魔法陣の破壊
洞窟は狭いです。来た時は私とサブリナさん、サルヴァと3人だけだったのに、今はその倍以上となっているためです。
特にガランガドーさんはミニチュアサイズでは御座いません。シャールに置いていた体ですので、子供を背中に乗せられる程度の小さめのロバサイズです。非常に邪魔で御座います。
しかし、それくらいで邪険に思っていたらダメですね。淑女には忍耐も必要ですから。そして、それ以上に不愉快なヤツが傍にいますから。
「メリナさん、お久しぶりで御座いますね」
「えぇ、アデリーナ様もお変わりなくで安心致しました」
まずはお互いにジャブです。穏やかな口調の裏には緊張感が隠されています。
「そうかしら。最近は突飛なことばかりするバカが居なくて、肌が潤ってきたので御座いますが……」
バカの部分で私と目を合わせて少し唇を上げやがりました。つまり、私が居なくて清々してますよと仰る訳ですよね。クソが。
「それはきっと気のせいですよ。ほら、アデリーナ様はお肌の曲がり角を過ぎ去ったお歳ですからね。もう勘違いも甚だしいですよ。ここが薄暗くて、シミとか小皺とか見えなくて良かったですね」
「まぁ、酷い。そんな事ばかり言っていましたら、不運を招きますよ。例えば、そこの崖から落ちて死んじゃいますよ」
背後には、底でオレンジ色に輝く魔法陣が回り続けている大穴があるのです。
「えー、道連れにしますからご安心を」
「減らず口を言いますねぇ」
「えぇ、本当に勘弁して欲しいです。アデリーナ様の口を物理的に減らしたいです」
「おい! アデリーナ、メリナ! 仲が良いのは分かったが、ここを出るぞ! 後にしろ」
いや、どうみても仲良くないでしょ。アシュリンの目は節穴です。
頃合い良しと判断されたイルゼさんが転移の腕輪を発動させようとしました。それを私は制止します。
「すみません、ここに子竜を探しに来たのです。もう少しお待ち頂けますか?」
「メリナ、あと、魔法陣の破壊をお願いします……」
あっ、そうだ。それも有りましたね。そこの魔法陣は諸国連邦の地から魔力を吸っていたんですよね。
「子供の竜で御座いますか?」
アデリーナが興味を持ってしまったか。いや、ただの質問かな。
「はい。ガランガドーさんと死竜の間に生まれた子供です」
『あっ、いや、違うよ、アディ……。そこに愛はなくて――』
あ? バーダが望まれていない子供みたいに言うんじゃありません!
私はガランガドーさんの頭を片手で握り絞めます。骨が軋む程度に。
『痛っ! 痛い!!』
さっきの発言で傷つけられるバーダの心よりは痛く有りませんよ。絶対にあの子の前では言ってはならない言葉です。
「死竜と死竜の子供はやはり死竜でしたか?」
「いえ、淡い水色の可愛い子なんですよ」
私達が会話している間、サルヴァもヤナンカも黙って立っていました。イルゼさんとサブリナさんも同様ですね。
「どこにいるのですか?」
「アデリーナ様もお探しください。ほら、そこの崖から下を覗いたら良いと思いますよ」
「突き落とされそうですね」
「まさか。この私がそんな愚劣な事をすると思うんですか!?」
「メリナさんは大丈夫でしょうね。仕返しを恐れますもの」
ここでヤナンカが声を発します。
「メリナ、ヤナンカは驚いたよー。ちゃんと出れたねー。まー、いーや。それは後から話すとしてー、それで、その子竜の魔力はあるかなー?」
「魔力の質としては、この辺りに感じています。ね、ガランガドーさん?」
『うむ。ここまで近付けば間違えるはずもない。……バーダは消えておる。この地、全体に魔力が広がっておったか……』
消えたとな?
「どういうことですか?」
「うぉぉ……っ!! バ、バーダは、き、消えてしまったのかっ!? お、俺のせいだっ……」
「落ち着きなさい、サルヴァ。命ある物はいずれ死にます。しかし、まだバーダは死んだとは限りません」
「メリナ……」
「……巫女よ、何たる強さ……」
そうです。死んだ者を悲しむのは全てが決してからです。じゃないと、冷静な判断ができません。戦闘の鉄則です。今は闘いの最中ではありませんが。
「メリナっ! お前、偉そうなセリフを吐くようになったなっ! 私が鍛えただけのこともある!」
ない。アシュリンさんには一切そういう教育を受けてませんよ。教わった事と言えば、肩車で街中をさ迷って羞恥心に耐えることくらいです。
「学院で学んでいるからかもしれませんよ、アシュリン。ねぇ、メリナさんは学院で真面目に勉強されているはずですものね」
ぐっ、アデリーナ……。
貴様、何故に私でなくサブリナを見詰めた!?
サブリナさんが思っきり目を伏せたじゃないですか!? サブリナ、力強く頷くのです!!
あー! 私が答えなくてはなりませんね!
「も、もちろん、そうですよ……。それよりもバーダを……」
しまった。平静を装えなかった!
「死竜の子供かー。うん、ヤナンカもそれなら分かるー。作ったときの記憶があるからねー」
ナイスタイミング! 私への追及が始まる前に、ヤナンカが別の質問をしてきました。
私はここで冷静さを取り戻します。
「……バーダを戻せますか?」
意味ありげに冒頭に沈黙を加えて、アデリーナの不毛な発言が続かないように雰囲気作りを致しました。
「もちー。あの魔法陣を止めれば、魔力の束縛が解けるよー」
ヤナンカは明るく言いました。アデリーナ様が横目でそんな彼女を確認したのも見えました。
……ヤナンカ、情報局長だった本物のヤナンカとは別なんですが、アデリーナ様に説明するの忘れていたなぁ。
大丈夫かな。処刑ですとか言い始めるとメンドーなんですけど。
あと、完全に私の学院生活の話題は消えました。嬉しいです。作戦通りです。
「ならば、私が破壊しましょう」
一歩前に出たのはアデリーナ様でした。
何をお考えなのでしょうか。
「アデリーナ様、私がしますよ。何ならガランガドーさんがやっても良いと思うんですけど」
「いいえ、メリナさん。あの魔法陣は竜の魔力を濾すものでしょう。情報局の書類に記載が有ったのを覚えております。メリナさんの魔法では相性が悪いと思います」
「あなた、何者ー。すっごいー」
ヤナンカの誉め言葉を聞き流して、アデリーナ様は説明します。
600年前、この山岳地帯は禍々しい魔力に覆われた死の土地でした。その魔力の影響は諸国連邦の広い地域に影響を及ぼし、強大な魔物の出現も多く見られました。
しかし、魔力によって強くなるのは魔物だけでは御座いません。人間もまた魔力によって強くなっていたのです。
魔物の襲撃で人口自体は少ないのですが、王国を脅かす程の武力を誇った時代も有りました。
それを危惧したヤナンカは、この地に魔法陣を作成します。それが先程の異空間の中でヤナンカが言っていた、この地の魔力を吸い取る魔法陣です。
邪神の魔力を吸収し、そして、竜を象る魔力を濾して死竜を、その他の魔力で異空間を造る、そんな魔法の効果を持ちます。
情報局の書庫に入った事が有りますが、アデリーナ様は、あの膨大な書類を全て読まれたのでしょうか。
「うん、合ってるー。創られた死竜は暴れ終わった後は元の場所に戻るよーに仕組んだよー。新しい死竜の源になるのー。だからー、その子竜もここにやって来たんだと思うよー」
体は分解されて魔力になっているのか。
……バーダの意識はもう無いって事かな。そうだとしたら、今日の夜には、とても悲しい気持ちになりそうです。
「今なら間に合うよー。魔法陣を潰せば、元の形に戻ると思うなー」
「何故ですか?」
「どーしてだろーねー? 魔力も記憶しているみたいー。ほらー、回復魔法だって元の形に戻すでしょー? そんな感じー」
分かりません。しかし、今はヤナンカを信じましょう。もし、それでバーダが戻らなければ、可哀想ですが、それまでの命だったということでお墓を作りましょう。
「じゃあ、宜しくお願いします」
私はアデリーナ様に道を譲ります。狭いので壁際に寄ったのです。
「えぇ、お任せ下さい。そこの白いヤナンカについては後でお訊きしますね」
ヤナンカさんを呼ぶのに、態々、「白い」という形容詞を付けました。つまり、本来のヤナンカは白くないのか……。
アデリーナ様の魔法の矢の一撃に射貫かれた魔法陣は、回転を停止し、段々と光も消失し、完全に普通の地面となりました。私の照明魔法がなければ、この場は真っ暗だったでしょう。
そんな中、バーダの魔力を感知しました。場所は先程まで魔法陣が有った所です。
「行ってきなさい」
『……』
ちょっとの逡巡の後、ガランガドーさんはバサーと下に飛んでいきました。




