迷子を探して
失態を犯したサルヴァに私は怒りを露にしましたが、事情を理解したサブリナにそれを窘められました。
ガランガドーさんからバーダのお世話を直接に受けたのは私でして、サルヴァではない。だから、任せたからと言って私が一方的にサルヴァを責めるのは間違っていると諭されました。
はい。その通りです。反省します。
相手がサルヴァでなければ、最初からそんな思考になっていたと思うのですが、私も未熟ですね。
改めてサルヴァに事情を聞いたところ、換気の為に窓を開けたら、フワフワと浮かんで外に出てしまったと言います。
「すまぬ、巫女よ! 竜の世話さえも出来ぬ俺は、生きている価値はない! 無事見つけた次第には命は絶ちたいと思う!」
「はいはい。首を吊って死ぬのはご自由ですが、バーダはどちらに向かいましたか?」
なお、私は魔力感知を最大限に使用していますが、バーダの気配は辿ることができませんでした。
「すまぬ。慌てて校舎から出たのだが、移動している隙に見えなくなってしまったのだ」
「分かりました。あと、もう謝罪は要りません。……明日からもお世話を頼みましたよ」
「おぉ、巫女よ! 何たる慈悲! このサルヴァ、生涯を掛けて、このご恩をお返ししたい!」
涙さえ浮かべるサルヴァは正直気持ち悪いので離れて欲しいです。
「それでメリナ。どうやって見付けるの?」
「はい。本当の親に来て貰いましょう」
私の選択肢はショーメ先生とガランガドーさんの二択でした。どちらとも優れた魔力感知を使えます。でも、バーダをお迎えに行くのは親の方が相応しいでしょう。
ガランガドーさん、大変です。バーダが迷子になりました。至急、ナーシェルに来てください。学院の庭でお待ちしています。
『なっ! すぐに向かう』
ガランガドーさん、反応が早かったです。うんうん、子供の心配をちゃんと出来て良かったですよ。
私達が学院に着いて少しの後、遅れてガランガドーさんが猛スピードで飛んできました。着陸の時の風圧で砂埃が学院の校舎を襲います。
教室から軽い悲鳴が聞こえましたが、構っている暇は御座いません。私達はガランガドーさんの背へと乗り込みます。
「凄い。これが竜ですか……」
私の後でサブリナが感慨深げに呟きます。
『すまぬ、弱き者よ。我がバーダの下へと急ぐ。我に感嘆するのは後にして欲しい』
「えぇ、あっ、はい。人の言葉を喋るのか……。鱗が1枚欲しいなぁ」
親しい友人の言葉ですので本来であれば了承するところです。それこそ、ガランガドーさんの皮を剥いで1枚と言わず数十枚を差し上げます。しかし、私は覚えています。薬師処のケイトさんもガランガドーさんの鱗を欲しがっていました。二人の共通点は毒好き。ならば、何らかの毒薬に変換するために鱗を集めているのではと推測できます。
だから、無視致しました。それが世のためです。
『主よ、いざ参る!』
ガランガドーさんは静止している状態から一気に加速しました。ものすっごい風を正面に受けます。
「ちょっ! サブリナ、大丈夫!?」
「えぇ、メリナ! 何とか! 両腕でしがみついているから!」
「巫女よ! 俺に任せろ! サブリナが落下せぬように俺が後ろから見ている!」
最後尾のサルヴァの言葉ですが、お前、乳を揉ませろとか言っていた過去は消えませんよ。その意味でもベストポジションではないですか。サブリナに何かしたら殺しますからね。
ガランガドーさんは空高く、一直線に進んでいます。下はもう色んな物が小さく見えていて、何だか精密な玩具を眺めるようです。
「もうバーダの居場所は分かっているのですか?」
『ふむ。あの山である』
遠いな。あの山は私が桃組のクラスから火炎魔法を放った方向です。
バーダのフワフワした飛行速度では到底辿り着かない距離ですよ。……あー、転移魔法が使えたのか。
あっ、あの山の方向は死竜が出てきた方角と同じですよ。確か冒険者の方々は竜の巣と呼んでいました。
バーダは母のいた場所へ向かったのですね! なんと健気な。
『主よ、急ぎたい。加速する』
ちょっと待ちなさい!
ガランガドーさんが本気の速度を出したら、私ならギリギリ耐えられます。でも、余りの速さに、後ろの二人は吹き飛ばされるかもしれません。
特にサブリナは只の女の子なんですよ。ガランガドーさんは化け物揃いの魔物駆除殲滅部の基準で判断されたんじゃないかと危惧します。
私は飛行中であるものの、立ち上がってからピョンと跳んでサブリナさんの後ろに回ります。
「サブリナ、ガランガドーさんが更に速くなるみたいです。落ちないように支えます」
「ありがとう、メリナ」
サブリナは前傾して体をガランガドーさんにくっ付け、私はその上に被さります。サブリナの体温を感じるほどに密着しました。
「ちょっと恥ずかしいね」
「えぇ。戦場で死体の下に隠れているみたいですからね。でも、サブリナ、我慢して下さい」
「……メリナはたまに血生臭いね」
「うぉぉ! 巫女よ! 俺は、俺はどうすれば良い!?」
「落ちたら死ぬの意気込みで気張りなさい。よし、ガランガドー、オッケーです」
『承知した!』
ガランガドーさんは一気に加速。目を開けることも困難なくらいでした。轟音が耳をツン裂きます。
速度が緩まった時には、もう山の上空でして、知らずに腕に力が入っていたのか、ちょっと痺れていました。
それでもシュタッとガランガドーさんから飛び降ります。
サルヴァの無事も確認できました。でも、ガランガドーさんが尾に絡めて捕縛している状態でした。気付いていませんでしたが、転落していたのですね。危うく机の上に花瓶を置かないといけない事態になるところでしたね。
「おぉ……。巫女はもう動けるのか。ならば、俺も!」
気合いを入れたサルヴァでしたが、足が縺れて倒れました。目が回っているのてしょう。サブリナが肩から掛けた水筒からお茶を出して、彼に飲ませます。
少し休憩が必要ですね。
サルヴァは体をガランガドーさんに預けて座っています。一方、サブリナは少し彼のそばに居ましたが、周りの散策に行きました。トイレかもしれないので何も私は言いません。それがデリカシーです。大丈夫。周囲に魔物の魔力は有りませんからね。ゆっくりブリブリされて良いですよ。
私はガランガドーさんに語り掛けます。
バーダは近くに居るのですか?
『うむ。バーダの魔力は此処等にあるのだが……。姿は見当たらぬな。不可思議である』
そうですね。
私ももう一度、魔力感知を使います。
……あっ、何これ?
『主も感じ取ったか。大きな魔法陣が地下にある。しかし、我には何の魔法か分からぬ』
どうします? 攻撃魔法で破壊しますか?
『バーダと関係があるのなら、もう少し調べたいのであるが』
「メリナ。大きな洞窟があるよ」
サブリナさんが教えてくれました。
地下に魔法陣が有り、また、その上で洞窟の口が開いているのです。関連付けて良いでしょう。
『主よ、我の体ではその洞窟に入れぬ。頼んで良いであろうか』
ガランガドーさんの小さい体を私がもう一体作る手段も有りますが、魔力が勿体無いか。
「分かりました。3人で進みましょう」
『すまぬ、主よ。魔法陣を見ることができれば、何の魔法か我も分かろうぞ』
「良いですよ。バーダが悪い子になるかどうかの瀬戸際かもしれませんからね。ちゃんと親に見捨てられていないと説明しないといけません」
サルヴァが回復した後に、私達は洞窟へと入りました。




