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皆の願い

「それじゃー、きゅーけいー」


 ヤナンカはそう言って消えました。私が楽しみにしていた聖竜様の昔話を聞く前にです。



 取り残された私達ですが、最初のアクションは私が取ります。


「ヤナンカを信じるかは別ですが、この場所については分かりました。竜の巫女の使命として、もう少し滞在して、聖竜様の若いときのご活躍などの情報を集めたいですね。あと、バーダの行方も知っているかもしれません」


 機先です。二日後の剣王との闘いなど、どうでもよくて、それを気にしていないことをアピールしました。

 議論の流れを滞在に持っていくのです。


 しかし、サブリナが私に嘆願します。


「……メリナ、お願いです。諸国連邦の解放のため、早く、あの魔法陣を破壊してください。あなたの使命を差し置いて、このような事を申すのは大変に心苦しいですが……」


 涙まで湛えた願いは、私の心を揺さぶります。これがサルヴァの涙ならぶっ飛ばして終わりです。どうせ、もっと母と触れあいたいとかの理由でしょうので、ガキみたいな幻想をいつまで引き摺るなっとお説教です。

 でも、女の涙は女の私にも有効なんですね。


「巫女よ、俺からも願う。幻覚みたいなものとはいえ、幼い頃に死に別れた母に会えた事に関しては、ヤナンカへの恩義は感謝という言葉では足りない。しかし、彼女はここに長く閉じ込められているのだろう。ブラナン王国の建国1400年と言えば600年前。魔法陣を壊して解放してやりたい」


 お前、5年間進級できていない割りには計算が早いし、王国の設立時期まで知っていたのかよ。


「えっ、600年ですか……」


 ほら、サブリナさんさえご存じなかった情報ですよ。


「驚く必要はない。俺の母はブラナン王国出身だ。それくらいは自分で学んだ。さぁ、巫女よ、お前なら何か脱出策を隠し持っているのだろ?」


 しかし、議論の流れを奪われましたね。2対1でここを出る派が勝っております。


 他人より秀でて賢い私ですから、ここから脱出し、更にここを破壊する方法を思い付いています。そして、それを実行しても完了までに時間が要すると判断しています。

 つまり、聖竜様の過去をいっぱい知りたいという私の願いと、ここを破壊したいという彼らの願いは両立できます。


 ということで、ガランガドーさんに念話で依頼しましょう。



 ガランガドーさん、シャールの体に移って、そこからデュランへ聖女イルゼさんを迎えに行ってください。そして、ここに彼女と共に戻ってきて下さいね。


 ガランガドーさんは精霊ですので異空間の移動なんて簡単です。

 そして、聖女が持つ転移の腕輪の効果は抜群でして、集団での異空間移動の実績もいっぱい有ります。神具と表現しても良いくらいの逸品です。

 だから、ガランガドーさんを通じてイルゼさんをここに呼べば、簡単に外へと行けるでしょう。そして、あのオレンジ色のでっかい魔法陣を破壊すれば、完了です。



 私の指示を受け、ミニチュアガランガドーさんは魂が抜けたみたいにコテッと横に倒れました。


「……策が有るのか?」


 ガランガドーさんの様子を突然死と思わずにサルヴァは私に訊いて来ました。


「えぇ、もちろん有ります。しかし、ヤナンカに邪魔をされないように詳細は省きますね。数日または10日くらいで助けが来るでしょう」


 本当は距離感が全くないので適当に言っています。


「それでは剣王との約束に間に合わぬではないか……」


「そんな些細な事を気にしてはいけません。私が勝つのが決まっていますから」


「しかし、腕を切り落とされたではないか」


「えっ、メリナ!? 大丈夫なの!?」


 二人とも心配性ですね。


「あれは私の油断でした。次は必ず完勝します」



「サルヴァ殿下、剣王って誰なのですか?」


 剣王……。どっかの島国の人で、ショーメ先生の情報によると、王国とは別の大国の手先でしたかね。


「名をゾルザックと言う、ナワクの男だ」


 お前、本当に剣王と仲良しなのですね。名前をちゃんと聞いているなんて偉いですよ。


「……ゾルザック? 髪は黒い色でしたか?」


 サブリナの質問です。


「兜で見えなかったが、どうした?」


「いえ、兄と同じ名前でしたので。シュライドでなくナワクの国の方なら偶然かもしれませんね」


 おっと、大切な情報ですよ。剣王と対峙する際には最初に尋ねないといけませんね。その答えで、彼の生死が決します。



 さて、小腹が空いて残りの豚を食べ終えたくらいにヤナンカが再び現れました。


「きゅーけい、できたー?」


「はい。ところで、ヤナンカさん、本物のヤナンカさんは死んでいるんですが、あなたは死にたいですか?」


「えー、いきなり、ぶっそー。でも、もし本物のヤナンカが死んでいたらー、ブラナンが怒るよー?」


 ヤナンカの言うブラナンは前王の中にいた初代の王の事です。初代の王は、代々の王様の中に寄生するような形で存在していたのです。


「ブラナンも死にました。私の前で自殺しました」


「えー、ほんとかなー。ヤナンカには分からないよー」


「ブラナンは次の体に移りませんでした」


「そこまで知ってるんだー。じゃぁ、ほんとーかも。ブラナンは最後、何か言ってたー?」


「空を見て、曇っているのを残念がってましたね」


「何それー? ブラナン、晴れが好きだったのかなー」


 ヤナンカはそこで笑顔を止めました。


「……そーだねー。ヤナンカがここを守ってもブラナンが居ないんじゃ、意味ないよねー。ヤナンカは本物のヤナンカに作られた存在だしー。でも、私を殺せるのー?」


「はい。殺すことになるのかは知りませんが、この空間を破壊します」


「怖いなー。マイアみたいー」


「えー、マイアさんはもっと何か狂った感じですよね? 一緒にされたくないなぁ」


「えっ、あなた、マイアも知っているのー? えー、もしかして、大魔王の討伐の時にいた人ー?」


 ヤナンカはまた笑顔に戻って、私に質問してきました。

 うん、この人、たぶん、良い人です。情報局長だった、本物のヤナンカと同じ性格かは知りませんが、もしかしたら、本物のヤナンカも善意で悪事をしていたのかもしれませんね。

 ……しかし、それは一番、(たち)が悪いパターンです。排除して正解だったんだろうなぁ。

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