お茶が冷めそう
今、私はナーシェルの館に戻ってきております。イルゼさんの転移の腕輪のお陰で、洞窟の中から一瞬で移動したのです。
ガランガドーさんとバーダはお庭です。芝生が綺麗に揃えて切られているので、寝転ぶには快適でしょう。なお、バーダの世話係であるサルヴァもそちらへ付いて行きました。
私はこの屋敷で一番大きいテーブルである、食堂の机に座っています。長方形の食卓でして、いつも私はその奥の短辺側に位置します。そこは一番偉い人が座る上座なのですが、今日はアデリーナ様に当然のように取られました。いえ、席順なんてどうでも良いのです。
その我が儘女王様がお帰りになっていないことに、私は強いストレスを感じております。
そのためでしょう。気付けば、私の片足はカタカタと上下に震え鳴り、指でトントンとテーブルを叩いていました。
「落ち着かないですわね」
金髪の女王の言葉です。
「原因ははっきりとしているのですが……」
私の回答です。
沈黙が周りを支配します。
そして、しばらくすると私の片足はカタカタと鳴っていました。
この部屋には、その他にサブリナさん、イルゼさん、ヤナンカも適当に席に付いていました。
我が家の執事であるベセリン爺の用意するお茶待ちです。だから、茶には興味がないと言い放ったアシュリンさんは不在です。
私としては皆様に一刻も早く帰宅して頂きたかったのですが、イルゼさんが少し私と話をしたいと言うものですから、この迷惑ですよ。
てっきりアデリーナ様をシャールに戻してからと思っていた為に了承したのに大誤算です。悪逆非道の女王は「あら? なら、私も楽しいお茶会に参加させて頂きましょうか」などと、ほざいたのです。
アシュリンさんが何処に向かったのかも不安です。あいつは常識知らずですから、「メリナの部屋が狭かったから広げておいたぞ」とか言って、壁を破壊しまくっている可能性もあります。激しい物音がしたら、すぐに迎撃しに行かないとなりませんね。
黒い立派な服を着たベセリン爺が手際よく皆に食器を配り、順にお茶を注いでいきました。そして、深く一礼をしてから扉を閉めて行きました。
この一杯の琥珀色の茶を空ければ、私は自由の身です。無難にやり過ごしたいと思います。
「それでは。自己紹介が必要な方もいらっしゃいますね。私はアデリーナ・ブラナン。王国の女王をしています。今日は特別に、私に直接語り掛ける許可を与えましょう」
いきなりの放言です。何様でしょうか。
サブリナさんやヤナンカを威嚇したのでしょうかね。
「じょ、女王、様……!?」
サブリナさんが驚いて私を見ます。
「……大丈夫です。殺されそうになったら殺しますので」
サブリナさんを安心させるために、私は小声で答えます。
「メリナさん、いきなり、物騒な話はお止めください。私は野蛮な者では御座いませんので、どうぞ、水色の髪の方、お名前を仰いなさい」
「……タムナード子爵家のサブリナと申します。諸国連邦の港湾国家シュライドの出身でして、今はナーシェル貴族学院でメリナさんの同級生として学んでおります」
「なるほど、それは色々とメリナさんのご活躍の話が聞けそうですね」
ひゃー、お腹がキュッて痛くなりました。
「存じていますが、そちらの白い人も改めて名乗りなさい」
「ヤナンカだよー。600年前に魔法で作られた偽物だけどー」
「初代ブラナンが死んだことはお聞きですか?」
「うん。あんなにしんちょーなヤツをよく倒せたねー」
「メリナさんを含めて、武に秀でた人が揃ったので御座います」
巫女長とか前々聖女のクリスラさん、ルッカさんと確かにあれに勝てる面子を用意するのは大変でしょうね。影は薄かったですが、ショーメ先生やイルゼさんも参戦していました。
前王側で強いなと思ったのは、アシュリンさんの旦那くらいでした。後から聞いたら、前王の意向で強い人を遠ざけていたんですよね。それは、前王自身の判断なのか、中に入っていた初代ブラナンの意向なのか不明ですが、愚かしい事です。
「それで、ヤナンカ。あなたは、新たな王である私に付き従いますか?」
「うーん、やめとくー。魔法陣からの魔力供給がなくなったからー、ヤナンカ、そのうち、消えると思うー」
「分かりました。では、あなたは私が保護致します。余生を友と共にお過ごしください」
「友ー?」
「大魔法使いマイアです」
そう言えば、マイアさんもそんな事をこっちの世界に戻ってきた時に言っていましたね。マイアさんではなく、魔力だけで作られたマイアさんの旦那さんと息子のシャマル君は魔力を固定できなくて、ちょっとずつ衰弱していたのです。
だから、聖竜様が魔力が豊富な以前の棲み処を用意して下さって、今はそこに住んでおります。
ヤナンカもそこに案内するとアデリーナ様は仰ったのでしょう。
「……マイア様は実在するのですか?」
その言葉は聖女イルゼさんのものでした。彼女の宗教はマイアさんを信仰しています。聖女はその代理として崇拝されていますが、かなりの衝撃でしょうね。前々聖女のクリスラさんもマイアさんの存在を公にはしていませんでしたから。
「はい。そこのメリナさんの功績ですよ」
「……現在のデュランは混乱しています。聖女やリンシャル様ではなく、直接的にマイア様を敬おうという一派が出てきました。……アデリーナ様が裏でその一派を動かしていたので御座いますか……」
「いいえ。私はイルゼこそ聖女に、デュランを率いるのに相応しいと考えております」
アデリーナ様はイルゼさんを道具のようにお使いです。満足されていると思います。広い領土を簡単に移動して、統治状況を確認できる訳ですから。
私がクリスラさんから転移の腕輪を託された時、アデリーナ様は「いつか最高級のお酒と交換しましょうね」と笑顔で言われていました。もしかしたら、あの当時から将来の統治方法について考えていたのかもしれません。
話が逸れましたが、そんな理由でアデリーナ様がイルゼさんを苦しめることはないと思いました。だとしたら、誰でしょうか。
マイアさんの件を知っているのは、あとはクリスラさんくらいです。でも、あの人がデュランを混乱させるような行為をするとは思いませんね。凄く大人で理知的でしたもの。
「……失礼致しました。アデリーナ様の想いに応えられるように努力致します。ヨゼフの件はまたご相談させてください」
ヨゼフ? 知らない人ですね。デュランでイルゼさんに逆らっている派閥の長でしょうか。
「……これも私の身から出た錆です。ヨゼフは聖女決定戦を穢した私を恨んでいるのでしょう……」
聖女決定戦? 穢す?
……正々堂々と戦ったはずですよ。とてもクリーンです。
ちょっとだけ、強いて言えば、私のパートナーが女装した男だったくらいです。でも、ルールに禁止となかったし、誰にもバレなかったので、問題なし……あっ、あのボーボーの人か!? あいつに穢したと主張されたら認めるしか御座いません!! 最大の犠牲者ですから!!
確かに、あの後、ボーボーの人の元気が無くてマイアさんを紹介した事があります! あー、それでマイアさんが叡智を授けるとかでマイアさんの記憶の一部を頭に植え付けられたのです。
なるほど、そうか。彼なら聖女を飛ばしてマイアさんを直接敬おうと思いますね。
「えぇ、機が熟しましたら対処致しますね」
にっこりアデリーナ様。何かを含んでいるようで、大変に腹黒さを感じました。イルゼさんが可哀想です。
「それでは、サブリナ。メリナさんの楽しい話をお聞かせください」
……メリナさんの方が可哀想です。




