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決闘前の朝

 朝御飯を終え自室に戻った私は、ベッドに腰掛けて靴の紐をキュッと絞め直します。今日は剣王なる者との決闘の日です。万全でなくてはなりません。気合いも込めます。


 この靴も長い付き合いとなりましたね。半年以上前にアシュリンさんからプレゼントされたものです。何の素材を使用しているのか不明ですが、私の無茶な動きにも耐えられる逸品です。最近では革が馴染んできたのか、フィット感が増しています。


 何回か軽くジャンプして、最終確認をします。うん、いつも通りです。衣服も黒一色の巫女服にして気合い万全です。


 私は机の上に手を伸ばし、果たし状を広げます。集合場所と時間の確認です。失念しておりました。日付しか見ていなかったのです。

 昨日の夜、寝る前にこれを読んでいないことに気付いたのですよ。

 それでも、今から読むのです。なぜなら、遅刻しても言い訳が立つように。仮に遠くで、しかも朝からを指定していたとしても「目立つように書いてもらわないと困りますっ!」って主張したいのです。それが昨晩だと「慌てて向かえば間に合ったではないか!」と責められてしまいますからね。

 完璧です。「ちゃんと隅々まで読め!」と(なじ)られても「そんな義理は御座いません。書き方が悪いのです」と答えましょう。


 さてさて、場所はクーリル近くですか。うーん、前回、剣王と戦ったのも同じ街でしたね。時間はお昼過ぎですか。明確な時刻を書いていないのは幸運です。日が暮れて星が出ている時間も、文字的には昼過ぎだと強く主張できますね。昼をちょっと過ぎた時間なのか、昼をかなり過ぎた時間なのかの解釈の違いにすぎませんから。



 確認を終えた私は玄関ホールの脇にある待ち合い用の椅子に座ってお迎えが来るのを待っています。イルゼさんがアデリーナ様を伴って訪問してくると聞いたためです。

 うふふ、これも遅刻の言い訳に使えますね。私は悪くないです。アデリーナ様を待たないといけないから、遅くなったんですよね。そういうことにしてしまいましょう。


 ホールの上の方にある大きな窓からの日射しが大変に爽やかです。晴れ渡る私の心のようですね。



 トントントンと控え目な感じで扉がノックされました。私は早速開けます。


「おはよう、メリナ。やっぱり家にいたのね……」


 サブリナさんでした。扉の叩き方からして、アデリーナ様とは違うなと思いましたよ。


「はい。今日は決闘の日ですからね。アデリーナ様をお待ちしております」


「サルヴァ殿下はもうクーリルに向かわれているそうですよ。私はメリナが寝坊していていないか確認して欲しいと、昨日の内から依頼されていたのですが……」


 なんとサルヴァは図体がでかい癖に小心な男なのでしょう。


「そうなのですね。ありがとうございます、サブリナ。でも、アデリーナ様とはイルゼさんがまだなのですよ。私が戦いを忘れていたわけではない事を、きちんと心に刻んでくださいね」


「あっ、そうだったんだ……。でも、クーリルまで、もう間に合わないかも」


 おっと、サブリナさんは時間まで知っていたのですね。ならば、私も対応致しましょう。


「全く、我が儘女王には困ったものですね」


「メリナも大変ですね」


 私は苦笑いをしながらサブリナを椅子へと案内しました。何だか、優雅ですね。貴族っぽいです。

 ベセリン爺がお茶を用意してくれましたので、それを飲んで待ち続けます。



「ごきげんよう、メリナさん。ひょっとしてお待たせしましたか?」


 庭に転移してから正門に回ったことを魔力感知的に分かっておりました。

 メンバーはアデリーナ様、イルゼさんですね。アシュリンさんはお仕事でしょうか。


「えぇ。ここから半日以上は掛かる場所なのに、もう間に合いませんよ。ったく、女王様は暢気で御座いますね」


 ここぞとばかりに私はチクリと責めます。ラッキーです。ここまですれば、私が全く場所や時間を確認していなかったとは思われることはないでしょう。


「それは申し訳御座いませんでした。ところで、その決闘の場所へ訪れたことはあるので御座いますか?」


「えぇ、クーリルという街です。本当、どうしましょう。無能なアデリーナ様のせいで私は剣王に舐められてしまいそうです。『怖気付いたか、小娘っ!』って言われたら、悲しくて泣いてしまいそうです。ううぅ」


「メリナさんなら、問答無用で殴りに行っているでしょう? さて、じゃあ、イルゼ、メリナさんに転移の腕輪を譲りなさい」


「はい」


 ……それを使えって? 聖女のアイデンティティーなんですけど。それが無いイルゼさんなんて、その辺のお嬢さんと変わりの無い存在に成り下がりますよ。


 躊躇う私の腕を取り、イルゼさんは腕輪を填めてくれました。


「交換ですね、メリナ様」


 何とですか、イルゼよ。



「今日はガランガドーさんは一緒じゃないので御座いますね?」


「あっ、はい。学院の教室でバーダと共に過ごしています」


「教室? あんなに大きい体のに?」


 今のガランガドーさんはロバサイズです。


「ウサギ小屋よりは広いから大丈夫ですよ――って、ベセリン! シーツは渡さなくて良いですっ!」


 イルゼさんが私の使用済みシーツを持って嬉しそうにしていたのを制します。無詠唱の火球魔法で燃やしてやりました。もちろん、火事にならないように続けて水も出して、即座に消火もしております。


「あぁぁ、デュランの至宝が…………」


 お前、交換って、転移の腕輪と私のベッドシーツの事だったのですか!? 信じられないです。そんなことだから、ボーボーの人に反乱されるんですよ。



 呻き続けるイルゼさんの首根っこを掴み、それから、アデリーナ様とサブリナに近付くように伝えます。


 久々だから少しだけドキドキしますね。

 クーリルでメンディスさんと共に開戦前の戦場を眺めた、あの塔。その風景を思い浮かべながら、心で翔べと念じます。


 一瞬で視界が変わり、私達は思い描いた場所に立っていました。周りには他の人間もいるようです。

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