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好き勝手

 私とショーメ先生は並んで桃組への教室へと向かいます。職員室や図書室のある校舎とは別なので距離が結構あります。

 そして、校舎間の渡り廊下に辿り着いた時でした。前方から可憐な二人組がやって来ます。

 私、覚えていますよ。以前にも擦れ違った事があって、恋話で盛り上がっていた二人です。



「まぁ、マールデルグ様は無事に戦場から帰って来られたのね」


「うん。とても嬉しい。顔を見たときは涙が溢れちゃったの」


「マールデルグ様も果報者ね。エナリースが毎日、女神様にお祈りしていたもの」


「恥ずかしいよ、アンリファ。私にはそれくらいしか出来ないから……」


「でも、エナリース。ラインカウ様はどうするのよ?」


「……困っているの。あの方はどうして、私のような者を気にされるのか……。お断りはしているのだけど……」


「ふぅ、そうねぇ。エナリースが魅力的なのが悪いのよ」


「……もう、本当に困ってるんたから……。助けてよ、アンリファ」


「……元気出して、エナリース。ラインカウ様も紳士だから、無茶はしないわよ」



 けっ。

 こんな上辺だけの会話、神殿の礼拝部のお姉さん方が聞いたら大笑いされることでしょう。

 彼女達なら、こうですよ。うーん、礼拝部のルーシアさんとミーラさんで想定しましょう。



「まぁ、マールデルグ様は無事に戦場から帰って来られたのね」


「はい。嬉しいです。箔が付きそうです。嫁ぎ先候補として一歩リードしています」


「マーデブルグ様の将来性は如何なものかしら。ミーラは毎日計算していたから分かるわよね?」


「お恥ずかしいです、ルーシア様。あくまで拙い計算でして、今は実家の母に情報収集と分析をしてもらっている段階でして……」


「母君も元礼拝部でしたものね。とてもよろしいわ、ミーラ。で、ラインカウ様はどうするの?」


「キープです。結婚しても離しません。保険です」


「うふふ、それで合っていますよ。ミーラは魅力的ですから、不慮の事態が発生しても離縁後に他家へ嫁げるでしょう」


「ご指導、いつもありがとうございます。我ら礼拝部、巫女を引退しても鉄血の契りで助け合いましょう」


「えぇ。さぁ、もっと良い嫁ぎ先がないか研究しないといけませんね。ラインカウ様は、ああ見えて奥手だから、定期的に適当な声を掛けておけば良いわよ」


 こんな感じでしょうね。

 本当、礼拝部のお姉さん方は敵に回したくないくらい、逞しい存在ですよ。王国の先行きを裏で操っているのは、あの方々ではないかと思う程です。



 妄想している間に、二人の子供な会話は背中越しに聞こえるようになっていました。



「ねぇ、見た? また、はしたない格好してたわよ」


「言っちゃダメだよ。そういう家の人なんだから」


 うふふ、ナチュラルにショーメ先生がディスられましたよ。特にふんわりヘアのエナリースさんかな、優しい口調の女の子には、そういう家の人呼ばわりされています。

 愉快痛快です。



「先生、淫乱って言われましたね?」


「えっ? 私ですか? ポケットに入れたメリナさんの聖なる乳毛を透視魔法で見られたんじゃないですか?」


 お前っ!!

 結構な声量で何て事を言うんですか!? しかも、私の名前を付け加えてやがるし!



「へ? 乳毛?」


「……聞き間違いじゃないかな」


 聞こえてるじゃん! マジでどうするんですか!?



 私は足早に去ります。エナリースさんの聞き間違い説が勝ちますようにと祈りながら。



 さて、桃組の教室の前へと着きました。ショーメ先生も一緒ですが気にせず、私は扉をガラリと開けます。



「おぉ! 巫女よ!」


 既にサルヴァが居ました。いつもより朝早いので、サルヴァしか居ないとも言えます。


「バーダの世話は俺に任すが良い!」


「そうですか。何よりです」


 サルヴァは私が敷き詰めた藁の上に立っていました。バーダは誰かの机の上でスヤスヤと眠っているようですね。


 昨日、皿に載せていた生肉も果物も無くなっています。結構な量を置いていたのですが、バーダは食いしん坊の様です。


「下痢とかはしていませんでしたか?」


「うむ。排泄物は見当たらなかったが、少し臭っていたため、換気はした」


 臭いか。確かに聖竜様のお部屋も独特の芳香が漂っていました。竜の匂い。それは足の裏の臭いと同種なので、嗅ぐのが癖になる系統なんですよね。



「しかし、巫女よ。この部屋は大胆に作り替えたものだ。この破天荒具合が俺を変えてくれたのだろうな」


 えぇ、簡単では御座いますが、私は頑張りました。

 まず、バーダには桃組の教室では窮屈かもしれないと考え、黒板側の壁を撤去しました。殴り飛ばしたのです。

 結果、お隣のシードラゴン組の教室も合わさり、面積が2倍になりました。

 邪魔な机は部屋の隅へ山積みにしてバーダの体力作りと暇潰しに利用するのです。もちろん、バーダが寝床にしている机とは別です。



「……メリナさん、また好き勝手にしていますね?」


 ずっと沈黙していたショーメ先生が喋ります。


「本当はこの校舎全体を改造したかったので、好き勝手ではないです」


「レジスさんが泣きますよ」


「それは嬉し泣きだと思います」


「隣のシードラゴン組の方々も、この光景をどう思われることでしょうね」


 ここで、私はレジス教官との約束を思い出します。ショーメ先生に彼をアピールするのです。


「レジス教官は竜について詳しいのです。愛を感じますね。そう、彼がショーメ先生に感じるのと同じ程度に竜が好きなのです。だから、嬉し泣きなんですよ」


「私と竜が同等っていうのは、すっごく心外です」


「いやー、昨日もバーダのお食事について相談して良かったですよ。歯を見て何でも食べるとか教えてくれました」


「その結果がこの惨状ですよね。レジスさんもどうかしていますよ」


「ショーメ先生、それは違うぞ」


 ここでサルヴァが横から口を挟んできました。


「レジスは出来た人間である。俺が素行が悪いときでさえ、見捨てなかったんだ。あの様な教師は貴重である」


 見捨てはなかったのかもしれませんが、頭の可哀想なヤツだと見切りは付けていたように記憶しています。しかし、サルヴァの思い込みを否定する必要もありませんね。



「……サルヴァ君、本当に変わりましたね。事情は知っていますが驚きです」


「ガハハ、何も持たなかった俺に出会いをくれたのだからな! ショーメ先生もその巫女に何か惹かれる物があるからこそ、そんなにも接しているのであろう?」


「えぇ、大変に楽しいですよ」


 お前は私をいつも楽しそうにからかっていますものね。



「そうだ、巫女よ。渡しそびれた物があったのだ」


 サルヴァは教室の端っこに置いていた革鞄の中から封筒を出してきました。


「何ですか?」


「剣王から預かった手紙だ」


 サルヴァは言います。私が恥辱と激怒の余りに意識を失った、あのクーリルの戦いで剣王と少し話したそうです。


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