教官レジス
私はこの絵本の話を考察します。
二千年前に聖竜様が来ていて、闇の邪神と戦ったのだと仮定すると、この魔法使いはマイアさんかもしれません。
相手の両眼を潰す思いきりの良さは彼女っぽいですし。
確かマイアさんの家はデュランの近くに有ったはずです。いえ、マイアさんの家の近くにデュランの街が出来たのです。ならば、マイアさんが家から比較的近い諸国連邦の土地を訪れていてもおかしくありません。
「この魔法使いと竜の名前は?」
「マウイアとルワッタ」
何か似ている。マイアさんは聖竜様をワットちゃんて呼んでいたし。
ほぼ間違いないでしょう。そっか、聖竜様は大魔王の他に邪神まで倒しておられましたか。さすが尊いお方です。全ての人民は聖竜様の前に頭を下げる、いえ、頭を地面にめり込ますべきです。
「しかし、騒がしいな。レジス教官殿は何故に注意しないのだ」
うちのクラスが耳障りですみません。いえ、サルヴァのバカ限定ですが、すみません。
「よぉ、オリアス。図書室デートとは手が早いな。しかし、横恋慕はお奨めしないぜ」
突然に現れたのはトッドさんでしたかね。オリアスさんのご友人です。彼が笑いながら立っていました。
この方は口は悪いのですが内戦下でサブリナさんを保護する優しさをお持ちです。なので、私はこの人に恩を抱いております。
「トッドさん、私はオリアスさんに闇の邪神について教えて頂いたのです。朝もお聞きでしたでしょ?」
なので、友好的にお話しします。
「ハハハ、そうだったな」
「トッド、お前こそ、こんなところに何をしに来たんだ? 図書室など授業以外で立ち寄ったことはなかろうに」
「オリアスの面白い様子が見られ――おい! なんだ、この生物は!?」
トッドさんは机の上で丸くなって寝ている子竜を見て驚かれました。
「バーダです。桃組で飼う事になった竜ですよ」
「マジかよ……。竜を飼うたぁ、桃組の奴らはやはりネジが飛んでるな」
むむむ、やはり我が桃組は他のクラスからはそんな蔑みの目で見られていたのですね。
「第二校舎の落第生どもだからな」
ん?
「そうは言うが、俺の同郷の優秀なヤツみたいもいるんだ。あいつは手違いで入れられたんだが、皆が皆、オリアスが言うようなバカとは違うぜ」
「ふむ。しかし、大半は親が貴族であった幸運だけで生きてきたのであろう」
いけないですね。弁明が必要です。
「私も桃組ですが、サブリナと同じで手違いで入れられたんですよ」
ちゃんとアピール。私は落第生ではないと。バカでは御座いません。
「ほらな、オリアス、失敗だったな。俺は知ってたぜ。同郷のサブリナから聞いていたからな。オリアスの失言をフォローしようとしてやったんだ。気持ちを汲んでくれよ」
そう言いながらトッドさんはオリアスさんの肩を叩きます。
「そ、そうか……。メリナ嬢、私の無礼を許してほしい」
「いえ、大丈夫です。分かってくれたら良いのです」
ホッとしました。私がバカだと勘違いされなくて本当に良かったです。二人は図書室から去っていきました。私は丁重にお辞儀をして礼を尽くします。何故なら、聖竜様の新たな伝説を知れたからです。
さて、バーダちゃんのご飯を調べないといけませんね。
私が本棚の方へ振り返ったタイミングでバカの大声がしました。
「うおー! 巫女よ! 見てくれ! 竜のチンコだ!!」
「何っ!? すぐに見せなさい!」
思わず声を上げた結果、私まで司書さんに怒られていました。
しかも、そんな下品な本は没収ですと取り上げられたのです。完全に叱られ損です。
しかし、トラブルは有りましたが、我がクラスの方々は子竜が何を食べるのか各々が調べた文献を机に持ってきてくれました。
″竜、その恐るべき生態″
これは賢い系髪型をした男子生徒が持ってきた書籍です。私は、この方に期待しています。毛根がなくなるほどに頭脳を使っているのですから。なので、最初に読みました。
「どこらに書いてありますかね」
私はパラパラと捲っていきます。うーん、人を食べるとか、家畜を食べるとか、そんな悪さをする竜のことばかり書いてあります。聖竜様なんて最後に地上に出たのは二千年近く前ですよ。最近まで500年近く人と接していなかったのですよ。だから、これはおかしい気がします。
ったく、期待外れですよ、若ハゲ君。
私は次の本を手に取ります。
「えっ、メリナ様、もう読み終えられたのですか?」
「えぇ。本を読むのは得意なんです」
字を追うくらいなら、パラパラで行けます。中身を覚えることは難しいですが、単語から読みたい箇所を探すのは人並み以上に出来ます。
神殿の同期であるマリールはもっと凄いです。私より速い速度でペラペラとして、且つ、何頁に何が書いてあるのか、ずっと、それこそ一ヶ月後でさえ覚えているんです。マリールは異常者です。でも、尊敬しています。
私は動体視力が、マリールは記憶力が優れていると、もう一人の同期であるシェラはそんな感じで評しました。何だかマリールと比べて私は野性動物みたいな感じですね。それは認めません。
″竜王は語る″
この本は名前を知らない女生徒が持ってきたものです。さっきから私をメリナ様と呼んでいる方です。イルゼさんから感じ取られるのと同種の気持ち悪さを感じます。
中身はうーん、聖竜様を差し置いて竜の王を騙るクズの話です。なので、読む必要はないくらいに、どうでも良さそうです。真実はここに無いでしょう。
でも、まぁ、探してくれた方に申し訳ないので、適当にパラパラします。
はい。竜には色んな種類がいるって書いてありました。以上。
″竜の倒し方図解 毒殺編″
むっ、これは……。サルヴァが持ってきたのか、サブリナさんが持ってきたのか分かりませんね。何にしろ、これにバーダのご飯が載っているとは思えない訳でして、「このバカが! バーダちゃんに何を食べさせる気なんですか!?」と罵倒したら、実はサブリナさんの推薦本で、気不味い雰囲気が醸し出される可能性があります。友情の危機です。
あっ、サブリナさんが熱の籠った目で私を見てきます。何ですか? 私が褒め称えるとでもお思いなのですか? 信じられないです。正気を疑いますよ。
でも、良かったです。もう少しでサルヴァを罵倒するところでした。この本はサブリナさんが探し当てたものだったのですね。私の危惧が当たりましたよ。
「なるほど。人間にとっては無害なものが、他の生物には毒となる時もあるからな」
レジス教官の言葉です。
はい、そういう考え方も有りますが、この本にはえげつない物ばかりですよ。例えば、依存性かつ致死性の高い麻薬の一種を用いる方法が書かれています。お酒に混ぜると良いとか、人間の業を感じさせますね。
「しかし、古竜には効かないんだぞ。口の中で何でも魔力に変換して食べるからな」
!?
レジス、お前、何か知っているのか!?
「ほらな、この本にも竜には毒が効いても、古竜には効かないって書かれているだろ。見た目が同じでも種族が違うんだな」
私も含めて生徒たちは、少しだけレジス教官を尊敬の眼差しで見ました。
「今は地理学を教えているが、大学では生態学を専攻していたんだ。論文は竜の生活史で取ったんだぞ」
おぉ、レジス教官がカッコ良く見えます。あとで、金貨を1枚差し上げましょう。
でも、「黙っていて悪かったな。自分達で調べものをするのは良いことだ。だから、口を出さなかったんだぞ」という上から目線が気に入らないので、没収です。
「それで、このバーダは、どっちの竜なんですか?」
「うーん、難しいんだよなぁ。竜の子供ってのは報告が少ないからな」
そう言いながら、バーダを持ち上げて下から横からと眺めます。
「大人しいヤツだな」
次にバーダの顎に手をやって無理に口を開かせます。慣れた手付きでして、意外な才能を感じました。
「歯の形からすると雑食系だな。うーん、竜種は分からんが、何でも喰うんじゃないかな」
いやー、教師には勿体無い人材ですね。
メリナの日記
ガランガドーさんに子供が産まれました。
バーダという名前です。ガランガドーさんも母親の死竜も黒色なのに、バーダは淡く水色の白竜ですよ。邪悪な者同士を掛け合わせると神聖な感じになるんでしょうか。ならば、アデリーナ様とフロンを掛け合わせたら良いとか思いました。
あと、桃組で飼うことになったので、皆が帰ってから教室を飼育小屋に作り替えました。




