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決闘状

 サルヴァも闇の邪神みたいなものを見たと言います。


 私が黒い剣士、剣王を殴り付けて叫んだところ、強烈な突風で彼は吹き飛ばされました。そして、気付けば、悍ましい気配を上空に感じ、卒倒したのでした。

 この少し見ただけで気絶するところから、皆は闇の邪神が出現したと認識しているみたいですね。



「サルヴァ君、どんなものを見たのかしら?」


 ショーメ先生はサルヴァから貰った封筒の口を破りながら聞きます。私への手紙なのに躊躇なく中を確認しようとしています。要らないので、私も特に文句を言うことは有りませんでした。


「一瞬しか確認できなかった。まだ、俺は未熟者なのだろう。白と黒の細い何かが複雑に絡み合って……何かの形を象ろうとしていたように思う」


 闇の邪神は絵本によると女の顔を持ったドラゴンでしたから、邪神だとすると、そんな形になろうとしていたのかもしれませんね。


「その時、メリナさんはどこに?」


「分からぬ。俺は巫女を確認する前に倒れたのだ」


「メリナさん自身は分かるでしょ?」


「宙に浮いていましたよ。その後の記憶はナーシェルの自宅でベッドで寝ていました。確か……すやすや熟睡で、寝起きは気持ち良かったです」


「最後のところの情報は全く不要でしたね」


 えー、せっかくお伝えしたのにあんまりです。



「でも、普通に考えたら、その闇の邪神の本体はメリナさんですよね」


 っ!?

 お前!! そこまで私を蔑みたいのか!?

 この聖竜様に忠実で、最高に愛されていると推測される私が邪神ですって!? 日頃から清楚に慎ましやかに暮らしている私なのに、そんな物騒な物な訳が御座いません!


「何か心当たりは有りませんか?」


「無いです。アデリーナ様の方が邪神っぽいです」


「ふーん。また詳しい方に診て頂きましょうね」


「嫌です」


「新しいシャーメセレクションを紹介致しますから」


 ……うーん、ならば良いかな。私が邪神であるはずもないですし。えー、でも、もしも、邪神だと勘違いされたら、どうしたら良いのでしょう。

 あっ、封印されるという名目で、聖竜様の傍にいましょう。地下だから皆も安心ですし、私も聖竜様の下で大満足。全ての人にとって、ウィンウィンで御座いますね。グッドアイデアです。

 邪神認定、ドンと来いです。



 さて、好き勝手に言い終えたショーメ先生は封筒から手紙を出します。


「あら、きれいな文字ですね。王国の言語ですよ」


「えぇ、あの時も普通に喋っていましたよ」


「ショーメ先生よ、言葉は言葉でしかあるまい。まさか、剣王は野獣の言葉でも話すと思っていたのか」


「諸国連邦の言葉はブラナン王国の言語と同じなんですよね。剣王さんも諸国連邦の人だったのかしら」


 なるほど。ショーメ先生の調査によると、先の内戦には私の知らない異国が絡んでいるそうで、剣王はその手先だと言っておりました。恐らく、そこの言語は私が使っているものと違うのでしょう。


「グハハ! 俺は闇の邪神が去った後に、その剣王と共にシュライド陣営の撤収を手伝ったのだ。間違いなく、諸国連邦の人間だったぞ。そして、別れ際に互いの健闘を称え、この手紙を貰ったのだ」


 お前、やるなぁ。

 喧嘩や戦闘後に意気投合した時って、普通に友達になった時以上に親近感が湧くんですよね。

 サルヴァよ、私はお前を少しだけ見直しましたよ。


 ショーメ先生は黙りました。手紙を読んでいるのです。私への手紙を、無断で。



「メリナさん、再戦希望みたいですよ。サシで勝負したいそうです」


「えー、野蛮ですね。今度は私、最初から本気で行きますよ?」


「殺る気満々じゃないですか」


「巫女との果し合いを所望するとは、やはり勇猛。このサルヴァが認めた男なだけはある。俺は嬉しいぞ!」


 ショーメ先生から私は手紙を受け取ります。一応は私宛ですからね。読まないのは不躾でしょう。


 要約すると、先生の言った通りでして、この週末の地の曜日と日時を指定した上で、クーリルの地で待つと有りました。

 3日後ですね。



「勝った方の陣営に諸国連邦の将来を任せたいという思惑かもしれませんね」


「そうなんですか?」


「えぇ、結局のところ、世の中は武力ですよ」


 うん、まぁ、そうかもしれませんね。お金っていう人も居ますが、殺されたら終わりですから。結局は魔力を含めた武力です。


「俺もそう思っていた。だから、この学院を暴力で支配したかったのだ」


 サルヴァ君、目の前に教師が居るのだから、発言を自重なさい。そして、恥ずかしい発言ですよ。


「剣王はメリナさんに勝てると踏んでいるのでしょうね。哀れです」



 ここで、バーダの羽が少し動きました。最初はピクリと、その後にゆっくりと、最後にはパタパタと羽ばたいて、私の方へと飛んできます。


「きゅーきゅー」


 きゃー、きゃわいい!

 胸に飛び込んできた小型犬くらいの大きさのダーバを抱え込んで、お互いの顔を擦り付けます。


「メリナさんも年相応の行動を見せるときもあるのですね。勉強になりました」



 しばらくすると、何人かのクラスメイト達が教室に入ってきます。しかし、彼らが座るべき椅子は御座いませんので、藁の上に突っ立っているだけです。その中にはお隣のシードラゴン組の方々もいらっしゃいますね。

 今日は自由登校日ですので数は少ないです。やはり多くの方は家で休まれることを選択されますよね。



「ショーメ先生、もう用は済みましたから戻って宜しいですよ」


「はい。大変に下らない用件でしたが、お役に立てて良かったです」


 ショーメ先生が扉の方へ向き直った時に、レジス教官が入ってきました。


「ショーメ先生、おはようございます! いやー、奇遇ですね、こんな場所で会うなんて思ってもいませんでしたよ。これは二人の運命だ、みたいな、ハハハ」


 お前、ここはお前の担当するクラスですよ。満面の笑みで、街中でばったりみたいな表現をするんじゃありません。


 ショーメ先生は会釈して廊下へと出ましたが、それをレジス教官は追いました。



「ところで、巫女よ。剣王との一戦は受けるのか?」


「受けなかったことを後々に愚弄されたら腹が立ちますよね。やりますよ」


「しかし、剣に拳では分が悪いのではなかろうか。この俺が何か用意しよう。今までに使ったことのある得物は何であろうか?」


 えー、考えたこと無かったなぁ。


「えーと、ゴブリンが持っていた木の枝とー、猿、それからー、石ですね。石は投げるのに使いました。あと、ショーメ先生のナイフを掴んで投げ返したこともあったかな」


「流石は拳王。手に取った物は全て武具とは恐れ入る。しかし、猿とは何なのだ?」


「そのままですよ? 猿の集団に襲われたので、その中の一匹の生きた猿を振り回して戦いました。うふふ、お猿も怯えていましたね。可愛らしかったです」


 懐かしいですねぇ。あの頃の私は純真でアデリーナ様の命令にも素直に聞いていたものです。

 あー、あの夜ですね、アデリーナ様が皆にお酒様を振る舞ったのに、私は水だけだったのは。今思い返しても、あのメラメラ燃える薪の光景が仲間外れにされた私の憤怒の様でした。



「では、防具はどうであろうか?」


「うーん、特に思い付かないですねぇ。あっ、巫女服を着ていきますね」


 そうそう、黒一色で地味だけど、あの服は伸縮性が抜群で着心地が良いし、何より動き易いんですよね。



 さてと、じゃあ、帰りますかね。

 私はバーダの頭を撫でてから、サルヴァに託して家路に着きました。





メリナの日報


 勇者。

 たった一人でも大切な物を守ろうとするもの。

 孤高の存在。


 誰にも気付かれることなく使命を全うし、今はもう、その命は潰えてしまいました。

 その生に意味が有ったのかどうかは問いません。

 でも、私はその存在を忘れない。


 あっ、ポケットに入れたまま、洗濯に出しちゃった。



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