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お茶話

 アデリーナ様の次の句に、私は全神経を集中させます。

 机の配置としては、私の左斜め向こうにサブリナで、私の右斜めにアデリーナです。アデリーナは一番偉い人席なので、ここにいる全員を眺められますが、私は、アデリーナとサブリナを同時に見ることは出来ないポジションです。不利です。



「メリナさんは学院には毎日通われていますか?」


 来た!?

 私の学生生活チェックタイムに入ってしまいました! しかも、私ではなくサブリナに質問する念の入れようです!


 ……大丈夫、大丈夫。私はちゃんと登校していました。絶対に怒られませんよ……。


「はい……。メリナは遅刻もなく学院に来ておりました……」


 そうです! そうですよ! 私は遅刻なんて極悪な犯罪は一切犯しておりませんからね!



「あら、意外ですね。メリナさん、ちゃんとやればできるじゃ御座いませんか?」


「あはは……アデリーナ様は私を何だとお思いなんですかぁ……」


 ダメっ! 弱気になっちゃ、ダメ! 頑張れ、私っ!



「それで、学院ではどういった授業をされているのですか? 以前にメリナさんから数学の悩みを聞かされましたが」


「将来、領地経営の役に立つようにと様々な学問を学んでおります」


「そうですか。メリナさんは何が得意なのかしら? やはり武道で御座いますかね」


「いえ、まだメリナとは一緒の授業を受けては――あっ、あれは法律の勉強だったのでしょうか。王国式の貴族裁判を模擬形式で行って頂きました」


「一緒に授業を受けていない?」


 アデリーナ、貴様っ! 後半の模擬裁判をしたって所を無視するんじゃありません! そっちに食い付きなさい! 性格の悪さが滲み出ていますよ!


「アデリーナ様、今日は良い天気ですね。あっ! 忘れていました! 明後日は剣王とかいう王国に逆らう不届き者をぶっ倒さないといけないんです。あー、忙しい、忙しい。だから、とっとっと帰って頂けませんか?」


「あら? 楽しそうな話で御座いますね。それ、私も拝観させて頂きますわ」


 やぶ蛇。


「イルゼ、二日後に迎えに来られますか?」


「勿論です。私もメリナ様の勇姿を拝見させて頂きたく存じますので」


「メリナさん、この館に空き部屋は有りますか?」


 っ!? お前、滞在するつもりか!?

 考えろ、考えろ、私。無難に断る方法を思い付くのです。大丈夫、私は天才です。幾多の不可能を可能にしてきた女です!


「あ、あ、あー……空いてないですねぇ……。あー、ガランガドーさんのお隣なら大丈夫かも。庭の木の下です。……え、餌も用意しますか……」


 どうです? まさか野宿は避けるでしょうよ。完璧な演技です。


「メリナさんの部屋を貸して頂きますね。メリナさんは従僕であるガランガドーさんとお外で親交を深めるのが良いと存じます。うふふ、お互いウィンウィンで御座いますね」


 てめー、図々しいです! 認めませんよ!


「……わ、私のベッドはちょっと臭いますけども……」


 口から出任せです。絶対にフローラルです。甘美です。


「……………………」


 えっ、アデリーナ様……。えっ、黙っていたら、私の発言が真実みたいじゃないですか!?

 突っ込みを待っているんですよ、こっちは!



「メリナ、気にしなくても良いのよ」


「そうだよー、ちょっとくらいは皆、臭うからねー」


 止めろ! 止めてください! それでは規定事実みたいになってしまいます!



 臭くないことを如何に証明すべきか考えていると、アシュリンが扉から入ってきました。


「メリナっ! 臭いは隠密行動に支障が出るぞっ! 私の石鹸を貸してやろうか!」


 お前、入ってきて早々になんて発言ですか……。聞こえていたことにもビックリですよ。


「そうだ! メリナ、体臭にも色んな種類があるの。私が香料を調合しましょうか?」


 サブリナよ、お前の調合物はケイトさん並みに隠された棘が有りそうなのでご遠慮しておきます。もし必要なら、信頼感のあるマリールに頼みます。


 突然、肌を刺すような殺気を感じました。発生源は聖女イルゼさんです。


「これは由々しき事態です! ……メリナ様の為に、デュランの精を込めた物をご用意致します。また、メリナ様の貶める結果となった、この館の使用人を厳罰に処しますので、メリナ様、それでご容赦をお願いします。サブリナさん、何か良いお薬を分け与え下さい」


 イルゼさん、本気じゃないですか。

 私の戯言から大変なことになりそうです。


「……そんなに臭くないですよ……。人の生死が掛かる程じゃないかなぁ……」


 小声で主張。

 あと、イルゼさん、ベセリン爺とかを処罰した日には、私はあなたを罰しますからね。



「冗談で御座います。別の仕事が御座いますので、私はシャールに戻りますからね」


「そうですよねぇ! いやー、アデリーナ様はお忙しいと思っておりました。さぁさぁ、イルゼさん、早く転移致しなさい」


 かっえれ、かっえれ!



 しかし、私の逸る心にストップを掛けたのもアデリーナでした。


「皆さん、お待ちください。アシュリン、例のものは?」


「あぁ、取ってきたぞ」


 アシュリンさんが席に付いた後、一冊の冊子をアデリーナ様に投げ渡しました。アデリーナ様とアシュリンさんは古い関係なのですが、この辺りのやり取りは主従って感じじゃないので不思議です。お互いに呼び捨てですし。


 そんな疑問を一瞬持ちましたが、私は驚愕致します。アシュリンが持ってきたのは、私の日記帳です! 私の部屋に置いてあったはずの日記帳です!


「アシュリンさん! 乙女の部屋に無断で入るなんて、重犯罪ですよ!」


「部下の勤務状態を確認するだけだっ! 生意気を言うなっ!」


「部下じゃないですもん! 死にたいんですか!?」


 座ったまま、私達は睨み合います。何だったら、一戦も辞さないですよ。また地べたに這いつくばるが良い。



「まあまあ、落ち着いて下さい。お二人とも。今はこの面白そうな読み物を楽しみましょう」


 アデリーナ、お前っ!

 どうして、うっすら笑っているんですか!?


「えー、ヤナンカも楽しみー。なんだろー」


 ……万全の準備をしています。アデリーナ様に怒られるような事は一切書いていません。これを乗りきれば、美味しい夕食が待っています。

 私は呼吸を整えて、椅子に深く座りました。姿勢も正して、覚悟を決めたのです。



「それから、メリナ。部屋に隠してあった気持ちの悪い猫の死骸みたいな絵は破壊しておいたぞっ!」


 あっ、サブリナさんから貰った絵ですね。ありがとう御座います。山に捨てようと思っていましたが、触るのも気味が悪くて裏返しにしていたんですよね。


 でも、サブリナさんが悲しそうな顔で私を見てきたので、一応、抗議の声を発しておきます。


「謝ってください! あれは私の大事なものなんです!」


「ヤナンカが直そーかー?」


「要りません!」


 あぶなっ! 油断大敵ですね。マイアさんレベルの魔法使いが近くにいることを忘れていましたよ。

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