新たな敵
ふぁー、よく寝た。
上掛けを勢いよく蹴っ飛ばしたら、あら、やだ、全裸です。
もう一度、ベッドの中へ戻ります。昨晩もびっくりしたはずなのに忘れていました。
戦場で気を失ってしまったのでしょうかね。そして、誰かにここまで運ばれた。そうでないと説明が付きませんね。
となると、私の全裸を見たヤツが居ると言うことか……。記憶がなくなるまで殴り殺すしか有りませんね。
ガランガドーさん、居ますか?
『主よ、どうした?』
私、裸なんですが、何か服を持ってきて下さい。
『クローゼットに入っておろう』
えー、他人の服を勝手に拝借とか盗人みたいじゃないですか。やだなー、ガランガドーさん。その発想は邪ですよ。邪竜みたいですよ。
『主よ、そこはナーシェルの自宅であるぞ』
え? わっ、本当ですね! 私の部屋です。
あー、そう言えば、昨日、日記を書きましたね。だから日記帳が有ったんですね!
私は急いで服を着替えました。もちろん、パンツもです。
どうして、こんな所にいるんでしょうか? 分かりますか、ガランガドーさん。
『すまぬ。昨日はあの腐竜の相手をしており、主の動きを見失っておった。ただ、転移魔法であることは違いなかろう』
転移魔法か……。
聖女が持つ腕輪を用いずには、私は行使したことがない魔法です。
あっ、いや、一度はあるのかな。
アシュリンさんが森で迷子になって、助けに行った夜です。アデリーナ様が用意したお酒を飲んだら気持ち良くなって、気付けば、聖竜様のお部屋に居たんですよね。
あれ以来です。
ふむ。まぁ、どうでも良いです。朝食にしましょう。部屋を飛び出て、下階にいたベセリン爺に声を掛けます。大変に驚いておられましたが、今日は女中さん二人もいたみたいで、すぐにパンと卵焼きとスープを用意してくれました。
昨日は朝食さえ取っていなかったので、ガツガツと食べます。栄養が体全体に行き渡りますね。美味しい。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
一息付いたところで、改めて爺が私に挨拶をしてくれます。何はともあれ、まず私の腹拵えからと控えてくれていたのでしょう。
「ありがとうございます。また突然に屋敷を空けましてすみませんでした」
「いえ、お嬢様、こうやって戻って来て頂いただけで有り難く思います」
ベセリン爺はとても優しいです。アデリーナ様なら冷たい笑顔をしながら「あら、まだいらっしゃったの? 野垂れ死んで土に戻られたと思っていましたのに。残念です」とか言うんです。
ベセリン爺は食後の茶も入れてくれます。そのシンプルな甘さから蜂蜜でなくて高価な砂糖まで使って、私との再会を祝ってくれたことを理解します。3杯くらいお代わりしました。
「お嬢様、フェリス・ショーメ様がおいでましだそうです」
ショーメ先生ですか。別れて3日目ですかね。ガランガドーさんが少々ばかりおいたをした5か国訪問は終わったのでしょうかね。
「お通しください」
「もう来ていますよ、メリナ様」
先生は相変わらずの微妙に破廉恥な服装です。今日は何故か肩口にも穴が開いた服でして、そこからまた桃色の乳当ての紐を見せていました。
「ベセリン、私もお茶を。それから、簡単な食事も」
流れるようにショーメ先生は私の前の椅子に座ります。
「爺に横柄な口を聞いてはなりませんよ」
でも、二人は知り合いみたいですね。以前もベセリン爺はショーメ先生に遠慮している素振りを見せていましたから、もしかしたらデュラン関係の組織に関与しているのかもしれません。
「……そうですね、すみませんでした。少し疲れましたから」
「それは、それはお疲れ様です。でも、よくここに私が居ると分かりましたね」
「私は元々が暗部ですから、魔力感知だけはメリナ様に負けないかもしれませんね」
ハッシュカでも馬車で半日の距離ですよ。どれだけ高性能なんですか。神殿の調査部のポンコツ部長なんて口だけの存在ですからね。
「じゃあ、メンディスさんも解放戦線の隠れ家に突入しなくても分かったんじゃないですか?」
「事前に対象に術を掛けないといけないのですよ」
「えー! じゃあ、私に何かしているのですか!?」
「害は御座いませんのでご安心下さい」
「害しかないですよ! 私のプライベートはどうなるんですか?」
「大丈夫です。そんな大した物では御座いませんので」
いや、にっこりしても私の主張に全く耳を貸すつもりはないってことしか分かりませんよ。
ショーメ先生のお食事がやってきて、先生はそれを無心で食べておられました。両手にフォークを持って次々と口に運ぶのは、少しお行儀が悪いと思いました。
最後にナプキンで口を拭いてから、ショーメ先生は本題に入ります。
「クーリルに集結していた両軍が共に壊滅していました。何をしましたか?」
「覚えていないんですよ。ちょっと相手を舐め過ぎて斬り殺されそうになって、腹が立って、気付いたらここにいました」
「メリナ様が殺される? 何の冗談ですか?」
「油断なんですよね。サッサッと殴り倒そうとした初手がダメでした。私が想定していたより、剣速が良くて。次に出会った時は、ちゃんと殺ります。あっ、ところで、皆さん、生きていましたか?」
「えぇ。双方ともにこれ以上の戦闘は不可能と即断するくらいの損傷でしたが、死人は出ていません」
ふむ、ではメンディスさんとの約束は守られた訳ですね。私の退学も近くなって好ましいです。
「メリナ様、その相手の名前は?」
「剣王と名乗っていました」
最後、その剣王はサルヴァと一緒にゴロゴロと転んでいたので、今回は私の勝ちです。絶対、そうです。次は更に完勝と行きたいところだと考えています。
「剣王? 誰ですかね」
「島国の軍旗の所にいた人ですね。何とかザックです」
「島国ですか? ナワク、ズーラン、ワバロン。どれでしょう?」
島国だけでも3つもあるのですか。諸国連邦は本当に小国の集まりですから、どれも街が一つだけの国だと思います。
「ナワクだったと思います」
「分かりました。調査します」
そのまま先生は去り、私はライフワークにしようかと考えている蟻さんの観察を一日中しました。至福です。
その夕刻に、今度はタフトさんが訪問してきました。今日は客人の多い日ですね。
彼によると、どうやら内戦は一旦休戦となった様です。軍の偉い人には貴族がいっぱい居ます。そんな方々も含めて、あの戦場にいた多くが負傷されました。つまり、双方ともに指導者層が倒れたのです。
離れていた所にいたメンディスさんは倒れたままの彼らを敵味方関係なく助けます。そして、意識を戻した順に休戦の申し入れをしていったのです。
「メリナ様の召喚魔法のお陰です。目にしただけで昏倒する魔物……。私も半刻ほど卒倒していましたよ」
「何の事ですか?」
「クーリルで化け物をお出ししたでは有りませんか? ハッシュカでの死竜出現からの共闘の流れを意識されたのでしょう? あのお陰で諸国連邦の在り方以前に、一致団結して新たな敵に備えなければならないと話を進めることが出来ました」
えー、出してないよ。
酷い言い掛かりです。
メリナの日報
蟻さんの列に水を撒くと大混乱です。
うふふ、昨日見た最後の光景もそうでしたね。
さて、内戦が終わったので、いつか学校が始まります。とても喜ばしいことですが、そろそろ、教員か用務員さんに採用された通知が来るはずですね。楽しみです。若しくは、ナーシェルのメンディス王子による悪辣な罠で退学になるかもしれません。その場合は泣く泣く権力に負けたということで、アデリーナ様、私は悪くないです。分かりましたか?




