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色んな雑談

 ヤナンカは自分が死ぬとなっても平気な顔でして、変わらず明るく振る舞うのでした。それは演技だとか耐えているとかでなく、自然な姿に思えました。


 サルヴァがそれを指摘します。


「死が怖くないのか?」


「んー? 私が死んだ方が犠牲が少なさそーだから、疑問はないよー。ブラナンが死んだんだったら、タブラナルは他の人が率いるべきー」


「ヤナンカさん、その覚悟は分かりましたが、殿下の質問は死が怖くないのかって事ですよ?」


「ぜんぜん怖くないー。ヤナンカはたくさんの人を殺してきたんだよー。その報いを受けるのは、とっくに納得済みー」


 彼女の気持ちは理解は出来ません。

 他人の死と自分の死は別物だと、私は思います。



 ここでガランガドーさんの声が頭に響きました。


『幸運なことに、イルゼが神殿を訪れていた。すぐにナーシェルに転移し、そこから洞窟へと向かおうぞ』


 あら、思ったより早かったですね。半日くらいでお迎えが来るのか。



「ヤナンカ、昔の聖竜スードワット様のお話をお聞かせください」


 時間が無いので、私はそう切り出しました。


「うん、りょーかい」


 ヤナンカは快い二つ返事でした。こんなに素直な人なのですから、本物も生きていたら友達になれたかもしれませんね。


 私とヤナンカの二人で話すべきだと、サブリナさんとサルヴァは離れていきました。

 サルヴァは胸元の裏ポケットから小さな本を取り出して木陰で読んでいます。バカなのに賢く見せようという、無駄な抵抗でしょうか。サブリナさんは散歩をすると言って、木々が多い方へと歩いて行かれました。



「どんな事が知りたいのー?」


 何でも教えてくれる気配です。逆に緊張しますね。


「……恋人とか居ましたかね?」


 いきなりの核心です。知ってどうなるということもないのですが、愛する者の過去に興味を持つのは人の性なのです。


「居なかったと思うよー。だって、ワットちゃん、まだ竜としては幼生だったからー」


 ほほう。子供だったんですね。子供なのに大魔王を倒すなんて凄いです!


「確か、騎士を背中に乗せていましたよね?」


 聖竜様の伝説に関する本でもいつもセットで出てきます。それに、私、聖竜様から直接に聞いたこともあります。聖竜様は、その騎士の事を最も信頼する方と呼んでいました。背中に乗せる飾りをその様に言うのは、聖竜様が如何に謙虚か分かりますよね。

 しかし、その表現が一抹の不安を私に与えるのも事実です。もしかしたら、聖竜様の片想いなんてのも、考えたくありませんが、有り得ます。


「フォビだねー」


 その名前、知っています。マイアさんからも聞いたことがありますから。やはり、このヤナンカは大魔王討伐の仲間の一人。


「フォビは人間の女好きだから、大丈夫だと思うよー」


「聖竜様は人化の魔法を使えると聞きましたが?」


「あなた、メリナだったけー? ほんと、すごいなー。よく知ってるー。うん、ワットちゃんは魔法で人間に成れるよねー。でも、フォビは仲間には手を出さないからー。安心していいよー」


 ……良かったぁ。心に引っ掛かる棘を取り除いて貰った気持ちです。


「ヤナンカからもいいかなー。ワットちゃんは雌なんだけど、メリナは雌好きなのー?」


「そうではないのです。私、後から雌だと知ったんですよね。でも、些末なことです。そもそも種族が違うんですから」


「そっかー。そうだよねー。ヤナンカ、なっとくー。交尾は期待してないってことだもんねー」


「いえ、今は聖竜様が雄化の魔法を練習中で、私が竜化の魔法を覚えたいと思っています」


「うわー、すごーい。なんてゆーか、発想がじゅーなーん。ワットちゃんもドギマギしてそー。でも、古竜って交尾しなくても子供を産むんだよー」


 むっ!?

 それはガランガドーさんと死竜の子バーダに繋がりますね!


「古竜は食べた物を魔力に変えてー、体内に溜めるんだよー。使わない魔力をくっさい臭いとして外に出すんだけどー、稀に一気に溢れたら小さな竜が生まれるのー」


 ガランガドーさんは死竜を食べたと言っていました。その魔力が体内でオーバーフローして、バーダが生まれたのか。

 そういえば、ガランガドーさんも聖竜様から生まれたと言っていましたが、そこもそうなのか。


「つまり、(にお)いがうんちでー、大きなうんちが子供なんだー」


 聖竜様の部屋は確かに独特の芳香が漂っていました。とても香しい匂いでしたが、まさか、うんちと表現されるとは……。メリナ、ショックです。

 話を変えましょう。



「聖竜様はどれくらい強かったんですか?」


「ワットちゃん、本気を出さないからなー。ヤナンカよりは強いよー。マイアの魔法を受けきったくらいだしー」


 ……うーん、分からないけど、凄く強いってことかな。聖竜様が強いのは知っています。私の魔法を受けて、首が焼け落ちたことがありましたが、見事に完全復活なさいました。



「メリナはマイアの事を知っているみたいだけどー、会ったことがあるのー?」


「はい。こんな感じの異空間に閉じ込められていまして、半年くらい前に外に出てきました」


「あははー。ヤナンカと一緒だねー」


「時間の流れる速度が違うところで、何百万年もいたらしいですよ」


「やばーい。それと比べたらー、ヤナンカは幸せだねー。今度出会ったら、ヤナンカは笑って死んだよーって伝えてねー」


「はい」


 ヤナンカは、もう生きたくないのか。



「本物のヤナンカはどうやって死んだのかなー?」


「そこのガランガドーさんが繰り出した火炎魔法で一撃で消えました。象の魔物に乗っていたみたいです」


「象かー。シュトッルトかなー。あれも長生きだったなー」


 その象はアシュリンさんにより撲殺されたのですが、黙っておきましょう。



「ヤナンカさん、王都で獣人の方々を虐げていたのは、あなたの指示ですか?」


「そうだねー。不満の捌け口があった方が統治しやすいんだよねー。たまに獣人の中から魔族が発生するしねー」


 悪びれることなくの即答。しかし、ヤナンカは続けます。


「ヤナンカも魔族だから分かるんだけどー、魔族は強くてしぶといんだー。だから、この土地では、魔族が出ないよーに獣人を産みそうな人間は殺し続けたりしたんだけど、どーかなー。地の魔力の供給も無くなったしー、獣人はいなくなったかなー? ヤナンカの実験、せいこーしたかなー?」


 王国では、たまに動物の特徴を備えた子供が生まれてきて、それを獣人と呼んでいます。胎内にいる時に強く精霊の影響を受けた結果です。

 私自身、頭の中が竜の獣人らしいですし。


 ヤナンカへの返答ですが、山からナーシェルの街を見た私の第一印象は獣人がいないというものでした。その意味では成功でしょう。



「獣人は少なくなっていますよ」


 私はとりあえず事実を伝えました。


 ヤナンカの行為に対する善悪の判断は難しいです。目的のために、ヤナンカはいっぱい人を殺しているのでしょう。その人たちや家族は絶対にヤナンカを恨んで死んでいます。

 でも、獣人として生まれてしまったが為に、親に見捨てられ、苦しんで生きている人達も大勢知っています。そんな不幸な人達が減るのは良いことかも……。


 いえ、違いますね! ヤナンカみたいに政治の中枢にいたのなら、獣人と普通の人を区別しないように法律を変えたり、人々の意識を変革することもできたはずです。

 だから、やはりヤナンカは間違っています。ごく稀にしか起きない魔族の発生を抑制するだけのために、獣人の誕生を許さなかったのですから。


「そっかー。良かったー。本物のヤナンカは次の段階に進んだかもねー」


 まだ何かしようとしていたのか。


「次の段階?」


「あははー、魔力のない世界の実現だよー。正確にはー、魔法使いのいない世界かなー」


「そんなの少しの怪我でも死ぬし、火を起こすのも大変じゃないですか? 皆、死にますよ」


「そうかなー?」


「はい」


「ブラナンにも反対されたんだよねー。ヤナンカは見たかったなー。皆が平等に弱い世界なのになー」


 平等に弱い。私はその言葉に引っ掛かります。


「話は変わりますが、少し前の王都では吸魔が流行っていました。宿主の体内の魔力を吸い続けて衰弱させて、最終的には死に至らしめる寄生虫みたいなものです。しかも、王都タブラナルの区域を出ると爆発して死ぬんです」


「ひっどいー。ヤナンカは絶対に退治するー」


「それ、情報局が開発して、情報局が密かに住民に植え付けていたんです」


「じょーほーきょくー?」


「あなたが組織を作り、あなたが長をしていました」


「……じゃー、本物のヤナンカの仕業かー。なんでだろー」


「分からないですよね。等しく弱いどころか、一部の人をより弱くしているのですから」


「そうだねー。ワットちゃんが雄化魔法を練習しているくらい理解ふのー」


 いや、それは分かりなさいよ。

 マイアさん救出とか、ブラナンの退治とかに対する、聖竜様から私への褒美なんですよ。


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