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続 日報を確認される

 皆は静かに着席しています。イルゼさんやサブリナさんはようやくお茶の入ったカップに口を付けられました。


 私もズズズっと啜ります。


「では、読み上げ致しますね」


 楽しそうに言ったのはアデリーナ様です。今日は朗読するようですね、私の日記を!

 何たる蛮行でしょうか。許されないです。私のプライベートをなんだと思っているのか。腹立たしいにも程があります。


 なので、抗議しました。


「何を仰るのかと思ったら……。メリナさん、これは日記でなく日報ですよ。その日の出来事を報告するもので御座います。他人に読ませる物なんですよ」


 チッ。細かい事を。どっちでも一緒でしょうに。私のプライバシー保護はどうなっているんですか!? 神殿に帰ったら、巫女さん相談室に絶対に密告してやります!



11日目

 アデリーナ様、絵を忘れていますよ。

 私の好意を踏み躙る真似は金輪際お止めくださいね。



「絵で御座いますか?」


「さっき、アシュリンが破壊したと言ったヤツです」


「猫の死骸の絵?」


「ち、違いますよ! サブリナの描いた絵ですよ!」


 そうです。確か、曲がった樹だけの森の風景です。猫の屍体なんて見えませんでしたが、薄暗いし、見ているだけで不安になる稀有な作品でした。ある意味、才能を感じます。


「あー、そうでしたか。大変に失礼致しました。サブリナ、どのような絵なのですか?」


「は、はい。メリナに差し上げた絵は……森に捨てられた子猫の哀れさを表現したもので――」


 えっ!?

 絶対に猫なんて居なかったと思うんだけど!! えー、こわっ!


「アデリーナ様、是非ともお部屋にお飾り下さい」


「……壊れているのでしょう?」


「ヤナンカが修復してくれますよ」


「やるよー」


 やっぱり、ダメです。あれは呪いの類いかもしれませんからね。



12日目

 今日は学院はお休みでした。

 いやー、学院に行きたいなぁ。とっても行きたい。でも、こんな気分の時は邪魔されてしまうんですよね。

 いやー、もしかしたら、誰かの陰謀で退学になっちゃうかも。メリナ、辛いなぁ。あー、辛い。



「唐突に退学したがっておられますね」


「その様には一切書かれていませんが」


「試験とかで、よく作者の気持ちを答えよ的な問題があるじゃないですか? 行間から伝わって来ました」


「アデリーナ様は超能力者のつもりですか? それ、妄想ですよ。私が作者ですし……」


「教師だとか用務員だとかを目指されていませんでした?」


「それがどうかしましたか?」


「くはは、メリナが教師かっ! 生徒に死人が出るなっ!」


 うっせーです、アシュリンさん。



13日目

 アデリーナ様にあげたのに忘れやがった絵画がまだ私の部屋に有ります。存在感が凄いので、早く取りに来て欲しいです。凄く迷惑です。


「……メリナ……迷惑だったんだ……」


 サブリナよ、それ以外の感情は湧いてこなかったのですよ。


「ほら、メリナさん。サブリナが悲しんでおられますよ。大切な絵では無かったのですか? それを迷惑だなんて」


「め、迷惑なのは、私の好意を無下にしたアデリーナ様の事ですよ……。やだなぁ。行間を読んでください」


「ヤナンカ、その絵を見たいなー」


「……あとで差し上げますね。マイアさんの家にお飾り下さい」



14日目

 蝉さんは短命だと思い違いするかもしれませんが、実は土の中で長生きしています。死ぬ間際に地上に出て来るので、人間が勘違いするだけです。蝉さんは人間とは違い、若い体で長くを過ごし、老体になってから交尾をするのです。蛍さんも同様です。枯れた老後なんて存在しない、とても効率的な生き方だと思います。

 だから、アデリーナ様も早く脱皮して、お外で交尾して死んでください。



「メリナさん…………謝罪は?」


「すみません。でも、アデリーナ様がご自分で『交尾して死んでください』って言ったのがウけますね。ほら、サブリナさんも少し肩をピクピク動かされましたよ」


「えっ……」


「……メリナ、謝罪は?」


「すみません。あっ、交尾の仕方は経験豊かなアシュリンさんに教わり下さいね。ぷふふ」


 破れかぶれです。

 双方から頭を拳骨で叩かれました。痛いです。



15日目

 今日はいっぱい勉強しました。



「これだけで御座いますか?」


「そうですね……」


 ショーメ先生やタフトさんと適当に書いたヤツですね。そっか、この先から暫くは創作なんでしたか。ヤバイですね。


「サブリナ、この日の授業内容は?」


「えっ……。ちょっと覚えていません。内戦が始まって学院は休校だった時かな……」


 っ!?


「メリナさん?」


「じ、自主学習ですよ。アデリーナ様はご存じありませんか? 自習ですよ、自習」


「何の?」


「…………色々」



16日目

 乙女の純血占いは悪魔召喚の儀式と同じだと思いました。召喚されたのは私自身なので大違いですけどね。



「この勉強か……」


「流石はメリナだっ! 常に武を極めようとする姿勢は良いぞっ! 方法には賛同できんがなっ!」


「アシュリンさん、乙女の純血占いって書いてありますよ? どこにもそんな野蛮な事には触れていないです」


「多数の乙女を傷付け、その純血で悪魔を召喚するので御座いますね。それを実行しているメリナさん自体が悪魔みたいな存在となるみたいな、昔の小説みたいな話だと推察しました」


 行間を読みすぎです。


「いや、占いって言ってますから」


「ヤナンカもー、悪魔を召喚できるよー」


 出来ても言っちゃダメだと思います。


「違いますって。両拳をバチンと合わせて、血が出なかった方に進むだけです!」


「メリナはやっぱり拳王……」


「それをデュランの公式儀式に取り入れても宜しいでしょうか、メリナ様」


「信者がより減りますからお止めなさい、イルゼ」



17日目

 真っ暗だったので照明魔法を唱えた。何もなかった。

 でも、心の中では聖竜様という希望が常に灯っているので安心です。



「あっ、メリナが巫女っぽい……」


「サブリナ、それは私も同感で御座いますよ。あなたとは仲良くなれそうです」


「あ、ありがとうございます」


「ヤナンカもそー思ったよー」


「まぁ、そうで御座いますか。本物の貴女とは敵対していたのですが、何だか和解できそうです」


 聖竜様のお陰で世界平和ですね。素晴らしいことです。



18日目

 ガランガドーさんに呼び掛けるも来なかった。失望である。


19日目

 ガランガドーさんの声が頭の中で響いた。

 何だか私の頭に異物が入ってくるみたいなので勘弁してほしいのは秘密。



「メリナさん? 何が起きていたのですか? この日の2日前くらいから様子がおかしいと読み取れます」


 相変わらず、鋭い……。


「日記に書くことがなくて……」


「日報で御座いますよ? 3日間もくだらない竜の話を読まされる、こっちの身になってください」


「聖竜様はくだらなくないです!」


「メリナっ! 私の事は書かないのか!?」


 何を血迷った事を言うんですか、アシュリンさん。


「アシュリンさんなんて思い出しもしなかったですよ。無茶を言わないで下さい」


「そうか……。よくよく考えれば、どうでも良いことなのに妙に悔しい気分だ」


 お前に考える頭はないですよね。今も本能だけで喋った発言でしょうに。



20日目

 フェリス・ショーメ先生はデュランからのスパイでしたが、首になったので、主人をアデリーナ女王に乗り換えました。

 タフトさん、どちらにしろスパイですから斬った方が良いですよ。さぁ、早く。逃がさないで。



「ふーん、少なくとも、この日報をタフトなる者に読ませたんですね?」


 …………何かまずいのか? 考えろ、私!

 ……まずは冷静に返しましょう。今は、沈黙は悪です!


「えぇ。それがどうしましたか?」


「文末からすると、書いている最中にフェリスも近くにいた様ですね?」


 だ、か、ら、結論は!?

 私が責められるのか責められないのかだけでも、はっきり言いなさい!


「……いましたよ……」


「なるほどねぇ」


 ストレスで少しだけ私の足がカタカタ鳴りました。



34日目

 学院の男子生徒が出陣しました。学校の並木通りを立派に行進する彼らの眼差しは凛々しく、それが故に、また、人生のはかなさを感じます。どうか生きて帰ってらして。

 その帰り、朝は咲いていた道端の花が折れていて、私は何故かハラリと一筋の涙を流しました。



「とんでもないで御座いますね。フェリスを斬れと書いた翌日から、おかしいと思っていましたが、これは飛びきりで御座います」


「そうですか? 私の可憐さが出ている名文だと思います。ねぇ、ヤナンカさん?」


「そうかなー?」


「ねぇ、サブリナ?」


「そうかなぁ」


「ねぇ、イルゼさん?」


「メリナ様なら一緒に行進していると思います」


「いや、メリナなら、意味もなく、その学生どもを全て半殺しにしているなっ!」


 ……お前らっ!



46日目

 今日は街を散歩しました。度重なった敗戦の影響は強く出ていて、街の活気は有りません。だけど、私は負けない。少しでも街を明るくしたい。そんな気持ちで街角で歌を歌いました。

 恥ずかしかったけど、集まった皆の顔は明るくなりました。



「声を出して読んでいる私が恥ずかしくて、悶え死にそうです。そういう計略で御座いますか?」


「ひねくれた性格ですね、アデリーナ様。私の歌声で街が明るくなったという事実だけをご覧ください」


「えっ、でも、その日は私とお会いした日付……。歌っておられたのはタフト様では……? ――あっ、ごめんなさい」


 サブリナを目で黙らせました。殺気ってよく伝わりますね。



46日目

 突然ですが、アデリーナ様は絵を食べる趣味が御座いませんか? あれば至急教えてください。取って置きを紹介します。私の友人の絵が美味しそうなんですよ。期待してください。

 あと、メンディスさんが毒以外には犯されていないことを祈ります。



 あっ、この日、日記が被ってる!

 あー、そっか! さっきの歌のはショーメ先生と一緒に書いたヤツで、それを忘れて、ハッシュカでも、もう一度書いたんだ!



「中々に想像を膨らませる事の出来る内容で御座いますね……。日付も含めて」


 気付いたっ!


「おおよそ書き忘れて、適当なことを書いていたのでしょう」


 その無駄に高い推理力を他事に使うべきだと私は主張したい!


「ところで、メンディスというのはナーシェルの第2王子で御座いますか?」


「はい!」


 日記を付け忘れていたことを咎められずで、私はそれが嬉しくて、元気いっぱいに返事しました。いや、でも、こういう展開なら正直に異空間に行っていて戻ってきたら一ヶ月経っていたと正直に書けば良かったです。


「この方は幸運な方なのですよ。驚いてください。なんと、私の婚約者候補だったので御座いますよ」


「えっ! 本当に幸運ですね。過去形と言うことは、もう婚約者じゃないなんて、うまく逃れましたよ、メンディスさん! 危うく地獄の釜に飛び込まされるところでしたね」


「いえ、メリナさん……そういう意味ではなくて、私の夫になる幸運を掴まえる寸前だったということですよ。ねぇ、イルゼ?」


「は、はい。噂で聞いた事があります。アデリーナ様が10の頃に婚約されましたが、竜の巫女となったために解消されたのです」


「つまり、メンディス殿下は幸せを掴み損ないましたよね? そういうことですよね、イルゼ?」


「その通りで御座います」


 聖女イルゼ、本心を隠せる女だったことを覚えていますよ。


 しかし、意外な人が声を上げます。


「アデリーナ、私はメリナと同じくらいお前の将来を心配していたんだぞっ! 良し! メリナ、その男を連れてこい!」


 迷彩服を着たままのアシュリンです。


「何ですか、アシュリンさん? 急に興奮して。この際だから言いますけどね、私、アシュリンさんが結婚していたことにショックだったんですよ。そんな女性らしくない刈り込んだ短髪なのに子供まで作って。新手の詐欺の話かと思いました」


「あ? 貴様のようなガキにはまだ早い話だったな!」


「はあ? こっちはアシュリンさんのベッドシーンを想像するだけでトラウマものだったんですけどぉ?」


 私達は睨み合います。一触即発です。



「ところで、絵を食べるって何の事ですか、メリナさん?」


 それどころでない私はアデリーナを見ずに答えます。


「サブリナの絵には猛毒が入っているんです。詳しくは本人に聞いてください」


「……え、メリナ……」


「メリナさん、私を毒殺しようって訳ですかね?」


 しまった!



47日目

 馬車に揺られているので文字が震えます。私の字が汚いわけでは御座いません。

 目の前に酒瓶が見えまして、あれを意識すると、更に手がプルプルします。不思議です。

 あと、喉が急激に渇いてきました。

 飲んで良いのかなぁ。お酒って苦いのに美味しくて魅惑の味なんですよね。



「まだ禁酒で御座いますよ?」


「グハハ、メリナはまだ子供だからな!」


「飲んでないですよ、やだなぁ」


「えっ。タフトさんがメリナが暴れて大変だったと言っていましたが……」


 サブリナ、お前、何をチクっているんですか!?


「寝相ですよ、やだなぁ」


「魔法で治そーかー? アルちゅーだよねー?」



48日目

 気付けば、裸でした。大変な問題です。

 明日は誰の仕業か追及して、控えめに申しまして、そいつに死を与えないとなりません



「拳王にして裸族ですか……。メリナさんは本当にやりたい放題で御座いますね。あっ、羨ましくはないですよ」


「外気と日光に柔肌を当てて、皮膚を堅くする修行だろうなっ! 羞恥心を捨ててまでの覚悟、評価するぞ!」


「そういう冗談はルッカさんとかフロンみたいな痴女グループに仰ってください」


 ここでイルゼさんが立ち上がりました。余りに唐突です。


「メ、メリナ様の裸なら私も見てみたいです! 修行致しましょう!」


 発言も異様ですね。誰も反応できないです。

 凍り付いた雰囲気のまま、アデリーナ様が次の日記を読みます。



49日目

 蟻さんの列に水を撒くと大混乱です。

 うふふ、昨日見た最後の光景もそうでしたね。

 さて、内戦が終わったので、いつか学校が始まります。とても喜ばしいことですが、そろそろ、教員か用務員さんに採用された通知が来るはずですね。楽しみです。若しくは、ナーシェルのメンディス王子による悪辣な罠で退学になるかもしれません。その場合は泣く泣く権力に負けたということで、アデリーナ様、私は悪くないです。分かりましたか?



「戦場で大暴れしたのですね。予想できますので、私の興味は惹きませんかね。それよりも、メンディス殿下と何やら密約がありそうで御座いますね?」


「えっ、無いです!」


「……メリナ、退学になるの?」


「……えーと……どうでしょうか。でも、先生や用務員として頑張りますからね!」


「いいなー、ヤナンカもせんせーになりたいかなー」


「あっ、魔族はダメですよ、きっと」


「ひどーい。差別はよくないなー」


 ライバルは減らすものですからね。



50日目

 ガランガドーさんに子供が産まれました。

 バーダという名前です。ガランガドーさんも母親の死竜も黒色なのに、バーダは淡く水色の白竜ですよ。邪悪な者同士を掛け合わせると神聖な感じになるんでしょうか。ならば、アデリーナ様とフロンを掛け合わせたら良いとか思いました。

 あと、桃組で飼うことになったので、皆が帰ってから教室を飼育小屋に作り替えました。


「ふざけるなっ! で御座いますね」


「アデリーナ様、意外と奥手ですよね。フロンで良いじゃないですか」


「ふざけるなっ! で御座います!」



51日目

 勇者。

 たった一人でも大切な物を守ろうとするもの。

 孤高の存在。

 誰にも気付かれることなく使命を全うし、今はもう、その命は潰えてしまいました。

 その生に意味が有ったのかどうかは問いません。

 でも、私はその存在を忘れない。

 あっ、ポケットに入れたまま、洗濯に出しちゃった。



「この猛者は誰だ!? 教えろ、メリナ!?」


「……もう亡くなられました」


「アシュリン、碌な話ではないと断言致しますよ」


 そうです。だから、忘れましょうね。

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