楽園みたい
ガランガドーさんは消えました。穴を慎重に覗く私にはオレンジ色に輝く魔法陣しか見えません。
魔力的にもガランガドーさんを感じません。本当に異空間って場所に行ったのかな。でも、あの魔法陣は魔力吸収って言っていました。ただ単に魔力を吸われて消失したとも推測できます。ガランガドーさんは私の魔力だけで作られた存在ですので有り得ますよ。
だとすると、ここに来た目的であるバーダの姿も有りませんし、とんだ徒労だったかもしれませんね。お疲れ様です、ガランガドーさん。
バーダの捜索については、私のコネで神殿の調査部を使わせて貰いましょう。あそこの部長は素直ではないですが、私の能力を買ってくれていますからね。適当に殴って脅せば言うことを聞いてくれるでしょう。
さてさて、明後日は剣王との果たし合いですし、何だろう、神殿に居た頃よりも忙しい生活を送っています。
「メリナ、本当に消えたよ!」
「そうですねぇ。ガランガドーさん、生きていたら良いですねぇ」
そうは言いながらも私は知っています。ガランガドーさんは不死です。死なない生物は生物じゃないと何かの難しい本に書いてありましたが、その意味では彼は見た目に反して生物ではないのです。
『主よ、安心するが良い。愚かな弱き者も無事であった』
おっ、ガランガドーさんから連絡が来ましたね。魔法陣に吸収された説は否定されました。おめでとうございます。
ガランガドーさんが言う、愚かな弱き者とはサルヴァの事でしょう。ガランガドーさんは人間に対して固有名詞を使いたがりません。例外は神殿の巫女連中くらいです。つまり、ガランガドーさんは恥ずかしがり屋さんで名前で呼ぶのに抵抗があるのでしょう。
ガランガドーさん、時間の流れはどうですか? こっちより極端に速いなら行きませんから。
『ほぼ同じであるな』
ふむ、ならば、行ってやりますか。ヤレヤレで御座いますよ。全く、サルヴァが崖から落ちなければ、こんな事にならなかったのに。
バーダを探しに来たのにお前が姿を消してどうするのですか。
「サブリナ、ちょっと失礼しますね」
「わっ、わわ、メ、メリナ?」
私はひょいっと彼女を両腕に抱えます。お姫様ダッコってやつです。
「跳びますからしっかり私に掴まっていて下さいね」
「は、はい!」
サブリナの細い腕が私の首に回されます。それを確認してから、私は崖下へとダイブしました。横壁にぶつからないように、前方へと大きく土を蹴ってもおります。
お腹がキューっとする感覚を堪えながら、接近する地面を見ます。
……大丈夫かな。
そんな心配をした瞬間に、視界が変わり、青空の下、草木の生えた光景となったのです。そして、柔らかい羽毛のベッドみたいな、ふんわりした透明な何かに体が埋まりながら、地上へとゆっくり落ちて行きます。
それは私の知らない魔法の効果だったのでしょう。
ちょうど地面に着いた時には、ほとんど衝撃がない程に落下速度が緩和されていました。
ミニチュアガランガドーさん、サルヴァともに近くに居ました。サブリナさんも私から降りて、短い青々した草の上に立ちます。
「サルヴァ、生きていたんですね。ほぼ諦めていました」
「あぁ。巫女よ、俺は天国に逝ったのかと勘違いしていたものだ」
「お前、図々しいですね。今までの非行からしたら地獄行きですよ」
「ガハハ! その通りであるな!」
快活に笑われると調子が狂いますね。
「凄く綺麗な場所、楽園みたいです。次の絵画の参考にしようかな」
サブリナさんが呟いていましたが、この爽やかで朗らかな風景が、どんな惨劇の舞台みたいな絵になるのか、少し興味を持ちました。でも、見たくはないです。精神力をゴリゴリ削られる感じがしますので。
「さてと、じゃぁ、ガランガドーさん、脱出方法を教えてください」
私の膝くらいの高さのミニチュアガランガドーさんに尋ねます。
『ふむ、皆で見付けようぞ』
…………はぁ?
「聞き間違いですかね。『考えなしに異空間に皆を誘って全滅の憂き目に合わせてやったわ、ガハハ』って具合に聞こえたんですが?」
『いざとならば、主の摩訶不思議で妖しげな技を使えば良い』
いや、ガランガドーさん、よく思い出してください。それ、乙女の純血占いですよね?
実行するには、まず豊富な魔力が必要ですが、私はミニチュアガランガドーさんを作ったばかりで不足しています。まぁ、これは時間が解決しますよ。この空間にも魔力はいっぱい有りますから。
それよりも問題なのは、あの乙女の純血占いは、私しか移動した実績が御座いません。
戻ってくる時、ガランガドーさんは実体化していませんでしたよね? 他人もご一緒出来るか分からないですよ。
『ぬっ……。そうであったな……。謀られたか』
えぇ、お前に見事に謀られましたよ。
サルヴァは仕方無いとして、サブリナさんまで犠牲者に加えているじゃないですか。
「巫女よ、ここはどこであるのだ?」
「異空間です。私は何回か来たことがあるのですが、うーん、地面を掘れば出られるかもしれませんね」
「流石は巫女。この異常な状況をあっさりと受け流す胆力。俺も見習おう」
「ねぇ、メリナ。向こうまで歩けば出口が有るんじゃないの?」
サブリナは地平線の遥か向こうを示します。
「ガランガドーさん、空の上から見てもらえますか?」
『承知した』
とりあえず、私達は木陰に座ります。
こんな空間なのに空には太陽があるんです。今までは床しかない空間が多かったのに、今回はマシですね。
それにしても、どうして、こんな空間がたくさん存在するんだろ。不思議です。誰かが作っているのかな。
『主よ、どこまで行っても草地であった』
「上方向も際限無さそうでしたか?」
『恐らくは』
うーん、そうなると下方向も期待できないかもしれないですね。
「巫女よ、どうする?」
「私だけなら何とかなるのですが、仕方御座いません。皆さんにも乙女の純血占いを会得してもらいましょう」
「何っ!? 遂に、この俺を指導してくれるのか!?」
喜色ばむサルヴァが少し気持ち悪いです。
「まずは両拳に魔力を纏わせてください。話はそれからです。大丈夫です。一年もあれば出来るようになるでしょう」
「ごめん、メリナ。そもそも魔力がどんな物か分からないんだけど」
ですよねぇ。私もゴブリンの師匠が居ないと分からなかったもんなぁ。何も教わってないけど。あー、師匠、元気にしているかなぁ。死んでても笑っちゃいそうです。
『主よ!』
ガランガドーさんが異常を指摘します。
私も立ち上り、臨戦態勢に入ります。
空高くに魔力の偏りが出来始めたのです。
洞窟内で竜が出てきた時と違って遠い。だから、出現と同時に殴り殺すことは出来ないと判断した私は、火炎魔法の準備に入ります。
人の形。
そう認識すると同時に、両手に待機させた炎の玉を放ちます。そして、当たる直前に爆発させます。熱と衝撃で死ぬが良いとの考えで御座います。
やったか!?
『まだであるな』
ガランガドーさんの指摘通り、敵は私の出した炎が消えてから、何も無かったかのように姿を現しました。強いヤツか……。
それは、私と同じくらいの年頃の女性でした。人間じゃないくらいに肌が真っ白で、髪も真っ白。服装は普通の旅人服なのですが、異様な印象が強い。
手を友好的な感じで、細かく左右に振り振りしています。
……敵意なし?
『人ではないな』
「魔族ですか?」
『いや、あれ自体が魔法である』
ふむ? 理解できませんね。
「ちょっと待ってねー。ヤナンカ、急ぐからー」
女は大きな声で私達に言ってきました。明るい。でも、その名前は知っています。王都で前王に仕えた情報局の局長の名前です。
王都を陥落させた時にアデリーナ様が前政権の重要人物として探していたんですね。ガランガドーさんが魔法で灰も残さずに消し去ったそうなので見付かることは無かったのですが。
ヤナンカは私達よりちょっと離れたところに、ふんわりと落ちます。色々と悪どいことをしていた情報局の長にしては、優しそう。柔和な笑顔は、丸い髪型も合わさって、悪人のそれではないと思えました。
「ヤナンカねー、本物のヤナンカじゃないんだー」
舐めた口調ですね。
「ここに入った人が寂しがらないようにー、本物のヤナンカの術式で生まれた魔法の存在なのー。悲しい存在だねー。じゃあ、よろしくー」
そう言いながら、こちらへと歩いて来ました。




