ガランガドーさんの子供
不貞なガランガドーの魔力を感知したのは、レジス教官が出席を取っている最中でした。
私は窓をガラリと開けて、すぐに飛び降りました。私の立派な書斎机が目隠しになっているので、教官には気付かれませんでした。まぁ、気付かれたところで何も支障はないのですが。
私は校庭へと走ります。そこは学院の正門から入って最初の校舎の横に設置された場所でして、地面が平らに整備されています。
槍投げや駆けっこと言った体力作りを行うための設備なのでしょう。
そんな場所の真ん中にポツンと黒い竜が四肢を折って佇んでいました。
ガランガドーさん、説明なさい!
場合によっては勘当ですよ!
私は近付きながら、心の中で彼に届くように叫びます。
『おぉ、主よ。久方ぶりである』
二日ぶりです! 何年も会っていないような口振りで喋るんじゃありません!
『そうであるな。では、我から事の顛末を説明させて貰う』
ガランガドーさんは遠い目をして語ります。その雰囲気作りは必要なのでしょうか。
口を閉じたまま喋るのはちょっと不気味です。
腐竜の亡骸を見張っていたガランガドーさんは、異変を感じます。
これは彼から報告を受けています。私がクーリルであの腹立たしい剣王とか言う男を襲撃するに当たって、移動手段としてガランガドーさんの助力を求めた時に、そんなセリフを頂きました。
腐竜の体は徐々に崩れ落ちるように消えていきます。これは魔力の維持ができなくなった現象で普通のことです。
私も小さな胸に悩む神殿の同僚に対して豊胸魔法を使った事が有りますが、一夜で元に戻っていました。慣れ親しんだものとは質が違う魔力っていうのは固定化され難いんですよね。
腐竜もその肉はガランガドーさんの魔力を元にしていたみたいですから、同じ事なのでしょう。時間が経過して飛散始めたのです。
さて、次に骨も消えて行こうとします。こちらは転送魔法でした。
転移魔法と転送魔法、効果は対象物を別の場所へ動かすことで同じです。ただし、転移は自分自身を含み、転送は含みません。その観点で言葉を使い分けていると聞いたことがあります。
竜の骨は転送だったのです。つまり、他者による魔法です。
ガランガドーさんは優秀なので、そんな細かいところにも気付くのですね。
術式を解析し、ガランガドーさんは転送場所を把握します。ナーシェルの北側遠方にある山岳地帯。
私が学院の窓から魔法を放った方向ですね。
ほぼ忘れていましたが、この地の魔力を吸い続けて、その量が一定量を上回ったところで、あの死竜は顕現するとショーメ先生から聞きました。本来はまだその量にまで至っていなかったのですが、私の火炎魔法の影響で復活が早まったんですよね。ショーメ先生の言うことだから嘘が混じっている可能性も有りますけど。まるで私が悪いかのように仕向けるのが得意ですもの。
さてさて、ガランガドーさんは転送魔法の術式を改変しました。
「術式の改変って何ですか?」
大変に興味があります。魔法と言うのは本当に厄介な物でして、どんな圧倒的優位に立っていても簡単にひっくり返されたりするんです。それを発動中に妨害だとか無効化だとかをできるのであれば、戦闘にとても有利です。
『ヤギ頭の仕掛けた精霊の扉を覚えておるか?』
あぁ、あの王都の地下に有ったヤツですね。扉を開いた人のトラウマを現実化する仕組みでして、早くに死んだ私の弟妹を愚弄されたんです。怒り、そして、悲しみましたよ。
あと、テスト。恐怖でした。
もちろん、覚えていますよ。
『小さき者に出来て我に出来ぬなど、竜の誇りが許さぬわ』
あぁ、エルバ調査部長の技を真似たんですね。素直に最初からそう言いなさい。
ガランガドーさんは転送魔法の魔力を作動させている精霊さんとお話をして、転送先を変えてもらったそうです。
「どこにやったのですか?」
『あの愚かしい狐の塒。楽欲の間である』
あぁ、あそこか。確かに誰も居なくて暴れても被害が無さそうです。
でも、ガランガドーさんはどうやって移動したのですか?
『忘れてはおるまい。主が苛烈なる罰を我に与え続けた場所なるぞ。我の脱け殻が放置してあったわ』
あぁ、そうです!
確かに、あの場所に放ったらかしでしたね。なるほど、シャールとナーシェル間を移動したように、異空間にあっても可能なんですね。うわぁ、やっぱり精霊さんは便利な体をしていますね。
そして、そこで骨の姿をした死竜はまた蠢き始め、ガランガドーさんに襲い掛かります。しかし、それを軽く往なして打ち倒すガランガドーさん。
あっちの時空の時間で20年ほど戦ったそうです。一万倍早く時間が経過するところと聞きましたから、そういった不思議な事も起こるんですよね。知らなければ、「バカな事を言って誤魔化すな! バカモンっ!!」と拳骨でしたね。
「それでどうしたんですか?」
『もう消えたいと言うのでな。喰ってやった』
ドラゴンは共食いをする。一つ利口になりましたね。全く野蛮な種族ですこと。
だいたい、相手は骨の形なんですよ。ガランガドーさんは犬のようにしゃぶっていたんですかね。数年間くらい。
『それでだな。腹が満たされて、仰向けに寝ていると――』
お待ちください。ガランガドーさん、腹を上にして寝れるんですか? 骨格的に厳しくないですか?
『いや、普段はしないだけで、他人の目が無ければゴロンとするものである。たまには背筋を伸ばせねば腰痛の原因となろうぞ』
いや、まぁ、そうなのかもしれませんけど。最近のガランガドーさん、何か俗っぽいですね。死を運ぶ者とか自称している時の方がまだマシだったんじゃないですか?
『お尻がムズムズして生まれたのがコイツである』
ガランガドーさんはお口をあーんとしまして、中に小さな白い竜が居るのが見えました。
えっ、ガランガドーさんが産んだのですか? 実は雌だった!?
『雄だと思うのだが……』
そうですよね。半陰茎が有りましたものね。
卵とかはどうだったんですか?
『卵胎生なのであろうか、竜って』
いや、知らないですよ。お前が竜なんだから知っておけよ。
『何分、初めての経験で……。何を食わせれば良いのか』
まずは、その汚ない口の中から救出しましょう、赤ちゃん竜が腐り兼ねません。
『丁重に扱うが良い。我の子供である』
はいはい。分かりましたよ。
私は両手で引き寄せて、その小さな竜を胸に抱きます。
うわー、羽をパタパタさせたり、小さな口をパクパクさせたりして可愛いです。
ガランガドーさん、色々と疑問が有ります。
この子の母親と呼ぶべきか分かりませんが、それがあの腐竜で間違いないのですか? 私にはガランガドーさんが分裂しただけにも思えます。
『うむぅ、しかし、コヤツの魔力の質は我と腐竜の中間でな。関係はあると感じているのだが』
分かりました。もう一つ、竜は交尾せずに子供を作ることが出来るのですか?
『我、初めての出産なので、よく分からぬ』
ここは大変に大事なところですよ。
聖竜様と私の未来の根幹に繋がります。
分かりました。では、ガランガドーさん、今から図書室で調べましょう。




