見えない動き
迷わず踏み込み、顎に向けて拳を振るう。相手の兜は顔の上半分を覆う形でして、肌が見えているそこは破壊するのにもってこいだったのです。
私の腕を切り落とすために剣が下方から伸びているのが分かりましたが構いません。
通常の剣ならば、私が纏う魔力で硬質化した肌に弾かれるところでしたが、見紛うことなき相手の魔剣は水を斬るかの如く、私の腕を通過しました。
激痛が走ります。間違いなく肘の先で切断されました。
しかし、私は止まらない。想定通りだからです。
斬られたけれども、腕はまだ離れていない。私の繰り出した腕の慣性力はまだ残っているのだから。それに剣の鋭さが良すぎて、衝撃を加えられなかったことが仇となりましたね。
黒い剣士の顎へ痛烈な一撃を加えた後に、私の腕は落ちました。そこから血が吹き出します。
剣士はたたらを踏みましたが、倒れはしなかったです。残念です。
ペッと血が混じった唾を吐いてから、すぐに次の刃が私を襲います。
しかし、それは後退して避ける。
さて、回復魔法を使いたいのですが、その前に腕を拾いたい。
魔族であるルッカさんであれば、ニョキニョキって新たな腕が生えてくるところですが、私は人間ですので、そんな気持ちの悪いことは起こりません。
ちゃんと魔法で治すのです。その為には、あの腕を元の位置に固定した方が良いのです。切り傷とかの多少の欠損なら、ちゃんときれいに直ぐ様に修復するんですが、腕や足の場合だと、時間を掛けないと傷口が塞がって終わりなんですよね。だから、切れた腕を拾って接着したいのですが、それを許してくれる気配はないかなぁ。
なので、当面は造血魔法で凌ぎます。
「強いな。痛みを感じていない事はなかろうに。タフだ。お前が拳王か?」
男の声でした。髭とかがなかったし、体格からも中性的で良く分かっていなかったのです。響き的にはメンディスさんやタフトさんと同じくらいの歳くらいかな。
「いいえ、竜の巫女メリナです」
「あぁ。じゃあ、拳王だな。同じ名前だ」
そう言い捨てた男は雰囲気が変わります。体の奥底から魔力を出してきたのです。アシュリンさんが本気になると黄色っぽく光る闘気になる物を身に纏うのですが、こいつは似て非なる物です。
だって、禍々しい感じなんですもの。漆黒の闇が男を隠していくようです。
魔族ですかね。全くメンドーです。私、魔族を仕留めきった経験がないんですよね。
「しかし、俺の方が強いな」
「まさか。鼻で笑ってしまいますよ」
男がやった様に、私も体の奥底から魔力を取り出します。それを体に充満させ、また、溢れた物を周囲に漂わせます。
「ほら、分かりますか? 私の魔力の方が多いんですよ?」
「禍々しいな。魔族か?」
「は? お前と同じにするんじゃありません。同じ黒い魔力でも、私のはシックでゴージャースな黒です!」
「どう見ても不吉な感じだろ」
男が先に仕掛けて来ました。
剣先をこちらに向けて一瞬で私の脇へ移動し、そこからの突きです。勿論、私が対処し辛い、斬られた腕の側です。
造血魔法の影響もあり、私の腕からはボタボタと結構な量の血液が溢れておりまして、そちらは血溜まりが地面に出来ています。そこに踏み込みやがったものですから、飛沫が周りに飛び散りました。私の服にも赤い水玉模様がいっぱい付いたことでしょう。不愉快です!
剣は私の横腹を狙っています。
それを私は腰を捻りながらのサイドステップで躱す。剣の伸びは私が予想した以上でしたが、それが届くよりも先に回し蹴りを当てて、刃の軌道を変えました。
「甘いっ!」
私の蹴りで弾かれた剣でしたが、その蹴りが与えた力を回転力に利用したのでしょう。男は剣を持ったまま背中を見せて一回転し、より一層の速度と切断力を載せた刃で私を攻撃しようとします。
死んどけ!!
私は無詠唱による氷の槍を男に向けて放ちます。狙いは頭と胸と下腹部です。
勝ったと思っていました。背をこちらに向けた瞬間ですし、片足で回っている最中なのですから避けられないと思ったんです。氷の槍はほぼ同時に3発ですし。
が、男は手にする剣で全部を受けきりました。いつの間に正面を向いたのか、また、いつ剣が動いたのかも把握できないスピードで弾き飛ばされてしまったのです。
その上で、そこで止まらず私に詰めてきます。
「貰っ――ブォッ!」
敵が情けない声を出したのは私が至近距離で火球を出した為。ただの火球魔法では有りません。
普通なら火球は放たれるものですが、これは、私と男の間に留まり、かつ、私自身も敵も焼く程の大きさにしました。
更に、私は怯んだ男の足に自分の足を絡め、片手を背中に回し、鎧に爪をめり込ませます。
「どちらが先に焼け死ぬか我慢大会ですね」
嘘です。私は万全です。
常にフルで回復魔法を掛けていますので、焼けるのは肌表面だけ。腕の切断面も塞がり、ちょっとムズムズするので、少しずつ新たな腕が生えてきているのかもしれません。
男は剣を使って逃れようとしますが、これだけ密接していますと、逆に扱い難いでしょうね。
しかし、男はまだ隠し手を持っていました。
「カァーーっ!!」
私の耳元で大声を張り上げました。火球を粉々に飛散させる程の衝撃波が発生し、その一部は内耳を通じて私の体内をも破壊します。その伝達速度は、なんと、私の魔法による回復速度さえ上回っていたのです。
ふらつく私に肩を目掛けて斜め上から剣が来るのが見えました。
ヤバッ! 死ぬ!
乙女の純血占いで、あの空間に!
あっ!? 片腕!!
聖竜様!!
愛するスードワット様への祈りが届いたのかもしれません。私は横からの謎の力を受けて、地に叩き付けられました。そのお陰で男の剣は空を切ります。
「巫女よ、大丈夫か?」
急いで立とうとする私に聞こえたのは、サルヴァの声でした。
「邪魔をするな、雑魚め!」
「落ち着くが良い。拳王の一番弟子たる、このサルヴァが相手をする。貴様の名を聞こう」
腹立たしい。
この私がサルヴァ如きに助けられたのか。
やっと理解できまして、私はサルヴァの体当たりにより吹き飛ばされて、命を保ったのです。
屈辱です。怒りで頭が変になりそうです。
「剣王ゾルザックだ。師匠である拳王を倒した俺に弟子が刃向かうのか?」
「我が師匠はまだ本気ではない」
「それは俺も同じ――」
黒い剣士の言葉は途中で聞こえなくなりました。私が殴り付けたからです。
「グアァーーーーーーーッッッ!!!!」
私は憤怒の叫びを致しました。
体内に溜め込んだ魔力を全て放出したのでしょう。迸る地煙と爆風。黒い剣士やサルヴァが風圧で転がっていくのが見えました。
動くもの、全てが憎い。
私は宙に浮いているのかもしれない。
戦場を上空からの視点で俯瞰していました。
怯える兵士達のあわてふためく動作が、また憎くて、どうしようも腹立たしくて、私はもう一度吠えました。
それがその日の私の最後の記憶です。
気付けば真夜中でして、慌ててベッドから下りて日記を付けました。危なかったです。
こういった物はコツコツと書いていかないといけません。継続こそが力ですからね。
寝たからか気分爽快です。戦場での荒々しい感情が嘘のように消えています。なので、私は柔らかい寝床に戻り、再びスヤスヤと眠りました。
メリナの日報
気付けば、裸でした。大変な問題です。
明日は誰の仕業か追及して、控えめに申しまして、そいつに死を与えないとなりません。




