アデリーナ様、満足
アデリーナ様は倒れている剣王を一瞥もせずに通り過ぎました。結構な血溜りも出来ているのですが、避けもせずに真っ直ぐと相手側の偉い人を目指して進んでいきます。
私はお上品なので、もちろん、靴が汚れるそんな物は踏みません。今の私は巫女服を着ていまして、聖竜様の威厳にも関わり兼ねませんしね。
でも、早く回復魔法を唱えないと剣王は死んでしまうのではないでしょうか。ピクピクと動く指先を見て感じました。あと、ふと思い出したのですが、剣王とサブリナのお兄さんは同名だったのです。
また、髪の色は黒と聞いています。兜に阻まれて、それを確認できませんが、万が一ということも有ります。サブリナさんの愛する兄を殺したとなると絶対に恨まれて毒を盛られますよ。
……ということで、頭部にだけ回復魔法を掛けました。損傷の一番激しい部位ですので。これで暫くは生き延びるでしょう。
さて、目的地に着きました。
周りは鎧を身を包んだ兵隊さんが多いです。数的にはクーリルに集結していた全員では無いでしょうが、ここに残り続けたシュライド側の軍隊の人達なのでしょう。前列の偉い人席にも装備や衣装から軍人さんと思われる方々が殆どでしたから。
その中で赤色の上着を着て目立つおっさんの前にアデリーナ様は立っています。
「ブラナン王国のアデリーナ・ブラナンで御座います。女王をしています。こちらの代表の方はどなたですか?」
態々、一番偉そうな人に一番偉い人は誰だと尋ねたのです。まるで「お前などが一番偉いはずがなかろう」という蔑んだ表現なのでしょうか。
「私で御座います。シュライド王国の王、ユーフ・ナバリュ――」
「帝国の代表は? 密使か特使がいるはずで御座いましょう?」
アデリーナ様は平然と相手の言葉を遮って、もう一度質問しました。
しかし、シュライドの王は無言です。
「な、何を仰るかと思え――」
「あなた方の切り札が、そこで血を吐いているのが見えませんか? 素直に答えなさい。私の一声でこの拳王に匹敵する使い手を何人もシュライド及び周辺国に派遣することも可能で御座います。貴方の返答次第では大戦が開始されるのですよ」
私に匹敵する使い手? そんなに居るかなぁ。
まずは強い人を思い浮かべましょう。
シャールだと、アシュリンさん、フロン、ルッカさん、オロ部長、巫女長、アシュリンさんの旦那さん。エルバ部長は落選ですね。次にデュラン関係者だと、クリスラさん、コリーさん、ショーメ先生とかも呼べますね。
私が知っているのだと、こんな感じですかね。あっ、隠し手としては、マイアさんとそこで修行中のミーナちゃんが居ましたね。
うん、女性が多いですが、良い駒が揃っていますね。
対して、シュライド側で一番強い者は剣王と名乗っていましたが、実力としてはアシュリンさんの旦那さんの方が強かった気がします。あの人、自称は王都最強の男でしたものね。
猛る私を前にして、あれだけ動けたのは彼くらいだけでした。正確に心臓を貫こうとされたの懐かしいです。
「会戦時にナワク国の軍が不自然に多かったと報告を受けております。隠す必要は御座いませんよ。剣王もナワク出身とされていた訳ですし、誰であっても関連性を感じますわね」
アデリーナ様の言葉よりも滲み出る迫力にシュライドの王様はタジタジのご様子でした。脂汗が額を流れます。
「私をここで殺せば逆転できるとお思いかもしれませんが、それは拳王が許しません」
ここでアデリーナ様は初めて観客席をグルリと見渡しました。
「三段目の軍服を着た貴方。お話をしましょう」
若き将校といった風情の男性をアデリーナ様は指定しました。彼がこの中で一番偉いと知っているのでしょう。つまり、今までは茶番かシュライド王を無駄に苛めたかのどちらかです。
彼は素直にアデリーナ様の願いを聞いて段を降りてきます。最後にはシュライドの王の傍に来るというのに、全く気にしていない素振りから、アデリーナ様の推測は正しかったのだと私にも分かりました。
あと気付きました。魔力量で選んだんですね。うん、諸国連邦の方々より多い魔力を彼は持っておりました。
「これをあなた方の王、皇帝というのでしたか? その方に渡して頂きたく存じます」
「承知致しましたが、これは何でしょうか?」
「我が王国から帝国への親書で御座います。内容はここでは明らかに出来ませんが、悪い話では御座いませんよ。王印も入れておりますので、過去にうちの情報局からお出ししている書面と照合して頂ければ正贋は判断できましょう」
「本国にお伝え致します」
恭しく彼はアデリーナ様に頭を下げます。私達が立つ地面と、彼の立つ観覧席とでは、私達の方が低い位置になるのですが、その辺りの非礼についてはアデリーナ様は指摘しませんでした。
「感謝致します。……ところで、我が友である拳王メリナに敵う者は帝国にはいらっしゃいますか?」
「私では本国の全てを把握しきれませんので、お答え致し兼ねますが、陛下の友人がお強いことはお認め致します。また、私が知る限り誰よりも強かったはずの剣王が敗北した事実もお認め致します」
その言葉にアデリーナ様は満足した表情をされました。私が強いことなど、アデリーナ様にはどうでも良いことだと思いますので、何か隠していますね。
「ところで、この様な遠方に陛下ご自身が訪れた事も、酔狂ではなく友を心配なされたのでしょうか?」
まさかぁ。
「私としては杞憂に過ぎないと感じているのですが、心配性なアバビア公国より諸国連邦の安寧を脅かす存在が入り込んでいるかもしれないと相談が御座いまして。公爵であれど、ナーシェル国王の実弟で御座いますからね。私が出向くのも筋で御座いませんか? ほら、今後も諸国連邦に何かあれば、王国の完全なバックアップが有ると誰でも認知できますからね」
アバビア公爵は解放戦線のボスっぽい地位にあった人で、解放戦線はシュライドの反乱と連携を取っている節が御座いました。
帝国がシュライド陣営の後ろにいるのなら、アバビア公爵についても知っていておかしくないです。
それを踏まえてアデリーナ様は言及し、アバビア公国がこちら側に寝返ったと暗に伝えているのです。
私を心配するかどうかは答えずにです。
「我が帝国はシュライド王より悪辣な大国から主権を取り戻したいと熱烈な要請を受けたのです。しかしながら、誤解があったようですね。陛下がその様な真似をするとは思えない」
「えぇ、その通りです。アバビア公爵もシュライド王が思い違いされた理由を訝しんでおられました。シュライド王への聴取、或いは、幸い帝国が融和的であったから良かったもの、外患誘致罪の適用さえも――あっ、いえ、口が滑りました」
嘘です。態とです。
シュライド王は仲間だと思っていたアバビア公爵の裏切りに驚かれていました。そして、すぐに肩を落としていたのです。可哀想です。死刑ですよ。サブリナの国でもあるので善処をアデリーナ様にお願いしましょう。
会話すべきことは終わったみたいでして、アデリーナ様はご自分の席へと向かわれます。
剣王は倒れたままなのですが、誰も救護に行かないのは酷いと思いました。女王が立つのと同じ決闘場の土を踏むのも勇気が要ることだったのかな。
「アデリーナ様、まだ戦っていないですよ?」
「不戦勝に近かったですね。まあ、正規軍も動かさなかった帝国と、女王自ら入国した王国と、諸国連邦がどちらを選ぶかと言えば自明でしょうが」
「シュライドの王様はどうするんですか?」
「私はどうこうしませんよ。王国が裁定しては、角が立つじゃ御座いませんか。それに、代替わりして路線変更っていう未来が予想できますが、些細な事で御座います」
「帝国って何ですか?」
「あら、メリナさん、ご存じないの? ほら、数年前にバンディールの地を争った国ですよ」
バンディールはシャールの西方にある地域です。数年前にあった戦争で荒れ果て、少し前までは王都直轄領となっていました。貧しい人が多くて、隣国との緩衝地域として棄民政策が取られているとも噂されていました。
しかし、それ以上に私は帝国に畏れを感じました。
「っ!? あの樽のような体型でごつい騎士団顧問ヘルマンさんのお尻の穴を襲った連中ですか!? 只のおっさんでもイケる、何でもありの異常集団ですか!?」
「こらこら、メリナさん。知識が片寄っていますよ」
「マジヤッバじゃないですか! あいつ、今から殺して良いですか?」
「ダメで御座いますよ。10年後くらいに思う存分暴れましょうね」
ワッルイ笑顔にですね。それが私に冷静さを与えました。
「しかし、メリナさん、もっと手子摺ると思っていたのですが、何かしております? 確か日報では裸になった日で御座いますよね?」
「……とても恥ずかしいのですが、私の神々しい裸体が皆の心を打ったのでは無いでしょうか?」
「ええ、図々しさを恥じなさい。よろしい、メンディス辺りに訊いてみましょうかね」




