メリナの悩み事
ベセリン爺が言うには、今日は自由登校の日です。まだ内戦の終結から日が浅いので、治安的に不安定な面も有るのでしょう。だから、生徒の自己判断で好きにして良いのです。
数日前の私なら喜んで家でお休みしていたことでしょう。しかし、今日は違います。バーダの世話に行かないといけません。
女中さんに作ってもらったお弁当を片手に私は校門を通りました。
「メリナ、おはよう。朝は普通に来ているんだな」
今日の門番、いや、違うな、門で立つ当番の人はレジス教官でした。
「まぁ、先生。そんな言い方だと、朝以外は普通じゃないみたいじゃないですか?」
「お前、本当に普通だと思っていたら、それが異常だぞ?」
まぁ!!
教師の口から発せられた言葉とは思えませんね。
しかし、普通なのか異常なのか、これは正しくタイムリーな話題です。
昨日の日記には書きませんでしたが、お風呂場で私は大変な物を自分の体に発見しています。
なんと、おっぱい、しかもピンクの部分から、ひょろろーと毛が一本生えていたのです!
結構な長さでしたので、もうかなりの月日を掛けて伸びていたものと予想されます。
これを抜くべきなのか、育てるべきなのか、今日の私は考える必要が有ると判断しています。
私の感覚からすると、こんな毛は無様な気がしますので根っこから除去すべきだと思います。
しかし、下の毛のように、ボーボーではダメですが、ちゃんと手入れすることにより大人の女性の証となる可能性も僅かに感じられます。
抜く寸前に、その点に気付いて良かったです。危うく取り返しの付かない失態を犯してしまっていたかもしれません。
でも、これは難問ですよ。
お手軽にこの手の事を相談できた、がさつなアシュリンさんが近くにいません。
ましてや、殿方に訊くべき話でもない気がします。
しかし、どうすれば良いのか……。他人のおっぱいを見るしかないのか。どう頼むべきかも難しいです。出会った当初のサルヴァみたいに直接的に言ったところで、頭のおかしい人にしか思われないでしょう。
あっ、ショーメ先生くらいなら、簡単に見せてくれそうですね。あの人、元暗部ですから。裸を見せて男の人を惑わすなんて事もしているかもしれません。抵抗感が薄そうです。
私は校門へと戻りました。登校してくる生徒さんは少ないので邪魔にはなりません。
あー、私に透視の魔法が使えたら、前から来る女生徒の乳に毛が生えているか見分けられるのになぁ。
「レジス教官、ショーメ先生は来ていましたか?」
「うん? ショーメ先生か……。昨日は来ていなかったが、今朝は職員室で見たぞ」
剣王について調べると言っていましたが、一週間程度で戻っていましたか。彼女はきちんと仕事をするタイプです。と言うことは、仕事を終えられているのでしょうかね。例の島国までの距離が不明ですが、早いと思います。ショーメ先生は隠していますが、転移魔法を使えるんだと思います。
「ありがとうございます」
「メリナ。ショーメ先生に会うなら、俺が如何に優秀かアピールしてくれ。ほら、昨日の子竜の件とか、丁度良いだろ。大丈夫だ。お前の出席は確認したことにしてやるからな。だから、時間はたっぷり使って良い」
……ショーメ先生に関しては私利私欲が凄いですね。完全に彼女の思惑に嵌まっておられますよ。
でも、ショーメ先生が来ていて良かったです。
一晩を一匹で過ごしたバーダが寂しくしていないか気になりますが、職員室に少し寄り道していきましょう。
「ショーメ先生、お久しぶりです」
「おはようございます、メリナさん」
ショーメ先生は相も変わらず、隙のある服装です。今日は薄い布地のワンピースでして、素肌は流石に見えませんが、胸のところに黒い乳当てがうっすらと透けています。
幸運にも、職員室にはショーメ先生しかいません。これは絶好のチャンスです。
「先生、おっぱいを見せてください」
「……メリナさん?」
「乳輪と乳首だけで良いですから」
「むしろ、ダメな所をピンポイントでご指名ではないですか」
これは断られているのでしょうか。
「私、女ですので焦らさなくても良いですよ。ほら、誰もいませんし、ガバッドバッと出していただければ大丈夫ですから」
「何も大丈夫じゃないですよ。気を確かにしてくださいね」
あくまで拒否ですか。ならば、こちらも手段を選びませんよ。
「フェリス・ショーメ、前聖女としての命令です。早く乳を見せなさい」
「大問題の発言ですね。暗部だったら、聖女適格性に欠陥有りということで、排除するところですよ」
まぁ! やっぱり歴代の聖女が早死にしている人が多いのは、暗部の仕業に依るところも大きかったのですね! なんて傲慢な組織なのでしょうか。
「事情をおっしゃて下さい。話はそれからです」
ショーメ先生は笑顔ながら真剣な口調で言ってくれました。
なので、魔力感知を用いて周囲に人がいないことを再確認してから、私は悩み事を告白します。気恥ずかしさもあり、ちょっと声が小さくなりました。
ショーメ先生は、しばらく沈黙されます。
「……そうですか。それがレディーの証かどうかを知りたいとメリナさんは仰るのですね……」
ショーメ先生は珍しく真剣な表情をされています。
「それはレディーの証では御座いません」
「やっぱり、そうでしたか! やはり、見苦しいですものね!」
「しかし、私は知っています。それは聖なる乳毛。選ばれた者にしか生えてこない代物で御座います」
「えっ! そんな大それた物なんですか!? 私、脛とかに生える無駄毛のスペシャル版とか思っていました!」
「……そこも凄いんですか? 興味はありませんが、面白そうです」
お前、面白いって言うなよ。
「凄くはないです! 皆と同じくちゃんと剃っています。で、聖なる乳毛とは如何なる物なのですか? 私、選ばれ過ぎて怖いです」
「500年前の伝説の聖女ロゥルカにも生えていたと伝わっています。何だか、ぼんやりとですが素晴らしい物ですよ」
ロゥルカ! ルッカさんの古名だ!
ガランガドー、居ますか!?
『主よ、どうした? バーダの身に何か有ったか?』
すぐにルッカさんを見付けて、聖なる乳毛が生えているか確認しなさい!
『……ルッカならば隣におるが、その……なんだ……乳毛?』
私の言葉をそのまま伝えなさい。
ルッカさんの右乳のビーチクのすぐそばに長い毛が生えたことがありますか?
『わ、分かった。暫し待たれよ』
………………。
私がガランガドーさんと遠隔通話している間、ショーメ先生の肩がプルプル震え始めました。
『主よ、ルッカの言葉をそのままに伝える。生えてないわよ。えっ、巫女さん、生えてるの? えー、クレイジー』
!?
『それから、フロンにも聞いてみた。えー、化け物、そんなの生えてるの? マジ信じらんない。サッサッと抜きなさいよ。きったないわねー。何を目指しているのよ』
私はキッとショーメを睨み付けました。
「……ブッ! プフフ! えー、メリナさん、本当にオツムが愉快ですね! ブフフ!」
ショーメは吹き出しやがりました。
「からかってすみません。抜いて差し上げますので、胸をガバッとドバッとお出し下さい」
「出すわけないでしょ!」
私は服の下から手を入れて、邪悪なる毛を引っこ抜きます。今日は上と下が分かれた形式の服で良かったです。
「ゴミ箱にお願いしますね」
捨てませんよ。これは家で自分の手で始末します。ショーメにこれを拾われて、後々の脅しに使われる可能性があるからです。なので、ポケットに入れました。
「さて、剣王の件ですが――」
お前、切り替えが早すぎるだろ!
「今は聞きたくありません。それに、バーダの世話に行かないといけませんので」
「バーダ?」
「桃組で飼い始めた、死竜とガランガドーさんの子供です」
「……信じられない発想と行動力ですね、メリナさん。その能力をもっと有意義にお使いなさったら良いのにと思いますよ」
私は踵を返して、職員室を出ます。
ショーメの気配もあって私を追っているようです。
「剣王なのですが、結構深刻な状況なのです。もちろん、アデリーナ様にもお伝えしますが、メリナ様にも聞いて貰いたいのです」
廊下を歩きながらショーメは言います。
「お前、私が聖なる乳毛を信じていたらどうする気だったんですか。一生の不覚になるところでしたよ」
「大丈夫ですよ。もっと他に一生の不覚が御座いますでしょう?」
えっ? 何か有りましたっけ?
私は全身の毛の生えている場所を考えます。
見たことないですが、お尻の穴付近にも毛の雰囲気を感じ取っています。それでしょうか。いや、さすがにそこは個人差なんて無いと思いますし、一人でお手入れできる場所では有りませんよ。だとすると、足の指? いや、昨日、剃りました。もしや、生やした方が良いのか……。いや、それはない。シェラやマリールの足にも生えていませんでした。鼻!? 至急、か、鏡で確認したい!!
私が猛烈な速度で思考をしている最中、ショーメは更に話を変えてきます。
「はい。メリナ様、お土産で御座います。砂糖と牛乳とかを煮詰めて作った菓子で御座います」
薄茶色の四角い何かを出してきました。しかし、私は警戒を隠しません。激辛とか激苦とか、そんな悪戯をしてくるヤツですからね。
「ショーメセレクションの一つですよ、はい」
ショーメはまず自分で食べました。それから、私の手を取り、それを載せました。
「あっまーい」
……本当ですかね? 私は恐る恐る口に入れます。
!? 何これ! 甘っ!?
そして、口の中でほろほろと崩れていく食感は新しいです!
ショーメセレクション、恐るべし!
これなら聖竜様も大満足でしょう。
「ショーメ先生、ベリーグッドですよ!」
「そうでしょ? ナワクの町の特産品です」
ふむ、どこかは知りませんが、お土産の一つに決定です。うふふ、聖竜様も喜んで下さるでしょう。買い占めないといけませんね。
「それで、剣王をこのままにしていると、これが食べられなくなるのです」
「どういう事ですか、ショーメ先生?」
「シュライドが内戦を起こした黒幕なのですが、諸国連邦外の他国で御座いました。剣王はそこの手先で御座います。この地から王国が得ている利権を奪う気です。延いては、これを作っているナワクも向こうの陣営に移ってしまうでしょう」
また不穏な話を持ってきましたね。
とりあえずバーダの世話をしてから、詳しく聞きましょう。




