救援が来る
その後はのんびりと過ごしました。ガランガドーさん待ちです。
サブリナさんは花束を作っていました。何も知らなければ、素晴らしい乙女趣味だと思うのですが、彼女は毒好き女子なんですよね。妖しげです。だから、会釈だけで勘弁してもらいました。口を開こうとしていましたが、説明は一切要りません。
サルヴァは胡座を掻いて本を読み耽っています。図体がでかいので、小さな本が余計に小さく見えます。
何の本を読んでいるのかと聞くと、聖書だそうです。王国の都市ナドナムで信じられている女神の宗教の。
私、メンディスさんとタフトさんから教わっていますよ。ナドナムは愛の女神を奉っていて、そこの神殿には聖娼という名の遊女がいっぱい居るんです。つまり、公式邪教の教えの書をサルヴァは読んでいるのです。
ったく、そんな卑猥な本を読んでいるから「乳を揉ませろ、見せろ」っていう愚劣な発言が出てくるんですよ。諸悪の根源です。
「面白いんですか?」
「うむ。愛が何たるかを知った今は含蓄が深い。これからの人生に活かしたい。巫女も読むか?」
潔癖な私が興味を持つはずが御座いません。重症ですね。治癒不可能なので、放置決定です。
私は木陰に頭だけ隠して、日向ぼっこに入ります。切り揃えられた草の上に寝転ぶと、大変に心地良いです。
目を瞑っていると、人の気配がしました。魔力感知は使っていませんでしたが、影で気付いたのです。
ゆっくり目を開けると、ヤナンカでした。白い顔、張りのある白髪。考えようによっては聖竜様と同じ色で羨ましいです。
「ヤナンカも、隣いーかなー?」
「どうぞ。気持ち良いですよね、昼寝」
「そーだねー。メリナは元の世界でもこーやって寝てるのー?」
「そうですね。草の上は好きです」
「そっかー。なら、ヤナンカもうれしーな。ヤナンカ達が守ったんだよー、植物も動物もー」
2000年前の大魔王討伐の話ですね。
「ありがとうございます」
「うん、お礼もうれしーよ」
こんな良い人が、目的のためには手段を選ばずに他人を殺しているっていうのが怖いですね。合理的を越して狂気です。
本物のヤナンカとは性格が違うと信じたいです。
「ヤナンカはどうして魔族になってしまったのですか?」
「どーして? えー、むずかしーなー。いつの間にかなってたよー。最初は魔物だったんだー」
「大魔王側には付かなかったんですね」
「大魔王ダマラカナは危なかったんだー。全てに死を与える存在なんてー、世界に要らないよねー」
「今のヤナンカは死にたがってますけどね」
「あははー。私は魔法なんだよー。死ぬとかそんなんじゃないなー」
「ガランガドーさんも魔法で作られた体ですけど、生きてますよ?」
「そーなんだー。ヤナンカでも知らないことがあるんだねー。面白いなー」
ヤナンカはそのまま黙りました。なので、私も眠りに入ります。
『――よ、主よ』
ガランガドーさんの声で起こされます。
私は横になったまま、全身を伸ばしました。思わず、「ふぁーあ」と淑女らしからぬ声が出てしまいます。
どうしましたか、ガランガドーさん?
『着いたのである。今からそちらへ向かおう』
お疲れ様です。お待ちしています。
空を見ていると、人が落ちてくるのが見えました。白い服はイルゼさん、そして、あの黒と茶色と深緑の迷彩服は……見覚えが有ります。王国軍の特殊部隊で使用されている軍服です。魔物駆除殲滅部の先輩であるアシュリンは軍を辞めたはずなのに、それをたまに着ています。バカです。そのバカが来たのかよ……。
ガランガドーめ、先に言っておきないよ。メンドーなヤツがおまけに付いているじゃないですか。
ヤナンカも気付いたようで、落下する二人を見ています。ガランガドーさんもいますね。彼は空を飛べるので、姿勢を整えてゆっくりと降下していました。
「お迎えだねー。でも、この空間から出る方法はないよー?」
「大丈夫です」
私は二人の着地するだろう地点へと歩いて向かいました。
「メリナ! 元気だったかっ!?」
「はい。アシュリンさんも元気が有って何よりです」
「あぁ! お前が留守のお陰で、精神的に楽になったからな!」
「まぁ、何て口なんでしょう。か弱くて可愛い後輩の心をザックザックに切り裂くなんて、酷い人です」
「ふん。まぁ良い。出るぞ」
ガランガドー、お前、このがさつなヤツを何故に連れてきた?
『洞窟内には竜が出ようぞ。イルゼだけでは対処できまいと判断したのだ』
最初に言いなさいよ。
『言わない方が良いとアディに言われてな』
はぁ? アデリーナ様が?
…………もしかして、あいつも来ているのか?
『……否定はせぬ』
チッ。迂闊でした。ガランガドーが神殿に戻れば、その可能性が発生することを考慮していませんでしたね。
大方、暇潰しの物見遊山ですよ。あー、お腹が痛くなります。
「メリナ様、お久しぶりで御座います」
白基調の聖女の正装に身を包んだイルゼさんが恭しく頭を下げます。
「無理を言って、すみません。この空間に囚われたものですから」
「いいえ。メリナ様のお役に立てるのであれぱ、このイルゼ、火口であっても身を投げられます」
相変わらずの気持ち悪さ。イルゼさんは段々と症状が悪化しています。どこかで治さないと取り返しのつかないことになりそうですね。サルヴァと違って、まだ戻れると思います。切欠が必要ですね。
「サブリナもお久しぶりです。友として、あなたをお助け致します」
「ありがとうございます」
「そちらの方は?」
「俺か? 俺はサルヴァだ。次期ナーシェル国王の右腕である」
おぉ、勝手にそんな肩書きを名乗ったらメンディスさんが困りますよ。実際に「俺までバカだと思われるだろ」ってぼやいていました。
「デュランの聖女イルゼです。まだ未熟なれど、今後ともお見知りおきをお願い致します」
イルゼさんは外向きの丁寧なご挨拶をされました。
「おい、イルゼ。さっさっと行くぞ!」
アシュリンさんはそんな聖女に対しても態度を変えません。個性強いですよね。
「それでは、みんなー。さよならー」
ヤナンカが手を振りながら離れていきました。
「お前もついて来い、ヤナンカ」
アシュリンさんです。ヤナンカを知っていたのか。
って、知っているはずですね。王都でアシュリンさんは本物のヤナンカと戦っていましたもの。あー、思い出した。情けなくも壁に何回もぶつけられて、苦戦していたんですよね。
「えー? ヤナンカは、もーいーよ」
「ダメだな。私はやられたらやり返す主義だからな」
流石は武闘派。野蛮ですね。
「アシュリンさん、そのヤナンカは魔法で作られた偽物ですよ。良いんですか?」
「構わん。連れていくぞ」
「外に連れていけるか分かりませんよ」
「メリナ、お前なら可能だろ」
「無茶言わないで下さい。幾ら、私が可憐で美しい天才であっても、不可能な事は有りますよ」
転移の腕輪は私達を外に出すことは出来るでしょう。でも、ヤナンカは魔法で作り出された存在です。術式によっては、この空間に縛られているかもしれなくて、一緒に来れる確信は御座いません。
「可憐でも天才でもないから、大丈夫だろ」
まぁ!! それが他人に物を頼む態度ですか! とっても傲慢です。
「ヤナンカ、良いですか? どうなるか分かりませんが、外に出しますよ」
「ヤナンカは消えた方が良いと思うけどなー」
「怖い先輩には逆らえないんで、出てから考えましょう。死ぬのは出てからもできますし。ほら、死ぬのなら私が手伝いますからね。それに、もしヤナンカがここから出られなければ、このまま空間を消しますので、ご安心を」
「りょーかい。そーだねー」
意外に簡単にヤナンカは了承してくれました。良かったです。
さて、私達は手を取り合って円陣を組みます。聖女が持つ転移の腕輪は、触れ合っている人物を纏めて転移させるからです。
イルゼさんが念じる素振りをすると、すぐに視野が変わりました。
暗くてひんやりして、それでも湿気を感じる洞窟へと戻ったのです。




