圧巻
その後、タフトさんが塔の屋上にやって来て、メンディスさんに食事の用意が出来たと声を掛けられました。彼にとっては突然現れた私達なのですが、驚きは少しだけで、優雅に「席を用意しますので」と案内されました。
お昼御飯、美味しかったです。
その後、メンディスさんがマイアさんとヤナンカも紹介しろと言うので、正直にマイアさんは伝説の大魔法使いで、ヤナンカは王都の情報局長を務めていた魔族のコピーと説明しました。
信じられんと彼は宣いましたが、真実はそうなので、どうしようも御座いません。
さて、今、私は大勢の観覧者に囲まれた中心に立っています。観覧席は木を組み合わせて何段にも作られていまして、そこに敷かれた板に人が立ったり座ったりしています。お酒さえ飲んでいる方もいます。
前の方の席は偉い人が座ることになっていたのでしょう。アデリーナ様達もそこにいます。サルヴァやショーメ先生、サブリナも誰かのコネでその辺りです。あっ、サルヴァに関してはナーシェルの王子でしたね。忘れていました。
マイアさん、ヤナンカはそこにいません。観覧席の上の方で二人仲良く座っています。マイアさんは全く普通の女の人にしか見えないのですが、ヤナンカは真っ白な肌に真っ白な髪なので、かなり異様で目立ちます。
でも、二人は仲良く話をしているみたいで、周りの人も一瞬は怪訝な表情をされますが、すぐに気にしなくなりました。
私は両足を屈伸した後に、ピョンピョンと跳び跳ねて体を暖めます。
なお、私の立つ場所は踏み固められた地面です。少し靴底の食い込みが甘くなるのが気に食わないですね。
アデリーナ様とメンディスさんは隣同士で、たまに顔を近付きあって言葉を交わしています。仲良しですね。
でも、気になります。
内戦時にメンディスさんが囚われていることを知ったタフトさんは鬼気迫る様子でした。私、そこからタフトさんはメンディスさんに対して禁断の愛情を持っていると確信しております。
なので、メンディスさんと婚約していた過去を持つアデリーナ様を、タフトさんは良い気持ちで見れるはずが御座いません。
下手をすると、怒りの余りに斬り倒すかもしれませんね。少し面白そうなので、どうしても興味がそちらへと向いてしまいます。
剣王が別サイドから登場してきたのが視界に入りました。
それに合わせて観客の一部が大声を張り上げて歓迎します。
黒い鎧に身を包み、頭の半分までを隠す兜。表情を伺い知れないために不気味さを感じます。腰に帯剣したまま、ガチャリガチャリとゆっくり歩いてきました。
生意気です。
私より遅れてやって来るなんて何様のつもりなのでしょうか。それに、私を前にしてその余裕泰然とした態度は大変に無礼です。
殺りましょう。
私は飛び出します。
一気に拳の間合いまで詰め寄り、ダンッと踏み込みます。
横から剣が伸びてきます。相変わらずの速業で、前回はこれを無視したが為に腕を斬られ、そして苦戦したんですよね。
しかし、今日は対処済みです。
構わず私は腕を振るいます。以前と同じく、相手も斬ることを優先して避けようとしません。目論み通り。
「なっ!!」
キィーンと高い音を立てて剣は止まりました。私が無詠唱魔法で瞬時に構築した氷の壁で止まったのです。
前回の氷の槍で仕留められなかった時に思いました。こいつは剣で氷を弾き飛ばしてはいましたが、斬ることは出来なかったのです。
逃げなかったことが仇になりましたね。
拳に全体重を乗せられるように前傾姿勢からの一撃を剣王の口へと叩き込みます。直前に彼が驚きの声を上げたこともあり、私の拳は少し開いた上下の歯間を突破して、口内をも破壊します。無論、体内の魔力が豊富な彼は身体も人並み外れて強化されていて堅いのですが、私は魔力を動かして脆くします。
この魔力操作、ガランガドーさんの体を作るときに使用しているのですが、戦闘でも大活躍です。余りに効果が高くて、魔物相手には使用しますが、可哀想なので人間相手には使ったことがありませんでした。いや、同期のマリールの願いを聞いて豊胸魔法として利用したことは有りましたね。
何にしろ、剣王は大きなダメージを受けました。もう魔力を操作する必要はないでしょう。
続けざまに鎧の上から膝蹴りです。丈夫な防具だったようで、私の膝が骨折した感触なのですが、気にしません。即座に、戻した手と共に回復魔法で修復致しました。
会場は静かです。
うつ伏せに地に這う男の呻き声だけが聞こえます。
ヤツの剣は氷に刃を埋め込んだままで、手元には御座いません。
うふふ、呆気なく勝負が付いたようですね。私が最初から本気を出せば、この様にお茶の子サイサイなのです。満足です。
しかし、二度と私に挑戦したいなどと思うことのないように徹底的にやってやります。
私は足で激しく男の横腹を蹴り、顔を上にさせます。血で真っ赤です。
目が合いましたので、私はにっこりしました。それから、頭部を踏みつけます。足を乗せてグリグリグリです。兜が変形するくらいに圧を掛けました。目玉を動かせる気力が気に入りませんでした。
それから、馬乗りになって露出している鼻から顎を中心に何回も全力で殴ります。拳が壊れたら回復魔法。
相手の完全な脱力を確認して、私は立ち上がって片腕を高々と上げます。
なのに、祝福は少なくてサルヴァの声くらいでした。「うぉー、巫女よ! 拳王よ!」とバカ声で下品に叫ぶのですから、殴って黙らせたいくらいです。
拳に付いた血をフリフリして散らしながら、私はアデリーナ様の所へと歩み寄りました。
決闘場との境界には少しの段差と立て板が有りますが、アデリーナ様の顔が見えない訳ではありません。
「これ、もう私の勝ちですよね? 鐘とかならないんですか?」
「開始の合図も待たずに始めてのその言葉、メリナさんは大変にご立派で御座いますね」
「常在戦場ですよ。それに、あいつは武人なんですから、そんな情けない言い訳なんてしないですって」
もしも、準備が出来ていなかったとか口にしたら大笑いですよ。むしろ、準備させなかった私を誉めるべきでしょう。
「闘技場の飢えた獣でも、もう少し待ちますよ」
「まぁ、さすがアデリーナ様。無垢な民衆を獣に襲わせて楽しんでらっしゃるんですね?」
「無垢な人間なんていらっしゃいませんよ」
……否定する箇所はそこじゃないでしょ……。
……え? 本当にそんな極悪な事を実行してるんですか?
メリナ、ドン引きです。
「しかし、決着はしたようで御座いますね」
「あぁ。ブラナン女王よ。我らの勝ちだな。貴様もご苦労だった」
お隣のメンディスさんが私に言ってきました。いつもはお澄まし顔なのに、今だけは少し表情が柔らかくて、私はちゃんと誉められたのだと嬉しくなりました。アデリーナ様よりメンディスさんの方が上に立つべき人間ですね。
「えぇ。ありがとうございます」
「メリナさん、次は私の番で御座いますね。先方も状況整理は終わったことでしょう」
アデリーナ様が剣王の側の観覧席を見ながら呟きました。
「えっ、アデリーナ様も戦うんですか?」
「剣は持ちませんよ」
戦うんだ……。相手の方、ご愁傷さまです。
「メリナさん、この板を外して頂けませんか?」
闘技場に下りると仰ったのでして、私は素直に立て板を引っこ抜きました。
「ありがとう。では、向こうの偉い人と話をしましょうかね」
見送ろうとしたら、アデリーナ様が付いてこいと言うので、闘技場の真ん中を歩く彼女の後ろを追いました。




