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決闘前の仲間内

 遠くを見ると既に相手方は多くの観客を用意しているみたいでした。材木を組んで簡易の観覧席まで用意していたのです。

 此処、クーリルまで攻めていた軍が、停戦後もそのまま残って作業をしていたのかもしれません。

 そんな物騒な集団は問答無用で帰国させるのが普通ですが、ナーシェル側の人は甘いですね。



 一人、男の人が歩いてきました。


「久しいな、メリナ。お前には期待している」


 メンディスさんです。


「普通に殴って勝ちます。でも、メンディスさんはどうして、ここに?」


「サルヴァから報告を受けていた。あいつは敵の策に嵌まったとも知らずに、暢気なものだ」


 メンディスさんが言う敵の策とは、あの果たし状の件です。あれをサルヴァが受け取ったことにより、彼らはこの地に留まる言い分が出来たのです。

 本来であれば、戦争が終わったのですから兵は退かないとなりません。しかし、彼らは私との決闘の準備を行うと主張できた訳ですね。

 今見えるように観覧席と謂えど、大規模な建築物まで作っているのです。決闘後にその建材を転用して全線基地を構築することも可能です。


「しかし、俺はお前が負ける姿を想像できん。ナーシェルの行く末を任せるのは納得できんが、褒美は忘れぬ。頼んだぞ」


「はい。一瞬で終わらせます」


 私はにこやかに答えました。



「それで、後ろの美女たちは誰だ?」


 メンディスさんが言ったのは、アデリーナ様とイルゼさんとサブリナの3人の事です。


「水色の娘は知っているな。貴族学院の生徒であった。ハッシュカでは世話になったからな」


 そうですね。サブリナは竜の毒に犯されたメンディスさんの解毒剤を作った恩人ですね。ペコリとサブリナさんはメンディスさんに頭を下げました。


「他の二人はブラナン王国の女王と聖女です」


「……なっ!?」


 メンディスさんは少しの間を置いてから、驚愕の表情をされました。いつも平静を装っておられるので、そのギャップが珍しくて面白いです。



「アデリーナ・ブラナンで御座います。お初にお目に掛かりますね。以前は夫婦(めおと)になる関係で御座いましたし、それを縁として、以後も宜しくお願い致します」


 アデリーナ様は柔らかい笑みをしつつも、じっとメンディスさんを見詰めたまま、挨拶をしました。


「あ、あぁ……。ごほん。いや、申し訳なかった。失礼した。私はナーシェル王国第二皇太子のメンディスである。高貴なるブラナン王国の女王と、こうお会いするとは思ってもいなかった。本心を言うのであれば、この様な粗野な場所ではなく、きらびやかな宮殿でこそ、貴女の美しさが際立つというものであろう。いや、しかし、大輪の花束の中でも一際輝いて見えるような貴女の美貌においては、そのような――」


「殿下、慣れぬ挨拶は止しましょう。本日の私はメリナさんの活躍を見に来ただけで御座いますから」


 メンディスさんの内容の無い長口上をアデリーナ様が止めました。


「ふむ。助かる。しかし、貴女が我が妃となる予定であったとは、俺は幸運を逃したようだな」


 そのセリフを聞いてアデリーナ様は私を見てニヤニヤしました。それから、メンディスさんに向き直します。


「そうで御座いますよね。メンディス殿下はやはり幸運をお逃がしであった。そうだと存じておりました。口悪い拳王は、私と結婚しなくて幸運でしたねとか言うものですから、私は深く傷付いたので御座います」


 ……お前、それを気にしていたのかよ。


「それはなかろう。貴女のように、高貴な聡明さと艶やかさを感じさせる女性はそうは居まい。数年前の俺なら、何としてでも手にいれたくなったであろう」


「はいはい。メンディスさん、この人、何百人と処刑してますからね。黒い白薔薇の異名の通りに、棘がいっぱいですよ」


「まぁ、なんて誹謗中傷。私、とても悲しいで御座います」


 ほざいていなさい。



 次にメンディスさんはイルゼさんを見ます。


「聖女イルゼ殿、死竜復活の度にデュランの兵を出して頂き、ナーシェルを代表して感謝する」


 その聖女は私が連れてきた状態のまま、床に座っています。


「……はい。でも、死竜はもう出ません。メリナ様とアデリーナ様が、その原因を断ちましたから」


「なんだとっ!?」


 メンディスさんが私とアデリーナ様を見ましたので、私達はほぼ同時に頷きます。


「死竜の(くびき)から諸国連邦は解き放たれたのか……」


「……はい。だから、デュランの価値は以前ほど無いんですよ。あと、聖女の地位も下がる一方ですね。あはは……」



 私はアデリーナ様に小声で聞きます。


「イルゼさん、何だか自信喪失が悪化しているじゃないですか? 何かしましたか?」


「ほら、ヤナンカをマイアさんの所へ連れていきましたの。私が転移の腕輪を使ってです」


 なるほど、アデリーナ様が腕輪を借りてマイアさんの所に行ったのか。でも、どうして、それでイルゼさんがこんな感じになるのでしょうか。


「当然にイルゼもマイアにも出会っておられます。それが宜しくなかったみたいでして」



 私とアデリーナ様の会話は二人には聞こえていなかったみたいで、メンディスさんはイルゼさんに問います。


「価値とは何だ、聖女よ?」


「価値ですよぉ。大魔法使いマイアがこの世界にまだ居るのに、その代理である聖女なんて、紛い物に違いありません。生き恥です。あー、ヨゼフの言う通りでした。私は最後の聖女なんだなと気付きました。早く死なないかなぁ」


 ……これ、自殺しかねませんよ。



「マジで病気レベルまで逝っているじゃないですか? アデリーナ様、責任を取ってくださいよ」


 更に声を落として、私はアデリーナ様に対処をお願いします。イルゼさん、とても不安定です。


「困りましたよね。デュランの方々はマイアを信仰し過ぎているのかもしれませんね」


 まだニコニコ顔のアデリーナ様が答えました。他人が苦しんでいるのを見るのが心底楽しそうな、為政者の風上にも置けない人格の持ち主です。


「信仰の対象を目にして衝撃を受けられたのかもしれませんね」


 イルゼさんは聖女ですが、その聖女の大きな役目はマイアさんとのコンタクトでした。

 肉体を復活させるまでのマイアさんは異空間に閉じ込められている状態で、聖女に代々受け継がれてきた転移の腕輪を使わないと会えなかったのです。だからこそ、聖女の特別性があったのですが、この世界にマイアさんが戻ってきた今となっては、聖女でなくてもお話が出来るんですよね。

 目指してきた役割が崩壊することに、イルゼさんは耐えきれなくなったのかもしれません。



「メリナさん、せめてその腕輪を返却してあげたら?」


「あっ、そうですね」


 うなだられるイルゼさんの細腕を持ち上げて、腕輪を通します。


「メ、メリナ様……。王都で非力な私に腕輪を授与されたときの再現ですね……。あぁ、まだ私に見込みがあると仰ってくれるのですか……」


 本当に重症ですねぇ。聖女決定戦後の私との取引をした際の態度を思い出して欲しいです。高慢から一気に変化した謙虚。あれは見事な腹黒さでしたよ。


「イルゼさん、元気を出してください。ほら、聖女の仕事には魔物の退治もあるでしょ。それで皆の気持ちを引き留めれば良いんですよ」


 転移の腕輪を用いて、強大な魔物を異空間に置き去りにするのです。敵の隙を付いて体に触れるだけなのですから、ある程度の体術があれば、実力以上の敵を排除できます。


「それがクリスラ様が聖女引退後に冒険者になられて……。私の活躍なんて不要なんです……」


 前々聖女のクリスラさんかぁ。聖女決定戦の決勝でやり合いましたが、透明な火炎魔法、優れた格闘センス、私が本気で殴っても壊れない体と3拍子揃っていましたものね。確かに、彼女なら多少の魔物なら、独りで対処できそうです。



「事情は知らぬが聖女よ、民を率いる身なのだから、せめて弱音は見せぬ方が良いぞ」


 メンディスさんなりの慰めでしょうかね。


「そうです、イルゼさん。貴女は独りではないのですよ。共に歩みましょう」


 この中身の無い言葉はサブリナさんです。たまに、こんな台詞を吐いてしまうのが彼女の欠点です。



 そんな時、魔力の変動を塔の頂上で感知しました。転移魔法の兆候ですね。

 やがて形となります。


「ほらー、合ってたー」


「よくもこの距離を追えたわね」


「メリナの魔力は独特ー」


 全身白色のヤナンカと、その隣にいる茶髪の女の人はマイアさんでした。デュランで信仰されている大魔法使いです。シャールから此処までを転移する能力は流石です。

 ただ、イルゼさんがおかしくなった元凶です。



「お久しぶり、メリナさん」


「はい。マイアさんもお元気そうで」


「えぇ。今日はヤナンカに頼まれて、貴女を見に来ました」


「そうですか。あっ、マイアさん、新しい聖女さんに喝を入れてくれません? 彼女、自信を無くしているんです」


 私の言葉にマイアさんは柔らかい笑顔で返しました。



「ヤナンカ、この腕輪を見て」


 でも、私の願いは無視されたようで隣の旧友であるヤナンカと話をされます。


「うーん、フォビが作った感じー。数百年前にも見たよー」


 フォビというのは聖竜様が地上で活躍している時代に、その背に乗っていた騎士の名前です。マイアさんやヤナンカとも共に大魔王と戦った人です。


「ここの魔力回路、どう思う?」


「一気に魔力消費して、すぐに回復させてるねー。危ないねー」


「でしょ? 術者の魔力を無理に鍛えさせてるわよね」


「そーだねー」


 魔法に詳しい方々だけで分かり合っています。私は興味がないので適当に遠くの風景を眺めています。



「イルゼさん、貴女、その腕輪を用いるのに適した体よ」


「……ほ、本当ですか、マイア様……」


 イルゼさんは床に頭を付けたまま震えながら、精一杯に答えました。


「えぇ。本来であれば、強制的に魔力が増大して、最終的には自分の魔力に体が耐えられずに死ぬこともあるでしょう。ですが、貴女は自然と魔力を外に出す体質です。何度、これを使用しても死なない体ですね」


 …………私は? 私は魔力に耐えられずに死ぬタイプですか?


「貴女程に、その腕輪を駆使できる人はいないでしょう。これからも頑張りなさい」


「は、はい!」


 あっ、少しだけイルゼさんの声に張りが戻りましたね。良かったです。


 しかし、それはもう些細なことです。私は手を挙げて質問します。


「私は大丈夫でしょうか……?」


「メリナさんは、なるべく使わないことをお勧めしますよ」


「もう凄いもんねー」


 凄いんですか……?

 ヤナンカさん、もう少し説明が欲しいんですが……。

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