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副学長に怒られました。
これもガランガドーさんのせいです。
副学長は「危険な生物を学院に持ち込んではなりませんっ!」と言っていました。私は「勝手に来たんです。信じてください……」って慎ましく、かつ、頑固に言い張ったのに、ガランガドーさんが『主の命令で参った。謝罪する』なんて素直にゲロるから、私が怒られたのです。
副学長の長い説教に退屈して、校舎の方を眺めたら、色んなクラスの学生さんがこちらを覗いていました。恥ずかしいです。衆人の前での辱しめを受けました。
私の最終奥義『サルヴァ殿下との件、絶対応援してますねと囁く作戦』が炸裂しなければ、余りの屈辱に首が千切れ翔ぶくらいに副学長を殴り倒していたかもしれません。
解放された後、私はドラゴンベビーを抱いたまま、木々が生える場所へと人目から逃げます。ここはショーメ先生がその正体を明かした場所ですね。薄暗くて少し湿気があって陰気臭い所で有りますが、その分、人が寄って来ず、猛った気持ちを落ち着かせるには打ってつけです。
ドラゴンベビーはミャーミャーと鳴いています。可愛い。とても可愛い。淡い水色の体が愛らしい。
邪悪な外観なガランガドーさんから生まれてきたとは到底信じられません。
……あいつ、適当な事を言って、本当はどこかから盗んできたんじゃないでしょうね。
『その様な下らぬ嘘をつくはずがなかろう』
お前っ! また勝手に私の思考を読んだな? そういうの本当に良くないんですよ!
『主よ、済まぬ。我が子を託す』
急にどうしたんですか?
『神殿で仕事が入ったようである。山にこの体を隠して戻るとする。主が変な報告をする前に、アディにも事情を話して誤解のないようにしなくてはならぬからな』
お前、親としての責任を放棄するつもりじゃありませんよね? もし、そうなら、私は全力でお前を痛め付けますよ。
『我、死を運ぶ者だから……。赤子はちょっと苦手』
ほう。貴様、自死を選ぶと言うのですね。
『えっ、いや、違うよ……。まだ実感がなくて。あっ、そうである。名前はバーダである。我が名付けた』
そこでガランガドーさんの気配がなくなりました。本当にシャールに向かいやがったのでしょう。逃亡したと表現すべきかもしれません。
ふぅ。それでも、名は付けたか……。最低限の親の義務は果たしたと考えましょう。
王都の獣人の中にはそれさえも親から与えられていなかった子がいましたね。それを打ち明けられた私は目頭が熱くなりました。辛いときに、あの子は何を支えに生きていくのか。私が新たな名を差し上げましたがお元気にしていると良いのですが。
さて、このバーダは私の子としましょう。養子です。
『……主よ、我が悪かった……。それは我が子である』
はい、冗談ですよ。お前を試しました。
ギリギリ合格です。早く戻ってくるんですよ。
では、図書館なる場所を探しますかね。ドラゴンベビーのご飯について調べないといけませんからね。
バーダを肩に乗せて、私は校舎を歩きます。
……全くどこに図書室があるのか、分かりませんね。そもそも、誰も校舎の中を歩いていません。教室の中に居ます。
なので、私は我が桃組に戻りました。
「おはようございます」
礼儀正しく挨拶をしながら扉を開けます。
「メリナっ! お前は今日も勝手気ままだな! せめて出席を取り終えてから――って、おい! 肩の生き物は何だ!?」
「レジス教官、この様に爽やかな朝から怒鳴り声とは感心しませんね。この竜はバーダ。可憐なる私を体現するかの如くですね」
優雅に私は答え、それから教室を見回します。サブリナさんもサルヴァももう来ていました。あと、空席が2つあるのは、サルヴァの元悪友のものでしょうかね。あれから一ヶ月以上も経つというのに、これは退学でもなされたかもしれません。羨ましい。
「おぉ、巫女よ! 竜の巫女の名に違わず、麗しき竜を連れてくるとはこのサルヴァ、いたく感動した! 『その竜を我が桃組で飼育するが良い。そして、私のように竜の神秘に触れるが良い!』 そう言うのであるな!」
言わない。
「バカ! サルヴァ、黙れ! 竜は人を喰う危険動物だぞ! 許可されるわけがあるまい!」
おっと、世間一般ではそういう認識でしたか。ガランガドーさんが館の庭で堂々と寝ていたから、皆、気にしていないと思っていました。
ここでサブリナさんが手を挙げます。
しかし、サルヴァはそれに気付かずに続けました。サブリナさんは気まずく手を下げて、ちょっと微笑ましかったです。大丈夫です、私はちゃんと見ていましたからね。
「教官殿。我らは邪神に立ち向かう必要があるのだ。強大な力を持つ竜を仲間にすることが出来れば、どれだけ心強いことか。このサルヴァ、その竜を拳王メリナと思い、誠心誠意飼わせて頂く」
サルヴァ君、最後の言葉、とっても肌がゾゾッとしたので勘弁して下さいね。
「……分かった。お前の気持ちは分かった。説得力のある良い発言だ。クーリルの戦場でもお前の活躍を見たが、何がどうしたんだろうな。で、サブリナ。さっき挙手が有ったが、何か意見があるのか?」
おぉ、レジス教官、流石です。サブリナさんの控えめな主張にお気付きになられていましたか。
「はい。私もサルヴァ殿下と同意見です。白き竜は闇の邪神に打ち勝ったという昔話が有ります。是非、私もお世話したいと考えます」
ここで、私は冷静に考えます。
竜もうんちとかするのかなと。ガランガドーさんが致している姿は見たことがありませんが、もしするのであれば、その対処は大変な仕事です。場合によっては手で掴む必要も出てくるでしょう。つまり、ベセリン爺の仕事を増やすことになります。
「分かりました。この竜はバーダ。皆様と共に愛でましょう」
「うぉーー! 巫女よ、感謝する!」
「ちょっと待て。メリナ、その名前は死竜バーダルンムの名を連想するんだが大丈夫なのか?」
死竜の名前と似ているのか。敢えて似せさせたのかな、ガランガドーさんは。
「大丈夫ですよ。こんなに可愛いのに、レジス教官は鬼ですね」
「単騎で戦線を抉じ開けたヤツに鬼とは言われたくないな……。分かった、皆。うちのクラスで飼おう」
「うぉーー! 教官、サイコーだぜ!」
陽気な叫びを上げるサルヴァでしたが、忘れてはなりません。あいつは落第しまくって5年目。他の生徒と違って二十歳を越えています。そう考えると、喜び方がヤバイです。
「よし。メリナも席に着いたな。あっ、もうこんな時間か。ったく、今日はもう終わりだぞ」
「もう学校、終わりなんですか?」
「そうだ、メリナ。今日は安否確認だけだ。一人暮らしのヤツもいるから健康状態を確認したかったし、お前たちも早く日常に戻りたいだろ。今日はそれが目的だ。あと、メリナ。その豪華な机を早く持って帰れ。全く顔が見えない。……どうせ俺の言うことなんて聞かないだろうがな」
レジス教官は教壇で書類をトントンと揃えます。
「さて、先の内戦がお前たちの将来に悪い影響を及ぼさないようにしような。敵味方に別れた国もあったろうが、あくまで国の話でお前たちには関係がない、なんて言うと叱られるが、俺はそう思う。ここの生徒である内は、政治なんて気にせずに楽しんでくれたら良い。分かったな?」
おぉ、教師やってますねぇ。私もいずれ、そちら側に回るかもしれませんから、ちゃんと覚えておきましょう。それっぽい事を言うだけなら結構得意ですよ。
レジス教官が去り、何人かの生徒がバーダの周りに集まります。バーダは今は私とサブリナさんの間の床に座っています。パタパタと羽を閉じたり開いたりとか、尻尾をフリフリとかしています。
「この子は何を食べるんですか、メリナ様?」
知らない女子生徒が私に訊いてきました。
「分からないんですよ。図書室にそういった本が有りませんかね?」
「メリナ様でもご存じない事が有るのですね。サブリナ、知ってる?」
「いえ。私も分かりません。では、図書館に行ってみましょう」
「巫女よ! 俺に任すが良い! 書を見付け、バーダに素晴らしい食を用意するぞ!」
いやー、皆、ヤル気満々で頼もしい限りですよ。バーダもきゅーきゅー鳴いて喜んでいるみたいです。
(盆明けから仕事が忙しくなってきまして、隔日掲載になるかもしれません)




