インパクト
あれから一週間ほど経ち、遂に学院が再開されることになりました。昨日、レジス教官がわざわざ私の家にまで教えに来てくれたのです。
久々にベセリン爺と馬車で登校します。
街の活気は徐々に戻りつつ有りまして、内戦の傷は一般の方に対しては然して問題にならなかったのでしょう。喜ばしいことですね。平和が一番です。小さな子供達が犠牲になるのは大変な悲劇ですからね。
ベセリン爺の礼儀正しいお辞儀に見送られて、私は学院の門を通ります。
「メリナ嬢! 無事だったか!」
あー、オリアスさんの声ですね。私は振り返ります。
「えぇ、おはようございます」
「済まなかった。既に婚約者がいたのだな。近衛騎士タフト殿から説明を受けた。ご無礼を許してほしい」
婚約者。素晴らしい単語です。
そう、私と聖竜スードワット様は婚約しているのです。
聖竜様は二千年前もの大昔に大魔王と戦い勝利したのですが、それは色んな本の題材になるくらいに有名な伝説です。
その最終決戦では聖竜様の仲間も総力を挙げたのです。会話の節々から聖竜様も特別な想いを彼ら、戦友達に抱いていると感じています。
その中の一人が、今、デュランで信仰されているマイアさんです。大魔法使いマイアとして、命と引き換えに大魔王を封印したのです。
マイアさん、実は異空間で霊体みたいになって生きていました。それをこの世界に再び戻したのが私でして、その褒美に婚約したんですよね。何でも願いを叶えてくれるって仰ったんで、私も遠慮なく申したんです。
いやー、今、思い出しても照れます。あの時の私は大胆でした。種族とか性別とか色々障害がありますが、とりあえず、現在、聖竜様は雄化の魔法を修得するために修行中です。
「いえ、分かって頂ければ問題は御座いません。オリアスさんも怪我をなされていないみたいで良かったです」
「あぁ。闇の邪神を見たのは一瞬だったから軽くで済んだ」
……スッゴいインパクトのある単語が出てきましたね。私はオリアスさんと並びながら歩いていますが、思わず黙って正面を向いてしまいましたよ。
「……何ですかね、その闇の邪神ってのは?」
「そうか、幸運にもメリナ嬢は見ずに済んだのか。あれはこの世の憎悪を全て濃縮したかのような邪悪で強大な存在だった」
オリアスさんの顔が若干、青褪めました。いったい何が出現したのか。
「よぉ、オリアス。元気にしていたか?」
「トッドか。学徒出陣直後に軟禁されていたようだな」
オリアスさんの友達ですね。先日も二人で話されていたので仲が良いみたいです。確か、この人は反乱を主導したシュライド側の貴族の息子ですが、ナーシェルに残られたのです。
そして、この人がトッドさんなんですね。サブリナさんが内戦の初期にお世話になった同郷の人が居ると聞きましたので、ちゃんと名前を覚えていたのです。サブリナの友人として私もお礼をしないといけませんから。
「やっぱり人質にされたな。親父には効かねーのにな」
「そんなことも無かろう。親心なんてのは子供には分からぬものだ」
「爺くせーな。ガキのセリフじゃないだろ。で、オリアス、もう、その娘さんを射止めたのか?」
「違う! メリナ嬢は既に婚約者がいらっしゃる身だ。失礼なことを申すな」
「あちゃー、そうだったか。気を落とさずに次の女に行こうな」
「それは俺にも全ての女性にも失礼だな。メリナ嬢、もしも闇の邪神に興味があるのなら図書室に来るがよい。俺が教えてやる」
ふむ。興味は無いです。
「邪神って白き竜に倒された邪神の事だな? お前ら、かったい会話をしているな」
断然、興味が湧きました。
白き竜と言えば聖竜様です。聖竜様の過去の勇姿を知るのは未来の嫁である私の使命です。
私は二人と別れて、教室に向かいます。道中、掲示板を見ましたが図書室がどこか分かりませんでした。サブリナさんに聞かないといけませんね。
「おはようございます」
私は今日も元気に挨拶をしてから教室へと入ります。
「「メリナ様、おはようございます」」
うんうん、皆も元気ですね。素晴らしいですよ。私が来る前と比較すると、だいぶクラスの雰囲気も見違えるように変わったのではないでしょうかね。声もお辞儀も揃えて、私を出迎えてくらました。
さて、私はお外を見ながら、レジス教官が来るのを待ちます。真っ直ぐ見ていても正面は背の高い本棚ですし。
ユラユラユラユラと安楽椅子を楽しみます。
サブリナさんもサルヴァもまだ来ていませんね。遅刻なんて不良で御座いますよ。
そんな時です。
ガランガドーさんから声が届いたのは。
『主よ』
どうしましまたか? 昨日は帰って来ませんでしたね。
『うむ、少し事情が出来てな』
珍しいですね。いつも寝てばかりですのに。腐竜に苦戦でもしていますか?
『中々に言い辛いことではあるのだが』
宜しい。気楽に言いなさい。私が全ての面倒を見ましょう。
『なんと優しい。さすがは我が主である』
私は常に慈愛を心掛けています。竜神殿の良心とは私のことですよ。
『では。主よ、端的に言おうぞ。我、子供が出来た』
「どこの馬の骨とだっ!?」
思わず発した私の大声にクラスメイトの皆さんが飛び上がるように驚いてしまいました。不可抗力ですし、今は大変な事態ですので許してください。
『情が移ってしまってな。相手は腐竜である』
「はぁ!? お前、愚行にも程があるでしょっ!!」
あっ、また叫んでしまいました。
しかし、まさか馬の骨どころか竜の骨そのものとは思いも寄らずです。
ガランガドーさん、すぐに来なさい!
学院の校庭でお待ちしています!




