを人類の敵だと皆が認識することになった。それがアデリーナ陛下が感じた帝国の人間の素直さの原因であろう。あれは体験しないと分からぬであろうがな」
「メリナさんがそれを呼び出したとは想像しないので御座いますか?」
まぁ!? アデリーナ様は本当に失礼です!
聖竜様の下僕たる私がそんな邪悪な存在と関係があるとは思えません。
「……したくはない、というのが本音だ……」
メンディスさんは周りに聞こえないくらいの声量で呟きました。
そして、そこは否定してくださいよ、メンディスさん。
ふと会場を見ると、観客は徐々に減っていて帰っていく感じです。特にシュライド側は撤収が速いですね。そういう段取りだったのでしょうか。でも、剣王は地面に転んだままです。
「アデリーナ陛下よ、俺はもっと間近で見たぞ!」
少し離れた席からサルヴァが会話に入ってきました。
「黙れ、サルヴァ。アデリーナ陛下に失礼だぞ」
手厳しいメンディスさん。しかし、アデリーナ様は手でメンディスさんを制して、サルヴァに続けるよう指示します。
「灰色ではない。白と黒の細い糸が絡まった姿であった」
あー、そんな事を聞きましたね。剣王に託された決闘状を私に渡した時でしたかね。どうでも良いことです。
アデリーナ様は少し考えてから口を開きます。
「記憶石を使ったことは御座いますか?」
記憶石。記憶を映像に変換できる魔法の道具です。アデリーナ様が王位を継ぐときに、皆に少しでも正当化しようと王国中の街に王都決戦の様子などを伝えたんですよね。
その記憶石を持っている時に用いると、より鮮明な映像を捉えられます。過去の記憶って細かいところは覚えていないのと同じでして、映像も記憶が薄いところは曖昧になるんですよね。
映像の改竄も可能でして、アデリーナ様が私を貶めた事は今も忘れておりません。屈辱でした。
「後日、お持ち致します。使い方は簡単ですので、その際にお教え致しますね」
なるほど。記憶石を使って、その邪神がどんな姿で、何が起きたかを調べるのですね。
「メンディス殿下、サルヴァ殿下、タフト近衛騎士殿、他に見られた方はいらっしゃいますか?」
「剣王も見ている」
あの時、サルヴァと共に居ましたものね。
「メリナさんは?」
「私ですか? 記憶にないです。あっ、その邪神なる者が私を裸にひんむいたのですね! 絶対に許しません!」
「…………」
優しい眼でアデリーナ様が私を見てきます。明らかに私を疑っているご様子です! 心外です!
「オ、オリアスさんも見たって言ってましたよ……」
柔和な表情のアデリーナ様は怒っている時よりも怖いので、私は違う話題を出して躱しました。でも、オリアスさんが見たというのは真実です。だから、彼と図書館で調べようという話になったんでしたよね。
「5人か……。ふむ、記憶石の在庫的にもそんなものか……。宜しい。明日、メリナさんの館に集まりなさい」
はぁ!? 私の家はお前の溜り場じゃないんですよ!
「学院に集合です! 私、関係ないもん!」
「学院なんて余計に関係御座いませんよ」
「じゃあ、ナーシェルのお城で良いじゃないですか。私の家はダメですよ! 絶対にダメですよ」
そんなお気軽にお前に来られたら、私は常に緊張しないといけないじゃないですか!?
「そいつが言うなら、学院でよかろう。我らとしては逆らうつもりはない。それに、城は今回の内戦の収拾で混乱している。邪神を見ていない連中は、精神を蝕まれ戦闘意欲に欠けるシュライド軍を潰そうと主張していたのだ。抑えるのに難儀したぞ。そこにアデリーナ陛下まで来た日には、高揚し過ぎた戦意が爆発するだろうさ」
我が家でなければどこでも良いので、私は興味を失います。
サブリナと目が合いました。気のせいかなと反らしてみましたが、しっかりと私を見ていますね。あと、たまに倒れたままの剣王へと視線が動きます。
「サブリナ、こっちに降りますか?」
「はい」
「私もご一緒しますね」
おまけでショーメ先生まで来ました。アデリーナ様の前の柵は取り外し済みですが、そこはお偉いさん達がまだ会話中でしたので、ショーメ先生が少し離れたところの柵をガスッと蹴り倒しました。
ショーメ先生は可愛らしいお顔なのに、やることが大胆ですよね。レジス教官はこんな姿もご存じなのでしょうか。彼女は慣れた感じで腰くらいの高さの段差をジャンプします。
家の屋根からも飛び降りる人ですから、そんな普通の高さでは余裕過ぎるとは思います。でも、サブリナはそうではなくて、スカートが広がらないように手で押さえながらピョンです。恐怖を堪えるために眼を瞑っているのが、素人丸出しで新鮮でした。私の周りにはいない人種で、私が目指す姿に近いと思いました。
「これ、死んでないですか、メリナさん?」
剣王に近寄るなり、ショーメ先生のいきなりの発言です。
「いいえ。死んでたらこんな感じで魔力が維持されないって先生も分かるじゃないですか」
「でも、これ、息してないですよ?」
!?
あっ! 胸の上から鎧を膝蹴りしてひしゃげてやったんでした!
えーと、お母さんはこういう時はベリベリと鎧を手で剥いでいましたよね。
クソっ! 堅いよ。こんな厚い金属板を紙みたいに切り裂くお母さん、やっぱり凄いなぁ。
私が額に汗を掻きながら鎧の首もとに両手を入れて引っ張っている中、サブリナが兜を外しました。
「あっ……お兄さま……」
ひっ!!
予想はある程度していましたが、サブリナの言葉は私に激しい焦りを与えます。その為か、限界を超えた腕力でもって一気に鎧を破りました。
「メリナ、どうしよ……? 先生が仰った通り、息が……」
まだ仮死状態です! それは間違いない!
私はガランガドーさんに全力の回復魔法をお願いしました。
すぐに効果が出ます。手が動き、サブリナの体に当たります。
「むっ。サブリナか……。久しぶりだな」
「お兄さま!!」
サブリナの喜びの声が響きまして、私はようやく安心致しました。秘かに毒物を盛られる危機は去ったのです。




